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気配

ビュービューと風の吹く山の頂上で、一郎は気配を探る。

今回は本気で範囲を広げてみようと思ったのだ。


「(・・・やり過ぎると自分の存在が分からなくなってきて怖いんだが・・・そうも言っていられないよな・・・。)」


彼は限界ギリギリの半径10kmまで自身の感覚を広げる。

地中の微生物から地上の人間、空を飛ぶ鳥まで様々な気配が一瞬で彼に襲いかかり、爆発的な情報と共に思わず倒れそうになった。


「黒蝋梅・・・黒蝋梅・・・クソッ!

ここから妖怪の気配に絞らなければ分からねえ!10kmはやり過ぎたか!」


どうにか踏ん張り一郎はじわじわと気配を絞っていく。

ようやく妖怪だけの気配になった。


「半径3kmが痛くないギリギリだな・・・。

久しぶりの10kmだったが、こうもキツイとは。

だが・・・見つけたぞ。」


ズキズキと痛む頭を押さえながらも彼は黒蝋梅の気配を探知した。

自身の後方8km程の場所にいるようだ。

周囲に複数の妖怪の気配も感じられる。

その他の妖怪達が見つからないあたり、何処か遠くへ逃げたのだろうか、それとも殺されてしまったのだろうか。


「・・・とりあえず、今は行くとしようか。」


カラスの羽が舞い、一郎の姿はその場から消えた。






「よし、これで・・・ッと、危ねえ。」


地震の影響で壊れた建物の中に飛んだ一郎は、着地した瞬間に後方から殺気を感じた為、その場から飛び退く。


すぐさま彼の立っていた瓦礫の足場に矢が何本も飛んで来て、そのまま硬い瓦礫によって弾けた。刺さる事はないらしい。

桜花にしても、今矢を放った奴にしても、相変わらず弓矢を武器に使っているあたり技術は遅れているようだ。


飛び退いた一郎は、すぐさま腰にぶら下げた長い剣鉈を鞘から引き抜き構える。

そして再び飛んで来た矢を全て弾いた。



「・・・地面に刺さったって事は斜め上から矢を射ってきたんだ。

ということは・・・。」


一郎は斜め上を見上げる。

天井は完全に崩壊しており、青空を背景に壁の上に立っている形で一人の妖怪がこちらに矢を三本まとめて構えていた。

天気が良いため、相手の姿は真っ黒に近く良く見えない。


「・・・貴様、子供の癖によく避けたな。」


黒い影が一郎に話しかけてくる。

少し感心した様子だ。


「あんな古い武器じゃ止まっているのと同じさ。

(・・・一人?おかしいな。矢はあちこちから何本も刺さった筈だ。気配を探るか。

・・・この建物を囲む形で複数の妖怪がいるな。黒蝋梅はいないあたり、入れ違いになっちまったか。)

俺は黒蝋梅に用があるんだよ。帰っていいか?あんた達に今、用はそんなに無いんだ。」


一郎は周囲の妖怪に告げる。

敵対した様子では避難も難しいだろう。

ならば今は黒蝋梅の方が優先だ。


「(・・・『あんた達』?コイツ、どうして・・・!?)

残念だが、貴様を生かして帰らせる理由は無くなったよ。」


その瞬間、弓を構えた妖怪達が建物越しに現れ彼を囲んだ。


「いいよ、じゃあ勝手に帰る。」


一郎はそう言い残してその場から消える。

静かな空気がその場に流れた。



「・・・・・・えっ?」






「む?

・・・貴公か。どうした?」


ある住宅の屋根の上にて、一郎は空を飛ぶ黒蝋梅に手を振る。

気づいた彼は屋根の上に降りてきた。

一郎は事情を説明する。



「・・・何、葵が・・・?

それに、あいつらも・・・。

迷惑かけたな。済まない。」


「気にすんな、矢ぐらいは躱せる。

・・・葵さんはあんたに会いたがっていたぜ。」


彼は山での寂しそうな葵の様子を思い出していた。

黒蝋梅は少し悩んでいる様子である。


「・・・貴公と共にいるのであれば安全だろうからな・・・。

しかし会う事も大事か・・・分かった。会いに行くとしよう。

すまないが場所の案内を頼んでもらってもいいだろうか。」


だが、結局彼は葵に会う事にしたようだ。


「もちろん。」


二人は一旦山に帰る事にする。





「・・・!!黒蝋梅様!」


別荘の前に来ると、中からドタドタと走る音が聞こえ葵が出てきた。

風呂の途中だったのか服は着ていない。

地面に立つので草履だけは履いたようである。


「(中から何で黒蝋梅が来たって分かるんだ・・・?)

