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家族

山の中の鬱蒼とした森林地帯に一瞬で移動した一郎達は、木の陰に隠れ息を殺す。

気配はここら辺からしたのだ。


「(だ、大丈夫なの!?)」


柊は小さな声で一郎に尋ねた後、不安そうにキョロキョロと見回している。

だが辺りには木と土しか見えない。

一郎は同じく小さな声で答えた。


「(・・・それは分からない。だが、人間なのは確かだ。

こんな山に登る奴はまずいないが、物好きな奴もいると聞く。

故に、ただの登山客かもしれない。

・・・そうじゃないなら・・・。)」


そして彼は懐に手を伸ばす。

残念ながら剣鉈は喫茶店に行く時に別荘に置いてきた。

それにより今、彼の武器は一つしかない。

少し不安だが弱音を吐く時間は無かった。


「(ここは別荘に近い。

だから飛んで行くのはとても簡単だが、肝心の別荘は蓮華の妖術で見えなくなっている。

防犯の為にやってもらったのが裏目に出たな。

・・・もし別荘が『出現』するのを見られたら、もう終わりだ。

確実に妖怪がいるとバレてしまう。)」


彼は心の中でそう判断する。


ふと自身の外套が少し引っ張られる感覚がした為後ろを向くと、桜花達が怖いのかぴったりと彼にくっついていた。

しっかりと彼の外套の端を握っている。


「(・・・人間の、俺が守らなければ。

それに、桜花とは約束したからな。)」


妖怪は匿う。そして守る。

彼が彼女と交わした約束。それを反故にする訳にはいかない。


「(ひとまず相手を確認する為に飛んだが、見えないのなら仕方ない。

気配はほんの少し向こう、森の奥の筈だ。

相手も動きそうにないし、ここは三人を守る事が最優先。

一旦別の隠れ家に移ろう。

相手からは大きな鳥が飛んだ音にしか思わない筈だ。

・・・ああ、先にこうすれば良かったんだ。)」


一郎は飛ぼうとするが・・・。






「・・・おい、一郎じゃねえか。

どうしてお前もここに?学校はどうした?」




後ろから呼び止められてしまった。

恐る恐る振り向く一郎。

8m程先に、一組の男女が立っていた。

一人は黒蝋梅と同じ歳ぐらいの青年、もう一人は一郎より少し下の年齢に見える少女だ。

彼は大きくため息をつく。


「・・・兄さんに、姉さんか。

・・・そういえば、家族の気配は馴染みすぎていて鈍っちまうんだった・・・。

俺は距離を、測り間違えたのか・・・。」







「何、魔物を匿っている?」


「ちょっとー! それほんとうなのー!?」


妖術を解いた別荘内の居間にて、二人が問い詰める。

一郎は「ああもう五月蝿い」と床に仰向けに寝転んだ。天井が少し汚れている。


この二人の名はそれぞれ、一波(イチナミ)一葉(イチハ)

