第四十四話 1914.8-1914.8 皇国軍受け入れ準備
いよいよ第一次大戦も始まり皇国軍が派遣されてきます。
1914年中旬、英国遠征軍ことBEFの出征を、大勢の見送りの人々に交じって見送った。
前世では白黒写真で見た事のある歴史の一ページ、というやつをその現場に居合わせて色付きで見ていると云うのは、何とも感慨深いものがあるな。
史実では、英国遠征軍は緒戦から激戦地に投入され、善戦するが仏軍に足を引っ張られる、というイメージが強いが、この世界ではどうなる事やら。
俺が提供した兵器は、戦局に多少の影響は与えるだろうが、戦車や装甲車両は兎も角、銃器程度では大局にはそれ程の影響を与えない、と予測している。
緒戦から戦車を出せれば相当なインパクトだろうが、交通インフラも輸送手段も貧弱なこの時代では戦車を戦場に運ぶのにも一苦労だし、それに現地に着いてもすぐさま運用開始という訳にもいかないだろうからな。実際に戦車が投入されるのは、まだ先の話になるんじゃないかな。
まあ、俺も一度目の欧州大戦に関してはそこまで詳細に知識を網羅している訳じゃない。兵器や技術に関してはまだしも、歴史の流れについては精々戦史を数冊読んだ程度の知識しかない。
だから今迄に、前世で良く活用していたネット情報がこの世界でも使えれば、と何度思った事か。こんな事ならもっと本を読んどくんだったと思ったぞ。
英国遠征軍に関しては健闘を祈るとして、そろそろ我が皇国から部隊が欧州へ派遣される様だ。
派遣規模は一先ず二個独立混成旅団。
旅団とは言うが、今回の独立混成旅団の編成は通常の旅団とは異なり、我が軍では初となる長距離海外遠征を前提とした諸兵科連合の機械化部隊だ。
その編成は、独立歩兵連隊を基幹に二個戦車大隊、更には独立砲兵大隊と独立工兵中隊を持つ。そして、そのすべてが機械化されている。
またこれらの部隊とは別に、二個旅団を支える輜重部隊が編成されている。
欧州戦線では鉄道輸送の利用は見込めないとの予想から、輜重部隊は輸送トラックで編成される輸送部隊と、独立工兵大隊、そして輜重部隊の護衛任務も兼務する偵察大隊からなり、後方支援を一手に引き受けるわけだ。
また輜重部隊の使用機材や運用ノウハウに関しては、俺が持つ未来知識を活用した為、皇国の輜重部隊はこの時代の他国の軍のそれとは一線を画しているだろうな。
何しろ大型の牽引自動車を自社で開発し、大型の貨物トレーラー、英国が世界に誇る油圧技術を駆使したフォークリフト、輸送用パレット、タンクローリー、戦車運搬車など、ロジスティクスで必要と思われる物をすべて準備したからな。
更に工兵大隊にはクレーンは勿論のこと、ドーザ、ローラー、ショベルカー等の土建屋に必須の装備まで配備されているからな。ちなみに流石は先進国イギリス、それらの原型になる機械が既に全てあり、俺はそれらを未来知識を活用して、より洗練させ実用的な物に作り直しただけだ。
ただ、その為に英国の自動車メーカーやら工作機器メーカーやら色々と買収する事になったが、お陰で今や俺の会社グランサムヘビーインダストリー(GHI)は、英国どころか欧州でも屈指の技術力を持つ会社に成長したんじゃないかな。
とはいえ、ここ迄の事が出来たのは英軍並びに英政府の支援あっての事とも言えるが…。このレベルに至ってはもはや皇国政府の影響力などあてに出来ないからな。
戦争終結後に何もなければ良いが、戦後になって戦時利得税で破産した戦争成金の話を俺は知って居るので、身構えたくもなる。
ちなみに、皇国から欧州に来るのは兵員だけ。
装備はすべて現地調達になっている。
厳密に言えば、全てうちの会社で用意することになっている。
うちの会社の製品じゃない装備品も、うちが調達することになっている。
その結果、恐らく皇国政府は自分達で調達するよりも、かなり安価に物資の調達が出来ている筈だ。
だからだろう、皇国軍は英国到着後に予定されているパレードでは流石に日本から持参した礼服を着用するが、それ以外の装備は、戦地に着ていく戦闘服に至まで全てうちが調達する予定なのだ。
お陰で我が皇国の欧州派遣軍は、新編成という事もあるが、俺の趣味が丸出しの軍服を着て、うちの会社が作った装備を身に着けて戦地に向かう事になる訳だ。
