第二十二話 1913.3-1913.3 新たな部隊
主人公は山縣公に見つけてもらった人物と会います。
1912年3月、英国へと戻る日が近づき、その準備に追われていた。
そんな折、山縣公に探して貰っていた人物がやっと見つかったので会う事になった。
俺はてっきり軍に居ると思っていたのだが、警察官をやっていたので山縣公の人脈では見付け難かったらしい。
俺が探していたのは甲賀勤王隊の末裔。
末裔と言っても活動していたのが戊辰戦争の時であり、四十年ほど前の事だ。
彼らは甲賀古士、つまりは甲賀忍者の末裔な訳だが、江戸幕府開府の時に士分に取り立てられず、農民とされた為、江戸幕府が無くなるまで士分取り立てを歎願し続けていた。
士分取り立ての根拠とする為、甲賀の技を絶やすことなく伝承し日々の鍛錬を怠ってはいけない、と太平の世が訪れてからもその技を受け継いでいたらしい。
その受け継がれていた技が再び発揮されたのが、戊辰戦争の時と言う訳だ。
彼らはその優れた体術や潜入技術はそのままに、その伝承の技に更に当時最新の西洋軍学を取り入れて、さながら特殊部隊の様な働きをし、戦死者を一人も出す事も無く全員帰還したらしい。
結局甲賀勤王隊は手柄を立てたが、甲賀古士が士分に取り立てられることは無く、農民のまま明治維新を迎え今に至っている。
で、山縣公の伝手で見付かったのは甲賀勤王隊の隊長を務めた宮嶋正次郎の子供である宮嶋警部補という訳だ。
今日は普段使う料亭では無く、陸軍第一師団の赤坂にある師団司令部の一室を借りている。
ちなみに、第一師団は俺が一時的に配属された第一連隊の上級師団であり、その縁もあり一室を借りたという訳だ。
勿論、今回会ったのは軍にも関係する事だ。
目の前の宮嶋警部補は俺と同じくらいの年齢だろうか。
戊辰戦争を戦った父の代が大体親父殿と同じ世代だから、同世代と言って差し支えないだろう。
その宮嶋警部補は警察官という事もあるのだろうが、その身体は鍛え上げられているのが見て取れた。
「宮嶋警部補、急な呼び立てにも関わらず直ぐに来てくれて感謝する」
「いえ乃木さん、私の様な一介の地方の警察官に東京から、しかも軍から声が掛かるなどという事はまずない事ですから、大事な御用があったのでしょう。
それで、私を東京まで呼ぶ程の御用とは、一体どのようなものなのでしょうか」
俺は宮嶋警部補の警察官らしいはきはきとした受け答えに好感を覚えた。
やはり探して貰ってよかった、彼ならば俺の頼みを形にしてくれそうだ。
「今回呼び立てした用件は主に警部補の出自に関わる話なのです」
「私の出自…、でありますか」
「ええ、貴方のお父上は戊辰戦争で甲賀勤王隊を率いて活躍されたと聞き及んでいます」
「はい…。
確かに、私の父は戊辰戦争で倒幕側で戦ったと聞いたことがあります」
「宮嶋警部補のご実家は甲賀古士の有力者の家柄だと聞きました。
かつて戊辰戦争の折、甲賀古士が集まって甲賀勤王隊を組織し戦った。
戊辰戦争では長きに渡り受け継がれてきた甲賀古士の技を発揮し、偵察や奇襲、撹乱任務などで活躍し多くの感状を頂いたそうですね。
そして、一人の戦死者も出さず全員で生還したと。そう聞きました」
「…良く調べられましたね。
父達は、我が先祖は元々武士であったにも関わらず徳川幕府には武士として扱われなかった故、甲賀古士を士分に取り立てて貰うために戊辰戦争では倒幕側に参加したのだ、とそう話しておりました。
多くの感状を持ち帰る手柄を立てましたが、結局は士分に取り立てられることは無く、そもそも明治維新で武士の時代は終わったのです。
それで皆は諦めがついたのか、普通の平民としてある者は役人になり、ある者は地元でそのまま農民を続けるなどそれぞれの人生を歩み、今に至るという訳です。
私は、御国の役に立てればと警察官になりました」
「ええ、私も甲賀古士のその後に付いては聞きました。
それで、私がお聞きしたいのはお父上は甲賀古士の技を確かに受け継がれていた。
甲賀古士の技は幼少の頃から父から子へと叩き込まれると聞きます。