一郎の4つ上の兄と、3つ上の姉である。

他に1つ下の妹の一子(イチコ)がいるのだが、彼女は来ていないようだ。



「お前、魔物を匿う・・・その意味分かっているだろうな?」


そう言って一波はじろりと囲炉裏越しに、一郎の後ろに座る三人の妖怪を見る。

桜花達は怖いのか少し震えていた。


「分かって、言ってんだよ。あと『妖怪』な。

・・・ていうか何でこんな時に限って山に来やがったんだ。」


一郎は仰向けに寝転んでいたが、妖怪達を庇うように起き上がり言う。

彼の質問には一葉が答えた。


「おねえちゃんたちだって、ほんとうは山なんて行きたくなかったわよー。ムシいるしーどうぶつもいるしー・・・。

・・・でも、たまにはカンリしろって、おかーさまが言ったから・・・。」


彼女は気まずそうに目をそらし、指で頬を掻く。

見た目が一郎よりも幼いのに3つ上というのが何とも不気味である。

一郎は舌打ちした。


「・・・あのババアが・・・。

(相変わらず自分の子供を駒としか思っちゃいねえ。)」


「・・・言ってやるな・・・とはいえ、お前は親に嫌われているからな。

まあ、仕方ない、か。」


一波は弟を宥める。

しかし、怒るのも仕方ないとは思っているようだ。


「(31はもうババアなの・・・?)」


・・・そして一葉は少しズレていた。




「・・・兎に角、この事は絶対に言うなよ!」


一郎は念を押す。

バレてしまってはこの計画はおしまいなのだ。

一波は腕を組み、少し悩んでいた。



「・・・うーむ・・・分かったよ。言いはしない。

何か理由があるのだろう?お前がそこまで言うからには。

だが、せめて理由を話しちゃくれないか?」



結局、彼は黙ってくれるらしい。

その代わりに理由を尋ねた。

彼の隣で一葉は驚いている。まさか親に言わないとは思っていなかったようだ。



「・・・分かったよ。

俺も話すが、次に桜花達・・・つまり妖怪達にも話してもらった方が、説得力も増すか。

いけるか?桜花。」


後ろの桜花達の方へ振り向く一郎。

少し悩んだ様子だったが、やがて彼女達も頷いた。

四人は事情を話す事にする。






「・・・という事です。」


話を聞き終わると、目を閉じ何やら考える一波。

そして口を開いた。


「・・・なるほど、魔狩りの必要性・・・ねえ。

確かに、君らの話が本当なら気の毒な事だ。弱いのに狩られちまうんだから。

・・・だが、そこまでだな。

俺は一郎と違って優しくはないのでね。何とかしてやろうとは思わない。

ただ、一つ言えるのは・・・

『お前達妖怪は一郎の敵なのか?』

・・・これだけだ。」


彼は言い終わると、左手を後ろに伸ばす。

その手の先には彼が常日頃持っている杖があった。


「(・・・『反応』によっては、ここで『処理』する。

俺は言わないとしか言っていないからな。

嘘にはならねえ。)」


その事は知らない桜花達は、決して敵ではない事を伝えた。

まずは桜花が必死に主張する。


「わ、私達は、一郎を襲うつもりはありません!

そもそも、彼に助けてもらったから今の私達は生きているのです!

