第一話 2021.5-1907.1 転生
戦死した主人公の野木康則が明治時代の乃木保典に転生しました。
親の七光りに女神補正が働きつつ、戦車開発に勤しむ話です。
俺は野木康則。
戦車好きが高じて戦車の開発に携わりたくて、工学系の大学を出て防衛装備庁に入った技官だ。
難関突破して入庁し、念願の戦闘車両開発に携われたのだが…。
まさか初めて参加した開発プロジェクトのテストを行うために陸自の駐屯地に新型機材を持ち込んだその日に戦争に巻き込まれるとはな。
実際に使う事を想定する現地でテストする意義というのはわかるんだが、なぜよりによって対馬なんだと、新型機材を持ち込んだ倉庫の片隅で丸腰で悪態をついていた。
あちこちから聞こえる銃声が、まるでFPSゲームの様で現実味がまるでない。
日本は長期政権となった阿部政権が消費税増税後のダブル選挙に惨敗下野し、再び左派系立憲自由党を第一党とする連立政権が誕生していた。
それまでの阿部政権の政策を全否定し百八十度転換する大幅な揺れ戻しを標榜する政権の誕生に、株価は大暴落。
多くの日本企業は経営危機に陥り隣国に身売りする企業が後を絶たなかった。
しかも、日本発のリーマンショック級の経済危機を起こした結果、日本は世界から孤立した。
財政危機に陥った政府はここぞとばかりに防衛費など安全保障予算を大幅削減し、自衛官や海上保安庁は活動を縮小を余儀なくされた。
日常的に日本の領海は隣国の軍用艦が我が物顔に往来し、大挙押し寄せる漁船団が日本の漁船を締め出して乱獲を繰り返す。
そんな中、日本国民の不満は極限にまで高まりつつあったのだが、左派政権はメディアをフル活用して多くの国民は何も知らないまま貧困と戦っていた。
対馬も隣国が公然と領有権を主張し危機が叫ばれて随分経つが、実質何の対応も取られなかった。
そして、ある日いつもの様に隣国からまるで国内旅行に来るように訪れる観光客を満載した連絡船が到着した。
ただ、いつもの観光客とは異なり、連絡船から降りてきたのは迷彩服を着たフル装備の隣国の兵士たちだった。
兵士たちは手あたり次第に出くわす地元民を射殺しながら警察を制圧し、自衛隊の施設へとなだれ込んだ。
自衛隊の施設に詰める自衛官は平時にあっては丸腰で、武器を取り出し実弾を受け取るにはいくつもの手続きを取らなければならず、武器棚の鍵を持っているはずの上級将校はその日施設に現れることは無かった。
そんなわけで、丸腰での戦闘を余儀なくされた自衛官は片っ端から一方的に殺され、こうやって俺の様に物陰に隠れているなどという笑えない事態に陥っているという訳だ。
隠れていた倉庫にも敵兵が来たらしく、入口が騒がしくなってくる。
連中は日本人が降伏しても捕虜にせず射殺せよと命令を受けているのか、並べて射殺するだけだ。
見付かれば命は無いだろうな。
俺は覚悟を決めて持ち込んだ新型機材こと新型車両に乗り込み連中を振り切って逃げる事にした。
問題は、燃料は入っているが搭載火器の弾薬は載せられていない事だ…。
倉庫の鉄の扉が破壊され敵兵がなだれ込んでくる、俺はアクセルを思いきり踏み込み敵兵に突っ込んだ。
何人かの敵兵が車体に激突する音が聞こえたが知った事か。
出口に向けてハンドルを切ると更にアクセルを踏み込む。
FPSならカッコよくこのまま脱出できるのだが、現実はそんなに甘くなかった。
今やゲリラですら当たり前に持っている対戦車ロケットランチャーを担ぎこちらに向ける兵士たちが幾人か見えた。
ええいままよと、そのまま突っ込むが炎を吐きながら飛んでくるロケット弾は無慈悲に車体に命中するとその性能を発揮した。
この新型機材は火力だけなら主力戦車を破壊できるほどの性能があるが、砲塔は兎も角車体装甲は12.7ミリ機銃弾すら貫通するほどの防御力しかないのだ。
運転席はたちまち炎に包まれ俺は身体を焼かれながらこの国を呪った。
やはり、軍隊じゃない自衛隊は軍隊にはまるで歯が立たなかった。
日頃からの訓練もクソの役立たず、丸腰のまま殺された。
こんなクソみたいな国は滅べと。
やがて全身に苦痛を感じながら意識は闇に落ちた。
死んだのだ。
だが、なぜか目が覚めた。
真っ白な世界、目の前に太古の時代の装束を着た女が立っていた。
俺は死後の世界にでもいるのだろうか、それとも急速に死にゆく脳細胞が見せる幻覚か…。
女は俺に話しかけた。
「この歪み果てた皇国を救うと言うならば、もう一度生を与えましょう」
と、学生時代読んだラノベの女神みたいなセリフを吐きやがる。
これはどう見ても死にゆく脳細胞が見せている幻覚だろう。
だが、もし本当なら。
このクソみたいな国をマシな国に出来るなら。
「わかった。あんたの話に乗ろう」
女神と思しき女は微笑む。
「次に会うのは二度目の生を終えた時。
しかし、あなたの事はいつでも見ています。
約束を忘れないで」
「わかった」
返事をした完全に真っ白になり意識を失った。
身体を乱暴に揺すられる。
「少尉!しっかりしてください!少尉!」
うん?おれは少尉じゃない。技官だ。そもそも少尉ってなんだ?
