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ヒモなエルフと世話焼き令嬢

作者: 髭男爵

「ケイトウ! 今日という今日は自分も我慢の限界だ!! 」


 <住樹>と呼ばれる木そのものが住居とかしたエルフの家に一人の男が乗り込んで来た。

 ドカンと乱暴に扉を開けた男は、その行動の荒さとは裏腹に整った顔立ちに涼やかな目元の美丈夫だった。身体はしなやかに鍛えられ、艶やかな髪は一本一本が絹糸のように細く美しい。

 そして何よりピンと尖った耳。

 森精人種。人間からはエルフとも呼ばれる種族である。

 グロリオサ・ダ・トレニア=ナド=イビリス・ウェル・サワラ//アラフェルアナンはその顔は決意と憤慨に満ちていた。


「ケイトウ。俺は決めたぞ、このままではお前のためにならない、だから…って何だこれは!? 」

「あ〜…、ぐろりおさ〜助けて〜」


 秩序なんてあったものじゃない部屋の中。中でも一段と物が散らかり積もった所からくぐもった声が聞こえてきた。


「まさか埋もれたのか!? えぇい<我らと共に生き、我らと共にある隣人よ。我が魔力を対価に望み得る結果を齎したまえ<咲き誇る大輪>>」


 詠唱と共に懐から一粒の種を蒔く。すると種から花が咲き、それは一瞬で大きな大輪となった。いくつもの花が咲いた触手が伸び、山ほどあったゴミを片付けていく。

 


「ぷはぁ、助かったよグロリオサ〜」


 起き上がったのは一人の男性。

 もさっと伸び放題の髪に薄い髭、草臥れた衣服を身につける様は人に小汚い印象を与える。

 とてもグラリオサとは似ても似つかないが尖った耳から彼もエルフであることが分かる。

 彼ーーケイトウ・ウェル・アサガオ=ナド=スミレ・オル・モチノキ//アラフェルアナンはカラカラと笑いながら、パタパタと衣服のゴミを払い立ち上がる。


「いやぁ、研究用に積み上げていた素材が雪崩れてきてね。危うく圧死するところだったよ。あっはっは」

「笑い事じゃないだろう! 森精人種が自宅で埋もれて死ぬなど末代までの恥だ。だから毎回きちんと整理整頓しておけって言ってるだろう! 」

「僕にとっての整理整頓があれなんだよ。実際僕にはどこに何があるか分かるし。それに大丈夫だよ。多分僕が末代だから恥は僕で終わりだね」

「何を少し誇らしい顔をしてるんだ! 全く笑えないからな! 」


 あっけらかんとのたまうケイトウにグロリオサが突っ込む。その事にまたカラカラとケイトウが笑う。

 このままではこいつのペースに引き込まれると思ったグロリオサは話を切り込んだ。


「ケイトウ、俺は今日大切な話をしに来たんだ」

「え〜、何? ついに長老衆の後継者として任命された。おめでと〜う。お祝いしなきゃねぇ」

「いや、それはまだだ。そうじゃなくてだな」

 グロリオサは息を整え真っ直ぐにケイトウの瞳(前髪で見えないが)を見た。

「ケイトウーーお前には里を出て言ってもらう」

「そういえばグロリオサ、娘さんのリムちゃんまた大きくなったね。顔の作りは奥さんにそっくりだけど目とか鼻は君にそっくりだ。性格も君に似てしっかりしているよね」

「あ、分かるか!? そうなんだ、妻は娘は私似だというがどう見ても俺の方が似ているだろう? なのに他の奴らもそれを認めないのだ」

「そうだね。リムちゃんも君に似て真面目だし性格も似てるねぇ。でもりーちゃん年不相応にしっかりしているからこそ君が中々一緒に遊ぶことができないのが寂しいって言ってたよ」

「何っ、それは本当か? 」

「うん、でもグロリオサは忙しいからって我慢してるってさ。しょんぼりしながら言ってたよぉ。だから僕に構う暇があるなら少しでもリムちゃんに構ってあげたほうが良いんじゃないかなぁ」

「そ、そうだな。なら早く帰って…って待て! 話を逸らすな! 」

「だめか〜」


 話を逸らせなかったケイトウは残念そうに溜息を吐く。

 それを見たグロリオサは青筋を立てるが、何度か息を吸い落ち着く。


「ケイトウ、成人の儀の時のことを覚えているか」

「勿論、懐かしいね。あの旅は新しい事の連続だったなぁ。見たことない魔獣に、植物、文化や種族。今でも思い出せるよ」


 エルフは成人の儀として自らの里を出て他のエルフの里に訪れるという習慣がある。これは閉鎖的なエルフが自らの環境、世界で完結するのではなく新しい見聞を広げるための道のりとして人間や獣人の国を訪れるだけでなく、別の里でエルフと恋する事で新しい血を迎えるという意味合いも含まれておりエルフにとっては欠かせない儀式である。

 当時同い年であるグロリオサと共に成人の儀として旅に出た。

 その事自体はグロリオサにとっても良い思い出なのだが彼の表情はそれとは真逆の苦虫を噛み潰したような顔になっていた。


「そうだ。…あの時のお前は俺とタメを張るぐらい優れた精霊魔法と樹精魔法、弓術を扱えたというのに何故こうなってしまったんだ…」

「僕は魔術に出会えて良かったけどね」

「そうだ、その魔術が問題なんだ」


 魔術とは古代人が生み出した魔法である。脆弱な人間達が魔獣に対抗する為に生み出したと言われているが魔術を作り上げた古代文明は既に滅んだ為理由は分からない。

しかし魔術は独自性と意外性こそあれ、エルフの持つ精霊魔法や樹精魔法より劣っているものが多い。更には発動媒体というものや多くの魔力を必要し、その効果も割りに合わないものも多い。そして使いこなすには熟練の訓練が必要で、そこまで頑張っても才能がなければ使いこなせない。

