後編(現在)
後編は現代、前編の10年後の同窓会での話です。
3人の視点があります。
あれから、10年が経った。
成人式は別の場所にいたので、小学生の頃の友人と会うのは本当に卒業式以来だ。
数ヶ月前、社会人になる前に同窓会をしようと連絡が来た。
懐かしくなった俺はすぐに出席の連絡をして、小学生時代を過ごしたこの地にこうして帰ってきた。
「おーい、優也だよな?こっちだ!」
駅に着いてすぐ、連絡をくれた懐かしい顔が待っていてくれた。そこにいたのはあの日、ミアをバカにしたガキ大将だった。
「よぉっ、久しぶり!よくすぐに俺だってわかったな?」
「その癖の強い髪は忘れねぇよ。元気にしてたか?」
「あぁ、ぼちぼちな。」
たわいもない話をしながら、会場へと向かう。
「今日どこに泊まるんだ?実家、もう向こうだろ。」
「あぁ、ホテル取ったよ。ちょっと離れてるけどな。」
「そっか。そういえばあの2人も来てるぜ。」
あの2人とは、間違いなく遥とミアのことだろう。
「そう、か…。」
2人がいる。そう思うだけで少しだけ胸が詰まる。
あの日から彼女たちは輝きを増して、今では手を伸ばすことすら躊躇れる存在となっているだろう。
(ちょっとくらい、昔話が出来ればいいな…。)
きっと彼女たちはみんなに囲われていることだろう。自分はそれを邪魔しない程度に、言葉を交わす時間があればいいな、くらいに思った。
「ここだ。久しぶりだけど、みんなお前に会いたがってたんだ。あんまり緊張すんなよ?」
あのガキ大将がよくもこんなに人を気遣えるようになったものだ。
「あぁ、ありがとう。お前いい奴になったな。」
俺の言葉に照れ臭そうに『うるせぇよ。』と返すと、ガヤガヤと賑やかな話し声が聞こえる襖を開けた。
ガラッ
「おーい、優也が来たぞー。」
おー、優也だ!
え?佐伯くん?
うわぁ、大人の佐伯だぁ
ところどころで俺の登場に反応する声がする。
座敷の宴会用の個室に、30人ほどの同級生が集まっていた。
俺は向けられる視線に自分でもわかるくらい照れ臭そうに笑い、
「よぉっ!久しぶり。みんな元気だったか?」
みんなに一言、問い掛けた。
「はい、佐伯くん。ビールでいい?」
「あぁ。」
そのまま出入口の近くに座ると、隣の女子が飲み物を手渡してくれる。
「これ、誰かのじゃないの?」
「ううん、みんな結構じゃんじゃん頼んでるから、余ってるの。あ、でもそれは今来たやつだよ?」
「そっか。ありがとう。」
「…え?ど、どういたしまして。それより話そうよ。」
微笑む程度に会釈して、お礼を言うと少し女子が慌てた様子を見せる。
「?、うん、もちろん。」
よくわからなかったが、話し相手になってくれるのは大歓迎なので返事をしたところで、
「よーし、もう1回乾杯するぞー!」
「「「おぉー!!」」」
俺が来たことで、もう一度乾杯の音頭を取ってくれた。
みんながほとんど同じ中学に行った中で、俺はここを離れてしまったので付き合いは短い。
実は少し、『誰だ?』的な扱いを受けるのも覚悟していたのだが、こうやって受け入れてくれるのは本当に嬉しかった。
「佐伯くん、本当にかっこよくなったねー。」
一緒の席に座った女の子から、そんな感想が出てくる。
『優也くんが来る』
その報せをミアちゃんから聞いてから、ざわつく胸を抑えて小学校の同窓会に参加すると、予想以上にかっこよくなった優也くんに一気に目を奪われた。
ミアちゃんとは、現実を見て、いい加減昔の気持ちをキッチリ整理して前に進もうと話していた。
しかし、それは簡単には出来そうじゃない。
照れ臭そうに笑う顔も、女の子から受け取った飲み物のお礼を言っているところも、乾杯のあとみんなに囲まれて楽しそうに話しているところも、どの表情も私の胸を締め付けた。
(あぁ、思った通り…、うぅん、それ以上に素敵になってる…。)
昔から優也くんはモテていた。ただ本人が気づいてなかったのと、私とミアちゃんがガッチリ脇を固めていたからあまり表立っていなかっただけだ。
どれだけ経っても、彼のように信頼できる異性は現れなかった。
