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扇の偉才は逆襲する  作者: one reon
清龍女子野球部編
17/68

残りの二人とそれから その5


星刻シニア


元々は中堅ほどの強さのチームだったが、三年前に当時中学一年生だった球を獲得したことをきっかけに一気に全国区の強さを誇るチームとなった。

特に昨年は異次元の強さで全国大会で優勝を成し遂げたのだった。

しかしその実態は球のワンマンチーム。監督も選手も大したことがなかったが、実力以上の強さを誇ったのは球一人のおかげだった。


 清龍女子野球部寮の一階、ミーティングルームは学校の教室ほどの広さである。る入り口と反対方向には黒板より二回りほどの大きさのホワイトボード、さらに明らかに家庭用の規格ではない大きさのテレビが一台。普段は練習後のプレー軽い意見交換などに使われているが、いつでも自由に使うことができるためよく清彦と芽衣が使っていることが多い。自分らのプレー動画を何度も見直して遅くまで議論しているのだ。

 こと野球の設備に関しては抜け目がない。流石は夜桜グループといったところか。


「ほら、立っていないで龍一君も座って」

「は、はい。失礼します」


 木製の長机をはさみ桜花の向かい側にあるパイプ椅子に腰を下ろす。


「それで早速、球ちゃんのことなんだけど。これは誰にも言わないでって口止めされているだけど、まさか一日でそれを破ることになるとはね。だから本人にももちろん、他言無用だからね」

「は、はい」

「星刻シニアは知っているわよね?」

「球が中学の時にいたチームすよね? 去年全国大会で優勝したとか」

「そうよ。だけどね星刻はもともとそんなに強いチームじゃなかったのよ。予選でもせいぜいベスト8に入れれば大健闘。そんなチームだったのよ。でも三年前の全国予選、そのころから急に名前が耳に入ってくるようになった」

「球が入ったからすか?」

「その通りよ。球ちゃんの学年が上がるごとにチームの成績もうなぎのぼり、三年生になるころには彼女は偉才と呼ばれるようになった。だから全国大会の試合を見に行ったのよ。偉才がどんなものかってね、所詮は中学レベルだと思ってたけど」

「けど?」

「圧巻だったわ。チームメイトの能力は決して高いものじゃない、たまたまラッキーで全国大会出場できたチームくらいに。それでもチームとしては半端ではない強さだった。シニアの次元を優に超えていたわ」

「そんなに強かったんすか?」

「ええ、他を寄せ付けない強さだったわ。でも私が驚いたのはチームじゃなくて、そのチームを演出している球ちゃんの方。さっきも似たようなことを聞いたけど球ちゃんは強いと思うでしょ?」

「悔しいけど、あいつには敵う気がしないっす」

「そうね。けど、あの時の球ちゃんは今の球ちゃんとは比べ物にならなかったわ」

「え?」

「鬼みたいな強さ、そう表現するのが的確。今はぼーっとした雰囲気だけど、その時はまったく違う雰囲気だったわ」


 普段はまるで他人を見透かして余裕綽々の態度をとっている桜花だったが、シニア時代の球を語る桜花は、まるで憧れのヒーローについて語る少年のようだった。そんな桜花の見たことのない表情に龍一は驚いていた。


「そんな圧倒的な強さだったから世界大会の代表に選出されたわ」

「キャプテンだったんすよね? それも決勝戦まで進んだとか」

「その決勝のアメリカ戦はそう、途中まではハイレベルな攻防の応酬、なかでも球ちゃんは三安打の一本塁打、勝てばMVP確実だったの。けど試合を決めたのはエースの明らかなワイルドピッチだった」

「なんていうか、それは、あっけない終わり方ですね」


・ワイルドピッチ――暴投ともいう。キャッチャーが明らかに捕球できない出来ないようなボールをピッチャーが投げてしまい、それが原因でランナーを進塁させたりしてしまうこと。ピッチャーのエラー。