確かに一部優れているものがあるのは認めよう。しかし一点が尖っただけでそれ以外は精霊魔法に劣っているのだから態々エルフが習得する必要なんてない。


「何故お前が魔術になんてものに興味を持ったのか、250年連れ添った俺でも未だに理解できない。一体何が琴線に触れたんだ」

「だってさ、魔術には便利な物もあるんだよ。例えば<コウノトリの知らせ>っていう魔術は一匹のコウノトリを生み出して辺りを探索することが出来るんだよ? ほら、便利でしょ」

「どこだが。そんなもの<偵察する羽妖>を使うか風精霊魔法を使えば済む、ただの劣化魔法だろう」

「う〜ん、そう言われればそうなんだけどなんかその非効率さに浪漫を感じないかい? あと自らが試行錯誤をして全く新しい魔法を作るってのもすっごく面白そうでしょ? 」

「全く感じん。とにかく話を戻す。ケイトウ、お前には里を出て行ってもらう」

「あ、そうなんだ。まぁ仕方ないよね。分かったよ。今までありがとうねぇ。あ、リムちゃんには魔術の練習を疎かにしないように伝えといてね。あの子才能あるし、僕と違って向上心もあるから多分魔術も使えたらエルフの中でも一際素晴らしい森の衛士になれるよ。それと奥さんにはいつもご飯ごちそうさまって伝えといてね。長老衆にもお世話になりましたって伝えといて。一応5年に一度くらいは手紙を送るよ。それじゃ〜ね〜」

「しかし、お前が心を入れ替えてこれから里のために尽くすというならば長老衆も里に居て良いといっている。今こそ魔術に傾倒しているがお前もかつては天才とまで言われた森の衛士の一人。長老衆も、俺もお前には期待しているんだ。俺も昔のお前に戻ったらと何度思ったことか…べ、別に心配なんぞしてないからな! とにかくだ。ケイトウ。里から出たくないならこれからは…ん? ケイトウ? ケイトウ!? どこにいった!? 待て、話は終わってーー」












「う〜ん、まさか里を追い出されるとはな〜。まぁ、殆ど何もせず自宅に引きこもってたら仕方ないか」


 里を飛び出たケイトウは滴る雨露から身を守るようにフードを被る。この森は常に雨雫が落ちるのだ。

 里の追放という字面を見れば死刑宣告に等しい内容だがケイトウはそこまで悲観していなかった。

 勿論今まで何だかんだ世話を焼いてくれたグロリオサ家の皆と会えないことや里にこれから戻り辛くなることには悲しみもあるが、それよりも別の理由があったのだ。

 里を追い出される原因になった魔術だが元々研究が行き詰まっていたのだ。里に篭りて百数年。研究につぐ研究の日々だが最近はマンネリ気味なのを感じていた。

 そこで今回の追放だ。魔術と出会ってからすでに100年経っている。100年もあれば魔術も新しいのがわんさか発見されただろうと年甲斐もなくワクワクしていた。


「一応昔助けた人間から貰った資金もあるしね。街に入るくらいなら大丈夫大丈夫。硬貨の価値も覚えているし」


 そう言って取り出した硬貨を見てふと気づく。


「あ、100年も経ったら国が変わっちゃうか。ならこの硬貨は使えない可能性が高いか。全く、寿命の短い種族はこれだから困るなぁ。どれだけ大国を築こうともすーぐ破滅するんだから」


 長寿種ならではの文句を言うケイトウ。

 割と死活問題なのだがケイトウには少しも焦る様子は見受けられない。


「ま、何とかなるか」


 基本的に寿命からマイペースな者も多いエルフだったが彼はその中でも特にマイペースだった。


 尚、そんな彼と対照的に大慌てでグロリオサが探していることをケイトウは知らない。







<霧雫の霊樹林(アラフェルアナン)>と呼ばれる森がある。霧雫の名の通り、常に霧が発生し、10mを越える高木の葉から散発的な雫が小雨みたいにポタポタと滴り落ちる。

 時折霧の中を彷徨う青白い光が見られることからこの霧の深さに死者の魂すらも彷徨っているのだとまことしやかに囁かれ、それこそが<霧雫の霊樹林>と呼ばれる由縁になった訳だが当然そんな森に入ろうとする者は皆無である。


 ーー特別な事情を除けば。


「はぁっ…! はぁっ…! 」


 息を荒げながら走る少女。名前はリア・エマ・カヴァリエーリ。この森に隣接するスィナディシィ王国の伯爵令嬢である。

 綺麗に手入れされたふんわりと内側にカーブする金色の髪に白とピンクのフリル状の服は気品漂う最高品質のものである。しかし、現在彼女の姿は服には泥が付着し、靴は片方途中で脱げてしまったのか素足だった。