俺としては、仕事が無尽蔵に増えていくが正に夢がかなったじゃないが、仕事が楽しくて仕方がないぞ。
俺の会社も戦時体制移行に向けて開発は更に急ピッチに、そして生産体制が着々と大増産に向けて整備され、従業員も一万五千人を超えるまでになった。
正直、やり過ぎた感は否めない。後出しじゃんけんが過ぎるだろうと。
俺自身が転生後に開発した物もあるが、前世の記憶を活かしたものが多い事を考えると、ズルだと言われても否定のしようがない。
だが、ここまで来た以上、行きつく所までしか行くしかないではないか。
戦車開発にしても、まだ緒に就いたばかりで、本番はまだまだこれからだからな。
銃器や車両などの装備開発に関しては、順調に進んでいる。エンジン開発も、汎用車両用に開発したエンジンが今や戦車の他にトラック等にも使われるなど、中々使い勝手の良いエンジンに仕上がったと思う。
V型12気筒水冷エンジンの開発も順調に進んでおり、航空機用と戦車用にはこれで良いんじゃないか。
アルミ合金もブレアリーの尽力で量産体制が整い、既に一部エンジンで使われ出しているし、航空機用素材としても既に利用可能な水準だ。
そして、満を持してという訳では無いが、日野少佐に頼んでいたV-2-32ディーゼルエンジンのプロトタイプが完成した。
ただ厳密には、日野少佐が開発した、と言うには語弊があり、少佐は持てる知見を駆使し努力して形にはしたものの、動作中にエンジンブロックが割れるなど安定動作に至ることが出来ずにいた。
それが完成に至ったのは、俺が買収した自動車会社の中の一つに、アルミ合金でエンジンを作っているという事で買収した〝DFP〟という会社があったんだが、その会社でアルミ合金エンジンを開発していた一人のエンジニアの加入が大きかったのだ。
足りなかったパズルのピースを彼が埋める事で、遂にV型12気筒ディーゼルエンジンは、安定した爆音を奏でることになったのだ。
プロトタイプだがエンジン出力は350馬力を発揮し、この時代では十分な性能だと言える。
とはいえ、実際に戦車に搭載するにはまだ改良を進める必要があるだろう。
しかし、俺が渡したV-2-32ディーゼルエンジンの設計図面は、二人の技術者の手が入ってかなり設計変更がされて居た。
一つの完成形と言われたあのV-2-32ディーゼルエンジンには、まだ改良の余地があったという事なのだろうか。或いは今の技術水準では、設計図通りでは動かす事が出来なかったという事なのか。
そこを聞くのは藪蛇になりそうだから、敢えて聞かないでおこう。
いずれにせよ、これが本格的に動く様になれば次の戦車が見えてくる。
ちなみに、新たに加入したDFP社のエンジニアの名前は、ウォルター・O・ベントレー。
自動車メーカーにベントレーという名前のメーカーがあったと思ったが…、まさかな。
一先ずはエンジンの仕事に関わってくれるようだが、元々好きで自動車メーカーに居ただけに、将来的には自動車部門で仕事をさせてほしい、と云うので、俺はこの戦争が終わったら希望の仕事をさせることを約束しておいた。
飛行機部門に関しては、俺が要らぬ茶々を入れたのが悪かったのか、未だプロトタイプばかりで外に出した機体が無い。
他社では既に採用された機体もあると聞くが、このまま遅れ続けると英軍の期待を裏切ってしまう可能性が出て来た。
とはいえ、今となっては防諜の意味もあり、あまり軽々に見せると云うのは憚られる。
各設計局が開発している機体はカテゴリが違うのだから、別に横並びになる必要は無いと思うんだが、妙なライバル意識があるのか、新たなプロトタイプの機体を九月に揃って出してくるとの事だ。
そんな中、フェアリーの設計局でモックアップ等の作成を担当している若者が、俺の所にやって来た。
俺は常にという訳では無いが、オフィスで仕事をしている時に俺の部屋のドアが開いて居れば、どんなポジションの従業員とでも会って話を聞く、という事にしている。
勿論、単なる愚痴を聞く気は無いが、所謂カイゼンに類する様な提案はいつでも歓迎するし、処遇に対する話も聞くだけは聞いてやる事にしている。
何処に俺の知らない人材が隠れているかわからないからな。
俺を訪ねて来た、今年21歳になったばかりの眼前の青年も、その一人と言えるのかもしれない。
「社長、俺にも飛行機を作らせてください!