高校でも、大学でも、そのことを友達に話すと『ちゃんと前に進まないと』と、諭された。
『子供の純愛』だと笑われることもあった。
『遥もミアもその子を想ってても、その子は2人のことをもう忘れてるかも知れない。2人が想ってるような子じゃなくなってて、色んな女の子と付き合ったりしてるかも知れない。2人とも可愛いんだら、そんな昔の男の子のこと引きずってちゃダメだよ。』
ある日、真剣に私たちのことを心配してくれた子がそう言って説得してくれた。
たしかに、このままではいけない。ミアちゃんと話し合って、男の子とデートしてみた事もあった。
でも、それ以上はどうしてもダメだった。
今日は、優也くんに会って私の幻想を粉々にして欲しかった。そうすれば、傷つくかも知れないけれど、前には進める気がしたから。
でも…、
「マジで?優也、彼女いねーの?」
その言葉がやけに響いて聞こえた。
彼の周囲が意外だという感想を述べていく。
私の心臓は、全然いつも通りに働いてくれない。
…苦しいよ。
女の子たちが色めきたったように感じるのは、気のせいではないだろう。
それほどまでに、聞こえてくる話では今の優也くんは優良物件だ。
「遥…。」
「ミアちゃん…。」
ふいにミアちゃんに呼ばれて、意味深な視線を交わす。心配するような声色で呼ばれたが、そんな彼女も泣きそうな表情をしていて。
それでも私を気にしてくれたのは、複雑な胸の内を分かり合えるのはお互いだけだとわかっていたからだろう。
遥が苦しそうな表情をしている。
とはいっても、きっと私も同じような表情をしているのだろうが。
優也が遅れて来るのは聞いていたが、逸る気持ちを抑えられずに早めに来たことが災いしてしまった。
幹事に勧められるまま座った席は、優也の座る出入口付近からは最も遠い壁際の席だ。
『優也が来る』
その連絡を幹事の子から貰って、私はしばらく動けなかった。それでも、唯一気持ちを共有できる遥に連絡して、キッチリ過去の清算をするつもりだと話し合った。
『悲しいけど、きっと優也も変わっちゃってるよ。』
そんな言葉を自分に言い聞かせるように遥に投げた。
その言葉は間違いじゃなくて。
柔らかい雰囲気に、芯の通ったしっかりとした聞きやすい声、リラックスしていてもだらしなく見えない姿勢に、昔よりかっこよくはっきりした顔。
それに、昔からの癖の強いふわふわした猫っ毛。
短く切り揃えられてもふわっとしている毛は、スタイリング剤で上手くまとめられていて、とてもよく似合っていた。
優也は変わった。
男の子から大人の男性に。その変化は小さくなくて、それまでの時間を共に歩めなかったことへの後悔が押し寄せる。
あの時どうしていれば、今の彼の隣にいられたのだろう。
意味はないとわかっていても、そんな事を考えてしまう。
優也と離れてから出会った男性に惹かれる人はいなかった。
私の見た目を歯の浮くようなセリフで褒め讃えていても、下心みえみえで寄って来られても身の危険を感じるだけだ。『性欲が強そう』などとセクハラ紛いのことを言われたこともある。
男の子がそういうことに関心が強いことは理解している。けれど、まずは私自身に興味を持ってくれてもいいのではないか。
もしくは、私に興味を抱かせてくれるか…。
拗らせた女性の思考だと自覚はあるが、もうこの年齢まで男性経験がないことで拗らせてもしょうがないじゃないかと、自暴自棄になることすらある。
「…ミアちゃん、どうする?」
ぐるぐると、どうしようもない思考の波に呑まれていると遥から声をかけられる。
「…どうするって?」
「…優也くんと、話せないかな?」
「……どうだろ。」
話したい気持ちはもちろんあるが、優也の周りに入るこむ余地は無さそうだ。
どうしようもない状況を眺めながら、ため息をつくことしか出来なかった。
「おーい!遥ー、ミアー、ぼーっとしちゃってどうしたの?」
「酔っちゃった?」と心配するように2人に声が掛かる。
「2人が頼んだやつ、あっちに来てるよ?」
飲み物の追加注文を聞かれたので、2人は適当なチューハイを頼んでいた。
出入口に近いところで、
「おーい、このチューハイ誰のだ?」
