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普通戦争  作者: みるくるみ
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第1話 普通とは、当たり前だと信じ込んでいるだけのもの

蝉がよく鳴いている。うるさいぐらいだ。

今日もいつもと何一つ変わらない、ある人にとっては楽しい、ある人にとってはつまらない、そんないつもと変わらない日常になる──はずだった。


今、 新井真由美の視界ではたくさんの生徒が嬉々として話したり、暴れるようにふざけたりしている。ここは1番後ろの窓際の席だ。日差しが暖かいし、クラスの全体がとても良く見わたせる。見たくないものまで。

このクラスではいじめがある。典型的なもので、大人数で1人をいじめるものだ。

そのいじめにあっているのが大宮春という女子生徒だ。容姿は平凡で物静か。そのせいで、クラスの誰ともつるまないでいつでも1人でいた。まさに、いじめの的というような生徒だった。

そんな生徒をクラスが放っておくわけがなかった。

この白夜高校2年A組のクラスはいじめへの団結力が高いと他のクラスで有名だ。その理由は、この学年で1番、2番の権力を持っていると言っても過言ではないぐらいの不良である高木翔太と森田久美がいるからだ。おまけに、この2人はとても仲が良く、付き合ってるらしい。何故それがいじめに繋がるかというと、この2人に逆らえば学年全員を敵に回すという暗黙の了解があるからだ。

この2人は不良といえど2年の約3分の2以上と交友関係があり、受けもそこそこいいからだ。脅しなどもされていないらしい。だから、誰もいじめがあったとしても止めることが出来ないのだ。

いじめる方の人数は特に決まっておらず、やりたい人がやる。そんな感じだ。私は、傍観者のような立場で特に関わってはいない。しかし、この席に座ってからクラスの隅の方で、主に先生がいない時に行われているいじめは、日に日に酷くなっていた。

いじめられる側は逃げたいと思わないのだろうか。私なら逃げたいと思うのに。

でも逃げようとしたところで逃げられないと分かっているのだろう。

それを見て皆は惨めだ、と思うのだろうか。私は正直少し思っている。

でも、どちらかというと可哀想という思いの方が強いかもしれない。

だからといって、私がいじめに割って入り止めたいなどと思ったことは無い。道徳的だとか適当な理論を並べる大人達は止めるべきだ、などと言うだろう。でも、それは同じ立場にいないから言えることだ。同じ生徒、という立場になればそんな考えなど一瞬で崩れ去るだろう。現に私達の中で止めようとするものはいないのだから。皆そう思っているのだろう。

誰だってそうだ。正義感なんてものはあっても自分にデメリットがある正義感なんてそれを言葉に出したりする人はいない。いたら尊敬に値する程だ。だって、誰だって今ある普通を無くしたくないはずだ。私もそうだ。

まぁ、私には止めようという感情すら湧かないけれど。

私にだって普通はある。私には友達と呼べる友達がいない。でも、話し相手ぐらいならいる。多分それが私がいじめの対象にされない原因だろう。

なぜなら、私の話し相手というのがクラスでそこそこ人気のある女子、早瀬瑠奈だからだ。瑠奈は男子、女子共に受けがよく、小柄で活発な女子生徒で、そのおかげでいじめの対象からなど、すぐに外れるような生徒だ。

私は瑠奈と話し相手になれて良かったと思う。おかげで本を読んで過ごすという私の普通が守られたのだから。

それでも、友達として思えないのは、瑠奈にはどこか別の面がある気がするからだ。どこか信用出来ない。何かを隠してる。そんな感じがするからだ。

でも、そもそも友達なんて作るつもりも無かったんだからなんでもいいんだけど。

いつもと何一つ変わらない平和な日常。今のままで充分満足している普通。皆が当たり前に思っていること。けれど私にはこれさえあれば、他に何もいらなかった。教室の扉が開いた。そうだ、こうやっていつも通りの日常が始まるんだ。何一つ変わらない、普通が。


しかし、そんな考えは甘かったと思い知らされた。



いつになったら終わるんだろう。いつまで私はいじめられればいいんだろう。

つらい。つらいよ。誰か助けてよ。叫べるものなら叫びたい。助けてもらえるなら土下座だってする。そんな一瞬の出来事で全てが解決するなら何だってしてやろう。

でも、例えこんな惨めな私を見る人はいても助ける人はいない。

例えば、新井真由美とか。いつも蔑むような視線ばかり向けてくる。

皆怖いんだ。そりゃそうだよね。私だって怖いんだもん。逆の立場なら私も助けられない。

「でも、でもっ、声ぐらいかけてくれてもいいじゃん!」

なんで誰も声すらかけてくれないの。悲しいよ。側で「大丈夫?」ていう一言すらないの?

