化け猫、ヌリカベ
戦闘します
雀の鳴き声が響く山の中、一郎は目を覚ました。
今日は何処を探そうか。
むくりと布団から起き上がり、部屋を出る。
「・・・あら、一郎。おはよう。」
廊下を歩き居間に入ると柊が既にいた。
囲炉裏の近くに座布団を敷き、その上で正座をしている。
一郎は囲炉裏越しに彼女の向かい側に座った。
「ああ、おはよう。
・・・一日経った訳だが・・・少しは慣れたか?」
昨日の早朝に柊と出会った事を思い出す。
・・・たったの一日で随分と話し方が変わった気がするが、最初のあれは軽く混乱していたからだろう。
基本的には大人ぶっているこちらが彼女の素の状態らしい。
「ええ、慣れてきたわ。おかげさまでね。」
そう言って彼女は静かに黙る。
お互いに話す事が思い浮かばないのだ。
ただ、一郎は別に沈黙が嫌いではなかった為、気にならなかった。
「・・・おはようございます、一郎。
それに柊も。」
少し間が開いてから、居間に桜花がやって来た。
「おはよう、一郎君、桜花ちゃん、柊ちゃん。」
続いて蓮華が起きてこちらに来る。これで全員が揃った。
一郎は口を開く。
「・・・今日、俺は遠くの町を見てくるよ。
以前よりも更に遠く、それこそ東関全てを。」
桜花は驚いたようで、口をぽかんと開けていた。
彼女の代わりに蓮華が尋ねる。
「・・・一郎君、だ、大丈夫なの?
妖怪の中には、自己防衛の為に抵抗してくる妖怪もいるかもしれないよ?」
一郎は彼女の言葉に強く頷いた。
「覚悟はしているよ。
・・・だけど、ある程度は俺でも勝負になるだろう。
それこそ、異常に速い奴や異常に硬い奴以外なら。」
しかし、それでも蓮華は心配そうである。
なので柊は彼に一つ提案した。
「だったら、三人の中から誰か連れて行ったらどう?
妖怪を連れて説得すれば、効果はありそうだと思うけど。」
確かに妖怪がその場にいれば説得力も増すだろう。
しかし一郎はあまり乗り気ではないようだ。
「・・・少し危険な気がするが。」
彼の不安気な言葉にクスリと柊は笑う。
「なら、君が守ればいいわ。
矢ぐらいは弾けるのよね?」
「まあ、昨日も弾いたけどよ・・・。
・・・分かった。誰か一人付いて来てくれるか?」
結局付いて来てもらう事に決めた一郎は三人を見る。
桜花が自信有り気に手を挙げていた。
彼女は得意気に話し始める。
「ふふふ・・・実は昨日のお昼から決めていた事なのです。
今度一郎の妖怪探しに行く時に、誰か一人手伝いに行こう・・・と。
蓮華ちゃんも柊も運動は大の苦手。
となれば足を引っ張りにくいのは私しかないと!