だとしたら警部補も甲賀古士の技を受け継いでいるのではないですか?」
俺の話に警部補は当惑した表情を浮かべる。
「…確かに自分は幼少の頃、父より甲賀の技の訓練を受けました。
しかし、明治維新で武士の時代が終わってからは、自分は以前の様に訓練を続けては居りません。
勿論、家によれば未だに明治維新以前と同じように技を伝えている所もあるとは聞きますが…。
ですがそういった家ですら、以前ほどには技を受け継ぐ様な訓練を孫の代に対しては課しておらず、書物にその技を記し残すにとどめている様です。
ところで、乃木さんは何故甲賀古士の技を調べておられるのです?」
「自分は甲賀古士の技について調べているわけではありません。
私が求めているのはその甲賀古士の技を受け継ぐ者そのものです。
例えば、警部補の様な」
「私達を…ですか…」
「今、自分は将来の戦争に備えて特別な部隊を組織したいと考えています。
その特別な部隊とは、その有無が戦局を左右する部隊です。
その部隊が活躍すれば戦地における多くの同胞兵士の命を救う事になるでしょう」
俺の話を聞いて警部補の目に熱がこもる。
「我らの活躍が戦を左右するのですか…。
甲賀古士の技を活かす事で多くの同胞の命を救う…。
それはどのような部隊なのでしょうか」
「その名を〝特殊部隊〟と言い、特殊な任務を専門に行う特別な部隊です。
その任務は簡単では無く、甲賀古士の技を活用してこそ成し遂げられる。
偵察、後方かく乱、破壊工作、どれも敵地での任務であり、高度に訓練された特別な技を身に付けた精鋭のみがそれを成し遂げ生還できるのです。
特殊部隊は替えが効くような部隊ではありませんから、任務を達成する事は大事ですが、無事に生還する事も同じ位大事なのです。
甲賀勤王隊は多くの感状を受ける活躍をしながら一人も損じることなく無事生還した。
これが特に大事なのです」
「敵地で特殊な任務を行う、特殊部隊…。
正にそれは甲賀古士がかつてやっていた仕事そのものですね」
「ええ、将来の戦場は日露戦争以上の地獄でしょう。
機関銃や大口径の大砲などの強力な火砲がおびただしく大量に使われ、勇敢な兵士達もその前には夥しい屍を積み重ねる事になる。
だからこそ敵より優位に立つため、特殊部隊が敵地に潜入してそれらの火砲を予め破壊する、或いは敵地に潜入して味方の砲弾が正しく着弾しているのかを観測するのです。
また次の戦争は、日露戦争よりも遥に大量の物資を消費する事は確実ですから、これ迄の戦争以上に兵站が重要になってくる。
敵の兵站基地は敵地の奥に築かれるでしょうが、それを破壊すれば敵は存分に戦うことが出来なくなる。
それらすべてが味方の兵を生かす事に繋がるのです」
「なるほど…。
確かにその様な部隊があれば多くの兵士達の命を救う事が出来るかもしれない。
ですが、私は警察官で兵士としての訓練は受けておりませんが…」
「一年あります。
警部補にその特殊部隊の隊長をお願いしたい。
そして、里の甲賀古士の技を受け継いだ者を集めてもらいたい。
また、甲賀古士の技を特殊部隊の任務に活かせるように適応進化させてほしい。
かつて甲賀勤王隊が、最新のイギリスの兵学を取り入れて銃を手に取り戦地へと向かったように、特殊部隊では新たな武器を取り入れた新たな戦い方を考えてほしいのです」
そういうと、俺は小冊子を取り出して手渡した。
昔取った杵柄では無いが、俺は学生時代にミリタリーものの同人誌を執筆して発表していたのだが、その時の経験を活かしてみた。
口で言ってもわかりにくいと思ったので、特殊部隊が実際に作戦を行う画本の様な物を作って来たのだ。
本職の漫画家には遠く及ばないが、それでも雰囲気くらいは理解出来るだろう。
大事なのは特殊部隊の行動の基本を理解して貰う事だからな。
この画本は、ハンドサインのやり方や部隊行動の仕方、CQBの概念などを読めば概要がわかるようにはなっている。
「こ、これは…。
乃木さんは絵がお上手ですな…」
そう言いながら、熱心に小冊子を読みふける。
