ピンチに始まりピンチに終わる?
日常と書いて非日常と読む、ここアーバンクラプスは今日も平常運転だ。出勤するまでに何かとトラブルに巻き込まれかけて、うまくかわして、今日を生きている。もしかしたら、明日、いや今日の仕事次第で今日死んでしまうかもしれない。ははっと男にしては高く、女にしては低い笑い声が廃墟で響く。声の中心はブレザーからスマホを取り出し、一本電話を掛けた。
「ごめん。少し遅れる」
電話の向こうで、分かった。今すぐ行く。と聞こえて一方的に切られた。
いや、大丈夫かと…と思いながら、目の前の雑魚を見下す。
数にして200ぐらいだろうか。うようよと動いている。
「終わりにしよう」
黒い拳銃を取り出し、適当に銃口を合わせて、一言。
「拡散決血法 ディフィジョン」
そして大きな音が響く。真っ赤な銃弾は勢いよく発砲され、およそ180度に拡散した。そのまま雑魚にお見舞いする。それを2.3発撃ち込み雑魚はあらかた片付いた。残りはうようよと後ろに引っ込んでいく。
次に車のブレーキ音がこの廃墟に響いた。拳銃を所定の位置に戻し後ろに振り向く。高そうな車から出てきたのは、高そうなスーツに身を包んだ、高そうなお方だ。人に対して、高そうななどと値踏みをするのは、いかさかどうかと思うが彼はオーラが違う。ぱちぱちと拍手をしながらゆっくりと近づいてきた。
「いやぁ。すごいね」
「迎えに来てくれたんだね。ありがとう。じゃあ、送ってもらうかな」
目の前の長身の男は、テノールの声でいつも道理にやってきた。
「僕、送るとも何とも言ってないんだけど。増援に来たら、この有様だよ。シェリルの拡散決血法はすさまじいね」
とかなんとか言いながら、自然な動きでドアと開ける。ほら、どうぞと言わんばかりに。
「数が多かったら便利だけど、一体強いのがドーンとくるとあまり戦力にならないんだな、これが」
そうだ。この拡散決血法は自分の力を拡散するだけ。一点集中もできるといえばできるが、もともと戦闘力はほかの戦闘員に比べて低いためあまり使い物にならない。苦笑いをすると、隣の運転席から
「そうかなぁ」
と間抜けな声が降ってきた。
「その分、リヴァイのリフィジュレイトのほうが凄いじゃないか」
彼、リヴァイはすべてを凍らす蹴り技を用いる。その氷が何とも美しい。すべてを見透かすような、それでいて自分のことは氷の奥にしまい込んでしまうような。
「はは、どうだろうね」
そうやって、またごまかす。リヴァイの気持ちはリヴァイの氷の奥底だ。
そうこうしているうちに二人の職場へとついた。世界の均衡を保つために設立された、ライアー。まあ変人の集まりの様なところだ。
リヴァイが扉を開け、すまない。遅くなった。と先に入った。自分も、遅れてすみません。と言っていつものソファに腰掛ける。職場には、ライアーのリーダー、クライヴと、凄腕執事アルバートさん、そして情報屋として名をはせる美女、レイラだけだった。どうぞ、と言われアルバートさんの紅茶をいただく。あぁ。おいしい。
今日は余計な仕事も入らず、このソファと一緒にいたい。家にはこんな立派なソファはない。とかなんとか思いながら、紅茶とともにサクッとしたクッキーをほおばる。んふぅーと鼻から息がこぼれる。若干レモンの風味を漂わせる、さわやかな甘みのクッキーだ。アルバートさんは本当に凄腕である。しかし、そんな貴重な幸せを奪ったのは、ある男だった。ライアーの中で一番活気にあふれていて仲間思いで、そして常識と遠慮のかけらもないレイモンドは、新人を連れてきたとやらで、でもそれは連れてくる予定の人物と違ったらしい。平和な時間が、レイモンドとレイラの口喧嘩で終わりを告げる。妙に嫌な予感がする。リヴァイもなにか感じたのだろう、新人も気を付けつつ、周りを見渡している。
すると、パッとテレビがついて、ニュースの画面が映し出された。その後、画面に砂嵐が起き、能力を暴走させたアヴィリティー(能力者)のお出ましだ。
自分は見計らって、紅茶と残りのクッキーを手にそそくさと逃げる、つもりだった。紅茶とクッキーはアルバートさんに、自分はリヴァイに回収された。後ろで、なぜか画面越しで見たはずのアヴィリティーが現れて、ついでに爆風が聞こえた。
「待って、リヴァ…」
リヴァイはその長い足で素早く駆け抜ける。肩で担がれたまま、上下に移動するので、喋れない。舌を噛みそうだ。
「ちょうど、仕事が入ってね」
タイミングが良すぎる。そうして爆音から離れていくように車を走らせた。
「…っ!みんなは!?行かないといけないよ。自分だけ逃げるなんて!」
「君じゃあれは無理だ。今朝言っていた、一体強いのがドーンっていう敵だ」
とリヴァイはふざけたように言った。
「それでも、私は、ライアーの…一員、なんだ…」
最後のほうは小さくて聞こえなかったかもしれない。頼られていない、この気持ちが怒りと悲しみを生み出している。しかも自分の身も自分で守れない。どれだけ拡散決血法を使えても、誰かに守られるばかりだ。
怒りと悲しみと感謝で涙が出そうだし、隣のこのすました顔の男を殴り掛かりたかった。
「そうだよ。シェリルは大事な僕たちの仲間だ」
「大事な仲間なら、組織のピンチに立ち向かせてくれるはずだ」
「仕事が入ったと言っただろう。君と僕は別のピンチに立ち向かうのさ。さあ着いたよ」
リヴァイに扉を開けられ、目の前に飛び込んできた景色にゾッとする。目の前には首が痛くなるほどの高いビルが立ち並んでいた。そこにはきらびやかなドレスを身にまとった女性や、高そうなスーツを着こなす男性などが出たり、入ったりしていた。
いや、その。自分、貧乏人ですので、こういうところに縁がないというか。身なりも普通のスーツ姿だし(安物)、ブランド品のアクセサリーや時計もつけていないし。なにしろ、お金がないし。
「君の仕事は僕とランチを共にすることだ。な?ピンチだろ?」
どこがだ!と叫びたい気持ちを抑えて思い切りにらみつける。しかし、腹の虫は素直なようで、ぎゅるぎゅるとおなかを鳴らした。
「ほら、ピンチだ」
と笑われた。真っ赤な顔をした私はリヴァイのエスコートを受けて、渋々中に入った。