・・・ていうか!ふ、服はどうしたんです!?」


「す、すみません・・・黒蝋梅様が来られたようなので、居ても立っても居られなく・・・。」


彼女は一郎に言われ申し訳程度に手と腕で前を隠す。

黒蝋梅は少し面倒臭そうな表情を見せた。


「・・・お前は相変わらずだな。

後で幾らでも話せるのだから、慌てる必要は無いだろう。」


そんな彼に対し葵は詰め寄る。

さり気なく胸を強調していた。


「そういう訳にもいかなかったのです。黒蝋梅様。

葵は一郎様に助けてもらえなければ殺されていました。

いつ死んでしまうか分からない以上、貴方様とは少しでもお話をしたかったのです。」


見知った相手だからか、二人とも少し話し方が変わるらしい。

葵の話を聞いた黒蝋梅は一郎の方を向く。


「・・・一郎、という名なのか。

すまなかった、一郎少年。

そして改めて礼を言わせてくれ、本当にありがとう。

・・・俺はまだ危機管理がなっていなかったらしい。危うく側近を死なせてしまうところだったよ。」


彼はそう言って頭を下げた。

どうやら彼と葵は主従関係にあるようだ。

彼女も彼と同様一郎に深々と頭を下げる。

その時一瞬だが、側近という発言に少し不満そうな表情を見せていた。


「い、いや何も頭まで下げなくても・・・。

・・・何にせよ、無事で良かった。」


流石に年上二人に頭を下げられ困惑する一郎。

とりあえず頭を上げてもらった。


「(・・・むー・・・側近・・・。)」


側近発言を尚も引きずる葵は、どうやら黒蝋梅にそれ以上の関係を求めているようだ。




「おや、その黒い方は何方ですか?一郎。

(・・・あと何で葵さんは裸なの・・・?)」


戸を開け顔を出す桜花。怪訝そうに全裸の葵を見つめている。

一郎の代わりに黒蝋梅自身が答えた。


「・・・鴉天狗の黒蝋梅だ。

貴公は化け狐のようだな。」


「ええ、そうよ。よくご存知ね。

(鴉天狗の黒蝋梅・・・?知らないわ・・・。)

名前は桜花、よろしくね。」


「ああ、よろしく頼む。」


桜花は黒蝋梅を知らないらしい。知っている妖怪はいるのだろうか。


続いて外が気になったのか柊も外に出て来る。

(彼女曰く、蓮華は厠にいるらしい。)

だが、やはり彼女も黒蝋梅は知らなかった。


出て来たついでに一郎は彼女に一つ尋ねる。


「・・・そういえば柊、あんた雪女らしいが何か特殊な事が出来るのか?」


「え、私?」


聞き返す柊。彼は頷いた。


「ああ、もう少し妖怪達の事を知っておきたいんだよ。」


柊はそれなら、とうんうん唸りながら考える。

そしてポンと手を叩いた。



「・・・寒さに強いわよ!」



一瞬沈黙が走る。


「・・・・・・そ、そうか。」


「・・・何よ。」


ジトリと睨まれる一郎。彼女も気にしていたようだ。

雪女と言えば、口から冷気を吹き出すといった印象があったのだが、案外違うらしい。

彼はとりあえず話を黒蝋梅へ逸らす。


「・・・オホンッ!

ああー・・・黒蝋梅は何か特殊な事は出来るのか?

葵さんは心が読めるようだけど。」


「俺か?俺は姿を消したり空を飛べるぞ。

それと貴公に渡した外套と同じ事が出来る。

・・・この程度だな。」


彼は少し申し訳なさそうに言った。


「(・・・そういえばさっき会った時は飛んでたな。)

あの外套と同じ事が出来るだけで相当凄いと・・・兎に角、情報ありがとう。」


外套を使いまくっている一郎にとっては黒蝋梅は相当凄い存在らしい。

礼を言う彼に今度は黒蝋梅が尋ねる。


「逆に聞く形になるが・・・貴公の能力も教えてくれないか?」


彼は何故、一郎が隠れていた黒蝋梅自身を見つけたかが気になるようだ。



「ん、俺か?

・・・能力というか体質だが、俺は感覚が鋭いんだよ。

やろうと思えば俺を中心とした半径10kmまでの気配を探れる。

これで妖怪を見つけているんだよ。

後は・・・そうだな、目がいい。銃弾くらいなら見切れるぞ。

身体がついていくかは少し怪しいが。

・・・こんな感じかな。」


「(・・・それは人間なのか?)

