化け狸、穴
そろそろ終盤です。
帝都の隣の県には、広い竹林が存在する地域がある。
管理不足により鬱蒼と茂っているだけなのだが、身を隠すにはうってつけの場所だ。
烏天狗の妖怪、黒蝋梅と彼の従者、サトリの妖怪の葵はその竹林の中に入っていくところであった。
「・・・流石に歩き辛いな。
だが、ここら辺は雨が降っていないのが幸いだ。」
ガサガサと枯れ枝を踏みながら奥へ奥へと進んで行く黒蝋梅。
竹同士の間隔が狭い為、非常に歩きにくいのだ。
それでも雨が降っていないだけ遥かにマシである。
「・・・ええ、私もしんどいです。黒蝋梅様。」
そう言って額の汗を拭う葵。
体力の無い彼女にとって、この竹林はキツイのだろう。既に息が荒い。
30分程歩き、二人はあるものを発見した。
それは地面に掘られた大きめの穴である。
「・・・どうやら、俺の勘は当たったらしいな。」
彼は穴の前で座り込む。葵も隣に座った。
「・・・おい、菊! 生きているか!?」
穴に呼びかける黒蝋梅。
奥からモゾモゾと音がした。
「・・・!
若様じゃあありませんか!
久しぶりでございますな!」
バサバサと土を撒き散らし、穴から一人の茶髪の男が半身だけ出て来た。
歳は恐らく黒蝋梅の少し上程度であろう。
葵が手をポンと叩く。
「・・・ああっ!
貴方は化け狸の磯菊ね!
・・・相変わらず穴が好きね。
(というか竹林によく穴なんて掘れたわね・・・。)」
どうやら彼女も知っていたようだ。
少し呆れ気味の彼女に磯菊は当然とばかりに胸を張る。
「暗い所が落ち着くのは当然であろう!」
「・・・モグラじゃないのだから・・・。
それで、黒蝋梅様。
彼も避難させるのですよね?」
ため息をつきながら、葵は黒蝋梅に彼をどうするか聞く。
黒蝋梅は少し悩んでいる様子であった。
「・・・ふーむ・・・彼も俺の従者だからな・・・。
何ならよく切れる刀にでも化けてもらって・・・菊ならば尾も耳も消せるからな。」
「・・・!
こ、黒蝋梅様っ! 葵だけでは不安なのですか!?」
彼の考えを聞き、大慌ての葵。
確かに化け狸の彼が強いのは事実だが、サトリの自分も役に立つ自信があった。
そして何より二人っきりが良いのだ。
「・・・お前は戦闘が大の苦手だろう。
まあ、分かったよ。
悪いが菊、お前は先に避難してくれ。
一人強い人間の協力者がいるのだ。
今から彼の住む所に案内する。」
結局、葵に押され彼は従者の狸を避難させる事に決めた。
ほっと一息つく彼女を尻目に菊も頷く。
「ええ、構いませんよ。
・・・しかし人間の協力者ですか。変わった者もいるのですな。」
「ああ。だが助かるのは紛れも無い事実だ。」
黒蝋梅は手を差し出す。
磯菊は頷き、その手を握った。
磯菊を送った後、再び二人は歩き始める。
今度は妖怪の身には少し危険な住宅街だ。
二人はそこにポツンと建つ廃屋を見つけた為、中に入る事にした。
・・・だが、残念ながら妖怪は見つからなかった。
そこにいても仕方がない二人は、さっさと廃屋を後にしたが・・・。
「・・・運が良いのか、悪いのか。
まさか二日連続で『妖怪』を見るなんて、な。
遠い学校にも通ってみるものだ。」
曇り空の下、道路の真ん中にて、廃屋から出て来た二人の前に立つ一人の学生服の若い男。
彼は肩に鞄をかけ右手で杖をついていた。
「っ!!!葵下がれ!!!」
「は、はいっ!!」
後ろに飛び退く黒蝋梅と葵。
黒蝋梅は、何故か彼に対して嫌な予感がしていたのだ。
「・・・下がるのは良い判断だな。
勘が冴えているぜ、あんた。弟並みだよ。
(・・・間合の外にすぐさま出る勘は一郎並み。筋力でも勝ってそうだな。面白い奴。)」
ヘラヘラ笑う男。
だが、何かをするつもりはないらしい。
「一昨日までなら、『何となく殺した』だろうけど・・・。
今は違う。弟が嫌がるだろうしな。
・・・行けよ、妖怪。見逃してやる。
(後、人の心は読むものじゃねえぞ茶髪女。
次やったら斬るぜ。)」
「(・・・弟? それに、妖怪・・・。)
・・・なら行かせてもらう。
葵、次に行くぞ・・・どうした?」
黒蝋梅とダラダラ冷や汗を流す葵はすぐさま消えてしまう。
それを見届けた学生服の男、一波はまた歩き始めた。
「・・・こ、黒蝋梅様・・・葵は、もうダメかと思いました・・・。
(ど、どうして分かったの!?何で・・・何で・・・!?)」
離れた山の中にて、切り株に座り込む葵。
こっそり心を読んでいた彼女であったが、一波に見抜かれ震えている。
今までにこのような経験は無かった為、怖くて仕方がないらしい。
「・・・一郎様の、お兄様は、恐ろしい方です・・・。」
「・・・兄?
