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ぼくとぼくら

Twitterの、「 #ふぁぼした方が1冊の本だとしたら最初の1行には何と書いてあるか考える 」というタグから生まれた作品第一弾です。


参考ツイート:https://twitter.com/mamehaduki28/status/841932319015501826

【ぼくはたくさんの感情を連れて歩いている。毎日たくさんの感情と出会っている。ぼくは今、寂しさに手を引かれてこんなところまで来てしまった。あいつとここを歩いたのは、ど・・・】

 ぼくはたくさんの感情を連れて歩いている。毎日たくさんの感情と出会っている。ぼくは今、寂しさに手を引かれてこんなところまで来てしまった。あいつとここを歩いたのは、どれくらい前になるのだろう。


     ☆


 あいつとはネットで知り合った。大学の先輩がいうところによると、あいつは所謂「ネッ友」である。ぼくからしたら、大学の同級生よりも話しやすいやつなので、「ネッ友」じゃなく普通に「友達」だと思っていたりする。互いの出所を知らないからこそ話せる話というもある、ということはあいつから教わった。あいつがぼくをどう思っているかは、知らない。

 ぼくが連れ歩いている感情たちの中で、あいつに反応したのは[敬愛]だった。

 あいつに会うと、[敬愛]はあいつの肩からひょっこりとかわいらしく顔を出してこっちを見てくる。それと一緒にあいつも、待ち合わせ場所でぼくを見つけるとまず笑う。人懐っこそうな笑顔ですごく嬉しそうに笑う。だいたいぼくのほうが遅く着くから、「ごめん、早く来すぎたわ」と言って、にかっと笑う。


 ここを二人で歩いたときは、確か酒が入っていた。「酔い覚ましに散歩でもしようか」と、まだ吐く息が白い冬の夜、厚手のコートを着てマフラーを巻き、二人で「寒い、寒い」と言いながら首をすくめて歩いた。あいつの肩には、[親しみ]が身軽そうに乗っかっていた。

「見てよ、夜景が綺麗だよ。」

 橋の真ん中、ちょうどぼくが今いるところに差し掛かったところで、あいつは遠くを見ながら言った。ぼくらの足元も、橙色の街灯に照らされていた。

「ほんとだ。」

 あいつから十数センチ低い視線からぼくが言った。足の高さは違わない。何のことはない、ぼくの背丈が小さい。

 ぼくらはどちらからともなく、橋に沿って生えた柵に寄っていった。ぼくらの後ろを車が数台、立て続けに走っていく。都会の夜は明るい。そして右を見てみると、やっぱりぼくのほうが十数センチ低かった。もっとも、この背丈にはとうに慣れていて、今更[虚しさ]が顔を出すことはないのだけれど。

 あいつは柵に頬杖をついた。ぼくは同じ高さに腕を敷いて、左の掌に顎を置いた。そうやって、しばらく二人で夜景を眺めた。[安心感]と[親しみ]が、手を繋いで輪になって、ぼくらを囲んでいる。その居心地のいい無言の空間に、ぼくらはしばらく沈み込んだ。

