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MT.bucket鉱山鉄道

作者: 凡凡帆凡

 炭水車の付いたテンダー機関車が盆地にポツリと立つ田舎町の小さな駅に止まっていた。


 背の低い煙突と長いボイラーに四つのピストン。即ち二つの走り装置を持ち、2ー6ー6ー0と言う車軸配置。しかし其の割には客車二両と有蓋貨車一両に無蓋貨車一両と言う少量編成である。

 先頭のⅢ号機関車。客や従業員からバケットマンという愛称で呼ばれる蒸気機関車の機関室で、長身の機関士が懐中時計を閉じて懐にしまう。


「時間だな」


 窓から顔を出して前後確認の後、頭上の紐を引っ張って甲高い汽笛を鳴らす。加減弁ハンドルを引いて、逆転機を回し蒸気量を増やす。ピストンがゆっくりと力強く動き、黒い鉄塊が前進を始めた。


 炭水車からボイラーへ止まる事なく水が入って、合わせる様にシュッシュッという小気味いい音が力強くなる。

 連結器の音に合わせて鳴動が激しくなっていき、力を増していくピストン。ロッドを伝って大きな12の動輪を回す。


 鉄塊が黒煙をはいて進む。村を置き去りに力強くレールをだどれば、その勇姿に子供達が歓声と喝采を上げた。


 汽笛が森の中に響く。


 煙突から吹き出す黒煙が白煙に変われば機関士と機関助士も一息つける。止めどなく投炭を繰り返していた機関助手は汗を拭う。


 丁度、大河を横断する線路を敷いた長い石橋へ向かって森の中を突っ切った。上流で雨でも降ったのか透明な水の流れはいつも増して忙しない。


 だが機関士と機関助手の二人は高い山々と浅く広い大河を眺め、窓から注がれる涼しい川の風を味わう余裕さえあった。火室に投炭するシャベルを杖の様にして肩を叩きながら、小柄な機関助手のジュールが機関士に話しかける。


「なぁ、アナトールさん。機関助手をやらせてもらって随分立つし、そろそろ俺にもコイツを運転させてくれよ」


 機嫌が良くとも仏頂面の様な顔の片眉を上げた機関士のアナトールは顎髭を擦りながら答えた。


「まぁ、そうだな。この路線は急勾配が多いんで難しいんだが……うーん。次の線は危ないから、麓の駅から町の駅までやってみろ」


「本当かい!?腕がなるよ」


「はっはっは。先ずはそこまで事故のない様にしなきゃな。ほら、石橋が終われば勾配がきつくなるぞ」


「あいよアナトールさん!」


 ジュールが坂に向けて石炭をせっせと焼べて、アナトールが減らしていた蒸気量を最大まで上げた。ロッドが激しく交差し速度を上げ、坂を登る合図として汽笛を鳴らす。煙は濛々と吹き上がり機関室の熱が一気に上昇した。


 客車が繋がれており、鉱山で働く坑夫たちが載っているので重くはあるが、それでも徐々にスピードは上る。


 激しく鳴動しながら蒸気機関が急勾配に入った。瞬間速度を落とすが、即座にレールを12の動輪が掴む。たった四両とは言え並みの蒸気機関車ならば重連して登らねばならない様な坂を力強く登っていく。


「まったくコイツの整備は大変だが、砂撒きなんかは以前に比べて楽で良いな」


 アナトールは砂撒きコックに手を置き操作しながら呟く。ジュールは石炭を焼べながら前の蒸気機関車に興味を抱いた。バラバラと石炭を満遍なく放り込むと汗を拭う序でに聞てみる。


「前の機関車は?」


「ん?あぁ、前はタンク機関車2両で重連してたんだ。鉱山で入れ替え作業をしてる二台だな。

 しっかし、まぁ滑り止め用の砂は減って給水給炭は手間だし、二両使ってコイツよりも力がない。

 特に牽引力については致命的だったさ。運ぶ物や人が多い時なんか、重すぎて客車の連結も貨車みたいに緩くしとかないと発車出来ないから、停車した時に客車がぶつかって乗客に文句を言われたもんだ。

 挙句の果ては水が足りなくなって街に着くまでに動けなくなる事が多発した」


「え、途中で止まったの!?」


「おう、空焚きなんかしたら危ねぇから川付近に止めてバケツで水を汲むんだ。コレが面倒だし時間がかかるわ、真水じゃねぇから機関車にも良くねぇわ。客と整備士にブチギレられて大変だった」


「うわぁ……」


「前々から新しい機関車の購入と機関助手を雇おうって検討してたんだが、支配人が趣味の酒関連事業に投資しようとしやがったから、整備士や今乗ってる工夫と一緒にボイコットしてやったさ」


「それで給料が良かったんだ」


「鉱山の屋敷に泊まってたから家に帰れんわ、巻き添え食った従業員に半殺しにされるわ凄かったらしいぞ。まぁ、何より支配人も鉄道が動かないとどうしようも無いからな。」


 そんな事を話していると坂を登り終え、岩壁に沿う様な線路を進み鉱山前の駅にたどり着く。機関車はゆっくり停止した。


 先ほど話していたタンク機関車の一両が最後尾の無蓋貨車を持っていき、もう一両が石炭を山盛りにした無蓋貨車5両を持って来て連結する。


 二人は坑夫達が降りている間に、食堂で昼食の弁当を受け取った。給水給炭をする為に機関車に戻ると、片眼鏡に長いシルクハットの紳士が杖にもたれている。此の鉄道と鉱山の若い支配人だ。