(そういえば顔は一郎を成長させた感じだったな。
言われてみれば確かに兄かもしれない。)」
葵の様子に首を傾げていた黒蝋梅であったが、何やら納得したようだ。
「・・・不気味なのはよく分からないが・・・少し休もうか。」
ひとまず彼は疲弊した彼女を休ませる事に決める。
「(・・・次に行くべきは・・・。)」
黒蝋梅は曇った空を見上げた。
「あー・・・ここら辺はもう見たしなぁ・・・。」
学校にて授業中にもかかわらず光次郎は地図を広げる。
帝都とその周辺を記した地図ではあるが、そこには赤いバツ印が沢山描かれており、彼が魔狩りの為に熱心に走り回った事を示していた。
「・・・しかし居ねえよなあ、オイ。
本当に数少ない魔物しか来ていねえのかも。
蜘蛛と茶髪の奴しかまだ見てねえし。
・・・しらみ潰しに探すしかねえよなぁ。」
光次郎はため息をつく。
何より折角の獲物を一郎に横取りされた事が悔しかったのだ。
「・・・ああ、どうやって殺したのかなぁ!
頭を潰したのかなぁ! 目を抉ったのかなぁ!
耳を引きちぎったのかなぁ! 強姦したのかなぁ! 首を絞めたのかなぁ!
・・・ああああああああ!!!!!!!!
悔しい! 俺は悔しいぞ一郎!!!」
叫びながら彼は隣の女子生徒の机を全力で蹴り飛ばす。
周りの生徒は皆、見て見ぬフリをしていた。
「(・・・後見てねえ所といえば・・・。
確かここから結構かかる所に山があったな。
・・・土地を調べた限り、どっかの佐藤家が所有してんだったか。
まあ魔狩りの時間なら入れるだろ。
・・・だが少し遠いな。今はそこに行くまでの地域を調べるか。
故に、先ずは川や住宅街だな。
・・・あー、でも住宅街はもう見たよなー・・・となれば川と海か?)」
叫びつつもその心中は冷静だった彼は、次の計画を組み立てていた。
「(・・・ぐっ・・・頭が痛えな。
・・・痛い・・・痛えよ、オイ。)」
寝室で目を覚ました一郎は、左手で痛む額を押さえる。
当然だが、彼の左手には包帯の感触があった。
怪我をした事は夢ではない。
結構グルグル巻きにされており、左目と左耳が覆われてしまっていた。
「・・・今は・・・昼の一時か。」
彼は痛みを誤魔化すかのように頭を振り、壁に掛けられた時計を見る。短針は1を指していた。
窓から射す光が眩しい。天気は晴れのようだ。
一郎は部屋から出る。
すると廊下を歩いて来る蓮華と目が合った。
「・・・ん? 蓮華か。
寝たらかなり楽になったぜ。
もう大丈夫だ。痛みも無・・・どうした?」
彼は声をかける・・・が、変な事に彼女は動きがぴたりと止まっているのだ。
暫くするとポロポロ涙を零し、彼女は走って彼に抱きついた。
「うわぁぁぁぁぁぁん・・・!!
一郎君・・・!!! 一郎君・・・!!!