恩を仇で返すような真似は決してしません!」


次におとなしい蓮華が必死に言った。


「か、彼に・・・人間様に敵対するつもりは一切無いです・・・!」


最後に落ち着いた柊が冷静に続く。


「そもそも、もう妖怪達は皆、人間様と争うなんて考えていないのです。」




「・・・という事だ。

だから兄さんはさっさとその杖から手を離しやがれ。

居合で首でも撥ねるつもりか?」


聞き終えた一郎はじろりと兄の仕込み杖を睨む。

囲炉裏越しで、更に前方に一郎がいても、一波は三人の首を撥ねる事など簡単だろう。

彼の仕込み杖には最大限の警戒が必要だ。

首を撥ねるという一郎の発言から、後ろの桜花達は顔が引きつっている。

気の弱い蓮華はもう泣きそうだ。


一波はやれやれとでも言いたげに頭をガリガリと掻く。


「・・・俺の意図に気付くとは、少しは成長したじゃねえの。一郎。

兄貴として嬉しいぜ。

・・・分かったよ。妖怪達には何もしない。

周囲の誰にもこの事は報告しない。

これで良いんだな?」


どうやらもう関わるつもりは無いらしい。

一郎は安堵の溜息をついた。


「・・・ああ、この事は一切言わないでくれ。」


「(・・・良かった・・・助かった・・・。)」


後ろの柊も心の中で安堵する。

一波は立ち上がった。


「おい、行くぞ一葉・・・ああ、コイツ居眠りしてやがる。話を聞いてねえな。

・・・後で一葉にも伝えておくから、安心しろ。コイツも俺も、約束は守る。

・・・じゃあな。

おい一葉、起きろ!蹴り飛ばすぞ。」


一葉は話の途中で面倒臭くなったのか、座ったままスヤスヤと眠っている。


「ん〜・・・おきてる・・・おきてるんだよ・・・お兄ちゃん・・・ぐー・・・。」


一波は「眠っているじゃねえか」と一言言った後、妹を背負って行った。





「・・・ああ・・・やれやれ。助かったぜ。

だが、これで安心だ。

バレる事は無くなったんだから。」


兄と姉が去った後、一郎は再び安堵の溜息をつく。


「し、死んじゃうかと思った・・・。

お兄さん、とっても怖い人だね。」


恐怖で泣きかけた蓮華は、彼の兄が苦手なようだ。


「・・・正直、俺も兄さんが何を考えているのかまるで分からないから苦手だよ。

12年間兄弟をやっていてもな。

姉さんや妹の一子は考えている事も分かりやすいから別にいいんだけど。

・・・まあ、兄さんは悪い奴では無いだろう。多分な。」


一郎も苦手意識を持っているらしい。

ただ、それでも兄弟なだけあって信用はしている。


「・・・本当に、バレないのでしょうか。

私は少し心配です。」


そう言って桜花は心配そうに一郎を見る。

彼は問題ないと頷いた。


「・・・あいつは約束は守るから、大丈夫だ。

姉さんは・・・まあ兄さんが言えば聞くから、心配は無いだろうよ。」


「・・・なら、安心・・・ね。」


柊はほっと一息つく。


「ああ、そうだな。

(・・・流石に想定外の事態だった。

まさか二人が来るなんてな。

これじゃあ一子も来るかもしれねえ。

警戒の必要があるぜ。

・・・ていうか兄さんも姉さんも学校休んでいたのか。運悪過ぎるだろ。)」


一郎は柊に同意しつつも、妹の襲来も念頭に置く事にした。

彼はすっくと立ち上がる。


「・・・一郎?

どうしたのですか?」


すると気になった桜花が尋ねた。


「いや、もう一度妖怪探しに行こうと思ってな。

・・・それと隠れ場所の確認も。

もしかしたら、黒蝋梅が何人かの妖怪を送ったかもしれねえし。

三人はここで待っておいてくれ。

・・・蓮華、妖術をまた頼む。」


「う、うん。分かったよ。」


一郎は腰に剣鉈をぶら下げて、再び外に向かう。

・・・だが、結局妖怪は見つからなかった。

夕方まで探し回ったのだが、どうにも気配が無い。

唯一見つけた二つの気配は黒蝋梅と葵のものであった。

話を聞くと、彼らも妖怪のいそうな所を探して回っているのだが、そんなに見つけられないようだ。今回落ちてきた妖怪は少ないのかもしれない。

だが一応見つけてはいるようで、説得に成功したら妖怪も次第に集まるだろうとの事だった。




「・・・どうするかな。中々見つけられない。」


「どうしたの?一郎君。」


夕飯の鍋を四人で囲みながら一郎はぼんやり考える。

蓮華は気になったのか、食べるのを中断した。


「・・・いや、妖怪が中々見つからなくてな。

どうしたものかと考えていたんだ。

もしかしたら、俺がこうしている間にも妖怪が殺されているかもしれないし。」


一郎は頭の中で妖怪達を思い浮かべる。

黒蝋梅に葵、そして廃墟の妖怪達。

彼らは大丈夫だろうか。



「・・・一郎君は優しいね。

私は・・・自分の事で精一杯だよ。」


蓮華は目を伏せる。


「君は助けられる側なんだから、気にするんじゃあない。

・・・他の妖怪の事は人間の俺や、大人の黒蝋梅に任せな。

・・・それに、君の妖術はとても役に立つからな。今でも充分過ぎるぐらい助けになってるよ。」


事実、偽装妖術に長ける彼女は彼の役に立っている。

今も別荘にやってもらっている偽装妖術に、今朝の喫茶店での桜花にかけた妖術。

自分の事で精一杯と言いつつも、ちゃんと他人の事も考えてくれているのだ。


「・・・ありがとう。

そう言ってもらえると嬉しいよ。」


にこりと笑う蓮華。元気になったようだ。


「・・・自信を持ちな。

君は俺と違って、強いんだからよ。」


そう言って、一郎は取り皿に豆腐を入れた。

・・・しかし春に鍋は少し熱い。いや、暑い。


「?