 伯爵令嬢というものは運動が苦手である。する必要もないのだから当たり前だ。彼女が苦手な走りまでしているのには訳がある。


「はぁっ…はぁっ…ま、巻いたかしら? 」


 一度木にもたれ息を整えようとする。

「逃すなっ! 何としてでも捕らえろ! 」

「了解っすアニキ! 」

「おらー、かんねんしろー! 」

「うっ、しつこいっ」


 背後から迫る声に再び走り出す。

 彼女は今山賊に追われていた。それから逃げるために走っていたのだ。


 しかしリアは令嬢な為まともに走るといった経験を積んでいなかった。更に不幸なことにこの森は雫が常に滴る為床がぬかるんでいる場所も多い。


「きゃっ!! 」


 案の定、リアは足を取られ転んでしまった。

 背後から山賊が迫る。如何にもな大柄な男性とヒョロい男、あとはちっこい女の三人組だった。


「やっと追いついたぜ。ったく手間取らせやがって。安心しな。傷つけるつもりはない。大切な商品だからな。だが抵抗するなら少し躾させてもらう」

「そうだ、観念しろ! アニキの躾は痛いんだぞ! 」

「お断りします! 私は誇り高いカヴァリエーリ家の娘! 山賊如きに降る心などありません! 」

「ほう。だが武器も何もない貴族の御息女様に何ができるのかな? 」

「くっ…! 」

 その通りだった。だがそれでもリアは懸命に山賊を睨みつける。

「はっは、良い目つきだ。益々気に入ったぜ」

「アニキ、はやくここからでましょうよ。じゃないともりにたましいをくわれちまうよ」

「あぁ? <青白く灯る魂>のことか? あんなの嘘に決まってんだろ。それよりもさっさとふん縛ってしまえ。貴族の御息女なんて物好きには堪らないだろう」

「了解ー」


 ロープを片手にヒョロい男が迫る。抵抗するが女の力では男にはかなわない。


「こんな所で…! 誰か…! 」


 ぎゅっと目を瞑る。

 その言葉は誰にも届かないーー






「お、おいなんだあれは? 」


 山賊が怯えた声を出した。見れば目の前の男の視線はリアではなくその先に向けられていた。釣られてみると奥の丘の上に一つの青白い光がゆらゆらと漂っていた。


「青い…光? 」

「ま、まさかほんとうに!? 」

「馬鹿野郎! 目の錯覚だ。あんなもんすぐに消え…」

「こっちにくるぜアニキィ! 」

「ひぃっ、ゆうれいだぁ! ゆうれいがでたぁ! うわさはほんとうだったんだー! 」

「落ちつけ馬鹿野郎! 騒ぐんじゃねぇ! 」


 山賊達が慌てふためく間に凄まじい速度で青白い光がこちらに迫って来た。

 それは瞬く間に目前に迫り、山賊達は三人で身を寄せ合い、リアも恐怖から悲鳴をあげた。


「きゃあぁぁぁぁ「うわぁぁぁぁぁあぁぁぁっ!!! 」ぁ、…え? 声? 」


 青白い光は山賊とリアのあいだをすり抜け、どしんと木に激突した。

 あまりの出来事に山賊も、リアも先ほどまでの緊迫感を忘れ唖然とする。


「いたたたたっ…、やっぱり篭ってると色々と鈍くなっちゃうな。まさか根っこに足を取られるなんて。グロリオサは言ってた通り少しばかり外に出た方が良かったかな…」


 木に逆さまにぶつかっていたのは奇妙なフードを着た人物だった。手には青白い光を放つランタンのような物を持っている。

 ブツブツと言いながら立ち上がった不審者は交互にリアと山賊達を見た。


「あ、どうもこんにちは。自分の事は気にせずに」

「気にするわ!! 誰だお前は!! 」


 山賊の言葉に追われていたはずのリアも思わず同意してしまった。

 何故なら外見からして怪しいの一言に尽きるのだ。フードも深く被りすぎて口元しか見えていない。怪しくない方が無理だろう。

 山賊は警戒しながら剣を向ける。

「待って、待ってくれ。なんだか邪魔したことは謝るからさ。だからそんな物騒な物は閉まってくれよ。そうだ、これをあげるよ。ヌメリタケって言ってヌメヌメしてるけど、このヌメリを取ることで薬品として素晴らしい効能を得ることが出来るんだ。これだけ大きいのは中々ないんだよ? 」

「いらねぇよ! それにどのみち姿を見られたからは生きて返すわけにはいかん」

「えぇ、それは困るなぁ。死ぬのは怖くないけど今死ぬのは困るんだよ」


 山賊の言葉に心底困るといった調子で話すフードの人物に山賊は自らより弱いと思ったのか手下二人に発破をかけた。


「お前らアイツを殺せ! 」

「分かった! おらぁ不審者が観念しなぁ! 」

「ゆうれいじゃなきゃこわくねーし! 」

「…仕方ないなぁ」


 フードの人物が懐から何かを取り出した。リアにはそれが何かのぬけがらだと分かった。


「<古より遣われし神の手先よ。地面を這いずりようとのその気品は決して損なわれない。音もなく、忍び、偲び、忍び寄りて悪辣なるものを締め上げたまえ蛇鉈(パカンバ)>」

 紡がれる詠唱。

 野蛮な山賊の雄叫びと違い、流れるような綺麗な音だった。

 フードの人物は手のひらのぬけがらを落とす。すると一瞬光を放った後数メートルはある青白く光る蛇が出現した。


「なっ、蛇だぁぁぁ! 」

「うわー! ぼくへびにがて、あにきぃー!! 」

「ばかっ、お前らこっちに戻ってくるなっ」


 勢いから一転、大柄な男性に駆け戻る二人。その二人を追って青白い蛇も迫る。

 大柄な男性はひっつく二人を無理やり離しながら剣を振るった。

 途端に真っ二つになり、青白い蛇は消えてしまった。


「ありゃ? 」

「へ、へっ! 所詮は虚仮威しか! 何の魔法具か知らないが残念だったな」

「うーん…、込めた魔力の量が少なかったのかな? でも動きは悪くなかったし…」


 得意げな表情男性と対照的にフードの人物は何やら考え込んでいた。

 それが癪に障ったのか大柄な男性が迫る。


「おらぁ、叩き斬られやがれ! 」

「おっといけない。<怒れよ、怒れ。走れよ、走れ。角を有する、猛牛よ。赤き目標向けて突っ走れ。3、2、1、行け! 猛牛の一撃(コリーダ デ トロス)>」


 今度は2つの角を取り出して詠唱する。すると手から離れた角が宙に浮き、今度は薄く透けた赤い牛が出現した。


「はっ、さっきと同じ見掛け倒しだろう! 」


 先程と同じように剣を振るう。

 しかし赤い牛はいとも簡単に大柄な男を吹き飛ばした。


「おぁぁぁぁぁ!!? 」

「「アニキー!! 」」


 猛牛に吹っ飛ばされた山賊は空高く飛んで行く。そして勢いそのまま残った二人にも猛牛はぶつかる。三人は空の彼方へ消えていった。


「あれ、今度は威力ミスったかな。強過ぎたなぁ。うーん、もっと威力を抑えるにはどうしたら良いのかな。魔法陣の構築? 魔力のこめ具合? それともやっぱり素材が悪いのかな? でもこれが今までで一番うまくいっていたし…。うーん」

 

