第二十五話 1913.4-1913.4 ロシアの至宝
ロシアの至宝ことトゥハチェフスキー登場です。
1913年4月下旬、モスクワはアレクサンドルにあるロシア陸軍大学で講演を行った。
勿論、潜在的な敵国であるロシアに下手な軍事情報を洩らすわけにはいかないから、今陸大や英軍で講義している機甲戦術の様な話は一切するつもりはなかった。
しかしロシア陸軍大学から求められたのは、自らも従軍し旅順要塞攻防戦で勝利した乃木大将の息子である俺に、今後の戦争について何か話してほしいという事だった。
こう云うリクエストが出たのは、恐らく日露戦争自体がこれ迄の戦争を替えるような戦争の走りだったからだろうか。
俺はロシアというと、やはり後に大規模な機動戦闘が繰り広げられた広大な国土が思い浮かぶし、そこでの戦力の迅速な移動と集中、そしてそれに見合う効果的な火力の運用がキーだと思う。
実際、第二次世界大戦からは機械化部隊だが、ロシア内戦期には装甲列車が大活躍した。
何しろ装甲列車は連隊規模の兵力を一気に運ぶことが出来、大口径の大砲を支援火力として運用する事が出来るのだ。
勿論、装甲列車は線路を破壊されれば移動不能になるし、陸上戦艦という程には堅牢ではない。それでも、なにも無かった場所に突如装甲を備えた陸上要塞が現れる事は脅威以外の何物でもない。
これだけが勝利の要因ではないが、現実に赤軍はこの装甲列車を駆使して内戦を有利に進め、勝利を掴んだのは間違いない。
それを踏まえ、講演では鉄道を駆使した戦力の集中の原則の実現についてを話した。
講演そのものはおおむね好評だったようで、講演を聞いた学生や同席した指導官らの反応も悪くなかったように思う。
実際、講演の後の指導官達との会合で、我がロシアでも既に装甲列車の開発と配備を進めているが、日本でも装甲列車の開発や配備を進めているのか、と言う質問が出た。
この時期の日露関係が雨降って地固まるではないが、比較的良好であるという事もあるのかもしれないが、軍事機密の筈のロシアで開発中の装甲列車の話がまさか聞けるとは思わなかった。
実のところ日本は装甲列車を積極配備する予定はない。
大陸に進出するつもりがない以上、大陸程の必要性は感じないからだ。
とはいえ、まったく配備する予定が無いのかというと、無論そんなことは無く戦時に部隊や物資を運ぶ列車の自衛の為の何らかの手立ては立てるだろう。
陸軍大学での講演が終わり質疑応答に進んだとき、真っ先に手を上げた若者を見て俺は驚いた。
歳は若いが写真で何度も見た特徴的な顔立ちで彼が誰かすぐにわかった。
後に〝ロシアの至宝〟と呼ばれるミハイル・トゥハチェフスキーその人だったのだ。何処かに居るだろうとは思っていたが、こんなに直ぐに出会えるとは。
トゥハチェフスキーは装甲列車など鉄道を駆使した戦術について、線路を破壊され立ち往生する可能性を指摘し、それを阻止するためには線路保全に部隊を別途割かねばならず、また路線すべてを守る事は不可能だとも指摘した。
それこそ、戦力の集中どころか戦力の分散に繋がるのではないかと。
その疑問に対し俺は答えた。無論その指摘は懸念されるところであり、線路が保全されて居なければ鉄道を使った戦術を駆使することは出来ない。
だが、ロシアの広大な大地で鉄道に勝る移動手段はあるのかと。
自動車が有るが、今の初歩的な自動車は悪路に弱く、道路ですらぬかるめばまともに進めない。道路が殆ど整備されていないロシアでは尚更だ。
結局、火砲や物資の移動には馬匹を使っているのが現状であり、馬匹では迅速な移動など望むべくもない。
鉄道を駆使しての部隊運用は敵による線路の破壊活動は織り込んだうえで実施しなければならない。
迅速に線路を復旧する工兵部隊の随伴は勿論の事、線路を破壊された上に待ち伏せなど食らえば目も当てられないから、斥候部隊の先発は必須だろう。
更には、遠隔操作による通過中の爆破も警戒しなければならない。
だがこれだけの障害があったとしても、大兵力を迅速に移動させ火力支援を行う事の出来る鉄道部隊の運用は有用なのだ。
