第四十三話 1914.8-1914.8 指揮車
イギリスの遠征軍は出動準備中です
1914年8月上旬。閲兵式の翌日、俺はオフィスで英軍の将官の訪問を受けていた。
ちなみに、うちの会社の装備の導入を積極的に進めてくれたのが、偶々の巡り合わせだとは思うんだが、ヘイグ大将だ。
そして、うちの会社の装甲車や戦車などの導入と運用の責任者となっているのがアレンビー少将。
汎用車両を含む歩兵装備などの面倒を見てくれたのがロマックス少将。
中でもアレンビー少将は、うちの会社に良く顔を出しては新しい情報を聞き出していたり、戦車や装甲車の改良の要望を伝えたりと随分熱心だ。
ロマックス少将の方は、うちの会社にはほとんど来なかったが、銃器や火砲などの試験をする際に手配してくれたりと面倒見がよく、色々と世話になった。
勿論、英軍側には役人や担当技官なども居るのだが、やはり上級将校、それも将官の影響力は大きいからな。
どういう繋がりかというと、三人ともアルダーショット駐屯地の上級将校で、うちの会社の試験などはもっぱらこのアルダーショットで行われたという事になる。
俺の記憶によれば、史実でもこのアルダーショットの部隊が欧州大戦で一番最初にイギリス遠征軍(BEF)としてフランスに送られた部隊だから、なんとも運命的な出会いだ。
なにしろヘイグ大将は、総司令官としてそのBEFを率いて第一次世界大戦を戦い抜いたのだからな。
今日うちの会社を訪れたのは、これまでほとんどうちの会社には来なかったロマックス少将だ。
応接室でロマックス少将から、英軍での装備の配備状況について、機密に触れない程度の話を聞いた。
やはり補給の問題があり、アサルトライフル、つまり新式自動小銃などの新型装備は虎の子の機械化部隊に集中配備されており、一般歩兵部隊にまで充足して配備できたのは軽機関銃だけらしい。
英軍としても新式自動小銃の火力には大いに期待している様だが、演習や訓練を重ねた結果、この小銃が消費する弾薬量の多さに悲鳴を上げている様で、ある程度の弾薬を自前で運べる機械化部隊でも無ければ、今の補給能力では歩兵部隊で新式自動小銃の維持が可能かはわからないとの事だ。
勿論、輸送トラックの大量導入による補給部隊の自動車化が進んだ結果、補給能力は大きく高まっているのだが、それでも従来のボルトアクション銃を装備した部隊への補給量とは比較にならないそうだ。
まあそれが原因で、我が皇国でも機関銃の類しか、まだ各部隊に充足配備できてないのだが…。
それでも、同時期に売り込みに来ていたルイス軽機関銃より高性能な軽機関銃を導入できたのは良かった、とロマックス少将は話してくれた。
ところでロマックス少将が今日うちの会社に来たのは、軽機関銃の礼を言いに来たわけではもちろんない。話が一区切りしたところでロマックス少将に、見せたい物がある、と言って一緒に外へ出た。
「少将、こちらになります」
「…、デカいなこれは。
装甲バス…か?」
「はは、似たような物ですよ。
装甲指揮車になります」
「指揮車…?」
「まあ、中を見て貰えればわかりますよ。
こちらからどうぞ」
俺は野戦指揮車両として幾つかの装甲車を製作しているのだが、これはその内の一台だ。
史実のAEC装甲指揮車、通称ドーチェスターを俺なりに再現した大型車両。
勿論、ドーチェスターを丸々コピーした訳では無く、そもそも俺は模型程度にしかドーチェスターの構造を知らないので、俺が使うならこういうのが欲しい、と云うのを具現化しただけなのだが。
しかし、見た目はドーチェスターにかなり似てしまったな。
「おおっ、中は広いな」
「ええ、ここで少人数なら作戦会議が出来る位の広さはあります」
「ほう」
ロマックス少将は幾つかある椅子の一つに座って座り心地を試す。
「その椅子は、この車両の為に特別に家具メーカーに作らせた椅子で、長時間座ってもお尻や腰が痛くなりにくい作りになってます」
「確かに、これは座り心地が良いな。
汎用車両はそれ程乗り心地が良いと思わなかったが、これは別格だな」
「あれも、一番長時間乗員が座るだろう前部座席の座り心地は、まだマシの筈ですよ」
「ほう、そうだったのか。
この車両は照明の類も完備している様だが、電力は如何しているんだ?」
「車自体に発電機が付いていますし、無線機用にはまた別に発電装置が付いています」
「至れり尽くせりという訳か」
「指揮車両ですからね。
ここには地図を入れる為の大型の収納が、こちらには書類を入れる為のファイルケースが有ります。
無線機はここで、無線技士の席はここです」
「ふむふむ。
この天井の梯子みたいなのはどう使うのだ?」
「これはこのように、梯子を引き下ろして上部のハッチを開けることが出来ます。
車体上部には機関銃を搭載する為の金具も付いています」