 リアは目の前で起きた出来事に唖然とする。助かったという実感よりも目の前の人物の状態の方に意識が言っていた。


「あの」

「まぁ、何事も練習だよねぇ。仕方ない」

「あのっ」

「さーて、さっさと行こうっと。どこまで落ちて来たんだっけ」

「あの!!! 無視しないでもらえます!!! 」

「おぉっ」

 喉を痛めたが、それよりもやっと反応した事にリアは安堵する。


「ごほんっ、失礼。私はリア・エマ・カヴァリエーリと申します。先程は助けて頂きありがとうございました」 

「気にしなくて良いよぉ。君も災難だったねぇ」

「全くよ。それでその、先程のは一体? 貴方魔法具なんて持っていたの? 」

「魔法具? 違うよ今のは魔術だよ」

「魔術…? 魔術ってあの前時代的な魔法の事? 」

「え、魔術ってもう時代遅れなの? 」

「えぇ、もう殆ど使っている人はいないわ。一部の研究家や宮仕えでなければもう絶滅危惧種と言って良いわ。そんなこと常識でしょ? 」

「そんなぁ〜…」


 思わぬ外の世界の事実にショックを受けているフードの人物を他所にリアは質問をぶつける。


「貴方何者…? もしかして冒険者か旅人? 」

「これじゃあ街に行ったところで…ん? 冒険者ってのが何か知らないけど僕はそのどちらでもないよ。今からこの森を出る所だから」

「森から出るって…この森に住んでいましたの!? 」

「あ、しまった」

 慌てて口を塞ぐがもう遅い。あれほど簡単に正体をバラすなとグロリオサに言われていたのに。


「もし、もしかして…」

 リアの胸が高鳴る。森に住む種族の中でも一際有名な種族。

 それは。

「エルフなの…? 」


「…そうだね。今更誤魔化しは効かないか。そうだ、僕はこの<霧雫の霊樹林>に住む森精人種の森の衛士の一人、ケイトウ・ウェル・アサガオ=ナド=スミレ・オル・モチノキ//アラフェルアナンだ」


 鈍いケイトウでも聞いたことがある。人間はエルフに対し羨望を持っていると。なら正体を現しても悪いようにはならないはず。

 そう思いフードを外し素顔を晒した。予想通り少女は歓声の声をあげーー


「ぜったいうそよ! 」

「…あれ? 」


 帰ってきたのは否定の声だった。


「私見たし聞いたもの! 森に住むエルフは男だろう女だろうと目を見張るほど美しく、凛々しいって! でも、貴方は耳が長いだけでキノコみたいな頭してるし髭も生えてるし全然美しくもかっこよくもない! ゴブリンと宝石竜よ! 真逆の存在じゃない! 子どもでももっとマシな嘘をつくわ! 」

「いやぁ、身だしなみの悪さは認めるけどゴブリンとは酷いなぁ。君達でいうと人間と猿を比べているようなものだよ? 」

「知りません、この大嘘つき! 」


 エルフなのに認めてもらえず嘘つき呼ばわりされたケイトウはさすがに狼狽える。


「いやいや待ってくれよ。僕は本当にエルフだよ。ほらこの耳を見てよ。尖っているだろう? 」

「うそよ! つけ耳か何かでしょ! このぉー! 」

「あいたたたっ!! 痛い痛いもげる! 」

 飛び掛かり力任せ耳を引っ張ってくる。だがいくら引っ張っても取れない事にリアは次第に力を緩めていった。

「うそ、本当に…」

「酷いなぁ、耳はエルフにとって性感帯でもあるんだからもっと優しく扱ってくれないと」

「せ、性感…っ、はれんちです! 」

「まぁ、これで僕がエルフだと分かったでしょ」

「う、で、でも…」


 確かに耳は飾りじゃなかった。

 でも、こんなのがエルフだなんて。せめて他に気品漂う何かあれば…。

 そこまで考えてはっと気付く。


「そう、弓! 弓よ! さすがねリア・エマ・カヴァリエーリ! 出来る娘だわ! 貴方弓を持ってる? 」

「弓? 弓ならあるけど」

「やっぱり! 」

 弓といえばエルフという言葉があるほど弓はエルフにとってはメジャーかつシンボルだ。これで少しはエルフらしくなるとリアは一抹の希望を抱く。

「あー、ごめんカビてるよ。弦も腐ってるし…、思えば100年くらい手入れしてなかったからなぁ。霧雫の霊樹林は湿気も多いし手入れを怠るとすぐに使い物にならなくなるんだ。まぁそういう訳で使えないや。ごめんね? 」

「なんで手入れしてないんですかぁぁぁ!!! 」

「いやぁ、めんどくさいから。弓って意外と繊細な道具だから。それに僕は弓の整備よりも魔術の整備の方がしたいし」


 一抹の希望も砕かれたリアはがっくりと膝をつきながら嘆く。

 違う、こんなの私の想像していたエルフじゃない。そんなうわ言を何度も繰り返す。

 その姿に面白い娘さんだなぁとケイトウがカラカラ笑う。人の気も知らないでっ、とリアが涙目で睨みつけた。


「どうやら多少は僕達エルフについて知識があるようだけど夢見がちだよ、娘さん。エルフだって生きてる。妖精とは違うんだ。生きている以上髪は伸びるし、薄く髭も生える。手入れしなきゃ僕みたいになるし、勿論ウンコだってする」

「う、うんっ…、何でそんなこと言うのっ。そんなの今は関係ないでしょ! 」

「いやいやいや、重要だよ? ウンコ。知ってる? 僕の名前に入っていたモチノキ。エルフは氏族とかさす時に自分達の住む木の家の名前がそのまま姓になるんだけど、その木がどうやって育ったか分かる? 無論肥料として色々と与えられたけど、中でも一番栄養価が高いとされているのはウンコなんだ。そりゃあ、使った日にはぐんぐん木が伸びるね。つまりだね、エルフの里の木の家は今までの先代エルフたちのウンコから作られたといっても過言ではないんだよ。家はその国の歴史の集大成って言うけど、僕たちの歴史の集大成はウンコによって作られてきたんだよ」

「うんこうんこ連呼しないで下さい!! ってあぁ、私も言ってしまった! 何てはしたない言葉を」

「僕からしたら何でそんなに拒否感を露わにするのか分からないなぁ。人間だって作物を育てるのに使うんだろ? それと同じだよ。つまりね、エコだよエコ。しかもそれだけで家が出来るんだから環境にも優しいしね」

