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扇の偉才は逆襲する  作者: one reon
清龍女子野球部編
29/68

先制攻撃―幼女と変態の攪乱― その2

『二番ライト、佐藤くん』


アナウンスとともに左打席に入る銀髪の変態。

優菜は両打ち、いわゆるスイッチヒッターである。右でも左でも打つことができるため、左ピッチャーに対しては基本有利な右で打つのである。

しかし有利な右ではなく左にしたのは理由があった。


「これはまた、こんな美人が一緒の学校だったなんて! 今度一緒にお茶でもどうかな?」


紬に打たれたことを気にもとめず、優菜に冗談交じりで声をかける。


「あー!!」


そんな七を完全にスルーした優菜は両手で持ったバットを肩に乗っけると、何かを思い出したと大声をあげる。

七や弥勒みろくだけでなく、観客までも、清龍女子以外の人らが何だ何だと優菜に注目する。


「下の毛処理し忘れた!! あぁぁぁああ! 最悪最悪最悪最悪最悪!!」


バットを落とし、両手でヘルメットごと頭を抱えるとその場に座り込んでしまう。

その姿はあまりにも外見とのギャップがありすぎて、球場全体をドン引きさせていた。

その様子に一瞬言葉が出なかったが、明らかに試合の進行を妨げていると判断した主審が注意をする。


「君、大丈夫かい? あまり試合の進行を妨げてほしくないのだけど」


普通、主審は試合進行を妨げる行為に対しては厳しい態度で接する。しかしあまりの様子に単純に心配が先に出てしまっていた。

うずくまっていた優菜は立ち上がると、溢れ出す涙を白いバッティンググローブで拭う。


「う……っ! ……すみません。しかしこの無念……ここで打ち晴らす!!」


左の指先を軽く口に当て、右手でバットの先を七に向ける。宣戦布告の合図である。

親の仇のように見られている七は、訳も分からない無念を向けられかなり困惑していた。


「大丈夫そうなら始めるからね。プレイッ!」


主審の掛け声とともにプレイが再開される。つまりインプレーになると七はプレートに左足を掛けセットポジションへと移行する。

その様子を見ると素早く第一リードをとる紬。そのリードは異常に大きなものだった。

左ピッチャーであるが故に七の目にはランナーのリードが常に映っている。

ピッチャーの心理としてはランナーが気になってしょうがない。

数々の強敵を相手取ってきた名門のエースでも、ここまで大きなリードは見たことがないほど。

まずは目で牽制、それから首を上手く使い紬の動きを制しようとするもリードは変わらない。たまらず一塁へ牽制球を投げる。ーーも、紬は頭から一塁ベースへ滑り込み、ギリギリセーフ。

ファーストが七へボールを返球してセットポジションに移行すると、再び紬はリードをとる。

七が間を変えながら牽制すること三回、それでも紬のリードはまったく小さくならなかった。

そして諦めた七は優菜目掛けてボールを放ろうと、クイックモーションに入る。


クイックーーランナーの盗塁を阻止するため、投球モーションを出来るだけ小さくして、素早く投げること。


ーーその刹那。


「ッシッター!!」←走ったー!


ファーストに言われるまでもなく七の視界は紬のスタートを捉えていた。

しかし二塁へ盗塁を試みたはずの紬は一塁ベースへと全力で帰塁する。

ボールを捕球した弥勒からファーストへ矢のような送球。それでも一歩、頭から滑り込んだ紬の方が早かった。


「ちっ! 厄介な足だ。甲子園でもこれほどの足は見たことない」

「いやー速い。弥勒の肩でも刺さないのか〜」


対照的な反応の清龍バッテリー。両者とも紬の揺さぶりが効いており、かなりやりにくそうだ。

ファーストが七へボールを返球、セットポジションに入ると紬の揺さぶりが再開。

七は間と牽制の種類を変えながら、何とかして紬を一塁ベースで釘付けにしようと何度も牽制をする。

その牽制を四球続けたその後、紬のリードが半歩小さくなった。たかが半歩といえど、実際の距離よりリードが小さくなったように見える。ピッチャーの心理として少なからず警戒が緩くなるもの。

再びスタートを切る紬。

バッターボックスの優菜はバントの構え。

サードとピッチャーが猛烈な勢いで前進する。


「スットライーッカンナッ!」←ストライク


「「「は?」」」


選手だけでなく球場全体から漏れ出る疑問符。それほど紬と優菜の行動は理解不能なものなのだ。

セオリーでは優菜のバントの構えには二つの意味が考えられる。一つは単純に紬を先の塁に進ませるための送りバントをするという構え。もう一つは紬の盗塁をアシストするためのブラフ。

両者とも紬を進塁させるためであるのだが、当の紬は一つ前のプレー同様に一塁へと帰塁している。

バントもしない、盗塁もしない、結果ストライクを一つ取られただけの損ではないか。少なくとも清龍ベンチや野球関係者はそう考えていた。


「あははは……バント苦手なんだよね〜」


バントで空振り、小学生でもなかなかない失敗を軽く笑いながら誤魔化す優菜。

そんな態度も相まって、清龍バッテリーは次に何を仕掛けてくるか、そればかりに思考が支配されていった。

そしてこれこそが紬と優菜の狙い。思考を奪う。これが清龍女子一・二番コンビの得意技だ。

もはやバッテリーは紬と優菜の掌で転がるしかない。その証拠に紬のリードがさらに半歩小さくなった理由に思考が辿り着かない。ただリードが小さくなったことで無意識に安心してしまう。

リードが小さくなったら次に何をするかって?

そんなものは決まっている。


「ッシッター!!」


完璧なスタート、紬は完全に盗んでいた。今度こそ本気の盗塁。スタートと同時にトップスピードまで上り詰める紬の加速度は尋常ではない。

七は投球モーションに入っているため、打つ術が限られている。弥勒が二塁へ送球しやすいように高めに投げることであった。


「アーナを見ーつけたらボーを突っ込みましょ〜〜」


一方でバントの構えをしながら呑気に歌っている優菜は、猛チャージをかけるサードとピッチャー、それから他の内野手の動きを観察していた。

サードとピッチャーは前進、ファーストは若干一二塁間寄り、セカンドは盗塁のため二塁ベースのカバー、ショートはサード寄り。

そしてこの守備位置から優菜の判断はーー。


「!! プッシュ?!」



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