「俺さぁ、」

 不意にあいつが口を開いた。柄にもない、爽やかな声だった。

「次いつこっちに戻って来られるのかな。」

「・・・え?」

「あれ、話してないっけ?転勤するって。」

「あぁ・・・君か、その話は。」

「誰の話だと思っていたの。」

「ぼくの兄貴も君と同じ。高卒で働いているからさ、混ざった。」

「そういうこと。」

 あいつは眉をハの字にして、少し笑った。ついさっきまでそこにいた[親しみ]は、みるみるうちにまったく違うものに姿を変えた。ぼくらは同い年だ。

「すごいよ、君は。」

 さらに遠くを見ようとするあいつに、ぼくは言った。

「君はすごいよ。」

「え?」

「ぼくは、君や兄貴みたいにはなれない。」

 あいつの反応は、別段気にかけなかった。

「ぼくは、御客の注文やニーズよりも、来週提出しなきゃならないレポートのことで頭がいっぱいだ。」

 ふとしたとき、あいつに纏わりつこうとするこの感情の名が[尊敬]であることを、ぼくはとうに知っている。こういうとき、[親しみ]は頑なにそっぽを向く。

 居心地の良かった無言の空間は、重苦しい沈黙へと姿を変えた。ぼくはそう思った。

 あいつの視線を右側に感じる。不愉快な音を立てて、ぼくらの背後を車が通った。その音は、ぼくの穏やかな気持ちを根こそぎ奪っていった。

「ぼくは君のことを、よき友達だと思っている。でも、君が仕事の話をしだすと、ぼくは劣等感に潰されそうになってしまうの」

 右側の空気が揺れた。ハッとしてぼくは振り向く。そこには、いつの間に戻ってきたのか、[親しみ]が泣きそうな顔をしてあいつの肩に乗っかっていた。

「・・・ごめんよ、忘れて。」

 あいつが[親しみ]とまったく同じ表情をしていたものだから、ぼくは笑ってしまった。

「そんな顔で笑うなよ。」

「君がそんな顔しているからだよ。」

「俺、そんなに変な顔している?」

「かなり。」

 ぼくはそう言って、あいつの目を見てはははと笑った。あいつもぼくの目を見ていた。

「人のこと言えてないよ。」

 そのハの字の眼差しに耐えられなくなったぼくは、無理に柵の上に頬杖をついた。

「身長が足りてない・・・」

「うるさい。」

 あいつは声も出さずに、でもたいへん愉快そうに笑ってみせた。あいつは表情をころころと変えてみせる。夜景は相変わらず綺麗だ。

「俺は、君にそう思ってもらえるほど何をしているわけでもないよ。」

「そうかな。」

「そうだよ。」

 あいつも、柵に頬杖をついた。

「やらされているよ、俺は。」

 ぼくらはそろって遠くを見た。

「俺も、君が大学の話をしだすと少なからず劣等感を感じるよ。何も考えないで作業をこなしている自分の脳が、本当に残念に思えてくる。」

「レポートは作業だよ。」

「でも、考えないと書けないだろう。」

 ぼくは口をつぐんだ。

「そりゃあ、考えなくちゃならないことはたくさんあるさ。でも俺はまだ新人枠だ、考えなきゃできない作業なんてまだない。こなすのが大変なだけで達成感なんて微塵もないよ。」

 あいつは手を組んで、柵の上に肘を置いていた。猫背がやけに目立った。

「すごいな、って思うよ。君らはいつか、俺が今いる世界を知ることになる。でも俺は、君が今いる世界を知ることはない。」

 ぼくはまた柵の上に腕を敷いて、左の掌に顎を置いた。

「そうかな。」

「ないよ、絶対に。」

 断言した。今度こそぼくは何も言わなかった。

 急に橋の上を、水の生々しいにおいが吹き抜ける。ぼくらはそろって首をすくめた。

「ああ寒い!」

 ぼくは腕を組んで、その場で足踏みをした。あいつはさもおかしそうにケタケタと笑った。

「そろそろ戻ろうか?」

「戻ろう!今何時だい!」

「ちょうど日付が変わったところ。」

「わお!なんてこった!」

「なんてこった!」

 ぼくらはゲラゲラ笑いながら、もと来た道をたどった。話す話題は尽きなかった。


「明日は日曜日だ、何時に起きようか。」

「もう日付は変わっているから今日だけれどね。」

「うるさい。今日は何時に起きようか。」

「早めに起きたいな。俺は午後から予定があるからね。」

「彼女か!」

「内緒だよ。」

「彼女だな!くそう!」

 ぼくの家に戻ってきてから、またひとしきり騒いだ。ぼくが携帯のアラームを九時にセットしてから、二人で狭い布団にもぐりこんだ。

 あいつが泊りに来たときにはそろって仰向けで寝ているぼくらだったけれど、なんとなく、互いに背中合わせだった。

 少しだけ緩やかに、時間が流れた。[安心感]が、ぼくらをすっぽりと包んでいた。

「俺らはやっぱり似ていると思ったよ、さっき。」

 不意にあいつが口を開いた。

「奇遇だね、」

 意図せずに、本当に無意識に、口が動いていた。

「ぼくもさ。やっぱり、ね。」


     ☆


 温もりを湛えた寂しさが、いつの間にかぼくの手を握っていた。どうやらこいつは、ぼくをここで足止めしたいようだ。

 そうはさせないよ。ぼくはあの日と同じように、もと来た道をなぞった。酔ってはいなかったけれど、何かから醒めた気分だった。

 アパートに戻ると、部屋いっぱいの寂しさが、ぼくを出迎えた。やつらに潰されそうになったぼくは、逃げるようにして上着を羽織ったままベランダに出る。明るい都会の空に埋もれないようにと、いくつかの星が精いっぱいに輝いていた。頬を撫でていく風は、あの日よりも優しくて暖かかった。

 あいつは来週、遠くに行ってしまうはずだ。きっと出逢うはずではなかったであろう影を、[敬愛]だけが追いかけていったようだった。

 ぼくは今日も、たくさんの感情を連れて生きている。

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