「そんなの信じない…。だってエルフは天高く聳える木に住んでいてその中はこの世のものとは思えないほど華やかな花とかでいっぱいで優雅に暮らしているって…」

「ん〜? エルフの家ねぇ。正直言って不便だね。さっきも言ったけど僕たちは確かに木の上に住むよ。<住樹>って言う種類の木々にね。あ、僕の場合さっきいったモチノキね? それでさ、やっぱり木は木だから虫が湧くんだよ。それに虫を追い出すために香草を炊くんだけど匂いが部屋に染み付いて大変のなんの。臭いのきつい奴でも使ったら地獄だね」

「そんな、絵本に書いていたのと違う…」

「絵本? あぁ、君のエルフに対する知識の出所はそこか。相変わらず見もしないことを歪曲するのは人の悪い癖だねぇ。残念だけど娘さん、その絵本は間違ってるよ」


 苦笑するケイトウ。その言葉に知れば知るほどの酷いキャップにリアは打ちひしがれる。


「なんだかごめんねぇ。でもこれが現実なんだ。僕はエルフだし、さっき言ったのも事実だ」

「...とにかく助けてくれてありがとうございます。私はもう行きますわ」

「ん? 何処か行くのかい? 」

「えぇ、私には目的があるの…! この森に入って必ずあれを持ち帰るまで帰れない、いや帰る気はないの! 」

「あ、そうなんだ。それじゃ、頑張ってねぇ」

「お待ちなさい! 」

「うぇっ。フードを引っ張らないでよ、首が締まるだろう」

「貴方こんな森に乙女を一人置いていくというのですか! 人の心はないのですか! 」

「えぇ、なんで僕が責められてるの? 」


 突然の非難にケイトウは困惑した顔をする。

「私はこの森に来たのには理由がありません。しかしその理由を明かすことは本来できません。しかし貴方は成り行きとはいえ命の恩人。どうしてもって言うなら教えてあげます」

「いやぁ、興味ないかなぁ」

「仕方ないです、その非常に認めたくありませんがエルフ耳をよくほじってお聞きください」

「君は話を聞かない娘さんだね」


 何度も息を整え、躊躇いがちに口を開く。


「お父様が、病気なの…」


 声を震わしながら呟いた。


「お父様、難病を患っていて、勿論医者も手をうったけど、どうしてもこれ以上回復する見込みはないって昨日言われたの。それでもこの<霧雫の霊樹林>にある霊草<雨雫(あましずく)大輪華(たいりんか)>さえあれば希望はあるって聞いてっ。でも、そんな危険な所には行けないって兵士や冒険者が言うからそれなら私がって...」

「<雨雫の大輪華>ってこれのこと? 」

「えぇ、薄水色の花弁をして中央に水の雫をし…た……」


 パチクリと開かれる。そして何度もケイトウの顔と手に持つ花を交互に見て狼狽える。


「えっ、なっ、どっどこでそれを」

「引きこもりとは言っても森の衛士の一人だし周辺に何が何処にあるかは把握しているよ。硬貨が使えるか分からなかったから物々交換用にいくつか色々と拝借してたんだ」

「おねがいっ! それを譲って下さい! 」

「良いよ」

「無茶な事を言っているとは分かっています。だけど…って、え? い、今何と? 」

「だから良いよぉって」

「本当に? 」

「君達からすれば貴重だけど、僕達からすれば10年もしたらまた生えてくる程度だからそんなに貴重な品って訳じゃないからね。また採取すれば良い話だし。それに君が父親を大切に思う気持ちは伝わったから」


 だからはい、とケイトウが<雨雫の大輪華>を手渡ししてくる。リアは何度もケイトウの顔を見た後恐る恐る受け取る。


「ありがとう...ございます」

「良いってことだよ。困った時はお互い様だしねぇ。それじゃ僕はもう行くね」


 ケイトウはランタンを持ち直し歩き出す。

 その後ろをリアが遅れて着いてくる。


「…なんでまだ着いてくるんだい? 」

「私一人では森を抜けることはできません。帰るための魔法具は山賊から逃げる途中に落としてしまいました。貴方は私に施しをしてくれました。なら最後まで面倒見るべきよ」

「いやぁ君ねぇ」

「お願いします、私は一刻も早くお父様にこれを届けたいの。その為には貴方の力が必要なんです」


 偉そうな口調から一転、懇願するような声色になる。

 微かに震えていることに。

 彼女は先程、山賊に追われていた。更にはここは人にとって二度と戻れないとも言われている森だ。そんな中置き去りにされるのはどれほどの恐怖だろうか。

 ケイトウは口酸っぱくグロリオサに言われた事を思い出す。


「…女性には優しくだっけなぁ」

「そう! レディには優しくすべきなのよ! そうと分かったら早く森を抜け出して! はやくはやくはーやーくー!! 」

「…でも早まったかもしれないなぁ」





 その後、森を抜けて屋敷に戻ったリアは心配した使用人達にしこたま怒られた。しかし、リアが<雨雫の大輪華>を持って帰ってきたとわかると一転し賞賛に包まれた。

 その後、医師がそれを使い処方した薬で熱が下がり、起き上がった当主を見てリアは人目を憚らずわんわん泣いた。


 因みにその間ケイトウはカヴァリエーリ家の門番に事情聴取されていた。


「僕って謂わば恩人じゃないの? なんでこんなに厳重に囲われている訳? 」

「黙れ不審者。お嬢様に何をした! 」

「何もしてないよぉ…」



 後日。

 感謝したリアの父親が今だに怠い体を押しながらもケイトウと会った。態々頭を下げ何か欲しいものがないかと問いかけた。ケイトウは住むところと本を見たいと欲しいと言った。それならと屋敷の一室を与えようとしたが広すぎて落ち着かないと言われ、悩んだとところ屋敷の中にある離れ古屋を与えられた。


「本当にここを好きにして良いのかい!!? 」

「はい、旦那様より許可を得ていますので。しかし本当にここで良いのですか? ここは日陰が悪く使用人達も過ごすのには適さず、物置としては狭い為放置されていた場所です。一時期確かに庭師が利用する使用人部屋になってはいましたが所々ボロもきていますが」