陸自に少尉なんて階級は無いぞ…。
更に揺すられる。
「乃木少尉!」
名前を呼ばれてハッと目が覚めた。
目の前には心配そうに顔を覗き込む男…。
俺は助かったのか?
身体を起こそうとする、頭が痛い。体中が激痛に悲鳴を上げる。
対戦車ロケット食らってそもそも何で生きているのか不思議だが、もし生きていたら無事では済まないだろう。
だが、不思議とこの痛みは火傷では無い様だ。
身体を見ると、見たことも無い服を着ている…。
そして、ドロリと額から血が顔に滴った。
「なんだこれ…」
「少尉、直ぐに軍医の元に運びます。
おい、そっちを頼む」
男たちににタンカに載せられるた、まるで痛みを忘れていたかのように全身が痛み出して、俺は意識を失った。
そして、夢の中で女神っぽい女とあった事を思い出した。
そうか、あれは夢じゃなかったのか…。
俺ははっきり言って生きているのが不思議なほどの重症だった。
野戦病院で応急治療を受けると、内地の病院へと移された。
そして、二ヶ月ほど後、俺は退院した。
入院している間、色んなことが分かった。
まあ、驚愕の事実って奴だ。
俺は明治時代に転生していた。
なんと、かの有名な乃木希典の次男、乃木保典の身体に居たのだ。
ネット情報が正しければ乃木希典の子供は二人とも日露戦争で戦死していた筈だ。
死んだはずの次男坊の身体に俺が入ったことで死ななかったという訳だ。
当然他人の身体に入ったのだから、知らない事だらけだ。
母親と称する女性が来た時も、俺は分からなかったからな。
結局、頭を強く打ったせいで記憶喪失になったという事になった。
勿論、原隊に復帰することも出来ず、ロシアとの戦争に戻ることも無かった。
俺は記憶喪失を回復する為と称して、陸軍士官学校にもう一度入りなおした。
といっても、一度卒業している為、半ば聴講生の様な扱いであるが…。
恩師らしい人たちとも会ったが勿論知るわけもない。
だが、乃木希典の子供である以上このまま退役して民間で生きるなど許されない気がしたのだ。
結局、軍で今後も生きていくため士官学校に入りなおしたという事だ…。
まあ、技官とはいえ技術しか知らないという訳じゃない。元々戦車好きで戦記など数多く読み漁り軍事的知識も素人レベル以上にはある。
折角転生したんだ、この世界で俺がやりたかった戦車作りをやろうって訳だ。
日露戦争が終了し、暫くすると父親の乃木希典が返って来た。
戦勝による祝賀ムードの中、親父である乃木希典の落ち込みぶりは酷い有様だった。
大勢の将兵を死なせたことに心底責任を感じているのだ。
だが、俺は乃木希典の国内での評価は司馬遼太郎の小説のおかげで決して高くは無いが、海外では賞賛され日露戦争で彼が取った戦術は次の第一次世界大戦で大いに参考にされた事を俺は知っている。
とはいえ、慰める事など出来ない。
親父は軍事参議官を務めつつ、史実通り学習院の院長に就任する事になった。
親父たちは寮で暮らす事になったため、俺は軍の官舎で暮らす事になった。
俺は別れ際、親父に日露戦争の経験を活かした事にして、陣地突破の為の戦車開発の提案書を手渡した、
現実には知識として知っているだけで、日露戦争に実際に参加した訳ではないからな。
親父は提案書を受け取ると一読し、ため息をつくと一度他の参議官に見せてみると言った。
後日、陸軍の上層部に呼ばれると、提案書を見た結果、陸軍はこの新しい兵器が必要であるという結論に達したが、残念ながらこれを作り上げる技術力も工業力も我が国には無いから、まずは欧州へ行き技術調査から全てやって貰わなければならなくなるが、大丈夫かと確認された。
俺は我が意を得たりと大きく頷く。
「お任せ下さい」と答える。
親の七光と笑う者もいるだろう、しかし俺はあのクソったれた国にしない為なら何でもするつもりだ。
戦車開発で実績を作ることは一石二鳥になるだろう。
まずは第一次大戦に戦車隊率いて参戦することを目指すとしよう。
取りあえずパイロット版で、不定期連載です。