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「・・・クソッ!

このような小童どもに、この俺が・・・。」


砂浜にうつ伏せで押し付けられるヌリカベ。

子供に負けた事は余程の衝撃だったようだ。


「その小童どもに負けたのよ。あんたは。

・・・全く、化け猫にしろあんたにしろ、どうして人の言う事を聞かない妖怪は多いのかしら。」


溜息をつく桜花。

二連続での戦闘は少ししんどそうだ。

一郎はちらりと彼女を見る。彼女は少しイライラした様子であった。


「(意外と口が悪いな。俺より遥かにマシだが。)

・・・まあ、人間と妖怪は敵対しているのだから、仕方ねえよ。」


発言の後、彼は一旦口を閉じる。何を言おうか考えているらしい。

そして再び口を開いた。


「俺と桜花は敵じゃない。信じなくてもいいけどさ。

後で黒蝋梅という妖怪が来るだろうから、まあ彼は信じてやってくれよ。

俺達はもう行くから。

・・・じゃあな。」


一郎はそう言って立ち上がる。

もう押さえるつもりは無いようだ。

桜花も続く。


「・・・では、さようなら。」


彼女のその言葉を残し、二人はあっという間にその場から消えてしまった。




岩壁の上にて、三人を眺めていた二人の人影がいる。

その二人、黒蝋梅と葵は地面に飛び降りた。


「・・・一郎は、間違いなく俺達に気づいていただろうな。」


ふわりと砂の上に立ち、担いでいた葵を下ろす黒蝋梅。


「・・・でしょうね〜。

嫌われていなきゃいいのですけど・・・。

(崖が思っていたより高かった・・・怖かったです。)」


少し足元を気にしつつも葵は答える。

どうやら助けに行かなかった事を気にしているようだ。


「助けに行ったところで、足手まといになるだけだ。

それに彼はそんな事で怒らないだろう。

・・・多分な。」


彼は話しながら歩き出す。

その先には砂浜の上で静かに座るヌリカベがいた。


「説得、出来るといいですね。

・・・後で一郎様のご様子も見に行きましょう。お怪我が心配です。」


葵も彼の後ろをついて行く。





「あー・・・疲れた。

なんだか頭がぼーっとしてくるんだよ。」


別荘の居間にて、顔の左半分を真っ赤にした一郎が座り込む。

まだ血は止まっていなかったのだ。

顔を伝い顎から落ちた血液が、床にぼたぼたと赤黒い水たまりを作ろうとしている。


「い、一郎君! ひどい怪我だよっ!? 大丈夫!?

今、包帯とか持ってくるからね!」


その光景を見て、大慌てで廊下を走って行ったのが蓮華である。

早速彼は無理をして帰って来たのだ。


「一郎・・・私の所為です・・・。

本当に、申し訳ありません・・・。」


隣に座る桜花は彼に頭を下げる。

表情が暗い事から、相当気にしているらしい。


「・・・気にするな、君の所為じゃない。君は何も悪くない。

俺がまだ弱いからさ。

もっと、強くならなければ・・・。」


一郎は沈んでいる彼女の頭を撫でる。狐の耳が手に当たった。


「一郎・・・。」


撫でられながら桜花は彼を見上げる。


「・・・君は、無茶し過ぎだよ。」


そう言った柊は心配そうに一郎の額を見つめていた。

まさかここまでの怪我をするとは思っていなかったらしく、表情は暗い。

血の量からして、結構深い傷のようだ。

左目の外側から眉の端を掠め額の真ん中程まで斜めに切り裂いている。



ぱたぱたと走る音がして、再び蓮華が現れた。

片手には布と包帯と消毒液。

もう片方の手には水の入ったバケツを握っている。


「う、動かないでね。一郎君。」


彼の目の前に座り慎重に彼女は治療を始めた。

傷口に顔を近づけ、注意深く血を拭っている。


「大丈夫? 染みるよね・・・。」


濡らした清潔な布で血を拭き取り、消毒液を付けていく蓮華。

確かに染みるのは事実であったが、一郎はそれどころではなかった。


「へ、平気だよ。気にしないでくれ。

(顔が近くて、それどころじゃねえ・・・。

そういや皆、美人というか可愛い子ばかりだという事を忘れていたから、相当恥ずかしいぞこれ・・・。)」


「そう? 良かった・・・。

(でも、ここまで深い傷は、二度と消えないんだよ・・・一郎君・・・。)」


顔が近くて慌てている一郎はさておき、包帯を巻きながら憂いを帯びた表情で微笑む蓮華。

だが、すぐに表情は悲しみで泣きそうなものへと変わった。


こうして12歳の一郎の顔には、一生残る大きな傷が刻まれたのである。


「・・・本当に、君は、無茶し過ぎだよ。」


ポツリと声を漏らす柊。

彼女は続けて彼に、化け猫兄妹の事を伝える事にした。


「・・・あの化け猫兄妹の二人、洞窟に移ったよ。

暗い方が落ち着くんだって。

だから今ここにはいないわ。」


窓の外、洞窟のある方角を指差す柊。

昨日の夜に一郎は、三人にも隠れ場所を全て伝えていたのだ。


一郎も窓の外を見る。曇った空が目に映った。

・・・今日は雨が降りそうだ。


「そうか。ありがとう。

・・・雨に濡れなければ良いのだが。」


「大丈夫でしょ。きっと。」


礼を言った彼は床に寝転んだ。

その頭には包帯が巻かれている。

天井を見上げ、ぼんやりと考え始めた。


「(・・・ここ最近、頻繁に気配探知を使ったから疲れちまった。

まだ体力もガキって事かよ。ちくしょう。

ああ、早く大人になりてえなあ。)」


一郎は大人への成長を渇望している。

大人への強い憧れがあったのだ。


「(大人になれば、体力も今よりつく。

それに、たった一人でも生きて行ける。

自立して、自分の道を歩いて行けるんだ。

・・・家も出て行けるしな。)」



そこまで思い彼は起き上がった。

再び妖怪を探しに行くのだ。


「・・・一郎、少し休みませんか?

