第三十七話 1914.3-1914.3 開発は進む
開戦まであと少し。主人公の所は開発を進めます。
俺は英国に戻ってから腰を据えて日々精力的に仕事をこなしている訳だが、前世と異なりこの時代は当たり前だがスマホは勿論パソコンなんてものも無い。
スケジュール管理をやるのも全てアナログ、手作業な訳だ。
そして、この時代の手帳というのはメモ帳程度の機能しかなく、カレンダーも月日と曜日が書かれているだけで、美術的には兎も角まるで機能的ではない。
ちなみに、軍支給の軍隊手帳にはメモ書きの余白はあるが、基本的には軍人としての身分証明書であり、手帳として普段使いするような物では無いと思う。
もし自分が戦死した時にこれが身に付いていれば無事に身元確認が出来る。そんな役目の代物でしかないのだ。
だから英国に戻って来るとシステム手帳的な物は無いか探したのだが、流石先進国というか、直ぐに見つけてしまったのだ。製品そのものは米国製だったが、Lefaxという会社がシステム手帳を数年前から発売しており、それが英国にも入って来ていたのだ。
俺は早速米国のLefax社にコンタクトをとると、纏まった数を買うからという事で、うちの会社仕様のシステム手帳を作って貰い、全社内の標準支給品として全社員に配布した。
良いものは直ちに取り入れられるというか、あっと言う間にうちの会社で受け入れられ、そしてうちの会社と関係があるところへも広まっていき、英国のビジネスシーンで大流行を起こしたのだった。
俺的には俺個人が使いたかったから取り寄せただけなんだが、まさか英軍まで採用するとは思いもしなかったぞ。
ちなみに筆記用具の方は、皇国でも高級品だが独国製やら米国製のシャープペンシルが既に輸入されて使われて居るし、ここ英国でも普通に売られている。
とはいえ、前世の所謂シャーペンを知って居ると、この時代のシャープペンシルは高いし重いし芯も太く感じる。
それで、結局俺が普段愛用しているのはオノトの万年筆という訳だ。この万年筆は皇国では文豪夏目漱石が愛用しているらしい。
個人的な筆記に関しては紙と万年筆で問題ないのだが、欧米では基本的に手書き文書なんてのは公式な文書にはならない。
この時代、パソコンは当たり前だが存在せず、ワープロも勿論無いのだからプリンターも当然ない。ちなみに、プリンターの原型ともいえるテレタイプは既に存在するが。
それは兎も角、最終的な文書はタイプライターで作成する訳だ。
このタイプライターという代物は、前世のパソコンのキーボードの様に打ち込みやすい代物では無く、ストロークは深く、正しく鍵を一文字ずつ入れていかなければならない。
慣れればそれなりに使えるようになるのだが、当たり前だが慣れるには時間がそれなりに掛かる。
正直、こんな物に関わって居られるほど俺は暇でもない。
で、この時代の企業にはこういうタイプを専門とするタイピストが所属する、文書作成を主任務とした部署がある訳だ。勿論、うちの会社にも。
うちの会社はこの時代の会社らしく、ほぼ男性社員で構成された会社だが、この部署だけは例外的に女性社員で占められている。
それも大学を出て紹介状持参で応募してくる、身元のしっかりした才媛揃いだったりする。
と言うのも、色んな文書の作成にかかわるだけに、そこには企業の機密情報も含まれているので、タイプが出来れば誰でも良いという訳では無いという事情があるのだ。
そこでキャリアを積んだ女性が将来的に秘書などに昇格したりするわけで、折角の才媛の無駄遣いという訳でも無い。
1914年3月、新たなメンバーの参加と糸目をつけない予算によって、風洞の製作は進んでいる。
流石に小規模とはいえ一度自分で作った事のあるツィオルコフスキーと、自分でも作ろうとしていて、エッフェル研究所や王立物理研究所の実物を見た事があるランチェスターが加われば、後はもう物理的な作業量しか残っていないという状態だ。
特にランチェスターの、一体何処から溢れてくるのだろうというアイディアと情熱は想像以上だ。文字通り寝食を忘れて憑りつかれたかの様に働き続けるのだ。
そして、それに影響されてツィオルコフスキーも英国にやって来た時の萎びた雰囲気から一変して若さと威厳ある風格を取り戻し、まだ英語は片言だが早くも信奉者を集めつつある。
この手の人種というのはやはり報酬より仕事なのだとはっきりわかるし、インフルエンサーとしての強烈な個性は確実に人々に伝播して行く。
パワハラやモラハラがそこにある訳では無く、彼ら自身の生き様が人を寄せ付けるのだ。
実際ランチェスターは、工学に関しては博学であり、アイディアマンであり、そして天性のコンサルタントだ。うちの会社で仕事を始めてからは、出入りを規制している一部の部署以外の、あらゆる部署に顔を出し、あらゆる仕事に首を突っ込みたがる。
そして、彼は其処でなにがしかのアイディアや解決法を残していくため、自然と彼が顔を出せば彼に相談するという流れが出来つつあった。
俺としては実にいい買い物をしたと思うし、彼にとっても良い職場を見つけることが出来たという事だと思う。
しかし、今の流れだと〝ランチェスターの法則〟は彼の頭の中に概念的な物があっても、発表されない可能性が大きいんじゃないか?