・・・そういう事です!」
どうやら一郎のいない間に話し合っていたようだ。
桜花は立ち上がる。
「さあ、行きましょう! 一郎!」
「・・・飯食って着替えてからな。」
今にも雨が降ってきそうな灰色の空の下で一郎と桜花は並んで立っている。
時刻は朝の8時。ガヤガヤと人が歩き回っていた。
ここは大きなビルディングの前の大通り。
行き交う人々は桜花が珍しいのか、彼女は少し注目を浴びている。
(耳と尻尾は妖術で隠し、目も見せていないので遠目には異国人に見えるようだ。)
「・・・しかし新しい『技術』のお陰で凄まじい復興の早さだ。
半年前に大地震があったなんて言われても信じられないだろうな。」
一郎は歩きながらビルを見上げる。
もはや地震の傷跡はすっかり消え去り、今や耐震構造の建造物がこのシンジュクを覆い尽くしていた。
「新しい技術・・・ですか?」
慌てて後を追った桜花は気になるのか尋ねる。
「ああ。
なんでも遥か空高く、宇宙と呼ばれる所から引っ張り下ろした未知の力らしくてな。
・・・とんでもない燃料とでも言おうか。
それのお陰で、この国は異常な程発達したのさ。
・・・それこそ地震からの復興の早さが示しているな。
・・・とはいえ、地方はまだ復興が終わっていないけど。」
一郎は空を見上げた。
メージ2年、この国に小さな隕石が降って来る。全ての始まりはそこだった。
直径30cmに満たないその石は内部にとんでもない量の、不思議な燃料を持っていたのだ。
内部にあったその燃料は、この国の全ての電力や火力全てを簡単に支えられる程のもので、そしてその燃料はおよそ1億年分とまで言われた。
この国はそれを贅沢に使いあっという間に帝国と呼ばれるまでに成長したのである。
帝国はその後も燃料を求めて、遂に宇宙の存在を発見し、そしてその燃料を集める事に成功したのだ。
「宇宙の力・・・。」
空を見上げ、ぽつりと桜花は声を漏らす。
一郎も声を落として言った。
「・・・因みにコレ、極秘情報な。
まだどの国にも言っていないし、言おうとすれば頭が爆発して死ぬ・・・らしい。」
それを聞いた彼女は大慌てだ。
「ちょ、ちょっと!?
それ、大丈夫なのですか!?
私が聞いて良かったのですか!?」
一郎はケラケラ笑う。
「ハハハッ! 大丈夫だろ!
・・・言った時点で、話そうとした時点で俺は死ぬからな。
それが無いって事は、君達妖怪も同じ国の国民って事だろ。
・・・さて、着いたぜ。ここに二人いる。」
言おうとしたら死ぬかどうかを彼は『察せられる』。
よって、今回は問題無いと目的地までの時間つぶしに話す事にしたのだ。
さて、そんな二人が立つは薄暗い路地裏の入り口。
ここは人通りも無い為、人目を気にせず奥へ入って行けそうだ。
「・・・俺からなるべく離れるなよ。」
「ええ、分かっています。」
二人は暗い路地裏の奥へと進んで行った。
「(・・・暗い割には、道幅は広いわね・・・。)」
桜花は一郎の背を見ながら歩き続ける。
この路地裏は、大きな建物と建物に間に存在するからか、道幅は二人並んで歩いても少し余る程度には広かった。
しかし空が曇っているせいで非常に暗く、妖怪の彼女の目でもあまり見えなかった。
(もとより、暗闇で人間より少しは見える程度だが。)
「! 桜花、伏せろ!」
「は、はい!!」
ぼんやりと道についての感想を思っていると、急に話しかけてきた一郎の声により現実に戻される。
目の前には赤い目を光らせた『何か』。
桜花は慌てて地に伏せた。
すぐに激しい金属の音が路地裏に響き渡る。
地に伏せた桜花が前を見ると、一郎の目の前には一人の妖怪が爪を伸ばし、彼の剣鉈と激しい斬り合いを始めていた。先程の金属音はコレらしい。
「貴様ァァ!!!
今の世代の妖怪が、人間に、何をしたというのだ!!!」
叫ぶ男の妖怪。爪で何度も何度も一郎に斬りかかる。
「何もしてねえんだろ!?
知ってるよ! そっちの妖怪の桜花に聞いたから・・・なっ!」
彼は全ての爪の攻撃を、両手でしっかりと握った剣鉈で弾き続ける。
しかし、彼の発言は冷静でない男性妖怪を怒らせてしまったようだ。
「人間に身を売った妖怪の恥晒しがっ!!
