再会と醜態 その3
「あははは! 楽しかったぞ! また来るな!」
「はあ……またのご来店をお待ちしております」
あの後もやりたい放題の二人であったので、ミットの紐と優菜に勧められたジャージを一セット購入し、早々に退店するように促したのであった。
球も二人に続こうとしたとき、今までどこに潜んでいたのやら、清彦がレジで店員と話しているのが目に入った。
「……いつもの。今回はボールを二ダースとスコアブックも追加してください」
「分かりました。毎度ありがとうございます」
「……また来ます」
やけに慣れたやり取りを手短にすませた清彦、球は何のことか少し気になり入り口で清彦を待つことにした。
「何だったんですか?」
「……発注」
「いつもここで?」
「……お世話になっている」
「だから、あの二人があんなことしててもあれくらいで済むんですね。普通なら出禁、警察に通報されてもおかしくないですし」
――いや、さっき通報されかけてた。
「……店の中見て」
「え?」
「……客、俺らだけ」
「土曜日なのに随分と空いてますね」
「……貸切ってる」
「は?」
「……桜花先輩が貸切ってる」
「えぇぇぇぇええ! マジですか⁉」
「……まじまじ」
「普通、そこまでしますか?」
「……普通じゃないから」
「……たしかに」
清彦の一言、それが答えだった。
その後も本屋、洋服屋、ゲームセンターなどを回っているとあっという間に昼過ぎになってしまう。今日は全体練習がないのだが三時半から全体ミーティングがあるため、次が最後ということになった。駅前の高層ビルが立ち並ぶ都会感は、少し駅を離れると段々と薄れていく。そこからさらに路地裏へ。そうすると少し綺麗な、隠れ家風なカフェがあった。一応ここで軽く昼食を取ることになった。
玲たちがわざわざ調べて選んだ店だったのだが、球にとっては今日イチで盛り上がる場所であった。
店員が注文を受けに来ると玲や清彦が軽食を頼む、しかし球は違った。ここで頼むものはそれ以外ありえないのだ。
「店長オススメ、スペシャル俺のパフェゴールドの店長おまかせサイズでお願いします」
「かしこまりましたー」
「あ、私もそれで」
「はーい。少々お待ちくださいませー」
大学生のアルバイトだろうか、とても可愛らしい店員がキッチンの方へ、店長と思しきいかついオッサンへ注文を伝えに行く。
「優菜先輩もパフェ食べるんですか?」
「うん。まあ寮帰ったら食堂でちゃんとしたもの食べるから」
――この店選んだのって優菜先輩だよね。もしかして、
「先輩、あの漫画知ってますか?」
「え? もしかして」
「「シンロー!」」
「おー! 先輩もファンだったんですね!」
「うん! まさかタマもだったとはね、正直ビックリしたよ」
共通の話題を見つけた二人は意気投合していた。そんな二人の盛り上がりに置いて行かれていた玲が口を開く。
「なんだ、そのしんろーってのは」
「シンローは簡単に説明するとですね。えーっと、なんて言えば伝わるのかな。魅力的すぎて言葉で説明するのは難しいんですけど、階級の差が愛する二人を引き裂く的な恋愛ものの漫画です」
「だからシンロー、シンデレラロード」
「その通りです。優菜先輩」
「へ~この店とそのしんろーが何か関係あるのか?」
「……ぱふぇ」
「清彦先輩知ってるんですか?」
「うん。こいつにも布教済みさ」
「お~流石優菜先輩!」
「おーい! この店が関係あるのかって聞いてるんだけどー」
勝手に二人で盛り上がられて疎外感を感じた玲が頬を膨らませていた。
「ごめんってば玲。ここのパフェがね、その漫画のヒロインの大好物なんだ。だから一度来てみたかったんだ」
「はー、せーちじゅんれーってやつか」
そんな話をしていると、注文した食べ物やらが運ばれてくる。
「で、でかっ! ゆーなと球、ほんとにこれ食うのか?」
運ばれてきたパフェは一般的なパフェの器に入っているわけではなく、ビールの大ジョッキに盛り付けられていたのである。何階層かにシャーベットの土台に、山のように盛り付けられた生クリーム、さらにフルーツやアイスがクリスマスツリーの飾りのように飾られている。
そんんな見ているだけで胸が焼けるようなパフェを目の前に、キラキラと目を輝かせている女子が二名。
「全然よゆーっしょ! ほぉ~おいしそう! いっただっきまーす!」
「原作通りね、たしかこの角度からこう写真を撮れば」
目的のパフェに手が止まらない優菜と、原作の描写に近づけようと様々な角度からの撮影を試みる球。
「……食べないのか?」
「いいえ、おそらく二度と来られないので骨の髄まで堪能しようかと!」
「……また一緒に来ればいいじゃん」