新しい種類の部隊である以上、様々なケースを想定し運用を研究しなければならないのは間違いない。
欠点を指摘するよりも、むしろ有用性を把握したうえで効果的な運用法を研究する方が大事なのではないか。そうトゥハチェフスキーに指摘した。
すると彼は、元々この様な論議を促すために指摘したのであって、鉄道を駆使した戦術そのものを否定するつもりはない、と答えた。
そして、効果的な鉄道部隊の運用法をロシア陸軍は必ず編み出して見せる、と彼は自信ありげに言葉を重ねた。
確かに、ロシアには既にこの時期完成間近の本格的な装甲列車がある筈で、それらが第一次世界大戦後のロシア内戦で白赤に別れて大活躍する。
今この場に居る若手将校の卵達も二つに分かれて内戦を戦い抜き、そしてトゥハチェフスキーをはじめ赤軍派に付いた多くの帝政ロシア時代の将校が大粛清で犠牲になったのだ。
講演が終わった後、折角トゥハチェフスキーと知り合えたのだ、飯にでも誘って色々と吹き込む事にした。
既にロシアでは1900年に入ってから共産主義者によるテロが相次ぎ、国家の高級官僚ばかりかセルゲイ大公という皇族まで暗殺し、1908年には皇帝ニコライ二世の暗殺未遂をおこしており、非合法なテロ組織として認識されている。
しかし、この時期のロシアは色々な外的要因もあり、また皇帝のロシア改革が裏目に出た事もあり上手くいっておらず国内がかなり不安定になっていた。その陰で多くの農民や労働者階級が生活苦に喘ぎ、共産主義者の弄する甘言を受け入れる素地があるのだ。
結局、それが故にトゥハチェフスキーもそしてジューコフも赤軍派に加わる事になる。
彼らは共産党が後に恐怖政治を敷き数千万のロシア人を殺す事など想像もしなかったろうが。
大使館に手配してもらったモスクワでも評判の良い店にトゥハチェフスキーを誘った。
事前に飯に誘うという話はしておいたので、普通に応じてくれてロシア料理を一緒に食べる事になった。
ひとしきり世間話をした後、俺は今蔓延る共産主義について聞いてみた。
どう思っているのかと。
するとトゥハチェフスキーは政治に無関心な訳では無いが、ロシアの軍人は政治に干渉せず中立であり、個人的な思想はともかく国に従う。
そう模範解答的な答えを返した。
それが、ロシア軍人の精神なのかもしれないが、軍人の不干渉が結局ボリシェヴィキの暴走を招き、後の大粛清でまとめて一掃される羽目になるのだがな。
多くの将校が、無実の罪で毎日の様にルビヤンカの牢獄でつるし上げられて拷問を受け銃殺されていく中、最後の最後でクーデターを企てようとしたらしいが、時既に遅しで万事休すだった筈だ。
俺は、我が日本の軍人は政治に関心を持つし、軍を退役したのち政治家に転身する者も少なくない。
俺自身は政治家になるつもりは無いが、共産主義思想は危険思想だと考えており、それは我が国だけで終わる話ではないと話した。
共産主義を危険視し非合法としている国は多いが、今現在はフランスがそれを禁じておらず多くの国からテロリスト達がパリなどに逃げ込み、横のつながりを広げてパリにいる若い学生たちに共産主義という毒を植え付けている。
その中には、ロシア人も少なくない。
こう話すと、共産主義を毒だと断じる根拠は何かと興味を持って聞いて来た。
トゥハチェフスキーが興味を示したので、俺はここぞとばかりに彼に〝共産主義の毒〟とは何かを話し始めた。
個人的に共産主義者の質が悪いのは、労働者階層の味方だと言いながら、労働者を利用する駒程度にしか考えておらず、共産主義者は彼らを衆愚だと定義している。つまり、政治エリートたる共産党の指導が無くては労働者達は正しく生きていくことは出来ない愚かな存在だと。
だからこそ、エリートたる自分たちが考える理想の平等国家実現という大義の為に、労働者たちを指導し戦わせる事が正義だと定義している。
そして、その大義実現の為なら暴力や殺人を含むあらゆる手段が正当化される。そう連中は考えている。
だからこそテロを起こすのであり、実際はそこに正義などどこにもない。