「なるほどな。
ところで、今は夏というのもあるが、中は結構な暑さなのだが、大丈夫なのか?」
「ええ、勿論。
こちらの天井には大型の換気扇が付いていますし、この小型の扇風機を使う事も出来ますよ」
そういうと、俺はそれらを動作させてみた。
「おお、これは良いな。
随分涼しくなった」
「外装の方も説明しましょう」
そういうと少将を連れて外に出る。
「こちらの方からテントが引き出せるようになっています」
そういうとおれは、ロール式のカンバス屋根を引き出して見せる。
「店先などでたまに見かける奴だな。
なるほど、これを屋根にして簡易指揮所を作る事も出来るという訳か」
「ええ、そういう事です。
ここにテーブルが収納されて居ますから、これを引き出して組み立てます。
また、中の無線機の配線をここのプラグから引き出せますから、外に居ても無線機を使うことが出来ます」
「はっはっは。
まるで、キャンプが出来そうだな」
「そうですね。
民生用にすれば、キャンプの出来る車として売り出す事が出来るでしょう。
但し、値段は少々張るでしょうけど」
「まあそれは致し方なかろう。
ところで、装甲車という事だが、どの程度の銃弾に耐えられるのだ?」
「この装甲車は、今のうちの会社で一番強力な150馬力のエンジンを搭載しています。
だから搭載力に余裕が有りますから、装甲の厚さは箇所にも依りますが、殆どの箇所に10mm以上の鋼板が使われてます。
従って、通常の小銃弾や機銃弾では貫通することが出来ません。
しかし、野砲の直撃には流石に耐える事は出来ません」
「そうか。
まあ幾ら装甲車とはいえ、装甲指揮車で戦う訳では無いからな。
そのくらいの装甲であれば十分だろう」
「そう言うことになります。
それと、この車両の最も売りの部分がこれです」
俺は車体に取り付けられた梯子を使って天井に上ると、シートに包まれていた網を引っ張り出す。
そして、社員の一人を呼ぶと展開を手伝って貰った。
「こ、これは…」
「これはカモフラージュネットです。
中からは外がそれなりに見えますが、外からはこのネットのお陰で中があまり見えません。
しかも、指揮所にするところを掘って低くし、そこに車体を入れて半分ほど沈めた状態でこのネットを張れば、遠くからこの車両を視認する事は極めて困難になります。
平地ですら確認は困難ですから、森の中なら見つけるのはもっと困難でしょう。
勿論、場所や季節でネットを使い分ける必要はありますが」
「これは素晴らしいな。
この車両に限らず、広く使えそうだ」
「そしてこのネットの最大の強みは、空からも見えにくい事です」
俺の一言に少将の目が大きく開かれ、パンと手を打つ。
「航空機の偵察から隠れることが出来るのか。
それは素晴らしい。
指揮所で一番避けたい事は、空から視認されて砲撃を食らう事だからな」
「その通りです。
その為のこのネットです」
「素晴らしい…。
しかし、なぜ今なんだ。
私はこの装甲指揮車、今回の遠征に持っていきたくなったぞ。
だが、今日見せて貰ったところで、もうどうにもならんだろう」
少将は少し恨めしそうな目線を俺に向ける。
「はは、今日お呼びしたのは、これを持って行ってもらうためですよ。
この車両、少将にお貸ししますから、代わりに使用レポートをお願いします。
残念ながら、既に戦争が始まってしまいましたから、運用試験をしている時間が有りません」
「貸してくれるというのか?
だが、しかし…」
「少将の私物という事で良いじゃないですか。
うちの会社が少将に個人的に貸し出すのです」
「うむむ、なんとも釈然としないが。
わかった、ではその好意に甘えるとしよう。
でもどうやってアルダーショットまで持ち帰るのだ?」
「このカンバスを掛ければ、少々大きいですが傍目にはトラックに見えます。
この状態で乗って行けば、多分大丈夫でしょう。
アルダーショット迄はうちの社員が運転して運びますから、道中トラブルがあっても大丈夫です」
「はは。
わかった、世話になる。
使用レポートは確実に送ると約束できるが、時期は約束できない」
「勿論です、それは心得ていますよ」
「うむ。
では、次に会うのはいつになるか分からないが…」
「ええ、ご武運を」
「ありがとう。
では行ってくる」
「はい」
そういうと、少将は将官用の公用車に乗り込んで出発し、そしてその後をうちの社員と少将に随行してきた兵士の二人が乗り込んだ装甲指揮車が続き、アルダーショット駐屯地へと帰って行った。
追加発注は確実だろうな。
勿論、迷彩ネットは特許取得済みだ。
「さて俺は、俺による俺の為の指揮車を完成させないとな」
俺自身が部隊を率いることになるかどうかは、まだわからないけどな。
そんな訳で装甲指揮車のモニターさんゲットという話。