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扇の偉才は逆襲する  作者: one reon
清龍女子野球部編
20/68

再会と醜態 その2

 球たちの住む寮から徒歩十分、地元民にこよなく愛用されて数十年の最寄駅、駅前には休日の朝にもかかわらず活気のある商店街、このご時世、近隣に大型のショッピングモールができていないのが幸いである。そこから電車でさらに三十分東京方面へ揺られていると目的地に着いたのであった。

球たちの地元の駅とは比べ物にならない規模の駅。人という人の往来、玲なんかは波に飲まれ迷子になってしまうのではないか、そんな人の多さ。さらに駅構内にはデパートのようにお店が立ち並ぶ。地元の商店街の上位互換と呼ぶには、あまりにも格が違う。

 今まで用はすべて地元や通販で済ませていた球にとって、まるで異世界にでも迷い込んでしまったような感覚である。何もかもが違う世界に言葉が出てこない、ただ過ぎ去る光景を観賞することしかできなかった。


「どーした?行くから離れるなよ」


 呆気にとられている球を心配したのだ。玲が気を使い声をかける。


「ん?もしかしてくるの始めてか?心配すんな!ほら!」

「いや、ちょっとこれは」

「なーに恥ずかしがってんだ!てー繋ぐくらい普通だろ!球はなんか迷子になりそうだからな!」


 そう言って球の手を引いていく玲。球にはどうしても元気な娘が母親を引っ張っている構図にしか見えないのだが、言ったらややこしくなるため、口には出さなかったのだが、


「ははは、なんか親子みたい」

「……玲が娘」


――まあ、この人たちは言うよね。


「な?! 私の方がおねーさんだぞ!」


 たしかに年齢はその通りなのだが、そういう問題ではない。しかし玲本人は納得がいかないようだ。




 地下迷宮のように複雑な駅構内を脱出するのに十分弱、人が多い分余計に時間がかかる。さらに駅前から五分ほど歩いたところに目的地はあった。


「野球用品の専門店ですか」

「うんうん。私たちここの常連なんだ」

「地元のは使わないんですか?」

「うん、こっちの方が品揃えが良いからね」


 優菜がそう言うのも頷ける。地元のそれとは外装からして違う。若者受けしそうな、いかにもという感じだ。


「こんちわー! おっさん元気にしてるー?!」

「げっ!!」


――げ?


「店内の全店員に告ぐ、使徒襲来。パターン青に移行せよ。繰り返す。パターン青に移行せよ」


思わぬ来客、といった表情の店員と思しきおじさんは、襟元に付けた小型マイクに向かって指示を飛ばす。


――使徒? エ◯ァ?


「いらっしゃいませー! ごゆっくりご覧下さーい!」

「おっさーん! グラブの紐ってどこー?」

「そ、それなら奥にございます」

「お! さすがてんちょーなだけはあるな! ありがと!」


 一生懸命笑顔を作っていた店長だったが明らかに顔が引きつっている。


――なんだろう、他の店員も少し様子が変。


 妙な視線を感じる。球はそう思ったのだった。


「でもどうしてここに?」

「ん? あー球が昨日の練習で、ミットの紐がめっちゃ劣化してるって言ってたじゃんか! だから買いに行こって!」

「え? あーそうですね。でもたしかボソって呟いただけでしたよ」

「ふっふっふ、壁に耳ありなのよ!」

「つまり盗み聞きってことですか」

「そうなんよ! ……っあははは! やめっ! あははは! 何すんじゃボケ!」

「盗み聞きしたので」

「あははははは! やめーろ! あはははは! くすぐったいんじゃっ!」


 身長差があるため若干中腰になってわき腹をくすぐっていた球の手から、暴れるようにして何とか逃れる。


「あ、ありました」

「ん? その紐でいいのかー?」

「はい、いつもこれを使っているので」

「まーた紬のと一緒じゃん! わっけわかんね!」

「うーん、機能性的には十分上質だと思うんですけどね」


 紬や球がよく使っているメーカーの野球用品はたしかに機能性としては悪くない、むしろ品質が高く、プロ選手でも愛用者が多数いるのだが、何かと若者受けしないのだ。所謂、機能性にパラメーターを全振りしてしまっているため、価格やデザインなどに難がある。大学生や高校生以下には特に人気がないことで有名なのだ。

