ヒステリーサークル
コメディーです!! ミステリーではありません!
白霜高校ミステリー研究部のスローガンは、「ミステリーはリアリティー」。活動日には、サークルメンバー全員でトリックを知らない事件の結末を考える。
今の代の小説好きな生徒はみんな異世界転生・ハーレム研究部に取られてしまい、数年前には大きな規模だったこの部も部員数5人にまで小さくなってしまった。
しかし、5人全員が負けず劣らずのミステリー好きの推理マニア。みんながみんな個性的で、刺激的な部活だ。
会長の3年・金田一は、わくわくした面持ちで活動場所「多目的教室Ⅲ」のドアを開けた。普通の教室の半分の大きさのこの部屋は場所もわかりにくく、誰も来ない僻地だ。だが、その静かな環境こそミステリー研究部にはふさわしい。彼は埃っぽくて殺風景なこの部屋が好きだった。
金田一は眼鏡の奥の切れ長な目で、今日の活動を共にする部員達を見回した。
氷室は、腰まで伸びた黒髪が美しい3年生。最前列で窓の外を眺めている。
大山は、恰幅の良い2年の男子だ。真ん中の方の席で、のぞき込むように文庫本を読んでいる。
1年生の二人組は、後ろの方の席で話していた。金髪のヤンキー風な男子の根津と、気と声と体の小さい女子の雛山だ。
「よし、全員揃ってるね」
金田一はウェーブのかかった前髪をかきあげると、教卓に立った。
「それじゃあ、始めようか」
―――――――
しかし活動開始後20分、一行は迷宮入りの危機に瀕していた。
今日のシナリオは金田一の伯父が考えた殺人事件だが、いつも通り難易度に容赦がない。一方を仮定すれば他方は成らず、どうしても犯人の動きが決め切れない。現在思い当たる証言もみんな集めた。
「困ったわね……」
氷室の悩ましい声が長い静寂を破った。
「私はもうお手上げだわ……大山くんはどう?」
肩をすくめた氷室が尋ねると、大山も顔をしかめた。
「えっ、うーん……最初は医学生が怪しいと思ってたんだけど、パン屋さんの証言を見ると絶対違うんだよなァ。雛山さんはどう?」
大山が振ると、雛山はおろおろとしてうつむいた。
「ふえっ!? あの、ぇと、私もわかんない、デス……」
根津も諦めてスマホをいじっている。
「そうか……」
金田一はため息をつくと、ポケットからクラッカーを出してひもを引いた。
『パァン!!』
しかし、教室に響く乾いた爆音は、同時に爆発する5重の雄叫びに掻き消される。
{ イェアアァァアア!!!!! }
「エッハァァァオ!」
金田一はクラッカーを投げ捨てると、どこからともなく取り出したバスケットボールを壁に叩きつけた。
「アッアッアッアッアッ!!」
氷室は奇声を上げながら黒板に大きく「F」と書いた。
「おぉおうおうおうっ!!」
壁から跳ね返ってきたボールが頭にヒットすると、大山が激しいヘッドバンキングで周りの机を吹っ飛ばす。
「イッイッイッイッイッ!!」
氷室は黒板に大きく「U」と書いた。
「ファホ! アッホ! ヒャッハォ!」
根津が捨てられていたペットボトルでジャグリングを始める。
「ウッウッウッウッウッ!!!」
氷室は黒板に大きく「C」と書いた。
「あああぁあぁぁああ!!」
教室中を走り回っていた雛山が飛んできたバスケットボールを根津に投げつけた。叫び声の渦巻く教室に、ペットボトルの散らばる音が微かに響く。
「エッエッエッエッエッ……あ、私わかったかも」
Cの横に「|」とまで書いたところで、氷室が振り返って部員達に言うと、教室は途端に無音になった。
金田一がバスケットボールを拾い上げ、教卓の中に押し込む。根津と雛山は四散したペットボトルをゴミ箱に戻し始めた。氷室は黒板の文字を消し、大山と共に荒れに荒れた机を整頓する。
2分後には、5人は元のように席に着いた。
「氷室、何か思いついたの?」
金田一が尋ねると、氷室は横髪を指に巻きつけながら、ええ、と答えた。
「もしかしたらなんだけど……犯人は二人だったんじゃないかしら」
「二人……?」
金田一が訝しげに訊く。他の部員も同様の困惑した表情を浮かべた。