傷口が、開きますよ。」


その彼を止める桜花。

怪我人を動かすわけにはいかないのだ。


「・・・だがそれじゃあ妖怪が・・・。

それに、今日は東関全体を・・・。」


尚も行こうとする一郎。

しかし柊と蓮華の二人も止めに入った。


「・・・早々死なないわよ。きっとね。

大体、今無理して戦って大怪我でもしたら、今度こそ動けなくなって助けられなくなるわよ。」


「わ、私はもうあなたに怪我をしてほしくないよ・・・。

い、今はゆっくり休んで・・・ねっ?

傷を治す事も大切だから・・・。」


全員に止められ一郎も悩む。




・・・結局、彼は休む事にした。


「・・・分かった。俺は自室で暫く休むよ。

何かあったら呼んでくれ。」


立ち上がり、少し足元がおぼつかない様子で部屋へ戻る一郎。

どうやら貧血気味のようだ。


パタン、と戸が閉まる音を聞き柊は大きくため息をつく。


「あんなに無理するようでは長生き出来ないわよ・・・。」


桜花も頷いた。


「ええ。

私達妖怪の事を考えてくれるのはとても嬉しい事だけど、彼は自分自身の事をあまり考えないのよ・・・。

ここまで自己犠牲的な性格なのは、何か理由があるのかしら・・・。」


彼女の言葉を聞き、蓮華は何やら考えている。

やがて口を開いた。


「・・・前に喫茶店で、親からは厄介払いでお金を渡されるって言っていたから・・・もしかしたら、お家でご家族とうまくいっていないのかもしれないよ・・・。

その辺が関係して、自己犠牲的な性格になっているのかも・・・。」


柊も頷く。彼女にも思い当たる節があったようだ。


「前に一郎のお兄さんが来た時に親に嫌われているって言っていたわ。

・・・なんにせよ、家庭に少し問題がありそうね。

でも、人の家庭に一々口出し出来ないわよ。

・・・現状どうしようもないわ。」


彼女は再びため息をつく。

自分達は他人の家庭に口出し出来るほど大人ではない。

それに、忌み嫌われる妖怪だ。


「・・・そう、ね。」


返事を返すと桜花は黙ってしまった。

まだ一郎の怪我の事を引きずっているのだろう。


「桜花ちゃん・・・。」


蓮華には何があったのか分からないが、それでも二人が心配だった。


「・・・蓮華ちゃん。今は、ただ待とう。

一郎が起きるまで、ね。」


柊はそう言い残して立ち上がり自身の部屋に戻って行く。

蓮華も桜花を気にしつつ、自身の部屋に戻った。


「・・・・・。」


居間に残った桜花は静かに待ち続ける。

ゴロゴロと空が鳴り、激しい雨が降り始めた。





「随分静かだな。」


「っ!?」


急に声をかけられ、びくりと肩が跳ねる桜花。

いつの間にか囲炉裏越しに黒蝋梅と葵が並んで座っていた。


「ヌリカベの勧誘に成功した報告に来たのだが・・・一郎は休んでいるようだな。」


彼はキョロキョロと室内を見回す。

当然、一郎はいなかった。


「そのようですね、黒蝋梅様。」


頷き、葵も居間を見回す。

その後、黒蝋梅はどんよりしている桜花を見つつ言った。


「ま、起きたらゆっくり話せばいいだろう。

・・・にしても貴公、えらく沈んでいるな。」


「何かあったの?

えーっと・・・桜花ちゃん。」


心配する二人に理由を聞かれ、桜花は悩んだが話し始める。





「・・・という事です。」


「・・・なるほど、自分の所為で一郎の顔に大きな傷が残った・・・ということか。」


聞き終えた黒蝋梅はふむ、と何やら考えていた。


「本人が気にするなと言う以上、気にしたって仕方がないだろう。」


「・・・だ、だけど・・・!」


彼の出した結論に納得のいかない桜花。

今度は葵が話し始める。


「時間が解決するのを、待つしかないんじゃないかなぁ?

あまり気にし過ぎてもダメだよ。

・・・全く気にしないのもダメだけど。」


黒蝋梅も頷き、彼女の言葉に続いた。


「少し気にする。後は時間に任せる。

・・・これでいいだろう。」



「う・・・で、でも・・・。

・・・・・・分かりました。」


桜花は悩んだが、どうにか一応納得したようだ。

まだ、彼の怪我を気にしてはいるがそれもいつか解決するだろう。


「(・・・確かに砂浜で顔から血が大量に流れていたな・・・。

あれでは治るまで動かない方が良いだろう。

その間は、俺と葵でやらなければな。

今は休んでいるなら、彼の様子を見るのはまた後で良いだろう。)」


黒蝋梅は立ち上がる。葵は何事かと彼を見た。


「行くぞ、葵。

俺は気配は探れないが、それでも妖怪の居場所は経験で探せる。

今度は俺達が頑張る番だ。」


「! ええ、行きましょう!黒蝋梅様!」


彼女も急いで立ち上がる。

二人は妖怪探しに向かった。

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