「あ! た、たしかに」
――一人でこんなところまで来れないと思っていたけど、みんなと一緒になら……その発想はなかったわ。
物心ついたときから野球漬けの日々を送っていた球。やることなすことはすべては野球のため、頂点に立つためそれが当たり前だと思っていたのだ。そんなことだから放課後、友達と遊んだことすらなく、もちろん休日に一緒に出掛ける友達すらいなかった。唯一、幼馴染の凛だけは今もずっと寄り添ってくれてはいるが、決して球の邪魔になることはしない。凛がそこまで気を使うものだから、今日が初めて人生で休日に遊んだということになる。
今日一日を通して先輩三人との距離が少し縮まった。そう心の中で感じたとともに純粋に楽しかったと、そう思ったのであった。
時刻はちょうど一時半、駅前の改札でお手洗いに向かった球を待つ先輩がいた。
「ふー楽しかったな!」
「そうだね。タマも少しは明るくなったし、少しは打ち解けられてればいいんだけど」
「……心配無用」
「そうだね。これがきっかけになってくれればね」
「難しいこと考えなくたっていいのだ! あいつなら大丈夫だ!」
「そうね、そうだといいね」
「……アグリィ」
「それにしても遅いね。ゲーリーかな?」
「パフェでかかったからな!」
「……様子見てくる」
「女子トイレ覗くなよー!」
「……失礼な」
「ふう」
お手洗いを済ませ駅構内の公衆トイレから出てきた球は少し体を伸ばす。慣れない場所への慣れない外出に思ったより体力が消耗していたのだ。
――あ、早く戻らなくちゃ。ミーティングもあるし。
少し速足で先輩たちのいる改札へと足を進めていると、
「おい! 二木! 二木じゃん!」
「え?」
「俺だよ俺! 何だよ! 引きこもってて元チームメイトの顔も忘れちまったのかよ」
そう声をかけてきた男を球は知っていた。
「そんなやつ放っておけ、さっさと行くぞ」
「えーいいじゃん工藤! 久々の再開なんだからさ!」
「急がねえと俺が怒られんだよ。キャプテンにどやされてぇのか?」
二人の男は球の元チームメイト、つまり元星刻シニアのメンバー。球との再会を一見喜んでいる方が島田辰、喜んでいない方が工藤仁である。
「そういやさ、二木は一般で清龍入ったんだろ! お前頭めちゃいいじゃん! 俺にも少し分けてほしいわ! な! 工藤!」
「いい加減にしろ。そんなやつに微塵も興味ない」
「何でそんなこと言うんだよ! 二木は野球やめて、必死で勉強頑張ってんだぞ! 世話になった元チームメイトとして応援するのは道理だろ」
「あ? おまえ花形から何も聞いてないのか?」
「は? 朝がどうしたんだよ?」
「こいつ、未だに野球やってるらしいぞ」
「は? どういうことだよそれ」
「知らねーよ。まあこんな腑抜け、高校で野球やったって通用するわけがねえんだ。よくもまあそんな醜態さらしながら野球できるよ」
「おいおいおい、ほんとかよ。まだ懲りずに続けてるとかありえないんですけど」
「ああ、俺も花形から聞いた時はびっくりした。それにこうして今日再会してさらにびっくりしたよ。まるで別人、近くにいるだけでひりつく緊張感は欠片もない。あのときの二木球はもういない。そんな状態で野球を続けても無意味だろ」
「高校はケー生えたてのボーズがやってる中学とはレベルがちげえんだ。今すぐやめろや! 野球は女がやるスポーツと違うぞ!」
球が何も言い返さないのをいいことに好き勝手感情をぶつける元チームメイト。そんな元チームメイトの言葉を球は俯きながら聞くしかなかった。
「……そこまで」
「なんだこいつ、どけ! 今はこいつと話してんだ!」
「……嫌がってる」
「は?」
「やめておけ島田」
「でもよ」
「決着は明日つければいいだろ。なあ?」
「は? 何言ってんだ工藤」
「おいおい、お前話はちゃんと聞いてろよ。明日は招待試合で相手は」
「……うち」
「な⁈ そんじゃあこいつらって」
「ああ、清龍女子野球部だ」
「はっ! こりゃ楽しみだ! あの偉才と対決できるなんて光栄だ!」
「たしかにあの偉才(笑)とやれるなんてな」
ケタケタと球を見下す元チームメイト。
「おい、そろそろ時間だぞ」
「早くいこーぜ。じゃあな二木! 明日が楽しみだぜ!」
口では楽しみと言っていたものの、完全に球を馬鹿にしているのが、その気色の悪いにやけ顔を見れば一発で分かる。
「……落ち着いてからでいいからな」
「……す、すみません。もう大丈夫ですから」
球の選手名鑑
佐藤優菜
学年 高校二年生
守備位置 ライト
出身チーム 大黒シニア
あだ名 なし
その他 右投げ両打ち
シニア通算成績
打率・ 458
出塁率・612