一郎、貴方は充分にお強いと思いますが・・・。」


豆腐を冷ます彼を見ながら桜花は言う。

彼女にとって彼は、背後から放たれた矢を避けられるくらい強いのだ。


「内面の話さ。

俺は心が弱いんだよ。

・・・あっ、崩れた。」


一郎は彼女の疑問に、箸で豆腐を掴もうとしながら答えた。


「・・・そうは思えないけど。

・・・あっつ!!」


柊は海老の熱さに叫び声をあげる。

彼女も彼は強そうに思えるらしい。






『・・・一郎!!!

答えなさい! どうしてお前はそう気味の悪い事を言うの!!

また灰皿で殴られたいの!?

それとも煙草を押し付けられる方が好みかしら!!』


『・・・チッ!

ああもういい!!!私がやるから、お前は何処かに出て行きなさい!!この役立たず!!!

ほら、お金!! これでいいでしょ!!』


『一波と一葉を見なさい!!

二人ともお前と違って、真面目で良い子だわ!

私の言う事を素直に聞ける、とても良い子!

言う事の聞かない、お前と違って!!!』


『試験で満点?

だからどうしたの?

一波も一葉もそれぐらいやったわよ。』


『あら、一子、偉いわね!

試験で7割なんて。あなたは天才よ!!』


『・・・お父さんは医者なのよ!

お前如きと違って忙しいの! 後にしなさい!!』


『・・・ねえ、あなた。

私、一郎が怖いの・・・あの子、8歳の頃から急に、私に敬語を使い出したの。

あなたには普通なのに・・・。

まるで、他人の様に接してくるの。

私は、頑張ってあの子と向き合おうとしているのに、それをあの子は否定してくるのよ・・・。』


『一波と一葉と、一子・・・。

それで良いじゃない。

あんな子、産まれなければ良かったのよ・・・。

私が流産していたら・・・。』


『・・・聞こえては、いない筈よね。

どうせ感覚が鋭いなんて、くだらない嘘でしょうし。』


『・・・なあ一郎。父さん思うんだ。

母さんはもうダメだってな。

・・・お前が、産まれなかったら・・・。』


『凄いわぁ! 佐藤君!!

貴方はこの小学校始まって以来の天才よぉ!!

いえ、貴方は努力家だから少し違うかしらぁ?

まあ何にせよ、この担任の林野が、貴方を帝都第一中学に推薦してあげるわぁ!!

大丈夫!貴方なら必ずいけるわよぉ!!

ご両親も褒めてくれるんじゃないかしらぁ!!』


『・・・あなた、一郎が帝都第一中学に入学出来るらしいわよ。

・・・一波も、一葉も行けなかった所にどうして・・・!

腹立たしいわ・・・どうせ、何の努力もしていなかった癖に!!

あんな奴・・・あんな奴・・・

【さっさと死んじゃえば良かっ】』





・・・彼の目には、鍋から出る湯気が映っている。

そしてその湯気の奥、向かい側には桜花。右側に蓮華。左側に柊が。


「・・・弱いさ、心は、どうしても。」


一郎はそう言ったきり、無言で食べ続けた。

一郎の性格が少し丸くなりました。



佐藤一波 人間 (16歳)

一郎の兄、顔は一郎に似ている。杖を持っているが別に足は悪くない。


佐藤一葉 人間 (15歳)

10〜11歳に見える一郎の姉。服が好き。頼りない。


佐藤一子 人間 (11歳)

一郎の妹らしい。


一郎の母 人間 (31歳)

怒りやすい性格。一郎は母が大の苦手。憎んでいるとも言える。


一郎の父 人間 (31歳)

若き天才医師。少し気が弱く暗い性格。医師としての腕は確か。

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