貴様達、生きて此処を出られると思うなっ!!」
「桜花!上にいるっ!」
男の発言が終わるや否や、桜花の頭上に爪が襲いかかる。
だが、見えていた一郎がすかさず伝える事で桜花は後ろに飛び、難なく攻撃を避けた。
そして動物のような四つん這いで桜花は目の前に落ちて来た妖怪を見る。
「・・・二又の尾・・・化け猫かっ!!」
グルルルと、声こそ少女であるがそれでも唸る桜花。
目の前には二又の尾を持つ少女の妖怪が桜花と同様、四つん這いでこちらを睨んでいた。
「・・・お前・・・化け狐かっ!!
裏切り者め!」
フシャーと唸る化け猫の少女。
どちらも髪の毛は逆立ち、爪と牙が伸びるなど狐と猫の名に恥じぬ動物っぷりである。
「(・・・成る程、化け猫か。
言われてみれば二人共、耳が頭に付いているな。)」
一郎は攻撃を防ぎながら相手を見る。
確かに猫のような三角の耳が頭から生えている。
そして細長い、先の別れた尻尾が化け猫である事を示していた。
「(しかし、こっちはまだ人間らしい戦い方だな。四つん這いになっていない。)」
そう、相手の化け猫の男はあくまでも二本の足をしっかりと地につけ、彼に挑んできているのだ。
後ろの桜花と少女の化け猫は壁に張り付き飛びかかり、嚙みつこうと口を開け、おまけに獣のように唸っている。
「余裕そうだなぁ!!このクソガキがっ!!
俺達は魔狩りなどには決して殺られぬぞ!!!」
後ろの二人を見ていた一郎に、壁を走り上がり頭上から斬りかかる化け猫。
彼はその攻撃もあっさりと弾いた。
接近した化け猫は続けざまに再び何度も斬りかかる。
「・・・別に!余裕じゃ!ねえよ!
あと殺すつもりは・・・無いっ!!!」
次々に連撃を弾きながら彼は答えた。
最後は鍔迫り合いの様になるが、これも弾く。
「っ!」
少しだけ後退する化け猫。
一郎はその隙を見逃さなかった。彼の後退に合わせて飛びかかる。
「・・・少しは、話を聞けっ!!」
「グアッ!!」
そして剣鉈の峰の部分で頭を殴った。
死なない様に手加減はしたが、それでも気絶はしたらしい。
一発で化け猫は地面にうつ伏せに倒れた。
「お、お兄ちゃんっ!!」
叫ぶ化け猫の少女。どうやら妹のようだ。
思わず兄の姿を確認しようとそちらを向いてしまった。
「ア"ア"ア"ア"ッ!!!」
そこへ張り付いた壁から、叫びながら飛びかかる桜花。
手を振り上げ、空中からの掌底打ちを後頭部に当て少女を地に伏せさせた。
そして両腕両足をしっかりと抑えつける。
「ヴヴヴヴヴ・・・こちらも、終わりましたよ。一郎。」
「・・・あ、ああ。お疲れ。
(凄い声が出ていたな・・・。)」
唸り声を止め、急に冷静になった桜花に戸惑いつつも、化け猫の少女へと向かう一郎。
彼の背には少女の兄である、化け猫の男がいた。
「・・・おい、嬢ちゃん。
俺は、俺達は敵じゃない。信じてくれよ。」
少女の目の前に座る一郎。
彼は敵意が無い事をどうにかして伝えなければならない。
桜花に乗られた少女は首だけを動かしギロリと彼を睨んだ。
「・・・お兄ちゃんを殴った奴をどうやって信じるの!!
