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扇の偉才は逆襲する  作者: one reon
清龍女子野球部編
11/68

驚嘆と落胆 その5

「こ、これは……」


 球は度肝を抜かれていた。

 シートバッティングが終了した後、正式に女子野球部に入部することにした。その際、桜花から一つだけ条件を提示されたのである。それは球場と同じ敷地内にある女子野球部の寮で生活することだった。特に断る理由もなく、むしろ好都合だと球が承諾をすると即座に彼女の自宅から私物などを寮部屋まで引っ越しさせたのであった。


「元の私の部屋より全然広いわ。トイレにテレビ、ネット環境も整ってる。それに家賃、食費、その他諸々タダとはね」

「お風呂は一階にある大浴場、日用品などは寮の目の前のコンビニを使ってくださいね。一応二十四時間やっているので」

「あ、ありがとうございます」

「それでは私はこれで、あ! 学校には自転車通学の許可を貰っているので明日の朝、守衛さんから許可証を受け取るのを忘れないでくださいね」

「分かりました」

「では、失礼いたしましたわ」


 一通りの引っ越しを終え、寮内の設備、その他諸々を説明し終えた桜花はゆったりとした足取りで部屋を後にする。

 それから球は段ボールに丁寧に詰め込まれた私物、主に漫画やゲーム機器を部屋の何処へ配置しようかと数十分格闘し、ひと段落したところでコンビニへと買い出しに出たのであった。




ーーまさかオイルとプロテインがこんなところで手に入るとは。しかもどっちもオキニのメーカーの新作。少しテンションが上がるわね。


・オイルーーグラブオイルのこと。グローブを劣化させないためのお手入れ必需品。


 いつもの気だるげなぼーっとした表情。テンションが上がっている風には全く見えない。

 球が寮に入ろうと玄関付近まで向かいのコンビニから歩いていると、寮の脇から二人の声が聞こえてくる。


「今の重心が少しだけ左にズレていたわ」

「お、本当か? サンキュー桜花」


ーーあれは……唯先輩と悪魔。シャドウの最中か、


・シャドウーーシャドウピッチングのこと。主にピッチャーの練習でボールの代わりにタオルを持ち投球動作を繰り返す。基本的には鏡を見ながら行い、投球フォームを矯正することでコントロールや球速アップを狙いとしている。


「今度は胸の開きが早いわ。唯ちゃん、全然集中してないでしょ?」

「ふ、お見通しか。桜花には敵わんな!」

「当たり前じゃない。それで何かあったの?」

「何かあった。まあそうだな、あったというより出会っただな」

「球ちゃん?」

「まあそうだな」


自分の話をしているということもあり、つい反射的に聞き耳を立ててしまう。


「あいつら二人がいなかったとはいえ、今日は六点しか取れなかった、あの状態の龍一から六点」

「そうね、私も初回は抑えられちゃったし。今日の龍一くんは最初以外は百パーセント、それ以上の力を出していたわ。それもこれも」

「球の力か」

「そうね。細かく例を挙げたらキリがないけど、声がけや気配り、すべての振る舞いが投手の底を引き出すために、しかもそれが結果として守備の動きをも良くしている」

「あれで一年生とは信じられん、明らかに超高校級だ。早くバッティングも見てみたい」

「ええ、たしかに唯ちゃんと勝負させてみたいわね」

「何で今日は守備だけだったんだ? シートも交代でやればよかったのに」

「ふふ、だってあの子ブランクあるじゃない」

「まあ、そうだな」

「守備は経験でカバーできるけど打撃はどうしても感覚だから、ブランクの影響出やすいかなって。もしショボかったら分かっててもがっかりしちゃうじゃない?」


ーーあの悪魔、言ってくれるじゃない。


「出てるぞブラック桜花」

「あら、これが素なのだけど」

「知ってるよ。私もそっちの桜花の方が好きだぞ」

「嬉しいわ、惚れちゃいそう」

「よく言うぜ」

「でもこれでまた目標に一歩近づいたわね」

「ああ、そのためには甲子園には絶対に行かないとな」


--甲子園が目標じゃないの?


