先制攻撃―幼女と変態の攪乱― その3
「!! プッシュ?!」
プッシューープッシュバントのこと。勢いを殺した打球ではなく、わざと強い打球を転がすバントのこと。
清龍の選手の声が響く。
プッシュバントにより、ボールは全力で前進してきたサードの足元をすり抜け、三塁線ギリギリを転がっていく。
清龍のバックは完全に虚を突かれたため対応が後手になる。
三遊間寄りに守っていたショートがバックアップに入り捕球、それからファーストへ送球する。
ここで優菜がわざわざ左打席に立ったことが活きてくる。
当たり前ではあるが、左打席の方が右打席より一塁ベースに近い。つまり左打席の方が塁に到達するのが早いのだ。一歩程度の違いではあるが、その一歩が明暗を分ける。
優菜の足は紬ほどではないが強豪校の一番打者並みに速い。今更投げてもアウトになる訳がない。
そしてショートが捕球する際、すでに二塁ベースに到達していた紬は、ボールがショートの指先から離れる瞬間を二塁ベースから少し三塁ベース側にリードを取りながら捉える。
清龍ナインが気付いた時には既に紬のロケットスタートは繰り出されていた。
「ボールサード!」←サードへボールを投げろの意。
弥勒がそう叫び、ファーストも優菜を諦め三塁ベース方向にステップしながら捕球、それから素早く送球するも紬は既にサード手前、ベースカバーに入ったショートがタッチするも明らかにセーフである。
その足の速さを見たスタンドの清龍の生徒達は言葉も出ない。高校野球ファンのおじさん達も唖然という感じだ。
「また今日は一段と速い。鬼足……いや、そんな言葉じゃ生温いから『神速』なのね」
紬の足の速さを既に知っている球でさえ驚きを隠せない。
「つーちゃん先輩、本当に足速いね〜。球ちゃんでも勝てない?」
「何言ってるの凛ちゃん。紬先輩に足の速さで勝てる高校生はおそらく県内にいないよ。それにさっきのプレーでも分かるけど紬先輩はただ足が速いだけじゃないの」
「え? 私、全然分からないや(笑)」
「無理もないよ、それだけ高度な走塁をしているのだから。もちろん一朝一夕でできるものではないし、私が真似しても確実に失敗するだけ。たぶん野球を始めてからずっと走塁を磨き上げてきたと思うよ」
球は三塁ベース上で尻についた砂を軽く払う紬を見る。その目には尊敬の意が込められていた。
「それに優菜先輩も……なんというか、あの人もまた凄いというか……」
「う、うん。何となく球ちゃんの言いたいことは分かるよ」
お互いに苦笑いしてしまう。
「あの人は常識ではかろうとするのが間違いなのかもね。それでもしっかりと紬先輩に上手く合わせているし。私もあの二人を相手にはとりたくないし、それに……」
一塁と三塁上に立つ二人を交互に見る。
「まだ……これからが清龍女子一二番コンビの見せ場だよ」