と、注文した2人を探す声がする。
「あっ、私たちの分かな?」
「うん、たぶんそうだね。」
「やっぱり?おーい、そのチューハイこっちー!」
2人が同意したので、同じテーブルの子が大きな声で呼んでくれた。
「了解!まわして…。」
さっきまでと同じように、人伝いに持って行こうとするのを、優也が止めた。
「俺が持ってくよ。」
「へ?…おぅ!ついに優也が重い腰を上げるか?」
「どういうことだよ、ちょっと昔話でもしたいだけだ。」
変ないじりに苦笑して返し、飲み物を受け取る。
女性ばかりの、しかも1番奥の席だったので、気後れしてしまい近づけなかった。
ちょうどいいタイミングで飲み物も来たみたいだし、せっかくの機会だ。
挨拶しておこう、くらいの軽い気持ちで2人のテーブルに向かった。
「久しぶり。遥、ミア。元気…そうではないな。もう疲れたのか?」
テーブルに着くと2人はポカンとした顔でこっちを見ていた。
「やー優也くん、2人は君を心待ちにしてたみたいだよ?」
「ちょっと!」
「だ、だめ!」
からかいのような言葉に、2人が同時に非難を浴びせる。
「あーよくわからないけど、お邪魔だったか?」
「「そんなことない!」」
「お、おぅ。」
話はわからないが許可を得られたみたいなので、少し話す事にする。
「これ2人が頼んだやつだろ?はい。」
「あ、ありがとう。」
「うん、ありがとう。」
どことなく元気が無さそうに見えるが、2人はとても可愛く、キレイになっていた。
遥はふわっとした黒髪ロング、ぱっちりした瞳、可愛らしい顔立ちは昔のままだが、小柄な身長ながら女性らしい体つきになった。
化粧も薄くしていて、お酒で上気した頬を赤く染めたその表情は庇護欲をそそる。
ミアは金髪をショートにしており、キツさを増したように感じる蒼い瞳もできる女性といった大人な印象を受ける。
彼女も頬を赤くしており、暑いのかブラウスのボタンを開けているせいで胸もとを中心に艶かしい色香がすごい。
2人とも思っていた通りとても魅力的な女性になっていた。
だが、何かが足りないような気がする。
2人にはもっとカリスマ性というか、グッと心を鷲掴みにするような、そんな暴力的なまでの引力があったはずなのだが…
「ねぇ、それ違うやつだよね?なんで2人がどっちを頼んだのかわかったの?」
2人の様子にそんな事を考えていると、質問が飛んできた。
躊躇なく違う種類のチューハイを、おそらく正しい方に渡したことを言っているみたいだ。
「あぁ、なんてったって幼馴染だからな。2人の好みくらい、変わってなければわかるよ。」
ちょっと自慢気に言ってみると、
「はぇー、愛の為せる技だねえ…。」
「…そうかもな。」
「「!?」」
『愛』か。
俺たちは付き合わなかったし、長い間会ってもいなかった。それでも2人は大切な人だと胸を張って言えるし、確かに俺たちの間に『愛』はあったのだろう。
少なくとも俺の方には今でも。
「妬けるねぇ。あっ優也くん座りなよ。あっちでばっかり君を独占するのはズルいよ?」
「ズルいって…。なら少し休ませてもらっていいか?」
「はーい、お誕生日席しか空いてないけどどうぞ。どっちがいい?」
嬉々として、俺に質問を投げかけてくる遥たちの友人。まったく、意地悪な子がやっかいな席にいたものだ。
4人がけの長方形の机に、遥とミアは並んで座っている。
空いているのは短い辺の席なので、必然的に遥かミアのどちらかの隣を選ぶことになるのだ。
俺はそんな逡巡を悟られないようにすぐに答えた。
「ちょっと疲れたから、壁側がいいな。ミア、ちょっと狭くなるけどいいか。」
「う、うん。あんまり料理たのんでないし、気にしないで。」
ちょっとだけミアが嬉しそうに、遥が残念そうにしている気がした。
「それじゃ、私たちのことは気にしないで、お三方の思い出話を聞かせてよ。」
「またそんな無茶を…。色々あったからなぁ。」
「ホントにね。6年間も一緒に過ごしたのよ。」
「うん、あの頃のことはほとんど忘れてないよ。」
遥は記憶力に自信があるようだ。
「じゃあ、初めて出会った時のことは?」
「もちろん覚えてるよ!」