目が、覚めたんだね・・・!!」
「め、目が覚めた・・・?」
一郎は少し嫌な予感がした。
もしかしたら、自分は相当眠っていたのではないかと。
「・・・教えてくれ、蓮華。
俺は一体何日眠っていたんだ?」
そのため、彼は緊張しつつも蓮華に尋ねる。
彼女はグスグス泣きながら答えた。
「丸一日だよ・・・! 一郎君・・・!!」
たったの一日らしい。意外と少ない事に彼は拍子抜けする。
「(思っていたより短いな、泣くほどか!?
・・・いや、嬉しいけどさ。)
・・・あ、あれだな。心配かけたな。悪い。」
抱きつく彼女の頭を撫でながら、一郎は戸惑いつつも蓮華に声をかけた。
「もう、無茶はしないでね・・・っ!
グスッ・・・ひぐっ!」
「・・・ああ、約束する。無茶はしないよ。」
二人は並んで居間に向かう。
「・・・!!!
い、一郎っ!! 目が、覚めたのですね!!!」
戸を開けると早速桜花が二人に気づき、慌てて走り寄って来た。
尻尾がブンブンと激しく振られている。
「良かった! 良かったです! 一郎っ!!!」
丸一日眠っていただけだが、蓮華にしろ桜花にしろ、随分彼を心配してくれていたようだ。
「あ、ああ。済まねぇ、迷惑かけた。」
蓮華の時と同じように頭を撫でる。
相変わらずブンブンと尻尾が振れていた。
「・・・目、覚めたのね。良かったわ。」
いつの間にか一郎達の背後の廊下に立っていた柊。
彼女は冷静そうだが、それでも目つきから安心しているようだ。
「・・・柊か。悪いな。」
「気にしないで。
私達は、君が無事だという事実だけで充分に嬉しいのだから。」
謝る一郎に彼女は首を振った。
そして彼に伝言があると話し始める。
「・・・あの、黒い烏天狗の人からの伝言よ。
『目が覚め次第、無理はせずに妖怪の少女三人と共に山の頂上まで来てほしい。』
・・・以上よ。」
彼女の言葉を聞き終えた彼は、顎に手を当て少し考えた。
「(・・・準備出来たって事か?
まだ妖怪はそんなに集めていない筈だが。)
・・・分かった、すぐに行こう。」
恐らく裏世界の事だろうと判断した一郎。
早速四人で向かう事にする。
「そんな伝言あったんだ・・・。」
「聞いていないです・・・。」
・・・だが、どうやら蓮華と桜花には伝えられていなかったようだ。
二人はしょんぼりしている。
柊はため息をついた。
「・・・だって、君達泣いてばかりで話が聞ける状態じゃなかったじゃない。
もう、歳上なのだからしっかりしてよね。」
「「は〜い・・・。」」
山の頂上、切り株の上にて黒蝋梅は座っていた。
その後ろには葵も座っていて、二人は丁度背中合わせの状態となっている。
そんな二人のすぐ近くに烏の羽が数枚落ちた。
二人は立ち上がる。
「・・・待っていたぞ。一郎。目は覚めたのだな。」
「・・・ああ、もう大丈夫だ。」
一瞬のうちに彼らの前に一郎達四人が現れた。
当然、包帯はまだ取れていない。
「・・・伝言は確かに伝えましたが、一体何をするのですか?」
柊が黒蝋梅に尋ねる。
彼は地面を指差しながら説明を始めた。
「今から君達も含む妖怪達全員で、元の世界に帰る為に『穴』を作る。
・・・ということだ。」
彼の言葉に一郎は小さな反応を見せる。
「・・・もう妖怪達は集まったのか?」
葵が頷き、今度は彼女が説明した。
「ええ、その通りです。一郎様。
そもそも今回の地震により落ちた妖怪は少数で、貴方様が厄介な妖怪達(ヌリカベ、化け猫)を倒し、引き入れてくれた為に早いうちに帰る事が出来そうなのです。
(・・・正直、黒蝋梅様も私も、ヌリカベと化け猫は見捨てて帰るつもりでしたからね・・・。)」
一郎は彼女の言葉を聞きつつ、しかし彼の脳裏には蜘蛛の女性が浮かんでいる。
「・・・少なかった・・・そうか、分かった。
俺は後何を手伝えばいい?