そして、一通り読み終えると顔を上げた。
「特殊部隊…。
乃木さんがどんなものを求めているのかわかりました。
この画本の様な戦い方を一年で実現すればいいのですね?」
「その通りです。
その為の武器も見て行って貰いましょう」
そういうと、事前に借りてあった室内射撃場へと移動した。
「これがこの画本に出ていた短機関銃です」
「こんなものが既にあったとは…」
この時代、一般の人は三八歩兵銃位しか知らないからな。
「実際に撃って見せましょう」
そういうと、弾を込めて光学サイトを覗き込むと200m先のターゲットを単発射撃した。
消音器を備えた短機関銃はパス、パスと消音器独特の発射音がするだけで、大きな音はしない。
俺の前世のレベルとまでは行かないが、十分実用レベルな物に仕上がっている。
「銃声が…、しませんな…。
この画本に描かれてある通り、これであれば敵に気づかれる事無く無力化出来るでしょう」
「短機関銃はいざとなれば連射する事も出来ます」
そういうと、フルオートで射撃しターゲットを切り裂いて見せる。
「これが短機関銃ですか…」
「ええ、連射すると制圧力は大きいですが反動が強いので命中率は落ちます。
他にも、拳銃もあります」
そういうと9mm拳銃を取り出し、これにも消音器を取り付ける。
このモデルは暗所で使うために夜光塗料がアイアンサイトに塗布されている。
試しに撃って見せると、これも小さな発射音のみでターゲットに穴が開く。
「これが拳銃ですか。
回転式では無く、自動拳銃なのですな。
以前、見た事がある南部式自動拳銃より更に洗練されいている様に見えます」
「ええ、この拳銃はイギリスやベルギーの警察も採用していますし、我が軍でも将校用に採用されています」
「おお、欧州の警察で使われているのですか。
それならば頷けます」
「他にも、閃光発音筒や催涙煙筒などその画本に書かれてある装備が既にあります。
そして、まだ開発中ですが高性能爆弾も用意する予定です。
現状でも時間式爆弾は既に用意していますから、破壊工作などをより安全に行うことが出来るでしょう」
「其処まで準備が進んでいるのですか…。
しかし、私は警察では警部補を務めておりますが、軍隊の指揮など何の教育も受けておりませんが、指揮官は別の方が来られるのでしょうか?」
「いえ、宮嶋さんがこの新しい部隊を率い、現代の甲賀勤王隊を作ってくれるならば、宮嶋さん達には関東に移り住んでもらい、特殊部隊専用の駐屯地で訓練をしてもらいます。
その際に簡易教育にはなりますが、宮嶋さんが駐屯地で将校に必要な教育を受けられるように教官に出向してもらう予定です。但し秘密裡に。
この特殊部隊はわが帝国の新たな切り札の一つですから、厳重に機密にしておかなければなりませんからね」
「わかりました。
では、即答は出来ませんが、一度里に戻って里の者と相談してみます。
勿論、甲賀の技を活かせる新たな仕事が軍にあるという事以上の事は話をしません」
「ええ、今日即答する必要ありません。
残念ながら私は今月には日本を離れますが、後の事は全て準備が整っています。お返事は第一師団の師団長である一戸中将にしてください。
一先ず特殊部隊は、第一師団に所属する部隊として編成されます」
「わかりました。
それではいい返事が出来る様に頑張ってみます」
「お願いします」
後日、山縣公から一戸中将の元へ宮嶋警部補から応諾の返事があったと知らせがあった。
甲賀古士の末裔百余名が関東の専用駐屯地へと移り住み、ここで訓練を受けながら特殊部隊としての戦術を磨くことになる。
一戸中将にも特殊部隊の趣旨を良く話してある為上手くやってくれるだろう。
ちなみに、一戸中将は日露戦争の時勇名を轟かせた有能な指揮官だが、親父殿の第三軍の参謀長を務めた事があり、親父殿とも旧知の間柄だ。
日本に居られる時間もあと少しだが、やれる事はやっておきたいと思う。
次に日本に戻れるのは、悪くしたら第一次大戦の後になる可能性があるからな。
甲賀忍者によって編成される現代の忍者部隊誕生。




