第三話 1908.12-1909.6 トラクター
予定通り渡英した主人公は早速と動き出します。
1908年、船で米国より渡英。
長い船旅を経て冬のロンドンへと到着した。
船旅の間、幾つもの図面を引いた。
入国の手続きを済ませると、直ぐに大使館へと向かい在英日本大使の加藤大使へ着任の挨拶に伺い、紹介状を手渡した。
加藤大使は紹介状に対し一瞬眉間に皺を寄せるが、歓迎の意を告げられた。
英国での俺の立場は皇国陸軍中尉で英国ケンブリッジ大学への留学生となる。留学の期間は三年。
大学に籍を置きながら、戦車作りをすすめるという訳だ。
英国に到着し、まず手始めに手を付けたのはトラクター。
イギリスは既に1890年代には蒸気エンジンのトラクターが存在しており、この時期の皇国よりずっと技術が進んでいる。
とはいえ、皇国の技術進歩を待っている暇はないので、日英同盟の相手国であるこの英国を拠点に開発を進める。
兎に角、時間はあまりない。
何しろ、第一次世界大戦の勃発迄には戦力化する必要があるのだ。
俺が未来知識があるからと、未来知識で最先端の図面を引いたところで、この時代にそれを実現する事は難しいからな。
まずは、手足となって動く会社の確保をする。
狙いをつけているのは英国の無限軌道式のトラクターのパイオニアであるホーンズビー社だ。この会社は、軍向けへ軍用トラクターの売り込みをかけていたが最終的に失敗し、ホルトに特許を売るはめになり、先進的だったにも拘らず業績は低迷し第一次大戦を目前に買収され消滅する会社だ。
まず先に、俺が船の中で図面を引いた無限軌道に関係する特許を英国で申請する。
申請には駐英日本大使館が便宜を図ってくれる。
主にはこの時代でも製作可能な懸架装置やキャタピラ、キャタピラをハンドルで操作する為の遊星歯車機構を組み込んだ操行装置とかその辺りだ。
特に大型転輪とスプリングを使った懸架装置は数種類特許を取った。
特許なんてのは早い者勝ち、某戦車の父がそのうち考えるかもしれないが、特許を押さえておけば皇国の為になるからな。
必要特許を確保した後、翌年春ごろホーンズビー社を訪問する。
念のために大使館の武官経由で手配してもらった英国陸軍の紹介状も持参した。
ホーンズビーは前年、英陸軍に対するデモ走行で好成績を収めたため賞金を獲るという成果を上げ、会社は活気があった。
応対に出てきたのは現場の責任者であるロバーツ氏だ。
彼は経営陣の一人であるが、本質はエンジニア、つまり俺の同類という訳だ。
簡単なあいさつの後、製品を見せてもらう。
ホーンズビーチェーンクローラトラクター。一目でこいつの工業製品としての質の高さが解った。
だが、それをわかった上であえて挑発的な事を投げつけた。
マウンティングを取らなければ俺の望むものは作られないからな。
「まったく、クソ下らない」
それを聞いてロバーツ氏の驚愕の表情を浮かべ、その意味を理解すると顔を真っ赤に染め上げる。
「だが、素晴らしい」
それを聞いて、不可解な表情を浮かべた。
「ホーンズビーと、貴殿の製品を見せてもらった。
噂通り、素晴らしい」
ロバーツ氏は俺の真意をつかみかね、真っ赤に染めた顔は元に戻り、理解できないと言ったような表情を浮かべる。
「それで…、中尉は何を仰りたいので?」
英国では、外国人でも将校であれば最低限の敬意をもって扱われる。
だが、このままでは収まらないだろう。
「これを見てほしい」
そういうと、俺は船で引いてきたトラクターの図面を見せる。
ちなみに、図面に載っているのは民生用のトラクターの図面だ。
勿論、大砲の牽引にだって使える。
特徴的なのは昭和時代のロボットアニメのキャタピラ付きロボットについていた足回りの様な三角形の足回りだ。
この足回りは、中のサスペンションとは別にこの足回り自体が動く。
これによって、でこぼこした不整地でもがっちり掴むことが出来る。
そして、この時代のいかにも効率の悪そうなキャタピラでは無く、後の世で使われているような、しっかりしたキャタピラを装備している。
勿論、全て特許取得済みだ。
「こ、これは…!」
「我が皇国政府が貴社にこのトラクターを発注する。
そして、必要があれば出資する用意もある。
屈指の先進性と技術を誇るホーンズビーでしか作れないと俺は思ってる。
ここにきて、さっき確信させてもらった」
図面に見入っていたロバーツ氏が顔を上げる。
「確かに…。
これと比べれば、今日見せた製品はくだらないかもしれませんね…。
だが、そこまでわが社をかって頂いている。
現在、わが社は我が国の陸軍向けのトラクターの開発を進めているが、それですべて手一杯という訳ではありません。
この、先進的なトラクターの開発を経験すれば、きっとプラスになる。
ぜひ、やらせてください」
「では、契約と行きましょう。
後日、弁護士を伴ってまた来ます。
契約書を交わし次第、直ぐにでも取り掛かって貰います。
私は陸軍中尉ではありますが、技官でもありますのでこの図面を見ての通り技術にも明るい。
全面的に支援させてもらいますので、良いトラクターを作りましょう。
このトラクターが完成すれば、皇国で広く使うつもりです」
「それは素晴らしい。
私も、トラクターは民生分野でこそ売れると思っているんですよ。
では、楽しみに待っています」
こうして、後日契約を交わし、開発に入った。
流石、規模は小さくともイギリスでも屈指の技術蓄積がある会社であり、取り掛かったら仕事の早い事。
年内には試作車が動き出しそうな勢いだ。
この調子でいくとホルトトラクターもキャタピラーも消えるかもしれませんね。