「ええ。そうすれば教授の言ったこととパン屋さんの証言も整合性がとれるんじゃない?」
「二人組の犯行……整合性……なるほど!! 二つの目撃証言はそれぞれ違う人物を見たものだったのか!」
部員達から歓声が上がる。
「やっぱり迷宮入りの時は氷室先輩が頼りになりますねェ!」
「さすがッス、氷室さん」
「氷室先輩……かっ、かっこいいです!」
金田一は後輩達の熱い視線にクールに応える氷室を見ると、満足げに黒板に新しい推理を書き出した。
氷室は、5人の中でもっとも冷静な判断力を持っている。先週の難事件の手掛かりも、最初は氷室から気付いたものだった。
これで、推理は大きく進展しそうだ。
―――――――
「う~ん……」
部員達のうなり声が重なる。
氷室の推理は迷宮入りを回避する画期的なものだったが、しばらく考察していると新たな矛盾点が生まれてしまった。
どうしようもない不快感が一行を襲う。
「やっぱり医学生が……いえ、教授が嘘をついている可能性も――」
「そうなると、もしかして犯人は3人? いやまさか、でも――」
「俺にはもーわかんねッス。あ、オチコンやべぇ」
「私も、全然……」
「そうか……」
金田一はため息をつくと、クラッカーを取り出した。
『パァン!!』
{ ヒィィィヤッスァァァ!!!!! }
「おあぁぁぁぁぉ!!」
雛山が段ボール箱いっぱいの紙吹雪を教室中にばらまき絶叫する。
「おぅりゃ! おぅれ!」
根津が生卵を壁に投げつける。割れた黄身が白い壁を汚した。
続けて氷室にも投げつけるが――
「ぴゃぁおっ!」
狙い違わず投げ返された。
「おぅふぇ!」
顔面を卵まみれにした根津は大仰に床を転げ回り、顔中に紙吹雪をくっつける。
「おっとっとっとっとぉ! うおっはぁぁぁ!!」
大山は長い棒をもって皿回しを始めたが、すぐに金田一が生卵を投げつけたので卵も皿も割れてしまった。
「ぶふぉっは! おぅおぅおぅおぅ……あ、俺わかったかもしんないッス」
紙吹雪で真っ白になった顔で根津が言うと、途端に教室は静かになった。
金田一と大山は紙吹雪と皿の破片だらけになった床を掃き始めた。氷室はトイレットペーパーで壁についた卵を拭き取る。根津はネクタイについた卵の汚れを落としに、雛山は紙吹雪の入っていた段ボールを捨てに出ていった。
5分ほどすると、一行は再び席に収まった。
金田一が話し始める。
「根津、何かわかった?」
「あ、はい、正直合ってっか微妙なんッスけど。三つ目の証言ってこれ、ネコのことなんじゃないッスか、的な」
「ネコ?」
他の部員はあっけにとられて根津を見る。
「いやだって、最初の方でなんかこの辺は野良猫が多くて的なこと言ってたじゃないッスか。街灯もまばらなんだったらネコの影を見間違えたかもしんねぇッスよ。にゃんこッスよ。うぃっす」
「野良猫の影……まばらな街灯……確かに! そうなると今のところの問題はクリアできるな」
部屋中に安堵のため息が漏れる。
「野良猫か……金田一の伯父さんミスリードが多いからなぁ、ノーマークだったわ。ナイスよ、根津くん」
「すごいよォ、根津くん。ボクも全然気付かなかったなァ」
「根津くん、すごいです……!」
「いやぁ、もっと褒めていいんッスよ」
金田一は黒板に新しい推理を書きながら笑みをこぼした。
根津は一見チャラチャラとしていて何も考えていないようだが、実際は情報をすべて頭に入れて現状を正しく認識しようとしている。その上で発揮される彼の直感的で常識に縛られない発想力が事件を大きく解決に近づけることは少なくない。活動中スマホをいじっていても文句を言う部員がいないのはそのためだ。
「いい後輩を持ったよ。それじゃ、また話し合おうか。きっといいところまで来てるぞ」
―――――――
「う~ん……」
しかし、事件は思わぬ展開を迎えた。新たな証人が出てきたのだ。ミステリー研究部は唸る。
金田一の伯父が作るシナリオは、よりリアリティーを向上させるために証言や証拠などを別々の紙に記し、適宜提供している。この部のスローガン「ミステリーはリアリティー」に沿う素晴らしいシナリオだが、いかんせん普通の問題より難易度も飛躍的に向上していた。