南部大佐がうちの工員を使って汎用車両に迫撃砲の搭載を完了した。
構造的に車体の真ん中に突き出ているエンジンルームが邪魔だったようで、車体後部に張り出しを作る事で迫撃砲を搭載できるようにしたとの事だ。
後部から迫撃砲を降ろして使う事も可能となっている。この辺りは前世の豪軍仕様の物とほぼ同じか。
但し、汎用車両のサイズでは砲弾搭載量が十分では無い為、ローリーを牽引するか、或いは砲弾運搬型の汎用車両とペアで行動させる必要が有るとの事だ。
一先ず迫撃砲搭載車両が完成した事でその試験は英軍に任せ、南部大佐には自動迫撃砲開発の方を進めて貰うように頼んだ。
これは前世でロシア軍が装備していた2B9自動迫撃砲に相当する物で、クリップで纏められた3-5発の迫撃砲弾を砲身側面から装填して連続発射する事で面制圧力を高めた迫撃砲で、実現すればかなり強力な火力となり得る。
従来の迫撃砲と異なり、俯角をとる事で直接照準射撃も可能という所も素晴らしい。
勿論、実現出来れば、だが…。
日本の誇るイノベーターたる南部大佐に頑張って貰うとしよう。
一応、俺が記憶していた構造などの技術情報はすべて渡してある。
ガーランドもまた頼んでいたバトルライフルの試作品を完成させた。
俺はてっきりM1ガーランド的な物が仕上がって来るのかと思っていたら、デグチャレフの手掛けたアサルトライフルの構造の優れた部分を吸収し、いい意味で予想を裏切った代物が上がって来た。
まあデグチャレフが監修しているのだから、よく考えたらM1ガーランドが出来上がる訳も無いのだが…。
出来上がって来たのは、ショートストロークピストン、ロータリーボルト式の単発式のオートライフルで、銃身、機関部、ストックが簡単に選択可能になっており、照準器も標準のアイアンサイト以外に光学照準器を簡単に取り付けられるよう、ピカティニーレールが搭載されている。
更には、機関部はレシーバーと弾倉部分を変更する事で銃弾も変更可能という至れり尽くせりの仕様だ。
試作品に使われている弾は車載機銃に使われている8mm弾だった。
この弾丸を選んだ理由を聞くと、一番パワーがあるから、だった。確かに、現状手元にある弾丸の中では一番威力があるのは間違いない。
とはいえこの贅沢仕様の銃、かなりの高コストでどう見ても趣味の代物だよな…。
どうの言ってもデグチャレフの作って来た銃は武骨でも生産性を考慮されて作られて居て、実際にコストもそこまで高い訳では無いからな。
だが、特殊部隊向けならこういう銃も必要なのかもしれない。
性能的には問題無さそうだから、追加でサイレンサーの装着も可能な様に頼んでおいた。
米国の航空機会社から、航空機開発のその後の進捗具合が書かれた手紙が届いた。
やはり、ロッキード兄弟は飛行艇の方に行くそうで、現在エンジンを2発載せた複葉飛行艇の開発を進めているそうだ。
米国には技術力のあるボートビルダーが幾つもあり、飛行艇の胴体を作ってくれるところを既に見つけてあるそうだ。
マーティンの方が陸上機の開発を進めている様で、従来型の3ベイ複葉機が完成したと写真が同封されていた。
エンジンはうちから送った120馬力エンジンを搭載している様だな。
うちの方も、そろそろまともな機体を飛ばして貰わなければ。
英国の航空機会社の方は米国より一歩立ち遅れています。