絶対社長を満足させる飛行機を作って見せますよ!」
「ほう、君は確か…。
フェアリーの所に配属になったカム君だっけか」
俺が自分の名前を憶えていた事に驚いたのか気を良くしたのか、明るい表情で頷く。
「そうです。フェアリー設計局でモックアップを担当しているカムです」
俺は人事ファイルから彼のファイルを摘まみだすと目を通す。
ウインザー出身の大工の息子で、学校はロイヤルフリースクール。
財団奨学金を貰える程だったのに中退し、大工になっているな。
その後、うちの会社の求人を見て応募し、入社と。
経歴では特に航空機関連のキャリアがある訳でも無いが、なんでそんなに自信満々なんだろうな。
「わかった。
じゃあ、一先ずは今与えられた仕事をやりながらになるが、俺を満足させる飛行機の設計図面を持って来い。
それをみて考えてやる。
君に飛行機を作らせるという事は、設計局を新たに作るって事だ。
俺は、若くても能力がある人間には仕事を任せる主義だが、設計局を新たに作り人員を配備してプロトタイプを作成すると云う事は、それなりのカネがかかる。
それは分かってるんだろうな?」
カムは真剣な表情で頷く。
「勿論です、社長に損はさせません」
「わかった、では待ってるぞ」
そうして一週間後、再びカムが俺のオフィスを訪れ、図面を差し出した。
「ほう、美しいな」
その機体は複葉機だったが、全金属構造でフェアリーが開発している水冷エンジン搭載機にも似ているが、より洗練された印象を受けるな。そう、カムが見た事が有るのかどうかはわからないが、ランチェスターが作り上げた素体に通じる物がある。
「如何でしょう」
「君の経歴書には、大工の家に育った木工を得意とする大工、としか書かれて居なかった。
だから航空機に関わった事があるとは読み取れなかったが、本当に関わった事が無かったのか?」
カムは少し黙り込むとおずおずと話し出した。
「実は、学生に売るための航空機の木工模型を作って居まして、兄弟とその為の小さな会社もやって居ました。
今は本格的に航空機作りに関わるために、その会社は畳んでしまったのですが…」
「なら、経歴書にそう書いておけば良かっただろうに。別にマイナスになる訳でも無いだろう?」
「い、いえ…。実は…、社長にだけ本当の事を話しますが、航空機に関心のある大学生に模型を売るために、内緒で大学に入り込んで売っていたのです…。
大学に無断で入り込むのは勿論違法ですから…」
「ははは、そういう事か。
まあ、その話は聞かなかった事にしておく。
では希望通りに飛行機を作らせてやる。
だが、わかっているとは思うが本物の飛行機は模型じゃない。
それには実際に人が乗り込むし、落ちれば死ぬ事だってある。
その覚悟で真剣にやってくれ」
「勿論です。航空機事故で亡くなった人の話を聞いたのは一度や二度ではありません。
決して社長の期待を裏切らない様に頑張ります」
「うむ、解った。
では、準備もあるから九月まではフェアリーの所で今の仕事を続けてくれ。
移籍の話はフェアリーに俺から話しておく。
九月からは新しい設計局を発足させるから、よろしく頼む」
「わかりました。ありがとうございます!」
こうして、新たに〝カム設計局〟が発足することになるんだが、シドニー・カムって誰だ?
カム航空機なんて、前世では聞いた事が無いが。
本来ならソッピースとかに居たエンジニアなのか?
いずれにせよ、これで物になるなら良い掘り出し物だろう。
新たな設計局の誕生です。