「金田一、あなたの伯父さんって、その……性格が悪いわね」
「ボクも前から思ってました……」
「うん、僕も甥ながらそう思うな……」
「もーわかんねぇッス。あ、トップテミスじゃんやったぜ」
「うぅ……頭がこんがらがってきました……」
またも迷宮入りの気色だ。金田一はため息をついて教室を見回した。
「そうか……」
そして、ポケットからクラッカーを取り出し、ひもを掴んだ。
「……あ、そうだ――」
「フヒャホヒャハフォ!! ホッホッホー!」
根津が奇声を上げて机を蹴っ飛ばし、シンとした教室の中にすさまじい音を響かせた。
部員達が彼を見つめる。
「あ……」
根津は決まりが悪そうに机を起こし、席についた。
金田一が奇妙なものを見るように彼を見る。
「ど、どうした根津。いきなり大声出して……異常だぞ」
「あ、イエ、何でもないッス」
「どこか具合でも悪いの? 無理しないで保健室に行ってきた方がいいんじゃないかしら」
「いや、ほんとに何でもないッス」
「根津くん、机を蹴っ飛ばしたりしちゃ駄目だよォ。雛山ちゃんが泣きそうだよ」
「あ、サーセン。雛山もわりぃ」
「ちょっ……泣いてませんよ! 子供扱いしないでくださいよぉ!」
頬を膨らませる雛山を見て、みんなの間に穏やかな笑いが広がる。
「ところで金田一、さっき何か言おうとしてたかしら」
「いや、教室のカーテン閉めてきたかなと思って……みんな、どうかな? もうお手上げかな」
4人とも困った表情を見せる。
「そうか……」
金田一は改めてクラッカーを取り出した。
『パァン!!』
{ フヒャホヒャハフォ!! ホッホッホー! }
5人は奇声を上げて一斉に机を蹴っ飛ばした。
「おっおっおっおっおっ!」
根津が水を満タンにしたバケツ2つを両手で振り回し、走り回る。
「ホイヤ! ア・ホイヤ! ア・ホイヤッハッホイヤ!」
上半身裸になった大山は、両端に火のついた松明をそれぞれ両手で回転させた。赤い炎がカーテンに燃え移り、煙を上げる。
「ヒャーーーッハァー! イェア!!」
氷室はアンプを乱暴に机の上に置くと、エレキギターをかき鳴らし始めた。心を震わせるメロディーが、爆音となって教室中に響く。
「ウンダラダー、ウンダラダー、ゴグアグダラダーゴグダラダー」
金田一は魔王ゴグアグを召喚する魔方陣を床に描き、蝋燭を並べると神聖な祈りを捧げ始めた。
ねじれた巨大な角のついた頭が、円の中心からゆっくりとせり上がってくる。
「ウーヤッハー、ウーヤッハー! ウ~~~ヤッハー!!……ぁ、私、わかったかも、しれない、デス……」
氷室の爆音に合わせて、二つ重ねた机の上で痙攣ロボットダンスを踊っていた雛山が小声で呟く。
部員達は、蹴っ飛ばした机を静かに起こした。
根津は左手のバケツの水を燃え上がるカーテンに、右手のバケツの水を大山にかけた。金田一はクラッカーと蝋燭を捨てると、洗剤を持ってきて床の魔方陣をこすり出す。雛山は慎重に机を降りると、水浸しになった床を雑巾で拭き始めた。
15分ほどして、ギターとアンプを抱えてどこかへ行っていた氷室が席につくと、金田一は手を組んで雛山を見た。
「雛山、何か気付いた?」
「ぇ、あ、はぃ……すごい、どうでもいいことかもしれないんですケド……その……犯人って……女の子の可能性も、ありますよね……」
「女の子……?」
他の部員達が顔を見合わせる。
「だって、ほら、いるじゃないデスか……男の子っぽい、背が高、い女の子とか……たとえば応援団だったら学ランも着るし……その、ごめんなさい……」
「女の子……背の高い……そうか、最初の証言にはそんな意味があったのか! お手柄だよ雛山! 犯人が絞り込めるかもしれないぞ」
部員達から歓声が上がる。耳まで赤くなった雛山は、顔を隠して小さくなった。
雛山は、同学年の根津と違って目を見張るような能力はない。しかし、声は小さいものの彼女もまた立派なミステリーマニア。彼女にしかできないことやキラリと光るものがきっとあると、金田一は確信している。
―――――――
「う~ん……」