殺すなら殺しなさいよ!!」
一瞬言葉の詰まる一郎。
確かに殴ったのは事実であった。
「・・・あれは、いきなり襲いかかってきたそっちが・・・いや、済まない。
確かに殴って悪かったよ。
だが、そうでもしないと俺が殺されていた。
彼は強かったんだよ。」
勝手に妖怪の隠れ家 (家じゃないけど) に入った一郎達も悪い。
それに、先に攻撃してきたのは相手側だが怪我をしたのも相手側。
彼はそう判断し言い訳を止めた。
「・・・ぐっ・・・!」
「お兄ちゃん!!」
一郎の背の上で化け猫の兄が呻く。
気絶していた筈だが、随分早くに目が覚めたらしい。
一郎は彼を少女のすぐ近くに下ろした。
「・・・悪い、冷静さを欠いていた。」
座り込み、頭を押さえる男。
よく見ると一郎と然程変わらない年齢である。
13〜14歳程であろう彼は地面に座り話し始めた。
「・・・昨日、黒蝋梅と名乗る黒い烏天狗に言われたんだよ。
『妖怪の味方をする人間がいる。
彼に頼んで匿ってもらうといい。』
・・・ってな。
その時は頭のおかしい奴だと思い、一緒にいた従者ごと追い払ったのだが・・・そうか、あんたか。
確かに言っていた特徴に当てはまる。
妙に長い剣鉈に、その黒い外套が・・・。」
どうやら昨日、黒蝋梅が此処を訪ねたらしい。
しかし彼は勧誘に失敗したようだ。
「・・・ああ、俺は佐藤一郎。
黒蝋梅と協力して、妖怪の保護に回っている者だ。
どうやってるかと言うとだな・・・祖父が山を所有していて、そこに妖怪を逃して保護しているんだよ。
ここにいる桜花もその一人だ。
彼女は俺が最初に保護した妖怪さ。」
一郎は自身の事を説明する。
「一郎・・・確かに、黒蝋梅が言っていた名だ。
そうか、あいつは気が狂ったわけではなかったのか・・・。」
どうやら少年は納得したようで、彼に頭を下げた。
「・・・助けてくれないだろうか。
せめて、妹だけでも。」
「別にあんたも助けるから、顔を上げなよ。
・・・よし。桜花、その子からどいてやってくれ。」
もう暴れる事はないだろう。
一郎はそう判断する。
「ええ、分かりました。」
桜花も頷き、押さえつけていた両手両足から離した。
拘束が無くなると妹は起き上がり、すぐさま兄の元へ駆け出す。
「・・・お、お兄ちゃん!!」
「・・・雪花、俺は大丈夫だ。」
呼びかけた妹(雪花という名前らしい)に兄である彼は無事である事を伝える。
頭から血を流しているが、傷は浅い為じきに治るだろう。
抱きつく雪花の頭を撫でながら彼は一郎達の方を向いた。
「自己紹介が、遅れたな。
・・・俺の名前は水仙。
見ての通り化け猫の妖怪だ。」
「(後は化け狸で揃うな・・・。)
・・・そうか、よろしくな。水仙。」
一郎は座り込む水仙に手を差し伸べた。
少し悩み、手を取る水仙。
あの大移動をするのかと桜花も慌てて一郎の服を握った。
四人は山へと移動する。
「・・・とりあえず、怪我の治療は終わりました。
この感じだと、すぐに治ると思います。」
血を洗い流した風呂場にて、頭を包帯で巻かれた水仙に伝える蓮華。
後ろで見ていた一郎は、彼女に礼を言った。
「ありがとう蓮華。助かった。」
「ううん、気にしないで一郎君。
あなたも、怪我をしたら教えてね。」
「ああ、そうさせてもらうよ。」
そして蓮華は部屋へ戻って行く。
一郎は包帯を触っている水仙の方を向いた。
「妹さんは大丈夫なのか?」
彼は水仙の他に、地面に強く押し付けられた雪花の事も心配だったのだ。
水仙は頷く。
「・・・俺達程、実力に差が無かったからな。
あいつは擦りむいた程度だ。
洗い流せばそれで終わりさ。
・・・化け猫故に、速さには自信があったのだがな・・・人間は強いな、本当に。」
言い終わり、彼は溜息をついた。
対して一郎は首を横に振る。
「・・・そうでもねえよ、正直危なかった。
・・・・・・・さて、戻ろうか。」
事実、彼にとって水仙の素早さは厄介なもので、もし充分に動ける広い場所で戦ったのならば無傷では済まなかっただろう。
二人は風呂場から出た。
「あら、一郎。
帰ったのね、おかえりなさい。
・・・その方は?」
廊下にて声をかけてくる柊。
一郎は化け猫の妖怪である事を伝えた。
「化け猫・・・ああ、雪花の兄上様だったのね。」
納得したのか彼女は頷く。
どうやら雪花を知っているようだ。
「友達なのか?」
気になり尋ねる一郎。
柊は少し微妙そうな表情を見せた。
「・・・知り合い、かしらね。
殆ど話をした事はないわ。」
どうやら関わりは無かったらしい。
一郎は一つ聞いてみる事にした。
「・・・お前、ちゃんと友達いるんだよな?」
「い、いるよっ!