でも……当たり前、か。このクラスで私の名前を、大宮春を声にしたのは私がクラスに対して自己紹介をした時、その1回だけだ。その後からは、「おい」とか「お前」とかしか呼ばれていない。誰も呼んでくれない。誰も必要としてくれない。

…………私ってなんで生まれてきたんだろう。

もう、いいかな。人生終えちゃっても。今の気持ちなら、いなくなれることを喜べる気がする。以前は自殺する人の気持ちなんて一生わからないって思ってたのに、まさか当事者になって分かっちゃうって、想像もつかないよね。でも、ほんとに笑えそうだ。遺書なんか書いて、少しでもあいつらに復讐してやろう。それが私からのプレゼントだ。それを、あいつらのせいで何度も無くしかけたこの命と共に渡してやる。

ついでに、昨日知らない人から提案された復讐ゲームだっけ、このゲームでクラスに復讐できるらしい。そんなこと願ったり叶ったりだ。怪しかったけどこの際どうでもいい。どうせ死ぬんだから。みんな死んでしまえばいい。

これで、これで、自由になれる。普通ですらいられなくなった頃から、夢にまで見た自由。ついに叶うんだ。ふふっ、つい笑みがこぼれてしまう。この笑みのせいでまた蹴られたが、もう気にしない。明日にはあんたらの顔が絶望で満ちさせてやる。覚悟しときなさいよ。

よし、そうと決まれば、今日は家に帰って遺書を書こう。あと、夜に学校に忍び込むためのルートがあるか調べよう。そして夜、学校の校庭に私の血で綺麗な、綺麗な真紅の花を咲かせるんだ。



普段から、皆が驚いていても私は何一つ驚かなかった。今回も同様だ。特に驚きなんてしなかった。皆はなぜ驚いているのだろう。当然のことなのに。無視して加担してた私達は驚いてはいけないのに。責任なんて私には全く無いですって顔ばかり。この人達の方が大宮さんよりよっぽど惨めだ。

しかし、その大宮さんの死を前にしても驚かない私はもっと惨めなのだろうか。

「ねぇ、真由美。騒がしいけどなにかあったの?」

この野次馬の中から瑠奈がひょこっと頭を出して聞いてきた。小柄な彼女は懸命に背伸びをして覗き込もうとしている。

「大宮さんが屋上から飛び降りたって。遺書も見つかってるらしいから自殺の可能性が高いって。」

私は冷静に事実を告げるように言った。

「え……。それ、ほんとなの?」

瑠奈は明らかに動揺していた。それも演技に見えてしまう私はやはり惨めなのだろうか。

「ほんとだよ。遺書にはいじめのこと、いじめてた人の名前とか全部書いてあって、そのいじめてた人が見事に一致してるから。ほんととしか言いようがないよ。」

「そんな…もっとお話したかったのに。」

嘘。そんな嘘を言うから信用出来ない。お話したかった?お話どころか一言も交わさなかったのに。よくそんな嘘が言える。でも、ここでそんなことを言うとめんどくさい。のっておいて、無難に過ごすのが1番だろう。

「そうだね。あまり話したことなかったからね。友達にもなれたかもしれないのにね。」

私も私でよくこんな嘘を言えたもんだな。とことん私は惨めかもしれない。

「ね。なれたら楽しかっただろうなぁ。」

よくもそんなことを言える。1度どんな感覚をしているのか調べたくなった。

「ね、瑠奈。ここにいても気分悪くなるだけだからさ、教室行こ?」

この頃には野次馬はほとんど教室に戻っていた。

さっさと行って日常に戻りたい。普通に戻りたい。自殺ごときに私の普通が乱されてたまるか。

「そうだね。ここにいてもいいことはないしね。」

そうだ。いいことなんて期待しないでいい。世の中なんて所詮こんなもんだ。自殺やら犯罪やら、悪にまみれていて汚れきっている。掃除なんてもう手遅れだ。

この世界は、一生汚れきったままだ。綺麗さなんて求められない、常に汚さが勝つ世界。こんな世界、普通だけ残して消えてしまえばいいのに。


教室に着くと、どこか重たい雰囲気で皆が座っていた。私達が最後で、後は、先生が来るのを待つだけのようだった。そして、私達が席につくと、先生が入ってきた。と思ったら、知らない男の人が入ってきた。30代ぐらいだろうか。目が細く、とても優しそうな顔の男性だ。見たことないってことは事務の人とかか?

「おはようございます。そして、はじめまして。私は、今回のゲームを担当させていただきます池田と言います。残念ながら自殺し、他界してしまった大宮春さんの希望により、このクラスで普通戦争というゲームをしてもらいます。」

「ちょっと待ってください。ゲームってなんですか。そんなもの聞いてませんし、あなた学校に無関係ですよね?不法侵入になりますよ。」

学級委員の町田健人が早口で反論した。動揺で言葉が震えている。

「先程も申し上げましたが、このゲームは大宮春さんによって申請され、それをこちらは受理しました。そして、不法侵入にはなりません。私は、大宮春さんの親戚という立場で挨拶ということになっておりますので止めに来る先生はいないでしょう。さらに、先生達は今取材などで忙しいでしょうし、まず無理でしょう。」

「そして、もう一つ申し上げることがあります。」

もう誰も反論しなかった。動揺や困惑が入り交じった表情で聞いている。

「皆さんのような犯罪者に、このゲームを拒否する権利はありません。拒否すれば──死にます。」

唐突の「死」という言葉に皆がびくっとした。私は、ただ冷静に説明を聞いていた。でも、ふと1つの疑問が浮かんだので、質問した。

「あの、1つ質問いいですか?」

みんなの視線が私に集まる。でも、そんなものは関係ない。

「ゲームの途中で、ゲームによって、犠牲者は出ますか?」

「はい。出ますよ。」

池田は、にやっ、と笑って即答した。その答えに、私は、

「そうですか。」

と、言って座った。皆はもう、顔が真っ青になっていて、震え始めていた。

「では、只今より、ゲーム、普通戦争を開幕致します!」

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