「全然! 寧ろこのジメジメ具合が最高だよ! あぁ、森で住んでいた時の事を思い出すなぁ」

「…左様ですか」


 不審者を見る目のメイドだがケイトウは全く意に介していなかった。

 里にいた頃とほぼ変わらない環境に同じく魔術について関心がある者も、そして関する諸本もある。ケイトウにとっては正に天国だ。


「でもこれじゃあ何か味気ないなぁ。それに細かな所で不満もあるし。早速だけど改装しなきゃ。庭には花を植えて、木も...あぁ、僕はこれからこの古屋を改装するからもう帰って良いよ」

「...分かりました何かあればお呼びください」

 その後、ケイトウはノリノリで改装を始めた。



「それで本当にあの人はあんな古屋に住んでいるの? 」

「はい。お嬢様その通りでございます」


 次の日、反省文(やっぱり勝手に外出したのはダメだった)を書き終わり自由になったリアが話を聞いて胡散くさげにメイドを見る。

 案内された古屋を見ると大きく目を見開いた。


「ここってこんなんだったかしら? 」

「いえ、違います」


 僅か一日で小屋は植物の咲き誇る立派な庭園と一本の大樹が家と合体し生えていた。まるで物語に出てくる魔法使いが住むような家だ。感動するリアだが、その木を見ると例のアレを思い出した。


「まさかこの木にもあれを…」

「お嬢様? 」

「何でもない! それよりもケイトウはどこにいったのかしら? 」


 部屋の中を覗くが誰もいない。図書室だろうかと思うと大樹の裏からひょっこりと顔を出した。


「やぁ、娘さん。もしかして僕の家を見に来てくれたのかい? 」

「えぇ、そうよ。態々このわたし…が…」


 次第に言葉を失う。

 現れたケイトウはすっぽんぽんだった。

 髭は生えてるのに胸毛とかないんだとかやっぱり線は細い、あ、でも筋肉はそれなりにあるとかどこか冷静な自分がいる中リアは完全に混乱していた。


「な、なななな何では、はは、はだかっ…」

「いやぁ、古屋の掃除とかしたら汚れたからね。ちょっと体を洗おうと思ってね」

「しかし此処に湯船はなかったはずですが」

「そこは精霊魔法でちょいちょいっと。ところでなんで娘さんは固まっているんだい? 」

「それは貴方が裸だからと思います」

「そうなのかい? 森精人じゃ裸は別に珍しくはないんだけどなぁ。何か隠す物ある? 」

「タオルなら家の棚の何処かに入っていたと思われますが」

「あ、そうなんだ。エルフとは違うんだねぇ。それじゃタオル取りに戻るよ」

「だから、少しは隠しください! 」


 フリーズから溶けたリアの言葉に手を振りながらそのまま家の中に入っていく。

 リアは顔を真っ赤にし頭を抱える。


「お嬢様、大丈夫なのですかあの方は。言っては悪いが常識がなさ過ぎます」

「私もそう思います。…貴方は全く動揺してないのですわね」

「メイドですので」

「そうですか。…けどもしかしたらあれがエルフにとっての常識なのかも知れません。先ほども絵本の内容と実際のエルフとは違うんだと言っていましたし。それならばこちらの常識を無理に押し付けるのも…」

「それとは別に単に駄目な気がしますが…」

「そんな事ない、と思いたいですわ」


 メイドの懸念は適中する。

 しかしこの時のリアはまだ気付かなかった。ケイトウの駄目っぷりはまだ氷山の一角に過ぎなかったことを。





「ごめん、これどうやって洗えば良いかな? 」

「なんですってこれ昨日貴方に与えた衣服じゃないですか! どうしたんですこの惨状は!? 」

「汚れてしまったから洗おうとしたんだけど力加減に失敗しちゃって…」

「なんで自分で洗うんですか、そのくらいメイドに任せてください! 」

「いやぁ、人様に下着を見せるのはちょっと」

「裸見られているのに何でそこで恥じらうんですか! 」



「きゃあぁぁ!? 何ですかその血は!? 」

「いやぁ、庭にいる犬がよく吠えていたからお腹空いてるのかなって思って食料片手に近付いたら齧られてしまってね。あっはっは」

「ケルは見知らぬ相手に対して警戒心が強いんです。不用意に近づかないで下さい! 」

「そうなのかい? それにしても激しい友好表現だね」

「いえ、寧ろ敵対行為ですから! 」



「なんで三日もしない内にこの家にカビが生えるのですか! おかしいでしょう! 」

「そんな事言われてもねぇ。生えちゃったものは仕方ないだろう? それにカビだって一生懸命生きてるんだから無理に駆除するのも…あれ、おかしいななんか息苦しくなってきた」

「どう考えてもカビのせいでしょう! こんなの吸ってたら内臓がいかれますわ! 」

「うーん、同居人だと思ったけど実は刺客だったとは」

「どっちでも良いから早く掃除をしなさい! 」


 その後もケイトウは様々な駄目っぷりを開け開かし、その度にリアは突っ込んだ。


 当然そんな姿は屋敷の人にも見られる。

 生活能力皆無。それがこの屋敷にいる人全体の評価だった。




「貴方今までどうやって生きてきたんですか! 」


 リアが思わずそう言ってしまうほどケイトウの私生活はダメの一言に過ぎた。

 言葉に暫し研究していた魔術の手を止め、キョトンとしていた


「そうだなぁ、里に引きこもっていた時はグロリオサがちょくちょく来てはグチグチ文句を言いながらも部屋の片付けをしてくれたんだ。あ、グロリオサっていうのは僕の幼馴染ね。彼はねぇ、すごいんだよ。僕と同い年でありながら一流の森の衛士で、次期長老衆の一人って言われているんだ。里のみんなからも人気だったよ」

「そんなすごい方が態々貴方の家に貴方の家に使用人紛いのことをしに来たのですか? 」

「そうだよ。いやぁグロリオサの嫁さんの作る料理も美味しくてね、僕が丸三日何も口にしていなくって何かその辺に生えたキノコを食べてお腹を壊した事をグロリオサから聞いたらしく、それから毎日お弁当をつくってくれるようになったんだ。また食べたいなぁ」

