第二十話 1912.12-1912.12 エネルギー
日本にとって重要な部分にも手を入れます。
1912年も12月に入り今年ももう終わりだ。世界大戦まで残された時間はあと一年半だ。
今年も色々と慌ただしく動いたが、来年はさらに動く必要があるだろう。
1914年の8月にベルギー、モンスにて発生するだろう会戦でドイツ第一軍を粉砕し、ドイツの攻勢を頓挫させなければならない。
何しろまともな機動戦闘が行われるのは1914年のみで、それ以降は膠着状態に陥り大規模な陣地戦になるからな。
日本に帰国してから陸大の要望で、定期的に講義を行っている。
戦争での航空機の使い方、必要とされるだろう航空機の種類や運用法。
効果的な上陸戦闘の行い方や必要とされるだろう機材の予測。
勿論、機甲戦術の講義も行った。騎兵部隊のあるべき姿から、支援戦車を使った歩兵戦術まで多岐に及ぶ。
特に、日本軍において最も欠けているとされた部分である兵站の重要性については重点的に行った。
主幹する兵站指揮官は独立した強い権限と独自の兵站部隊を持つべきであり、その地位は最高指揮官に次ぐべきだと思う。
何故ならば、兵站指揮には情報を駆使した計画と統制が必要であり、情報に基づいた需要予測や遅延無き配送と補給が行われなければならない。
それらを実現するためには優秀な独自の幕僚が必要であり、総司令官が持ち得る情報と同等の物が無ければそれの実現はおぼつかない。
なにしろ兵站指揮官は、補給線や輸送部隊の防御は勿論、補給ルート選定まで行わなければならず、これには高度な軍事的知識と素養、経験が必要なのだ。
陸大卒のエリートの認識が「輜重輸卒が兵隊ならば、蝶々トンボも鳥のうち、電信柱に花が咲く」では困るのだ。
兵站指揮官や兵站幕僚もまた軍大学が育成すべきであり、それの重要性を高級将校である程熟知して無ければ勝てる戦争も勝てないだろう。
何しろ、第一次世界大戦以降の戦争には膨大な物資が必要である。参加する兵数も膨大なら戦場で消費される武器弾薬も膨大。そして戦場を縦横に走り回る車両に供給する燃料もまた膨大なのだ。
これら無くしてこれからの戦争の遂行は難しい。
この辺りを次世代のエリートである陸大でこんこんと講義したところ、流石に郷里の英才が揃う陸大、最終的にまったく理解できない者は一人も居なかった。
今後は彼ら自身が兵站に対して真剣に考えるだろうし、或いは兵站指揮官を目指す者もきっと現れるはずだ。
確かに裏方かもしれないが、同時に花形でもあることを軍の皆が知っている。
そうあるべきだと思うのだ。
今月、元勲と首相を交えて二つの提言を行った。
今後、我が国が一等国として列強に伍するためにも、また先進国に恥じぬ工業力、生活水準を獲得するためにも、これは避けては通れない。
一つは、半官半民で石油開発公社を作る事。史実でも昭和に入って帝国石油など石油開発会社が作られたがそれでは遅すぎるのだ。
今ならば、石油メジャーに食い込むことが出来る。
俺は元勲と首相に対し、コンラッド・シュルンベルジェというアルザス人の地質物理学の学者を我が国の大学に招聘して研究室を提供し、石油採掘技術の研究をさせるべきだと提案した。
実は既に招聘の手紙を送っており、フランスの大学に就職の話があるが、自分の研究室が持てるならと良い反応を得ている。
我が国にもこの時代はまだ未開発の油田があるし、我が国の石油事業は緒に就いたばかり。ここでバラバラに動けるほど、未だ我が国は豊かでも先進的でも無いのだ。
軍人で石油の重要性を理解する山縣公が特に関心を持ってくれ、既に石油を手掛けている出光佐三と久原房之助を招き現在の事情を聴き、そして公社設立の為の新会社への吸収を認めさせた。
彼らも結局は石油販売だけより、開発から卸まで全て手掛ける事の利点を理解しており、本格的な大資本の石油開発公社を、国が設立する事には賛成だったのだ。
彼らが新会社へ参加したことにより、石油開発まで手掛けたい先発の石油を扱う会社も合流する事に決め、日本の石油開発は一先ずは一元化された。
これで、規模としては列強の石油会社に伍する資本規模となり、次の手として英国王室とオランダ王室を通じてロイヤル・ダッチ・シェルグループに食い込む。
英蘭の勢力圏にはインドネシアや中東など、この時代には未発見の有力な油田が幾つもあるからな。
日本の石油公社で採掘権を買って試掘し、石油が出ればロイヤル・ダッチ・シェルで採掘する様にすれば日本は石油に困ることは無いだろう。
ジャパンプレミアムなんてふざけた話は起きないはずだ。
元勲から大正天皇にお願いして親書を英蘭それぞれの王室に書いて頂いて働きかけて貰えば、悪い話にはならないだろう。
もう一つはこれも日本では未だ緒に就いたばかりだが、発電事業は国がやるべきだ。
この時代、雨後のタケノコの様に沢山の電力会社が設立されて電気を売っているが、正直発電技術も未熟で本格的な電力会社をやるには資本も小さく、停電がざらにある有様だ。