「ええ、でも問題はその後だったわ。その明らかなワイルドピッチが記録上はパスボールに書き換えられたのよ」


・パスボール――捕逸ともいう。捕球可能なボールをキャッチャーが後逸してしまい、それが原因でランナーを進塁させてしまうこと。ワイルドピッチに対してこちらはキャッチャーのエラー。


「え、それって何のために?」

「当時は日本が三連覇中、四連覇がかかっていたの」

「それってまさか」

「想像通り、すべての責任を球ちゃんに押し付けたの。表向きはそうは言われていなかったけど、噂は広まったわ。噂って尾びれがついていくものよね、そのうち根も葉もないものまで聞くようになって、最終的にはチームメイトにまで避けられるようになってチームでは孤立。強制的に除名されたそうよ」

「な、なんだよそれ……」

「私たちでは想像できないほどの苦痛を味わったでしょうね。スポーツ紙、雑誌の記者が家まで押しかけてきたって。それから夢で見るようになったんですって、そのワイルドピッチのシーンを。あの時、自分がボールを止めていれば、日を追うごとにそう強く思うようになったそうよ。そして最近では、龍一君が聞いたように夜に起きては感情のコントロールが効かなくなっちゃうって、だから夜中に迷惑をかけるかもしれないって私に打ち明けてくれたの」


 自分が情けなくなった。昨日それとなく玲から球の過去を聞いていたが、まったく分かっていなかった。


「なんだよそれっ!!」


 そう叫ぶと同時に拳を机に全力で振り下ろした。痛い、龍一はそう感じてはいない、怒りでアドレナリンが出ているからだ。


――あいつ! 本当は滅茶苦茶悔しいのに! 毎晩毎晩悔しさでうなされているのに! そうだよ当たり前だよな、こんな俺なんかにあんなこと言われたらそりゃキレるわな。


「一番の問題は球ちゃんが、自分は所詮女だから野球をしちゃいけないって思っていることよ」

「は? あいつ何でそんな馬鹿なことっ!」

「これは決して球ちゃんが悪いのではないわ。今の野球界がそういう考え方なのよ。所詮は女、そういう考え方なの。だから私はそんな風潮を変えたい、そのためには球ちゃんの力が必要なのよ!」

「で、でもどうすりゃ」

「今週末に試合を組んだの」

「試合?」

「ええ、相手は西東京の強豪、塔樟学園」

「何でわざわざ県外の高校とやるんっすか?」

「その高校、元星刻シニアのメンバーが何人か進学したそうなの。そのなかに特に球ちゃんを目の敵にしていた元エースがいるの」

「それって……」

「球ちゃんの踏み台にピッタリかなって」

「うわ。さすがっす桜花先輩。悪魔って呼ばれてるだけのことはあるっす」

「ふふ、ありがと」


 龍一に悪魔呼ばわりされ何故か微笑む桜花。悪魔と呼ぶにはあまりにも似合わない清々しい笑顔だった。

 桜花の口ぶりだとどうやら塔樟学園との試合でどうにか球の悩みを吹っ切らせるつもりのようだ。そのために元チームメイトを吹っ掛けるつもりらしい。


「それで龍一君は何であんな時間に、球ちゃんの部屋の前にいたの?」

「あ、忘れてた。球に野球のこと、色々と教えてもらおーと思ってたんだ!」

「そういうことね、まあ大丈夫だと思うわ。明日にでも頼んでみるといいわ」

「そうっすね」

「でもよかったわ」

「何がすか?」

「いや、龍一君が球ちゃんの部屋の中を覗こうとしているのかと思ったの。でも勘違いで良かったわ」

「た、たしかにそうっすね。今度からはスマホでメッセージ飛ばします」

「その方がいいわ。優菜ちゃんとか玲ちゃんに見つかったら大変よ」

「う、それは考えてなかったっす。やべえ、ほんとに見つからなくてよかったぁ……」


球の選手名鑑


賀上玲がじょう あきら


学年     高校二年生

守備位置   ファースト

出身チーム  桜木バルカンズ

あだ名    怪物

その他    右投げ右打ち


ボーイズ通算成績

打率・612 

出塁率・632 

本塁打・35本


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