「何他人の奥方に養われているのですか! 」

「あと、二人の娘のリムちゃんも生きてるー? って言いながら魔術の手伝いをしてくれるんだよ。あの子は才能あるね」

「まさかの子どもにも養われていますの!? 」

「いやぁ、グロリオサがいなきゃ僕はそこらで多分木の栄養となっていたね」


 心底嬉しそうに幼馴染の事について話すケイトウを他所にリアは戦慄する。

 薄々思っていたがケイトウはダメだ。ダメすぎる。魔術以外の全てをこの世に生まれ落ちた時落としてきたんじゃないだろうか。


(このダメ男、誰かが見てあげなきゃ野垂れ死しますっ)


 下手に放り出せば明日にでも干からびてしまうだろう。リアにはその姿が容易に想像出来た。

 そのグロリオサとやらが面倒を見ていたのも同じ理由だろう。姿形も知れぬはずエルフが頷いていたのをリアは感じた。




 ケイトウが居候し始めて一ヶ月。

 その間にリアが叫んだ回数は100回を超えた。


「全く、またこんなに服を貯めて…」


 手に干し終わった服を抱えブツブツ文句を言いながら廊下を歩くと角からダンディな男性が出てくる。すっかり体調の良くなったリアの父親である。


「お父様」

「やぁリア。その服はなんだい? 」

「あのダメエルフのものですわ。あの方は放っておくと同じ服ばかり着るのでこうして時々洗わなければ不潔ですから」

「…え、リア君がしているのかい? 」

「そうです、お父様。あのような低俗で、あほで、ばかで、生活能力皆無のヒモ男にメイドの手を煩わせる訳にはいきません。他にも沢山仕事があるというのに」

「いや、君がする必要もないとおもうが」

「あの男を連れてきたのは私です。ならそういったことをするのは私の役目ですわ」


 寧ろそういったことを任せる為にメイドがいるんだがと言葉を飲み込む。

 そして不意に笑い始めた。


「リア、君は変わったね」

「何がですか? 」


 昔のリアはよく言えば令嬢らしい、悪く言えばわがままな娘だった。間違っても他人の世話をするような性格ではない。それが変わったのは彼のおかげだ。


「...しかしケイトウ君か。彼がここに来て一ヶ月。そろそろ別の一軒家を与えて屋敷からは出した方が良いかもね。勿論ウチが後ろ盾にはなるが」

「お、お言葉ですがお父様。あのようなダメ人間を外の世界に放り出したら行きていけるとは思えません。仕事も魔術などという時代遅れなものに執着する輩を誰が雇ってくれるでしょうか」

「どうしたんだいそんなに焦って。心配しなくてもそんなことないよ。彼の開発する魔術。実は魔道具とかに一部転用出来る事が分かったんだ」

「へ? 」

「前に来た王宮宮仕えの魔術師と会って意気投合したらしくてね。共同で色々と開発を行っていたんだ。そして遂に新しい魔法具が完成したらしい。だけどこれをあくまでも国の魔術師が開発したと箔をつけたいと考えた王族と上層部は彼に莫大な資金を送る代わりに功績を譲るよう打診されたんだ。そして彼はそれを飲んだ」

 唖然とするリアにお父様は微笑む。

「だから彼は、今莫大な資金を持っている。多分この邸から出ても何だかんだ生きていけると思うよ? 幾度か話して見たけど案外芯の部分はしっかりしているから。仕事に関しても王国から仕えないか要請が来ている。屋敷から出すのだって私が彼とは居候ではなく対等な立場の友人として接したいからだしね」

「そ、そうですか…」



 そのまま父親と別れたリア。

 しかしその顔は曇っている。


(なんでしょう、この気持ちは…)

 何故だか知れないけどモヤモヤする。良い所よりもダメな所の方が多いはずなのに。なぜか彼が出て行くかもと思うと納得できない自分がいる。


 そんな気持ちを抱えたまま衣服を持ってケイトウの小屋の前にくると彼は庭の花壇に立っていた。庭に咲く花へジョウロで水を与えている。いつもの通り、キノコ頭にもさっとした服装。口元に生えた無精髭。良い所なんて一つもない。エルフらしさもない。


ーーなのにひどくそれが絵になっていた。


「あ、やぁ娘さん。今日も良い天気だねぇ。ん? それってもしかして僕の服かい? 」

「っ。そうです、持ってきてあげたのです。感謝して下さいな! 」

「うん、ありがとう。お日様の良い香りだねぇ」

 渡された服の匂いを嗅ぎ嬉しそうに笑う。

「そうだそうだ、娘さんにあげたいものがあるんだよ」

「私にですの?」

「うん、ちょっとごめんよ」


 そういって自慢の髪に触れるケイトウ。

 いきなり髪を触られ、驚いたリアは思わず叩こうとしたが近くに来た事によって前髪の隙間から見えたケイトウの目に思わず見とれてしまった。



 絵本の内容は嘘ばっかりだった。

 なのに隙間から見えたのは絵本で何度も見た、エルフ特有の琥珀に似た煌めきを持つ瞳。

(綺麗…)

「うん、出来た。ほら」

「え、あ…」


 離れてしまい前髪で見えなくなったのを少し残念に思いながらも、ケイトウが何をしていたのかと思い髪に触れる。するとそこには花が飾られていた。


「これは? 」

「リアトリスって言う花だよ。この前市場で売っていたのを見かけてね。本来ならば咲かせるのも難しい花何だけど僕はエルフだからね。それでも土壌や気候が合わないから結構苦労したよ。今日やっと咲いたんだ。渡せてよかったよ。君のために育てた花だからね」

