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扇の偉才は逆襲する  作者: one reon
清流高校野球部編
67/68

偉才の逆襲

 事務棟二階の最奥に監督室はあった。応接用のソファー二つの間にはテーブルがあり、上座に星村が座ってから下座に球は腰を掛けた。

「申し訳ありませんでした」

 星村は深く頭を下げた。

「いや、ちょっと待ってください。そんな謝られても困りますって」

 星村は顔を上げてから続けた。

「いいえ、今回の鰐淵くんの件は完全に私の責任ですから。あんな危ない目にまで遭わせてしまって。本当にごめんなさい」

 もう一度、深々と頭を下げる星村に球は困惑した。

「本当に何も気にしてないので頭を上げてください。そこまで謝られるとこっちまで申し訳なくなってくるので」

 星村は再び頭を上げてから続けた。

「そもそも私が彼を制御できなかったことが問題なんですよ。あなたを利用した挙句、危ない目に遭わせてしまった」

「私を利用?」

「ええ。あなたからのポイントの移譲の申し出、本来なら交換だろうと一生懸命頼み込まれてもルール的にはダメなんですよ。これは私ではなく清流高校の理事会が決めていることなので、私の裁量でどうにかできることではないんです。つまり私はあなたに頼まれた時、問答無用に断らなければならなかったんです」

「それじゃあ何でそこまでして?」

「あの時すでに私は敦也くんから聞いていたんです。あなたが鰐淵くんに全ポイントを賭けて勝負を申し込んだことを。そしてあなたが鰐淵くんよりポイントを低くすれば、その勝負が成立することを。だから私は思ったんです。あなたを勝たせれば鰐淵くんを強制的に退部させることができるって」

「そこまでのことを、あの先輩はしたんですね」

「ええ。正直困っていたんですよ。傍から見ても目に余る行動ばかりでしたし、実力がある分勿体ない気持ちはありましたが、彼が問題を起こして出場停止処分になるリスクの方が高いですから。この前の事件は揉み消せましたけど、これ以上は無理ですから。だから私の独断と少しの権力を使ってポイントの交換を承諾したんですよ」

 平気な顔をして揉み消すなんて言う星村に球は若干引いていた。

「それでも普通私たちが勝つなんて誰も思わないじゃないですか。ポイントの交換は相当なリスクなんじゃないんですか?」

「もちろんあなたたちが勝つ確証はなかったですよ。それでも私は単純にあなたの可能性に賭けてみたかったんですよ。堕ちた偉才の可能性にね。まあ一応、鰐淵くんサイドに敦也くんが保険としていましたから。いざとなったら足を引っ張るようにって言ってたんですけど、そんな必要はなかったみたいですね」

「そうですか……」

 球は自分に可能性を感じてもらった嬉しさと、勝つ確証はなかったという真っ当な評価への悔しさの間で感情が揺れていた。

「そうだ。それともう一つ。あなたの勘違いを正しておかなきゃですね」

「私の勘違いですか?」

「ええ、あなたたちのシニア時代の話ね、全部聞かせてもらったんですけど。あなたは敦也くんたちの総意で大会のメンバーから外された、と聞かされたんですよね?」

「そうです。監督がそう言って……」

「その監督が噓をついていたら?」

「え……?」

「言われてみれば単純なことですよね。少し考えれば到達しうる解です。けどあなたはそんなことを考えもしなかった」

「それはそうですよ。だってあんなもっともらしいことまで言って、私を排除する理由が……いや、私がチームの雰囲気は最悪にしてました。だから排除される理由はありますね」

「だったみたいですね。けど、あなたの認識とは違って皆はあなたに必死でついていこうとしてたみたいですよ。それも前向きにね。あなたについていけば必ず勝てるって」

「え? そ、そうだったんですね……そしたら私」

「けど一人だけ違ったみたいですよ。よくあなたに反発していた子がいたみたいですね」

「あ……」

 球はある男を思い出していた。

『女のくせに本気で甲子園に行けると思ってんの?』

 敦也にビンタされた日にその男が放った言葉だ。

「名前は思い出せないですけど、仮にその子が私を排除したいって監督に言ったとしても、監督にその意見を聞くメリットがないですよ。噓までついて私を排除する理由が分かりません」

「それはそうですよ。あなたには検討など付かない。だって……自分の不倫を隠すためなんですから。その子の母親とのね。だから色々と逆らえなかったみたいですよ。母親から圧力をかけられたみたいで」

