表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/68

第二十三話 1913.3-1913.3 離日

いよいよ日本を離れイギリスへと向かいます。





1913年3月、いよいよ月末には日本を離れる。

日本での残り時間はわずかになって来たが、最後に以前伊藤公を介して紹介してもらった池貝庄太郎氏に会っておかなければ。


それとは別に、池貝氏一人だけでは弱いと考えているので、この時期池貝氏と同じく工作機械を開発している大隈栄一氏にもテコ入れをしておこう。


前世の日本では、工作機械の重要性に対する見識が為政者に無かったというのも大きいのだろうが、〝東洋一の工業国〟と豪語していた割に、国内で使われている工作機械のその多くが欧米製だった。日本にも第二次世界大戦までに三百社を越える工作機械メーカーが誕生し活動していたが、何処も会社としては規模が小さく、国内産業のニーズを満たすには全く力が足りていない有様であった。

しかも、その工作精度は欧米製工作機械には遠く及ばなかった。ワンオフの手作り試作品は性能が良くても、後にエンジンなど軍需品を大量生産した時、量産品は試作品の性能を全く満たせない。

そんな有様だったのだ。


前世の日本は、第二次世界大戦直前に大慌てで巨額の国費を投じて欧米から高品質のマザーマシンを大量輸入し、高品質の工作機械を供給できる体制を整えようとした。しかし、昭和十五年の日本のブラックリスト入り、つまりは対日輸出規制でその道を絶たれ、ドイツ、スイスなどからの輸入も第二次世界大戦勃発で頓挫。

結局前世日本は、数が足りず工作精度も悪い国産工作機械で軍需産業を支える事になったのだ。


この状況がもっとマシであれば戦争に勝てたかというとそんな事は無いだろうが、もう少しまともに戦えた可能性はあるだろう。


だが現世の日本は、今からであれば全く遅くは無いと思う。

大陸から手を引いたことで日本が主たる戦争当事国になる可能性は低くなり、今後は手伝い戦が主になるだろう。一方、戦争が起きれば軍需品に限らず、戦争特需が必ず起きる。

その蜜を大量に吸って大きくなり、後に世界を牛耳ったのが前世のアメリカだからな。


日本も前世の米国ほどではないにしろ、更に豊かな国になる為に戦争を活用しない手は無いだろう。


池貝氏と都内の料亭で会う事になった。


料亭にやって来た池貝氏は四十過ぎで、実際に学校でも教えているのだが、やはりどことなく教育者という空気の漂う人物だった。


「陸軍の乃木です。池貝さん、わざわざ足労頂き申し訳ない」


「いえいえ、私も乃木さんに一度お会いしたいと思っていたのですよ。

 実は、乃木さんが伊藤公経由で私に連絡を取ってこられたので、最初は兵器開発の話しか何かかと思いましたよ」

 

「はは。そうでしたね。

 私は兵器の開発が担当ですから、普通そう思いますよね」


「しかし、面白い仕事を私に依頼して来ましたね。

 自動工作機械とは」

 

「ええ、大量生産品は人が一つ一つ作るよりは自動工作機械で作る方が合理的だろうと思いましてね。

 既に工作機械を作られ、工学者としても名高い池貝さんならきっと実現してもらえるだろうと思い、依頼の筆を執った次第なのです」

 

「私に仕事を依頼されたのは正解だったと思います。

 既に工作機械は手掛けておりますし、何より私はからくり儀右衛門こと田中久重先生の直系の弟子でありますから、からくりに関してもその仕組みに付いても良く存じております」

 

「そうですね、そう思ってお願いしたんですよ。

 欧米で言うとオートマタですか、あの技術を活用すれば自動工作機械を作り出すことが出来るのではないかと。

 そう思ったんです」

 

「頂いた手紙を読んで、そんな発想もあったのかと蒙を啓かれる思いで、早速作ってみたのですよ」


「えっ?もう作ったのですか?」


「一先ず動く程度の物です。

 精度の面ではまだ納得は行きませんが」

 

「それは凄い。

 精度を上げるのは簡単では無いでしょうが、頑張ってほしいです」

 

「ええ、政府のお役人の方からも期待して頂いていて、補助金も出る事になりましたし、しっかりと形になる物を作れればと思っています」


「それは楽しみです。

 私は今月末には英国に向かう為に日本を離れますが、次に帰国した時には池貝さんの工場にお邪魔して実物を拝見させて頂ければと思います」


「わかりました、良いものをお見せできるように頑張ります。

 英国までは遠いでしょうが道中お気をつけて」

 