面々は、またも悩んでいた。あと少しのところなのだが、雛山の発見がかえって容疑者の枠を広げてしまった。
「ごめんなさぃぃ、私が余計なコト……」
「雛山は悪くないよ。むしろあれがなければ間違った結論にたどり着いていたかも」
金田一は雛山をフォローした。本心だったがしかし、やはり今の状況は手も足も出ない。
腕を組むと、同様に唸っている部員達の様子を見た。
「もう降参。なんか疲れちゃったわ」
氷室は肩をすくめた。
「ボクも、ちょっとわかりそうにないなァ」
大山は困った顔をした。
「わかんねッス。お、ピチャキュウいんじゃん」
根津はスマホをいじっている。
「もう無理デス……」
雛山はだれている。
「吾輩にも解けぬ」
魔王ゴグアグもため息をついた。
「そうか……」
金田一は、ポケットからクラッカーを取り出して鳴らした。
『パァン!!』
{ ムキャッホォォォォォォ!!!!!! }
「あい! あい! あい!」
金田一は古代兵器・バルスタッカーを振り回した。
「ヘイヤハホワハホホハハホー!!」
氷室は魔王ゴグアグの頭の上で華麗なステップを踏んだ。
「ウホッホホウホホホウホホウホウホ!!!」
「パオーン!!」
大山はゾウに乗って現れると一度に10組ほどの机を吹っ飛ばした。
「ぼうえっ!! デュクシ!!!」
根津は錐揉み回転しながら教室中を飛び回った。
「やぁぁぁぁって!! ほほぉ~!!!」
雛山が消火器を噴射すると、教室が真っ白に染まった。
「やぱぁ~~~!! おぅらぁおぁぁぁお!」
「あっふぇん! なはふぁっへおっはさー! ほほーい!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!! ワオォォォォォ!!」
「ウッフ! ピロロロロロロ!!」
「なぁおぁえ! おぅおぅおぅおぅ!!」
「ヒィンワフ! ディヒィンワフ!」
「ハォアォアオァアアァー!!あ、犯人わかったかも――」
「…………」
「あ、やっぱり勘違いです。すいません」
「パオーン!!」
「ウィィッヒ! ウィイイイイィッヒ!!」
「おぅえあ! おぅえ!」
「ギャッパァァァ!! アァァァウ!!」
「バババババババァ!! ホホホホホ!」
「わぁあぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
―――――――
「よくやったよ、大山」
夕陽がすべてを橙色に染め上げる多目的教室Ⅲ。金田一は、シナリオと手掛かりを元のように封筒に収めながら微笑んだ。
「最後、左右色違いの靴なんてよく思いついたと思うよ」
「今日のMVP、デスネ……!」
「いやァ、そんな……やっぱり氷室先輩の最初の閃きがないと始まりませんでしたよ」
「あら、あんなの何でもないわよ。雛山ちゃんもよくやったわ」
「ふあっ!?」
「何言ってんスか。今日も俺がMVPッスよ」
「あなたはスマホいじってだけじゃない」
狭い教室の中でケンケンゴウゴウと争う部員達を見た金田一は、あぁ、自分は今幸福だな、と思った。
ミステリーはリアリティー。難事件を突きつける架空の現場で、ミステリー研究部のメンバーは共に協力し、悩み、知恵を合わせて困難を乗り越える。それは他のどんなことよりも金田一を高め、楽しませてくれる。
異世界転生も好きだ。ハーレムものも大好きだ。それでも金田一は、やっぱりこの部が一番だった。
(こんな浮気なこと考えてちゃ、根津達に追い越されちゃうな)
ふと外を見ると、美しい夕焼けが目を刺した。思わず目をつぶる。
明日も晴れるだろう。だが、そんなことは関係なしに推理は難航を極めるだろう。
それでも、それだから、そんな明日がずっと来ればいいのに。
金田一は鞄を肩にかけた。
「金田一先輩! やっぱ俺のおかげッスよね!」
「紳士なら女性を立てなさい。金田一、あなたが決めてよ」
「そうですよ。ボクも部長に決めてほしいなァ」
「はぅぅ……お願いしますぅ……」
詰め寄ってきた部員達を見た金田一は、ふっと笑うと鞄を降ろした。
「僕達は白霜高校ミステリー研究部。悩んだ時、決められない時は――」
『パァン!!』