 星村の口から出た単語に球は絶句した。

「不倫ですか……え、それは本当なんですか?」

「ええ、たしかですよ。しっかりと本人から言質を取りました。聞きます?」

 星村はスマートフォンを操作して、それこちらに向けて机の上に差し出す。

「や、やめておきます。私の失敗を、勘違いを人のせいにしたくないので。それを聞いてしまったら心にしこりを残しそうです」

「そうですか」

 星村は少しもったいなそうに、それでいて少し嬉しそうにスマートフォンを胸ポケットにしまった。

「一つ良いですか?」

「ええ、何でもどうぞ」

「どうしてそこまで調べてくださったのですか? いやお陰で私の勘違いを正してもらえたんですけど、意図が分からなくてもやもやするんです」

「ああ、それはですね。前に噂を聞いて私自ら敦也くんのスカウトに行った、というのは電話で話しましたよね。それで彼と知り合ったんですけど、彼をスカウトしようとしたら断られてしまったんですよ」

「え? 何でですか?」

「あなたが驚くのも無理ないですよね。うちは県内屈指、全国区の高校ですから。まさかほとんど無名だったシニアの子に断られるなんて思いもしなかったですよ。まあ面白いなって思って余計に欲しくなっちゃったんですけど。その話は置いておいて、よくよく聞いてみたら、どうも私が聞いたすごいキャッチャーは自分のことではないって言い出したんです。だからそんなミスマッチで評価されたくない、スカウトされたくないって。いやいや! 真面目か! ってね」

 星村は手を軽く叩いて笑ってから続けた。

「まあそれでね。それでもしつこく口説き続けたら、スカウトするなら自分じゃなくて二木さん、あなたをしろって言うんですよ。でも誰もあなたと連絡が取れなかった。一応、敦也くんから住所を聞いてあなたのお家を何度か訪ねたんですけど、いずれも不在だったみたいで。もしかして、引きこもってました?」

「え……あははは……引きこもってはないですが、色々ありまして」

 球は引き攣って、乾いた笑いで答えを誤魔化した。

「まあ何にせよ。彼がそこまで言うあなたに興味があって、最後まで推薦枠まで空けておいたんですけど。結局、獲得できなかったって思ってたんですけど。まさか一般で入部してくるなんて、本当に良かったですよ。あなたが入ってくれて」

 星村の言葉に球は目を見開く。

「はは……私がいて良かったですか……はは」

「ん? 何かおかしいですか?」

「いや、違うんです。その……嬉しくて……」

 球はそう言って目尻を押さえる。星村の言葉に報われた気持ちになったのだ。

「頑張りましたね」

「あ、ありがとうございます。正直その言葉すごく嬉しいです……でも」

 溢れようとする涙を目尻に押さえ込んで球は顔を上げた。

「頑張るなんて当たり前ですから。それはこれからも同じです」

「ええ、もちろん。期待してますよトップ三十、センバツが終わったらすぐに春季大会の選考会ですから。それまでくれぐれも下に食われないように」

「はい!」

「では、また」

 球はお辞儀をして監督室を退出する。

 そらからすぐに星村はスマートフォンで電話をかける。

「ちょっと監督! 今どこにいるんですか⁉ ホテルにもいないし、朝からどこ探しても見つからないって皆大騒ぎですよ! まさか観光してるんじゃないですよね⁉︎ 何回目の兵庫ですか? 明日の準々決勝のミーティング始まりますよ!」

「ああ、ごめんなさい。ちょっと急用ができちゃいまして、学校に戻ってました。ミーティングはここから出るのでコーチのパソコンで繋いでください」

「え、俺がコーチに頼むんですか?」

「え、嫌なんですか? お願いしますよキャプテン。聞いてくれなければキャプテン交代させますよ」

「な……っ! おっ、横暴だっ!!」

「それにコーチにもチクります。あなたがコーチの陰口を言ってたって。それにトイレの後に手を洗ってないって噂を流してたって」

「あ、それは全然構いません。それにそんな嘘ついたらまたコーチからの信用無くなりますよ」

「あははは、あれ? 私監督なんですけど、もしかして私の立場って低いですか?」

「そんなの知らないですよ! コーチには言っておきますから! くれぐれも時間通りに繋いでくださいね! あの人、すっごい機嫌悪くなるんですから。こっちの身にもなってください」

「分かりましたよ。それで何時からでしたっけ?」

「ちょ! 監督! しっかりしてくださいよ」

「ははは、冗談です。あ、それと一つだけ」

「何ですか? まさか、また何かやらかしたんですか?」

「いえいえ、そうじゃないです。春季大会の選考会、覚悟した方が良さそうですよ。まだ大会中なのに、センバツが終わった後の話を君にはしたくなかったんですけど、何だか楽しみでね」

「どういうことですか?」

「君たちレギュラー陣に地位も危ないかもよってことです。今年は一年生の突き上げすごそうですから、甲子園で十分経験を積まないと」

「ははは、それ本気で言ってます?」

「ええ、もちろんです。とにかくコーチによろしく言っておいてくださいね。では」

「あ! ちょっ!!」

 星村は一方的に電話を切ってから、呟いた。

「偉才の逆襲、ってところですか……果たしてこの先、生き残れますかね」


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