(・・・桜花ちゃんとか、蓮華ちゃんとか・・・ま、まあ向こうでは一人もいなかったけど。)」
どうも焦ると口調が変わってしまうようだ。
柊は慌てて友人はいると伝える。
「そうか、いるなら安心だ。
俺は一人もいないから、少し羨ましい。」
まさか一郎に友人がいないとは思っていなかったらしく、一瞬柊は戸惑ってしまった。
「え、そ、そうなの・・・。
(別にこれなら、正直にいないって言っておけば良かったわ。)
・・・でも君の大人びた性格なら、友達いてもおかしくなさそうだけど?」
とりあえず彼女は擁護する。
今度は一郎が微妙そうな表情を見せた。
「(大人びた・・・そうでも無いと思うが。)
・・・案外上手くいかないもんだよ。
・・・さて、お話はここまで。
そろそろ心配しているであろう妹さんに会いに行くか。
柊、ついでに君も来てくれ。」
一郎は友達ができない事はひとまず置いて、話に入って来なかった水仙を少し気にしつつ、柊を連れて桜花の部屋に向かう。
戸を開けると部屋の中央に雪花は座っていた。
少し離れた所に桜花もいる。
雪花は兄を見ると嬉しそうに立ち上がり、駆け寄った。
「お兄ちゃん!!
お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん!!」
そのまま抱きつく彼女に水仙は気まずそうだ。
一郎越しに、後ろから見ていた柊は少し顔が引きつっている。
「(うわあ。雪花ちゃんって、結構拗らせていたのね。
知らなかった・・・。)」
「(・・・私の部屋でやらないでくれるかなあ・・・。)」
同様に、桜花も引いていた。
「雪花、少し離れてくれないか・・・。」
少し鬱陶しそうな様子の水仙。
だが、彼女の抱擁はますます強くなった。
「絶対嫌!うふふふふふふっ!!
お兄ちゃ〜ん♪お兄ちゃ〜ん!」
「・・・随分、懐かれているな。」
頰ずりをしている雪花を見ながらポツリと声を漏らす一郎。
そんな彼の後ろからペタペタと足音が聞こえてきた。
「一郎君、柊ちゃん、話し声がしたけど、どうかしたの?」
「蓮華か。」
話し声が気になり、蓮華は部屋から戻って来たようだ。
彼女は開いた扉からひょいと顔を出す。
一郎の後ろの柊と横一列に並んだ形となった。
「あ、さっきのお兄さんと、妹さんね!」
仲の良さげな二人を見て微笑む。
一郎は頷いた。
「ああ、仲の良い兄妹だよ。
・・・さて、それじゃあ俺はもう一度妖怪探しに行ってくる。
またな。」
そう言って彼は二人の間を通り抜ける。
「あ、うん!
行ってらっしゃい!
・・・無理はしないでね?」
「気をつけてね、一郎。」
蓮華と柊の発言の後、すぐに部屋の中からドタドタと足音が聞こえた。
一郎達が振り返るとそこには大慌ての桜花が。
「あああっ!