そ、そうか。ありがとう。」


人間とは思えない一郎の体質に驚く黒蝋梅。

他の妖怪達も彼と同様、驚いていた。

ただ、驚くと同時に安堵の表情も見せている。


「・・・一郎、貴方が優しい方で本当に良かったです。」


「・・・もし君が妖怪嫌いだったら、って考えるとぞっとするよ。

一郎、助けてくれてありがとうね。」


「あの時私を助けてくれたのは、気配を探ったからなのですね!

一郎様、本当にありがとうございます!」


彼が味方であった事に心から安堵する桜花。柊と葵も続いた。

一度に礼を言われて一郎は少し戸惑う。


「(・・・感謝されるのは慣れていないから、何か変な感じだな。)

・・・ああ、いや・・・どういたしまして。」


彼は家でも外でも厄介者扱いなので感謝されるのは慣れていないようだ。


「(まあでも、悪くねえな。)」


そう思い、彼は少し笑う。

何だか久しぶりに、本当に久しぶりに楽しさを感じていた。




「・・・さて、と。

葵も無事だったし俺はそろそろ行こうと思う。 何か他に聞きたい事はあるか?」


用の済んだ黒蝋梅は一郎に尋ねる。

一郎は元の世界への帰り方を聞く事にした。


「・・・妖怪達の元いた世界に帰るにはどうすればいいんだ?

桜花達は知らないらしくてな。」


現状、彼は元の世界に帰る方法を知っている妖怪を知らないのだ。

安全の為にも帰れるうちに帰った方が良いだろう。人間界は危険すぎる。

黒蝋梅は顎に手を当て少し考え、そして言った。


「・・・一応あるにはあるのだが、少し準備が必要でな。

なるべく多くの妖怪を集めなければならないのだ。」


「・・・多くの妖怪・・・。」


「ああ、集めるだけ集めた妖怪達で『穴』を作る。

その『穴』を通って元いた世界に帰るのだ。」


彼は一郎にそう告げた後、集まった妖怪で一週間あれば何とか穴は作れるだろうと伝える。

つまり彼は妖怪達を多く避難させ、約一週間彼らを守ればいいのだ。

理解した一郎は強く頷く。


「・・・分かった。

この山にはまだ幾つか施設があるから、見つけた妖怪達はそこに避難させるといい。後で案内する。

・・・その方がまとめて集められるだろうしな。」


「・・・済まない。助かる。」


黒蝋梅は礼を言う。まだ少し、何か考えているようだ。



「あ、黒蝋梅様!

これからは葵も付いて行きますね!!」


そんな彼をよそに手を挙げぴょんぴょん跳ねながら言う葵。一郎は目を逸らした。


「ああ分かった。分かったから服を着やがれ。

そして裸で手を挙げるんじゃねえ。せめて隠せ。」


黒蝋梅はげんなりした様子で言う。

案外慣れているのかもしれない。

葵は彼に付いて行くため、離脱する事になりそうだ。


一郎は予定通り二人を他の避難出来る場所を案内する事にした。





「・・・・・・で、ここが天然の洞窟。

まあ住むにはキツイから最後の手段だな。

・・・これで全部だ。」


一郎は二人を連れ隠れ家や洞窟を案内する。

最後に薄暗い洞窟に入った。

黒蝋梅と葵(ちゃんと服を着ている)は洞窟を見上げる。

特に何か動物が住んでいる訳でもなさそうだ。


「・・・思っていたより大きい洞窟だな。」


「そうですね、黒蝋梅様。」


黒蝋梅の言葉に葵も同意する。

洞窟は高さが約3mで幅は5m、奥行きは約20mはありそうだ。

地面に何かを敷けば充分住めそうである。


「(俺は嫌だけどなぁ・・・二人共すげえよ。)」


しかし一郎はあまり洞窟が好きでは無いらしく、微妙そうな表情を見せていた。

(住むのは妖怪達なので彼には関係の無い事ではあるが。)


「何にせよこれで全部だ。俺は一旦別荘に戻るぜ。

二人はこの後どうするんだ?」


「俺は知人に少し用がある。

一度そいつと会ってから、また妖怪探しだな。

ああ、それからだが・・・貴公に矢を放った連中は俺に任せてくれ。

・・・またな、一郎少年。」


黒蝋梅はまず知人に会いに行くらしい。

彼は一郎に手を振り別れを告げると、葵を連れ飛び去った。

残った一郎は一旦別荘に向かう。

一郎の異常な体質

驚異的な五感により、最大で自身を中心とした半径10kmまでの気配を察知できる。

ただ、肉体が子供である彼にとっては負担も大きい。


一郎の剣鉈

刃渡り50cm程ある変わった物。

長過ぎて使えないと倉庫に眠っていた。

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