 何が目標なのか、その疑問が頭の中を駆け巡る。


「あれ? 球じゃないか! こんな時間に買い物か?!」


 玲に紬それから清彦、二年生三人組がこれから外へと出かけるところ。寮の玄関にいるのだから誰かしらと遭遇するのは当然だ。


「え、ええ、そうです。プロテインとオイルを新作にと思って」


 ほー、っとバルカンズコンビが興味深そうに頷く。


「ちなみに球ちゃんはどのメーカー使ってるんですか?」

「いつも同じなんですけど、プロテインはDMSでオイルは女々上等シリーズですかね?」

「ほっ、ホントですかっ?!」


 何故か抱きしめることのできる距離まで詰め寄ってくる紬。


「本当ですよ、ほら」

「わ~新作ですぅ」

「うわ! いきなり抱き着かないでください」

「あわわ、ごめんなさい。つい嬉しくなってしまって」


 てへへ、と後頭部に手をやり恥ずかしそうに反省をする。


「え~シュミ悪いぞ~」

「ふーん。これで私のセンスが証明されたね! 球ちゃんが使ってるんだから間違いないよ!」

「え~ゼッタイあり得ないよ~」

「皆さんこのシリーズは使わないんですか?」

「うん。紬以外だっれも使ってないよ」

「それは……ハッキリ言ってセンスないですね」

「ねー。球ちゃんがこう言ってるんだから! ね?! ほら玲ちゃんも同士になろうよ!」

「ぬぐぐぐ……いや球のセンスが悪いだけだぞ!」

「何をー!!」

「そっちこそ!!」


 至近距離で睨みあい両者ともに一歩も引かない。まるで小学生の喧嘩だ。


「……時間」

「ああ! ホントだ! サンキュー清彦!!」

「これから素振りですか?」


 時刻はすでに八時半手前、この時間からできる練習と言えば素振りしかないだろう。


「んにゃ、マシンだぜ!」

「この時間からですか?」


・マシンーーバッティングマシンを使った打撃練習のこと。早朝や夜遅くだと打撃音が明らかに近所迷惑になる。


「ここら辺はあまり住宅もないですからね」

「そういうことよ! それに室内練習じょーでやるから大丈夫なんだぜ!」

「防音なんですよ」

「……別名、性の部屋」

「そんなことないです!!」


 清彦の阿呆な発言を急いで訂正する紬。


「球も一緒にどうだ?」

「え、いや今日は……」


 今日はやめておきます、と断ろうとすると先ほどの言葉が自然と浮き上がってきた。


『ショボかったら分かっててもがっかりしちゃうじゃない?』


「……」

「ん? どうした?」

「今日はやめておきますか?」


 急に黙り込んだ球を心配そうに様子をうかがう三人組。


「いえ、お願いします!!」

「は! 球ならそー言うと思ったぜ!!」

「そうですね。早速行きましょうか!」


 球が参加することが嬉しかったのだろう、先陣を切って室内練習場に向かって駆け出す小学生が二人。

 取り残された球は先ほどから気になっていたことを清彦に聞くことにした。


「プロテインは?」

「……伊豆野」

「オイルは?」

「……伊豆野」

「先輩、知ってますか?」

「……何?」

「伊豆野使ってる人ってモテるらしいですよ」

「……マジで?」

「はい、もちろん嘘ですけど」

「……マジで?」

「はい」

「……」

「……」

「……」

「ちょっと待ってください! 私が悪かったですから! 脱がないで!! お願いだから! ってか何で脱ぐんですか!!」


 結局のところ球が制止しても清彦は一心不乱にユニフォームを脱ぎ続け、全裸になるとそのまま室内練習場へと駆け込んでいったのだった。球もそれに続き練習場に入ると、すでに殺人現場に残された死体のようにブルーシートで覆われた清彦の屍があった。

球の選手名鑑


一尺紬いっしゃく つむぎ


学年     高校二年生

守備位置   センター

出身チーム  桜木バルカンズ

あだ名    神速

その他    左投げ左打ち


ボーイズ通算成績

打率.578 

出塁率.756 

盗塁成功率.898

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