わ、私も行きますよ一郎!
気まずいんです!とても!」
そして走り寄り彼の袖を握る。
まだ靴も履いていないのに移動の準備をするあたり、彼女は相当焦っていたようだ。
「わ、悪りぃ。
玄関で呼ぶつもりだったんだが・・・。
じゃあ靴履いて行こうか。」
二人は再び向かって行った。
「さて、着いたわけだが・・・。」
「・・・砂浜、ですね。」
二人は穏やかな波の音を聞きながら、静かに佇む。
空は相変わらず曇っているが、波は荒れていないようだ。
一郎が口を開く。
「・・・ここで間違いない筈だが・・・。」
いい終わり彼は周囲を見回した。
二人がたどり着いたのは岩の崖に囲まれた小さめの砂浜。
だが、そこには砂と海しか無く、やはり妖怪がいるようには思えない。
当然後ろは岩の壁である。
すぐに見つけてもおかしくないのだが・・・。
「・・・それは変ですね。
もう一度、気配を探ってみてはどうでしょう?」
桜花が提案する。
早速一郎はやってみようと思ったが・・・。
「・・・いや、違う!
下だ! 真下にいる!!逃げろ桜花!!!」
やる前に彼は叫んだ。
自動の探知に引っかかったらしい。
逃げようと二人が走り始めた途端、地面が爆発したかのような砂煙が上がった。
「・・・ッ!
桜花、大丈夫か!?」
一郎は振り向き、真後ろでうつ伏せに倒れた桜花を気にする。
咄嗟の事だったが、それでもどうにか彼女を庇う事には成功した筈だと彼は思っていた。
桜花はうめき声をあげた後ゆっくりと起き上がる。
「は、はい・・・衝撃で飛んだだけで無事・・・って、一郎!
貴方、額から血が・・・!
(・・・ま、間違いない・・・私の、所為だ。
私を、庇って・・・。)」
青ざめた表情の桜花。
震える瞳で一郎の顔を見る。
彼は両手を広げ、衝撃から桜花を守ったのだ。
その際に何かが彼に命中したのか、額から顔へ血がダラダラと流れ始めている。
一郎は彼女の発言から、血を流してしまったのかと痛む額を押さえた。
ぬるりとした感触と共に確かに、手は真っ赤に染まっている。
「・・・大丈夫、俺は平気だ。
それよりも桜花、君に怪我は無いんだな?
なら、良い。
・・・それよりも、また来るぞ。」
そう言って剣鉈をベルトに下げた鞘から引き抜いた。
流れ出る血が邪魔で片目を瞑るしかないのが不便だが、それでももう片方は見えているので本人としては問題無いようだ。
再び、二人の元に轟音と共に何かが飛来して来る。
今度ははっきりと見る事が出来た。
「(・・・これは、石か!
いや、固まった砂だ! 何故か砂が固まっているんだ!
そしてさっきの威力・・・恐らくだが、あの妖怪は固めた砂を硬化出来るらしいな。
しかし、速すぎる。これじゃあ砂の弾丸だ。
・・・いや、弾丸よりはマシだけどさ。)」
判断しながらも手に持った剣鉈で砂を次々弾いていく一郎。
だが、どれだけ見えても身体がついていけても、持った剣鉈はそうはいかない。
彼の武器は砂の硬さの所為で凄まじい早さで刃こぼれを起こしていた。
やがて砕けて使えなくなるだろう。
彼は徐々に追い詰められていた。
「(・・・こうなったら、アレを・・・。
・・・しかし、待てよ・・・。
黒蝋梅から借りたこの外套が・・・。
ダメだ。それじゃあ桜花が撃たれちまう。
だったら・・・。)」
一郎は一つ作戦を考えた。
「(・・・一体、どうなっているの・・・?)」
桜花は自身の前方の光景をぼんやりと見つめている。
ほんの少し先に見えているのは、一郎の背中。
そして、更に先に見えるものが立ち上る砂煙。
その砂煙に一瞬だけ開く複数の小さな穴。
それが見えた時には前方に立つ彼は、武器を凄まじい速さで連続で振っている。
その行為を絶えること無く高速で繰り返しているのだ。
桜花は確信した。
「(・・・ああ、そうか。
一郎は、何かを弾いているのですね。
・・・怪我をした、状態で?)」
そう思うと彼女は不安になる。
だが、今自身が何かをしても足手まといになるだけだ。
故に大人しくするしかないと判断したが・・・。
「(・・・おや?