 自分のためと聞きリアは嬉しくなったが困惑もした。

「なぜ、この花を私に」

「う〜ん、君が好きそうだなと感じたからかなぁ」

「それは、...もしや名前から連想したのじゃありませんわね? 」

「それもあるかもしれないねぇ。でも、やっぱり一目見て君に似合うなぁと僕が思ったから」

 ケイトウは微笑む。それを見た瞬間リアの顔が熱くなった。


 かっこよくないのに。

 舞踏会で見る貴族の御曹司みたいな華やかさもないのに。

 どうしてこんなにも自分は胸が高鳴るのだろう。


「...はぁ、全く普段はダメダメなくせにこういう気配りだけはできるんですから。これなら外に出ても確かに大丈夫かもしれませんね。お金もあることですし」

「え、お金? 」

「とぼけないでください。お父様から貴方が大金を持っていると聞きましたわ」

 その言葉にしばしケイトウはキョトンとした後

「僕お金ないよ? 」

「は? 」


 今何と言ったのだろうかこのキノコ頭は。


「だって、お父様から王国の魔術師と共同で魔道具の開発に成功して大金を受け取ったって」

「あ、その話か。確かに僕はこの国の国王様から秘密裏に取引を持ちかけられたよ。だけどね。僕はそんなのより王宮の図書館の閲覧許可が欲しくてそっちをねだったんだ。そしたら条件付きだけど許可をもらえたよ!」

「はっ、え? 」

「すごいよ? 他国じゃ禁書扱いの本もあるんだ! これを読み解けば新たな魔術の体系や知識を得ることが出来るかもしれない! その結果新しい魔術の開発も夢じゃない!! まぁ、一応少しばかりお金も貰えたけどそれも良い商人さんが普通なら売らない魔法具や道具を安く売ってくれたおかげで全部なくなったよ。でも代わりに道具が充実したから僕は満足さ! あぁ、次はどんな魔術を開発してみようかなぁ」

「な、なっ…」


 余りの事態に理解が追いつかなかったリアだが段々と事態が分かった。

 つまりケイトウは向こう数十年は安泰の金を蹴り、それでも貰った金も僅か数日ですったのだ。その事に目を釣り上げた。


「ばかですの貴方は!? 折角の大金を蹴るなど! 」 

「ひぃっ、な、何怒っているんだい? 」

「何に? 全てにです!! 大金を蹴ったことにも、わずかに貰ったお金も全て無くしたこと全て! 」

「でも君にリアトリスの花もあげたかったし」

「それっ、…は嬉しいですけどだからと言って有り金全部なくすことないでしょう! 」

「だって商人の人ももう二度と手に入らない、今がお得だって…」

「それは商人の商売術です! 手に入らないとワザと言うことで相手方に今買わなければと心理的重圧をかけ、購入意欲を刺激する。それでも少しは値下げ交渉をするものを

何を馬鹿正直に指定された値段で購入しているのですの!! 」

「なるほど、商人も考えているんだねぇ」

「何感心しているのですか!! 」


 騙されたのに憤る所か感心するケイトウに頭を抱える。


 お父様の言う通りだ。

 ケイトウは才能がある。それは認めよう。

 しかし本人の態度が致命的だ。これでは他人に食い物にされるだけだ。

 生きてはいけるだろう。だがそれは人としての生活と言えない。山の中で泥に塗れ、魔獣を狩るだけなど獣と変わりない。


 今まではよかっただろう。何だかんだ付き合ってくれる友がいたから。


(しかし、その世話を焼いていたエルフはいまこの場にいません。なら、そう。私が、私が見るしかありません! )


 この辺りで何だか思考がおかしくなってきているのにリアは気付かない。

 普段のワガママな彼女ならばこんな事を考えることはなかっただろう。しかし、ケイトウの駄目っぷりに彼女の中の母性とも言うべき部分が悲劇にも開花してきてしまったのだ。


「決めました。王国男爵令嬢リア・エマ・カヴァリエーリ! あなたを真人間にしてみせます! いや、真エルフかしら? どっちでもいいです、ペットの躾はケルで実証済みです! 大丈夫、私は出来る娘! 」

「犬扱いは嫌だなぁ。というか僕はいつのまに飼われていたんだい? 」

「他人の助けなしに生きれないなどペットと変わりません! それが嫌だったら少しは自活能力を身につけて下さい! 」

「大丈夫だよ、何だかんだキノコを食べてお腹を壊しても生きてこれたんだから、これからも生きていけるよ」

「いーえ、無理です! 貴方は生活環境について無頓着過ぎます! 今は良くても歳をとればそう言ったことが命取りになるのです。善は急げ、先ずは身嗜みから整えましょう。これまでは貴方が古着でいいと言っていたので使用人達の古着を与えていましたがこれからは私がコーディネートしてあげる!

サイズや寸法を測りに行くわよ! 」

「えっ、今から? 僕買った本読みたいんだけど」

「そんなの後からでも出来ますでしょ! ほら着替えなら手伝ってあげますから、はーやーく!! 」

「えぇぇ、僕一応歳上なんだけどなぁ」





 この日以来、リアのワガママが全くなくなっただけでなく、メイドたちに掃除や料理の仕方を教わるようになった。そしてケイトウの世話を率先してするようになり使用人たちは明日には槍が降るのではと話したらしい。

グロリオサ:ケイトウの幼馴染。正直めっちゃ良い奴。ケイトウを何とかしようと里を出て行けと脅しをかけたが実際は追い出す気はなかった。しかし、そのまま本当にケイトウが出てってしまったので呆然、更には母娘に責められる。可哀想な人。

ケイトウ:魔術にのめり込んだ変わり者のエルフ。正直言って天才。沢山の魔術を扱える。また精霊魔法などもグロリオサと引けを取らないほど卓越しているがそれが発揮される機会は今後あるのだろうか。

リア:ダメな男に貢ぐ女の子。何だかんだケイトウな世話を焼く。矯正と称してケイトウを真人間にしようと努力する。後にケイトウが一時的にとは言え真人間と化した際はぼーと魂が抜け落ちたみたいになった。




同一作者による別作品がございます。よろしければこちらもご覧ください

「料理好きなオークと食いしん坊なエルフ」https://ncode.syosetu.com/n8556em/

「おっさん船医ですが処刑されました。しかし生きていて美少女美女海賊団の船医やっています。ただ、触診をセクハラというのはやめて下さい。お願いします」https://ncode.syosetu.com/n7090eo/

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[良い点] すらすら読めて笑えて面白かったです!ぜひ続きを読みたいです!
[一言] 真人間Ver.見たいです
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