後に電力会社は統合され、結局は後の時代の固定化された電力会社に落ち着くのだが、それをこの時代から手を付けてこの先の無駄な時間と手間を省くべきだ。
いずれ将来大規模な火力発電所やそれこそ原子力発電まで話が進むなら、民間の手に負える物では無いことは後の時代の歴史から明らかだ。
国営電力公社を設立し、今後発電は認可制にして大規模な売電目的の発電は認めない。
前述の石油開発公社とも連携して発送電は国営公社が一手に担い、大規模で高い効率の発送電を行い、それを電力販売会社に卸して電力販売会社が電気を各家庭に販売する。
電力販売会社には電力安定供給義務があり、停電を頻発させるような会社は認可を取り消して淘汰していく。
これで、日本の電力料金は史実よりも随分下げられるのではないか。
勿論、交流電源の周波数は全国50Hz固定で、テスラに国営電力公社の技術面を見てもらう。
きっと、史実よりずいぶん早い時期にマシな電力事情になるだろう。
そう言えばこの時期前世では陸軍が二個師団増設に動き、政府と軍で大揉めになって居た頃だと記憶するが、大陸撤退と統合軍設置による陸海軍再編の為か、すっかり立ち消えになっていた。
装備艦艇の見直しにより八八艦隊構想も軍縮条約を待たず放棄された。
今回の帰国を機に一度平賀譲に会いたいと思っていたので、年末に時間を作り横須賀海軍工廠まで訪ねて行った。
陸軍の将校が何をしに来たのかという感じだが、既に軍再編で陸海軍の垣根がなくなる事が通達されており、そこまで悪い扱いは受けなかった。
現在手掛けているのは新型戦艦山城、比叡、駆逐艦樺らしいが、恐らくこのままだと史実の通りの物が出来上がるのだろう。
しかし、後に大改装を要する様な戦艦をわざわざ作る必要は無いし、対潜装備が全くない駆逐艦も必要ない。
本人が後に戦訓からそうするのだが、イギリスでの知見という事にして、先んじて防御力の重要性を説明し、武装も三連装砲塔を前後に二基ずつ、合計四基で計十二門にして艦体の小型軽量化と安定性を図るべきじゃないかと話したところ、〝平賀譲らず〟という渾名を発揮せず、俺もそうすべきだと具申していた、とか話し出した。
いずれにせよ今後戦艦の大軍拡は行われない筈だから、ここで費用と量産性を最重視するよりは個艦の性能の方をより重視すべきでは、と進言しておいた。
これは事実だから、彼の上司の話す事も変化してくるはずだ。
更には、今後を見据えて対空装備の重要性も話し、それの充実も依頼した。
また、俺がうろ覚えだが図面を起こして来た後の松級の図面を渡し、今後の日本にはこの種の駆逐艦が必要になると話しておいた。
いかな技官とはいえ船に素人の筈の陸軍将校が船の図面を持ってきたことに驚いていたが、興味を引く部分があったようで興味深く見ていたから何らかの影響を及ぼすだろう。
とはいえ、海軍に人脈は無いから、陸軍将校の提案がどの程度反映されるかはわからないが…。
平賀譲を訪ねたところでもう一人の重要人物を思い出し、横須賀鎮守府に配属されたばかりの筈の藤本喜久雄を呼び出した。
まだ24歳の藤本は当たり前だが若々しく、なんでそんなに知られた存在でもない自分が陸軍の技官に呼び出されたのか理解できないという表情を浮かべていた。
まあ、俺は彼の事をあくまでネット情報程度ではあるが知っている。
後に起こした事件のことも含めてな。
しかし、彼の先進性や柔軟性は貴重であり、早死にさせるのは如何にも惜しい。
俺も東京帝大に居た事がある事を話し、大学で船に詳しい若手を紹介してくれと頼んだところ、君を紹介されたと話すと納得してもらえた。
まあ、嘘なんだけどな。
彼に、この時代では全く新しい艦種である強襲揚陸艦の話をした。
後の時代の米軍の強襲揚陸艦の図面も見せると、平甲板が奇異に見えたのか、この大きく平らな甲板は何に使うのか?と不思議がった。
ここには飛行機を搭載し、上陸作戦の偵察などの支援を行うと説明する。
流石に若く柔軟な思考がウリの人物だけに説明した事は全て理解してもらえた。
しかし、この船の規模が巡洋艦並みと聞くと、驚きを浮かべたのだった。
まあ実際、複葉機とはいえ航空機の離発着を可能にするには後の鳳翔位の大きさは居るのだ。
諸々含めてすべて説明すると、将来こんな船を作ってみたいと目を輝かせた。
確かに、海軍に入って二年目だと下働きも良いところだろうからね。
そこで彼に、俺は来年またイギリスに行くんだけど、よかったら一緒に来るかい?
一緒に来たらビッカースとかイギリスの造船所の見学を手配してあげるよ。
行きたいなら、上と話をするけど、どうする?と持ち掛けたところ、是非にお願いします、
との返事だったので、後日元勲に頼んでイギリスへ研修に派遣してもらう事になった。
これで、イギリス迄の道中で色々と船の話が出来るな。
これでかなり日本の歴史は変わる筈。