 そんなメーカーを愛用している球は若者同様の美的センスを持ち合わせているわけはない。私服こそ凛のおかげでカモフラージュできているが、入部早々、紬と同じレベルでジャージがダサいというのが女子野球部(紬を除く)の総意であった。ということからジャージまで新調することになったのだ。


「そんなにジャージダサいですか?」

「うん!」

「即答ですね……」

「まーそう落ち込むな! せんこーたいがすでに選んでくれているから」

「先行隊ってあれのことですか?」


 ジャージやユニフォームがところ狭しと売られているコーナーでは、優菜と清彦が先に品定めしているはずだったのだが。


「お客様ぁぁぁあああ! 何やってるんですか! こんなところで脱がないでください!!」


 そこにいたのは野球部の先輩ではなくただの露出魔であった。スカートとパーカーは足元に脱ぎ捨てられており、身に付けているのは上下の下着のみ。男性店員に詰め寄られているにもかかわらず、平然と会話を続けている。球は彼女のメンタル、感性を疑った。


「ん? ヌクな? ははは、何言ってるんですか店員さん。ヌイてませんよ?」

「違います! 服を脱ぐなって言ったんです!」

「服でヌクな?」

「だ―――!!」

「イッたか?」

「イッてないです! とにかく服を着てください! 他のお客様もいるんですから!」

「あ~服を着ろってことね。すみません、いつもの癖で。じゃあこれは試着できないんですか?」

「はあ、試着はあちらの個室でお願いします」


 店員が指さした方向には一般的な試着室。


「な⁈」

「何か?」

「あ、あそこが試着室だったのか……」

「試着室以外の何があるっていうんですか!」

「いや~足元が少し見えてるから、なんかそういうサービスでもあるのかなーって思ってた。あ~あれが俗に言う試着室というものか。次からはあそこで試着しよ」

「サービスって何ですか、ここ野球専門ですよ」

「え? そりゃピ○○ロ的な?」

「は? ちょっと何言ってるんですか?」

「知らない? バットを口でしゃぶるところだよ」

「……」


 少しの間固まっていた店員はポケットの中からスマホを取り出して、どこかへ電話をかける。


「あ、もしもしけいさ……」

「だぁぁぁああああ!」

「あ! ちょっと! 何するんですか!」


 慌てて店員のスマホを取り上げて電話を切る球。


「すみません! 今すぐ着させるんで! 警察だけは勘弁してください!」


 ケータイを取り上げた勢いそのままに頭を下げる。


「先輩も早く服を着てください!」

「えーでも、もうここまで脱いじゃったしやだよ~」

「……(無言の圧力)」

「ははは、わかったよ。タマは真面目だなー」


 渋々といった風に脱ぎ捨ててあった服をすっと着る。その時、隣のバットコーナーから再び店員の叫び声が聞こえる。


「お客様ぁぁぁぁあああ!」

「あはははは!! このバットめっちゃイイな! 振りやすい! 軽い!」

 ブンッ! ブンッ! とバットを振る鋭い音がこちらまで聞こえてくる。

「素振りはご遠慮ください! お願いします! お客様ぁぁぁああ!!」

 どうやら、商品などがないスペースで試し振りをしているようだ。客がほとんどいない時間帯だからといっても、下手したら死人がでるほどの事故につながる可能性がある。

「あははははは!! 楽すぃ! 楽すぃ!!」


 そんなことは頭の片隅に欠片もない。獣のようにただ楽しいことだから全力でやる。それが玲だった。

 しかしさすがに危険であるため、すかさずやめさせる。


――学校で常識って科目を増やすべきだわ。まったく……。


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