珍しく、強気に声を上げる遥。
「ぷっははは。」
「え?なに?」
「どうしたの?」
急に笑い出した俺に不審がる目が向けられる。
「ごめん、遥との出会いを思い出してた。ほとんど他人と話せなかった遥が、今ではこんなにはっきり意見を言うんだもんな。」
「歳もとるはずだ。」とからかうように笑うと、
「もぅ!そういう優也くんはたまにすっごく意地悪なんだから!」
「そうよ、優也。あの時だって…。」
「へぇ、なになに?聞かせて?」
最初はぎこちない感じはあったが、少し
ずつ、昔の話に花を咲かせることができた。
「はぁ、よくしゃべった。」
「ほんと、1つ思い出すといくつも思い出がでてくるんだから。」
「うん、やっぱりあの頃は楽しかったねぇ。」
3人でああいう事があった、誰かがどうだった、などと話し出すとキリがなかった。
「あれ?優也、飲み物は?」
「あ、そういえば持って来てないな。」
すっかり話に夢中で、持って来てないし、注文するのも忘れていた。
「何にする?」
「んー、そうだなぁ…。」
メニューを思い出しながら考えていると、
「あの!優也くん!」
遥が意を決したような声を上げる。
「お、おぅ。どうした遥?」
ちょっとビックリしてしまった。
「あの、これで良かったら飲んで?ちょっと薄くなってるかもしれないけど…。」
そういって、半分くらい残ったチューハイのグラスを差し出してくる。
「遥…?」
遥の瞳は潤んでいて、受け取ってくれるのか不安でしょうがないといった顔をしていた。
それは告白を受けた小学4年生のバレンタインの時の遥に重なって…
「ありがとう。ちょっと喉が渇いてたから、もらうな。」
俺は遥のその表情にとても弱いみたいだ。
差し出された飲み物を受け取った時の遥の嬉しそうな表情は、かつての見惚れるほど素敵な笑顔だった。
「優也、やらしい。」
すかさずミアから非難が飛んでくる。
「やらしいって、なんで?」
「遥と間接キスできるから、ニヤけてたんでしょう?」
からかうような口調で、でも目は笑っていない。
「もぅ、私だって昔みたいにしたいのに!」
そう言って、腕を取られる。
「ミ、ミア?」
「ミアちゃん!?」
「あぁ…、久しぶりの優也の腕、やっぱりたくましくなってるわね…。」
「ミア、酔ってるのか?」
「酔ってないわよ。」
うふふっと笑うミアが昔のように腕に引っ付いて離れない。明らかに少しやっている。
「ず、ズルい!私もしたいのに!」
対抗して遥がわめき出した。
「先にやったのは、遥よ。」
「う〜、じゃあもう終わり、引っ付き過ぎだよ!」
「いいじゃない。それこそ昔はずーっとこうしてたんだから。ね、優也も懐かしいでしょ?」
そう言って、肩に頭を乗せてしな垂れかかってくるミア。
腕に柔らかいものがあたり、いい匂いが鼻腔をくすぐる。俺の心臓はバクバクだ。
「ミア?少し休もうか。な?だれかお冷頼んで。」
なんとかミアをなだめようとするが、
「大丈夫よ。優也がこうしててくれれば、
すぐによくなるわ。」
「うー、ズルいよー。」
ミアは離れず、遥は泣きそうになっていた。
そういえば、どちらかが俺を独り占めした時はこんな感じだったなぁと懐かしくてつい笑みがこぼれた。
「優也くんも嬉しそう…。むー。」
遥はもう泣きそうで、
「優也、撫でてくれてもいいのよ。」
ミアはとことん甘えてきた。
「あんたら、ナチュラルにイチャつくのは相変わらずだねぇ。」
人前でこんな感じになるのは、たぶん2人といる時だけだろうなぁと自分の中の特別が変わっていないことを自覚した。
結局、強行手段で遥も甘えてきたり、離さないミアを友達と一緒に剥がしたりと、少し苦労した。
今日だけでここまでフレンドリーになれるとは思っていなかった。
懐かしいと思う面もあれば、昔と同じような行動を取っていてもドキッとしてしまったり、意外に思う仕草をしていたり、また2人の魅了にかかってしまいそうだった。
あの頃の恋の行方はまだ、決まっていないようだ。
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