 服や帽子と同じ黒い杖をクルリと回して気取った様に胸を張った。様になる辺りが少々憎らしい。二人は煤まみれの青い帽子を取って挨拶する。


「どうも支配人」


「おはようございます」


「おはよう二人共」


 若い紳士はニコニコしながら挨拶を返すと言った。


「アナトール君、ジュール坊や。今日は町まで連れて行ってくれないか?この前の精錬所と酒造所の投資の件に漸く話がついてね」


「お任せを支配人。アンタが俺の説得を聞いて、導入してくれたコイツのおかげで仕事が楽になったんだ。確り送らせてもらうよ」


「いや、アレは脅しと言うんだよアナトール君。まぁ、性能の割に安くて今ではコイツぁっつあ!?」


 やれやれと言わんばかりに首を振ると蒸気機関へ手をついた。アナトールは慌てて指示を出す。


「何やってんだバカッ!!ジュールすぐに水を持ってこい!!」


「はっはい!!」


 機関士の前で紳士がバケツに手を突っ込んでいる。壮年の機関士は怒りの形相で、若い紳士は冷や汗を垂らしていた。


「支配人、アンタ何やってんだ。危ねぇだろう」


「……ハ、ハハハハ。アナトール君その顔辞めて。怖いから」


「……ったく、まぁいい。腫れも思ったほどじゃねぇし、時間がねえからサッサと乗んな」


 手を拭きながら客車に乗り込む紳士を見届けると、大きなため息を一つ運転席に乗り込みジュールに詫びた。支配人の治療のために水や石炭の補給を全部任せてしまったからだ。


「すまんな。支配人は頭も良いし親しみやすい奴なんだが、基本的にアホなんだ」


「いやぁ、ビックリはしたけど優しそうな人だったね。一度しか会った事無いのに俺の名前まで覚えてたし。

 所で今日は支配人が乗ってるから運転しない方がいいかな?」


「あ?あぁ、良いよ。どうせ何時かは乗せるんだから、今の内にさっさと慣れておけ」


 そう言うと汽笛を鳴らして出発した。


 鉱山の駅から麓の駅までの路線は少々難しい。駅を出てすぐに上り坂が有り、そこから鉄橋を渡ってバケツをひっくり返した様な山に沿って下っていく。だが其の下り坂と言うのが此の鉄道一の難所であった。


 鉄橋を渡り坂の前で一度列車は止まる。


「いいな?ジュール」


「はいアナトールさん。此処は急な坂な上にカーブがキツイから、例え時間に間に合わなくても、一度機関車を止めてブレーキをかけながら降る。ですね」


「おう。耳にタコが出来てるだろうが、こう言う事を疎かにすると死人が出る。面倒だろうが見習いの内は確り復唱して頭に叩き込んどけ」


「はい!!」


 ジュールの元気な返事に笑みを浮かべて頷くと一変、アナトールは真剣な表情で線路を睨む。


 雨が降ればブレーキ車の代わりにタンク機関車を補機として一緒に連れて行き、このバケットマンが無い頃など危険性を考えて運行中止にしていた場所。

 そんな場所を降るのに五両の貨車に満載の石炭を積んで降るのだ。ベテランの機関士であるアナトールとて慣れる物ではなく気は抜けない。


 汽笛が鳴った。ゆっくりと慎重に、弱過ぎず強過ぎず発車する。


 機関車は崖沿いの下り坂を優雅に下っていくが機関士はそうも行かない。滝の様に汗を流してブレーキと砂撒きコックから手を離さずにいる。


 客車に乗る支配人が森林を見下ろし、岩山を眺めもう一つの大河を見つければ漸く、真っ直ぐに麓の村の駅に着く。


「はぁー、あの坂だけは気が抜けねぇ」


 有蓋車に村民が羊毛とワイン樽を詰め込み、町に出稼ぎに行く者が客車に乗り込む間、アナトールはボヤきながら炭水車に補給を行う。


 しかし、給水塔のホースを支えていたジュールは、気が高揚して話を聞く余裕は無かった。鉄道に憧れ半年前に其の熱意を買われ雇われてから半年、遂にこの時が来たのだ。


 アナトールの厳しくも優しく細やかな教えを受け、同期の者と共に極極短距離とは言えタンク機関車を走らせた事もある。しかし、此の鉄道唯一の主力機関車を長距離運転するというのは切望して止まぬ夢だった。


 機関室に飛び乗ると手早く、しかし慎重に点検を終える。アナトールは微笑ましく思いながらも注意した。


「ジュール。気持ちは分かるがお客も荷物み未だだぞ。それより確りと水を飲んでおけ。機関士は体調管理を怠っちゃいけねぇぞ」


「あ!へへへ……」


 照れながらアナトールの手渡したコップを受け取り水を飲む。注意点を念を押してもう一度聞き、運転席に機関助手が乗り、機関士が釜の前に立った。


「さぁ、お前なら出来る。慌てない様にな」


 顰め面ながら優しいアナトールの言葉に確りと頷き、加減弁と逆転機のハンドルを握った。発車するときは力が要る。故に蒸気は多くだ。


 機関助手として石炭をせっせと焼べながらアナトールは運転台を盗み見る。真剣な表情で線路とメモリを眺めるジュールを見て安堵した。あの様子なら問題は無さそうである。


 山の間から流れる大河と唯広がる草原に挟まれ汽車は進む。ピストンに押し出されて力強くロッドが動き、溢れる蒸気が風に消えてゆく。


 青と緑の水面の合間を裂く様に汽笛を鳴らして走っていった。


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