一郎が少しずつ下がって来ていますね。
・・・どうしたのでしょうか?
今はお互い五分のようですが・・・。
何か、あったのでしょうか?)」
少しずつ下がる一郎が気になり、近づいてみる事にした。
「・・・一郎? どうかしたのですか?」
「・・・桜花か。 よく、聞いてくれ。
一つやりたいことがあるんだよ。」
そう言って彼は攻撃を弾きながら作戦を小声で話し始める。
桜花は頷いた。
「ええ、分かりました。一郎。
この桜花、貴方を信じます。」
その言葉を最後に、二人の姿が消えた。
砂煙の中から、一人の妖怪が外を覗き見る。
眼前にある光景は砂浜と岩の壁のみだ。
「あ?
消えやがったのか?
人間は消えねえ筈だが。」
砂煙を払い彼はキョロキョロと周囲を見回す。
ふと、地面に影が移っているのを発見した。
その影は大きくなりながら、どんどんこちらに迫って来る。
「・・・! 上かっ!!!」
「遅いっ!!」
見上げた彼の視線の先には、砕けた剣鉈を振り上げる少年と、拳を向ける狐耳の少女の姿があった。
「グアッ!!」
鉈の峰と拳を頭に受け砂浜に叩きつけられる妖怪。
彼は苦しそうに呻いたが、すぐに暴れ始めた。
しかし彼の身体はもう完全に押さえられている。
「てめえら、魔狩りが!
俺に、勝てると・・・思うなっ!!!」
「・・・落ち着いて下さい!落ち着け!
私は妖怪です!!
この目を見れば分かるでしょ!?」
尚も暴れる妖怪に桜花は自身の目を見せた。
人と違い真っ赤に染まっている。
その甲斐あって、妖怪は暴れる事を止めてくれた。
「・・・お前、人間と何故・・・。」
「・・・彼は味方よ。
魔狩りから私達を守ってくれているの。
(・・・あ、コイツ知っているわ。
前にお母さんが話していたもの。
確か自分以外が大嫌いの、ヌリカべだったわね。
妖怪の中でも相当の実力者の筈。
・・・一郎、貴方よく勝てましたね・・・。)」
彼女は答えつつも前にいる一郎を見つめる。
ヌリカベという種類の妖怪で相当強いらしいが、それを倒した彼は自身と同じ年齢とは思えなかったようだ。
「一緒に頭上に移動して落下しながら殴る単純な作戦だったが、成功して良かったぜ。」
一方で、彼女に見つめられる一郎は作戦が無事成功して嬉しそうである。
「・・・ええ、そうですね。
やはり貴方を信じて間違いはありませんでした。」
頷く桜花。
こうして彼は頭に怪我をしつつも、実力者の妖怪を倒したのだった。
化け猫
魔物の一種。素早さが自慢。
ヌリカベ
魔物の一種。砂を固めて発射出来る。
水仙 妖怪 (13歳)
化け猫の兄の方。妹に懐かれている。
青っぽい髪の毛。
雪花 妖怪 (11歳)
化け猫の妹の方。兄の水仙に異常な程懐いている。
ヌリカベ 妖怪 (約200歳)
長生きな奴。名前は竜胆。着物の男性。
妖怪の中では相当強い。