更に言えば、彼らが権力を掌握したところで理想の平等国家が実現する訳もなく、彼らは自分たちがしたのと同じように新たな勢力が暴力で自分たちの権力を奪いに来る事を極端に恐れるので、恐怖で国を支配する。そして、一部のエリート以外は等しく貧しい国になる。
何しろ共産主義者の政治エリートたちは、自称エリートであって本当に国を動かしたことも無ければ、社会に出ると同時に共産主義活動にのめり込んだので全く働いたことも無い奴らが普通に居る。
自分たちが勝手に思い込む正義の名の下に、人殺しを公然と行うテロリストに国を預けたいと君は思うのか?、とトゥハチェフスキーに聞いてみた。
トゥハチェフスキーはそこまで考察を至らせたことは無かったようで、脂汗を滴らせるような硬い表情で項垂れるしかなかった。
更に俺は、彼に畳み掛けた。
皇帝は大きな権力を持つが、それで改革を志しても思うがままの改革がなせるわけではないし、皇帝はある意味孤独で、理想を実現するために必要なブレインが側にいるとは限らない。そして、結果的にうまくいかなければ、それがどのような理由であれ全て皇帝の責任となる。
恐らく帝政ロシアがこのまま倒れず続けば、何れ皇帝の権力が議会などに移譲した国家体制に変化するだろうと思うが、そんな時代の流れを庶民が分る訳もない。
だからこそ今ロシアの国内情勢は不安定なのであり、共産主義者達が弄する甘言に惑わされる労働者たちが多くいる。
労働者達は、共産主義者がこの国を支配した後に訪れるであろう恐怖政治も、素人がその道の玄人に対して浅い考えで指導と称して命令した結果、国家運営が破綻して大勢の人が犠牲になるだろうこともわからないだろう。
また、軍の教育をまともに受けた事が無い共産主義かぶれの素人が、正規の軍事教育を受け士官学校を出た部隊指揮官の上に立ち命令を下す。
そんな状態になったらその部隊は、いや軍は一体どうなるだろうか?
トゥハチェフスキーはそれを想像し顔を青くする。
そんな事が万事に罷り通るのが共産主義なのだ。
皇帝は生まれ落ちたその日からしっかりした為政者たるべき教育を受け、帝王学を叩き込まれ帝位についている。
しかし、為政者としての教育どころか教育を受けたかどうかも怪しいテロリストが、たまたま共産主義者の権力闘争に力で打ち勝ち、権力を握ったらどうなるだろうか?
彼は自らの権力維持の為、保身の為に、自らに挑戦する事が可能な存在全てを粛清することをためらわないだろう。
彼は、共産主義者側に付いた帝政ロシア時代の将校にその気が全くなかったとしても、可能性がある、というだけで将校全員を銃殺にする事すら厭わない。
それがたとえ戦争前夜であったとしてもだ。
彼は後ろから撃たれる可能性を残しておくだけで眠れなくなるのだから、枕を高くして眠る為なら徹底的にその可能性を排除するだろう。
トゥハチェフスキーはその知的な顔を青ざめさせ、言葉も出ない。
俺が言いたい事は一つ。
君たち若手将校が彼らに手を貸すという事は、そういう国を作り上げる手助けをすることに他ならない。という事だ。
だから、彼らの甘言を真に受ける者を少しでも減らす為、兵士や労働者階級の人達の権利や処遇を、急には無理だろうが、今よりも良く改めていく必要がある。
軍人は確かに政治に中立であるべきだが、無関心であってはならないし国家の守護者たる責務を果たす為であれば動くべきだと俺は思う。
俺は外国人に過ぎないが、共産主義者に踏みにじられる国が出ない事を節に祈っている人間だ。
ロシアが世界初の共産国とならない事を君と、そして君たち若手将校に頼みたい。
そう俺は話を締め括った。トゥハチェフスキーはこれに対し返答はしなかったが、その瞳には明確な意思が感じられた。それがどういう意思かはわからないが…。
その後、固い話はこれ迄とウォッカを勧め、美味い料理に舌鼓を打ち、そして握手でわかれた。
ロシア語が話せるようになっていて本当に良かった。
デグチャレフには感謝だな。
さて、明日はジューコフの店に出向くとしよう。
主人公の共産主義に関する考え方は未来での結果論に基づいています。
それ故、マイナス面ばかりが記憶に残っており、それをトゥハチェフスキーに刷り込みました。
ちなみに、全て実話を基にした結果論的な話です。