先制攻撃―幼女と変態の攪乱―
清龍女子高校スターティングメンバー
1 中 一尺紬
2 右 佐藤優菜
3 三 夜桜桜花
4 一 賀上玲
5 捕 二木球
6 二 御手洗芽衣
7 左 松本唯
8 遊 沖田清彦
9 投 戸ヶ崎龍一
『一回の表、清龍女子の攻撃は、一番センター、一尺くん』
球場内にそんなアナウンスが響く。
本来であればここから吹奏楽部の演奏が始まるのであるが、あいにくとその吹奏楽部が敵ベンチ側についているのだからこちらの応援などするはずもない。
そもそもこの試合自体、ただ清龍が女子チームを圧倒するだけの試合になるというのが、皆心に思っていることなのだ。わざわざ清龍女子を応援する輩などいない。
バッターボックスにはお願いします! と元気な声で挨拶をする紬。
「あはは、本当に可愛い。こんな子達が相手なんて僕はツイてるな〜。よろしくね、レディ」
マウンド上に立つ清龍のエースピッチャー。七紀之は帽子を取り、格好をつけながら深くお辞儀をする。
野球をするには邪魔でしかない金の長髪をなびかせるその仕草は、実にワザとらしく非常にいけすかない。
「レディだなんて、いつもは小学生扱いされているので嬉しいですね」
「すまぬ、後輩。あいつは腰と口が異様に軽い奴なんだ。多少見逃してやってくれ」
紬がいつものルーティンを済ませると、足元から野太い声が聞こえてくる。
声の主は清龍のキャッチャー、弥勒慶二である。その高校生離れした巨体と貫禄から、まるでゴリラがキャッチャーをしているかのよう。
「いいえ、気にしないで下さい。でも甘いボールは見逃しませんけど」
紬の目の奥がキラリと光る。
「……甘いのが来るといいな」
慶二はちらっと紬を見てそう呟く。そんなものは来ないと言いたいのだろう。
(私の仕事はどんな形であれ塁に出ること。球ちゃんと桜花先輩の予想だと今日は打撃戦。私が出ればその分攻撃力が倍増する。それに先攻を取れたのは大きい。ここで相手の心臓を掴む!)
ー試合前ベンチー
「紬先輩、緊張してますか?」
「あははは、少ししてますね……。球ちゃんは全然してなさそうです」
紬は明らかに緊張していたが、先輩振りたいという気持ちが無意識に出ていた。
「たしかに、緊張はないですね」
「さすが、世界を経験しただけはありますね。世界の球ちゃんです」
柄にもなく冗談を言おうとした結果、訳の分からないことまで口にしてしまう。
「先輩」
「ど、どうしたの?」
球に両肩を掴まれて動揺する。
「先輩、先輩は出来る子です」
「わ……私は出来る子」
「そうです。少し前に流行ったワイディケーです」
「ワイディケー……」
「そう! 先輩はワイディケーです!」
「そっか! 私がワイディケーだったんだ!!」
両者ともに勢い良く立ち上がる。
「自信を持って下さい先輩。今日の試合は先輩に掛かってるんです!」
「でも……」
それでも紬は俯く。相手が相手なだけに仕方がない気もする。
しかしそれではダメだと球は鼓舞する。
「一つだけ……」
「?」
右の人差し指を立てる球。
「第一打席の初球、インローのストレートがきます」
インロー・ーーインコース低めのこと。
まだ試合も始まっていないのに相手のリードを予言する球に紬は驚く。
「な! 何でそんなこと分かるんですか?!」
「分析の結果です。一番バッターが左打者の場合、ほぼ確実にインローのストレートがきます。このバッテリーが公式戦に出始めた二年前の秋季大会からずっとそうです」
「……もしかして、清龍の試合全部観たの?」
「ええ、二年前の夏からの試合ですが。ただでさえ二つ上の代は情報が薄いですからね」
紬は少しの間、言葉が出なかった。清龍との試合が決まったのは数日前、そんな短期間で行える作業量じゃないことは紬にも分かった。
「信じられませんか?」
「い、いや! 全然そうじゃないけど……あの清龍がそんな分かりやすいことするかな?」
「私も最初は偶然かなって思ったんですが、偶然も積み重ねれば必然になるんです。それに、この代は特に横綱相撲ですからね。相手の出方を見てから行動することが多いんです」
球の説明はすべて筋が通っていた。清龍は今の三年生の代になってから失点が少し増加しており、その要因となっていたのが相手の奇襲によるものである。
それでも横綱相撲を取り続け、常勝と呼ばれているのは清龍の力がズバ抜けているからだろう。
ただ、そんな分かりやすい隙を見逃す球ではない。
(球ちゃんがこの情報を得るのにどれだけの時間を費やしたのかは私には分からない。けど、先輩として、お姉さんとして、それに応えない訳にはいかない!)
バッターボックスに立ち、県ナンバーワン左腕と対峙する紬の目の奥には熱い何かがある。
自分が塁に出ると、勝利への道を切り開くんだと言わんばかりである。
そしてその強い気持ちは集中力へ変化する。加えて球の情報から出塁は確実なものとなった。
カキーン、と甲高い音が静まった球場に響く。センター前へとボールが落ちると、その音は清龍女子の声援へと変わった。
ーーナイスバッチです。紬先輩!
立ち上がりとはいえ七のストレートは完璧にコントロールされ、ゾーンギリギリへと吸い込まれていった。そのボールを捉えることができたのは球の情報のみでなく、紬の技量があってこそだった。
ゾーンーーストライクゾーンのこと。
一塁ベース上でコーチャーである清彦にエルボーガードを渡す紬と、球は目を合わせお互いに拳を握り親指を立てる。
そしてノーアウト、一塁で迎えるのは……。