人間の俺では穴は作れないだろう?」
黒蝋梅は暫しの間黙り、何やら考えている様子である。
やがて彼は口を開いた。
「そうだな・・・今回の穴はやはり予想と同じで、一週間必要だ。
だから、貴公にはその間俺達を守って欲しいのだ。
・・・出来そうか?」
少し申し訳なさそうな表情を見せている。
一週間は流石に悪いと思っているのだろう。
だが、一郎は彼の頼みにすぐ頷いた。
「一週間で良いんだな? 分かった。やろう。」
「・・・よろしいのですか?一郎様。」
葵は心配した様子である。
それでも大丈夫だと彼は言った。
「一週間だろう? それなら問題無いさ。」
黒蝋梅は頭を下げる。
「・・・済まない、一郎。
そして、ありがとう。」
一時間後、一郎の元へ妖怪達が集められた。
約20名という少ない人数ではあるが、それでも今までの魔狩りに見られなかった光景である。
まとめて妖怪達が集まるのは初めてだ。
全員いる事を確認してから、黒蝋梅は一郎に話しかけた。
「・・・ここに集まる妖怪達を代表して、改めて君に礼を言わせてくれ。
・・・本当にありがとう。」
「や、止めてくれよ。礼なんて恥ずかしい。」
基本的に人から礼など言われない彼にとって、やはり慣れないようだ。
「ふふふ、照れるなよ。
・・・さて、君には穴の作り方を一応伝えておく。殆ど関係の無い話だが、一応聞いておいてくれ。」
「ああ、分かったよ。話してくれ。」
頷く一郎も見て、黒蝋梅は説明を始める。
「まず、妖怪達で山の頂上に円になって座るのだ。
次に、長い紐・・・もしくは綱を持ってこれも円にする。
当然端は結ぶなりして繋げる。
最後に、大きな輪になった綱に皆で妖力を込める。
・・・この妖力を込めるという行為を一週間続けるのだ。」
説明を受け一郎は少し考えた後、彼に尋ねる。
「・・・その間、ぶっ倒れたりしないのか?
飲まず食わずだろう?
更に眠る事も出来ないし・・・。」
そう、彼が心配したのは七日間動けないという事だ。
桜花達はまだ子どもである為、下手をしたら倒れてしまうかもしれない。
「・・・妖怪は基本的には頑丈・・・だと思っている。
恐らく大丈夫だろう。
・・・無理そうなら、貴公に助けを頼むかもしれんな・・・。」
黒蝋梅も実は不安らしく、少し弱気である。
「ああ、分かった。食料なり水なり届けよう。
危なくなったら遠慮せず言ってくれ。
・・・外套もあるしな。」
一郎は空を見上げる。
この一週間を乗り切れば勝利だ。
・・・だが見つかれば、河原に家族含めた首が並ぶかもしれない。
そんな風に考える一郎の元へ、何やら集団の妖怪がやって来た。
「・・・ん?誰だ?」
戸惑う彼に、合計六人の妖怪達が真横に並ぶ。
そして、その中の一人が前に出ると彼に頭を下げた。
彼に続き、後ろの五人も頭を下げる。
「・・・あの時、矢を放って済まなかった。」
・・・どうやら、前の早朝に瓦礫の山にいた妖怪達のようだ。
意外と律儀な奴らである。
「ああ、気にしないでくれよ。
別に恨んでも怒ってもいないしさ。
・・・だから頭を上げてくれ。」
気にするどころか忘れていた一郎は、仲良くしようと手を差し出す。
一番前の男は、少し戸惑ったがその手をとってくれた。
夜、水が静かに流れる音を聞きながら光次郎は川の土手に座っている。
取り出した物は一枚の紙切れ。
ライターの炎に照らされたそれには、彼が集めた情報が忘れないように記述してあった。
「・・・佐藤 一の所有する土地。
そしてその血縁者、佐藤 一斉、一海、一波、一葉、一子・・・そして、一郎。
何で両親含めた全員に一が付くかはどうでもいいが、佐藤一郎か・・・。
苗字も名前も(一郎だけな。)よくいるから確定は出来ないが・・・それでも、可能性は充分あるなぁ。」
紙切れを懐に入れると、ゲラゲラと笑い出す。
明日が楽しみだ。
一斉(父親)と一海(母親)は恐らく・・・。
磯菊 妖怪 (170歳)
見た目は若い。黒蝋梅の従者。化けるのが上手。
化け狸
魔物の一種。化けるやつ。