「ありがとうございます」



流石田中久重の弟子だけに、池貝氏は俺が話した内容の呑み込みが早い。

コンピューター制御とまでは行かないが、その前身になる様なものが出来たなら、日本は世界に先駆けてNC工作機を実用化できるかもしれないな。




その後、俺が愛知迄行っている暇がないという理由からではあるが、大隈氏と付き合いのあった東京砲兵工廠の伝手で大隈氏を東京に呼んでもらったところ、わざわざ東京までやって来てくれた。


大隈氏とは俺の日本でのオフィスがある東京市小石川の東京砲兵工廠で会った。


そこで大隈氏に工作機械の重要性を熱く語り、工作機械の開発製造を今以上に腰を据えて大々的にやってほしい、と頼んだ。


この時期はまだ会社名が〝大隈麺機商会〟というくらい、主たる業務は製麺機の開発製造であり、工作機械の開発製造は副業でやっているに過ぎない。


元々工作機械を手掛け始めたのは、製麺機との共通性があったからか、日露戦争で東京砲兵工廠から図面を渡されて、兵器製造用の工作機械の製造を依頼されたからだ。

本格的に工作機械の開発製造に舵を切ったのは1918年。第一次世界大戦で多くの引き合いがあったんだろうな。


後に1937年に工作機械生産額が国内第一位になる迄に成長するが、会社の規模は結局1945年の敗戦まで敷地が600坪程度の鉄工所でしかなく、後のオークマへの成長を遂げるのは戦後になってからだ。


多分、財閥の後ろ盾でもなければ資本力に限界があり、需要はあっても大々的に工場を大きくすることが出来なかったんだろうな。


俺は大隈氏との話の中で、大隈氏に最大で一万円程投資するつもりである事を話した。一万円というのはかなりの大金で、早川氏に投資した金額の十倍だ。

しかし俺は、今後の国内や大陸での工作機械の需要を考えれば、十分に元が取れると思っている。何しろ大隈の工作機械の精度は、池貝氏の工作機械に勝るのだ。

それ程の精度に関するこだわりが大隈氏にはある。


俺が一万円の投資の話をすると、大隈氏は腰を抜かすほどに驚いた。

軍が呼んでいるからと東京まで出てきたら、いきなり工作機械の重要性を熱く聞かされ、そして巨額の投資の話だからな。


そして俺は大隈氏に、欧米から技師を派遣するからその指導を受けて更に高精度で先進的な工作機械を開発してほしい、と頼んだのだ。


この世界でも日露戦争後に、大隈氏の元へ砲兵工廠から兵器製造用の工作機械の発注があったように、今後ますます工作機械の需要は高まる。前世で第一次世界大戦の後、〝大隈麺機商会〟が〝大隈鐵工所〟へと変貌を遂げたように、だ。


それを少し前倒しに、そして大規模にする為に、大隈栄一氏には頑張ってほしい。

その能力は十分にある筈だからな。


軍からの声掛りという事もあり、大隈氏は俺の投資話を受諾してくれた。会社での製麺機の製造は当分の間続けるものの、来年か再来年を目途に改組して株式会社とし、工作機械の開発製造を主たる業務とする新会社として再スタートを切ると約束してくれた。



三月末。俺は伊藤公、山縣公、それに両親など、今回の日本滞在で世話になった人たちに挨拶を済ませ、日本を離れる準備は完了した。


そして実は今回の帰国で、装甲車や軍用車両の開発成功の功績を評価され、四月一日付けで少佐から中佐へと昇進する事になった。


新しい階級章を受領した翌日、俺達は日本を離れ船で一路ウラジオストクへと向かった。


ここからシベリア鉄道に乗り、一路サンクトペテルブルクへと向かう予定だ。



今回はまっすぐ帰らずロシア経由での渡英です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 工作精度を考えてみたんですが・・・ そういえばこういう話がありますね。 日本軍が戦闘機を整備するのに製造元によってボルトやナット類が同じサイズのはずなのに微妙に違いがあって、いちいち合うやつ…
[一言] 離日していよいよ陸路で欧州入りですか(意味深) 嫁さんは某国の男勝り系長女なのだろうか? …………まさかね
[一言] 工作機械を早い段階で導入していたとしても、鉄鋼生産や原油供給と原料不足で躓き開戦に至れば史実よりマシかな程度止まりで大差が無い気がします。 基礎的な技術力、生産力、資源力で何倍も上回る工業国…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