魔物狩りの終わり
最終話です。
「・・・! 一郎!」
大雨で視界が灰色に染まる中、桜花は一郎の姿を見た。
「桜花か。
ちょっと馴染みの病院に行って、顔を洗っていたら遅れちまった。
・・・けど、どうにか間に合ったみたいだな。」
そう言って彼は安堵する。
どうやら目は既に見えていて、耳も問題無いようだ。
「・・・ええ、その通りです、一郎。」
彼女は立ち上がり、彼の側に歩み寄る。
後ろからふらふらと柊も歩いて来た。
「・・・疲れた・・・私、殆ど気絶していた気がするよ・・・。」
「だ、大丈夫? 柊ちゃん?」
蓮華も立ち上がり、彼女に肩を貸す。
「・・・お疲れ様。
よく、頑張ったなあ、柊。
・・・それに、皆も。」
一郎は寄って来た柊の頭を撫でる。彼女は少し嬉しそうだ。
四人は穴に向かった。
妖怪達の作る輪の中心、真ん中には真っ黒な穴が開いている。
底が見えない為非常に不気味だ。
その証拠に、蓮華は腰が引けている。
「・・・どうにも、暗い穴だな。」
「・・・だが、こういうものらしい。
見るのは初めてだがな。」
呟く一郎。黒蝋梅も不気味な穴を見つめていた。
「・・・でも、これで、帰られるのだ。
一先ずは安心できる。」
彼は一歩踏み出し、穴に近づく。
そして妖怪達に告げた。
「・・・帰ろう。俺達の世界に。」
一人の妖怪が、穴に踏み込んだ。
また一人、また一人と穴に落ちて行く。
ヌリカベが(謝れよ、と桜花が呟いていた。)化け猫が、化け狸が、矢を放った妖怪が、皆が暗い穴に落ちて行った。
穴の縁には、黒蝋梅、葵が立つ。
二人は一郎達の方へ振り向いた。
「・・・その外套、大切にな。」
「また、会いたいですね。一郎様。」
笑顔で二人は話しかける。
彼も笑って返事をした。
「・・・外套は、大事に使うよ。
葵さん、また会えたら、良いですね。」
二人は穴に飛び込む。残りは三人だ。
柊が穴に向かう。
「・・・一郎、君も、身体を大切にね。」
振り向く柊。一郎は頷いた。
それを確認し、彼女は微笑んで穴に飛び込む。
残りは二人だ。
「・・・一郎君、本当に、ありがとう。
あなたに助けてもらって、私は幸せだよ。
・・・また、会おうね。」
蓮華は穴に向かう前に彼に言う。
寂しいのか、少し声が震えていた。
「ああ、また会おうな。蓮華。」
「うん!」
頭を撫で、伝えた別れの言葉に、笑顔で彼女は頷く。
暗い穴に臆せず飛び込んだ。
最後、彼の隣には桜花が立っていた。
「・・・一郎。」
「どうした? 桜花。」
雨の中、彼女は静かに彼の名を呼ぶ。
「・・・また、貴方と会えますよね?」
「会えるさ。絶対に。」
一郎は断言した。
また会える。そんな気がするのだ。
桜花は嬉しそうに、とても嬉しそうに微笑む。
「ふふふ・・・そうですね。
また必ず、会いましょう! 一郎!
別れの言葉は言いません!
だって、また会えるのですから!!」
「おう! 行ってこい! 桜花!!」
彼女は笑顔で穴に向かって走る。
一郎も笑顔で送り出した。
たった一人、山頂に残る。
穴は消え失せ、ただ濡れた地面が残るのみだ。
全ての生きた魔物は、もう表世界に残っていない。
魔狩りは終わったのだ。
「・・・これで、おしまいだな。」
彼は空を見上げた。
雨が少しずつ弱くなり始めている。
「・・・いいや、まだだ、まだだぜ。
一郎ちゃんよお・・・!」
一郎の背後には、傷だらけの少年、光次郎が立っていた。
今来たばかりの彼は、端整な顔を泥に塗れさせ、膝も震え、立っているのも辛そうだ。
気絶していた彼は、それでも根性で起き上がったらしい。
一郎はやれやれとでも言いたげに頭をガリガリと掻く。
「・・・取り巻きは、病院に届けたよ。
・・・魔物にやられた事にしている。
早朝からお医者様には迷惑をかけちまった。」
「ああ、そうかよ。」
適当な返事をして刀を抜く光次郎。
ボロボロだがその目は鋭く、彼を睨みつけていた。
「・・・お前を、殺す。
佐藤・・・一郎・・・!!」
両手にそれぞれ持った二振りの刀を大きく広げ構える。
どうしても彼は一郎を殺害したいらしい。
その執念は恐ろしいものだ。
乾いた音が、二回聞こえた。
「・・・あ・・・?」
手に持った刀が急に軽くなり、彼は疑問の声をあげる。
その刀は、最早柄と鍔しか残っていない。
ある筈の刃は根元から砕け地に落ちていた。
呆然と前を見ると、黒い小さめの何かを彼に向け、一郎は立っている。
「お前・・・それ・・・。」
「・・・回転式拳銃だ。
もう『魔狩りは終わった』んだよ。」
口をあんぐりと開け、問う光次郎に一郎は静かに告げる。
彼は拳銃を詰襟の内ポケットに仕舞うと、ゆっくりと歩いて彼の横を通り抜けた。
そして、すぐ後ろで立ち止まる。
「・・・ああ、そうだ。
『参った』
・・・頂上は自由に見てくれ。その円形に敷いたシートとか洒落ているだろ。
また、学校でな。四季。」
彼は振り向く事もせず、別れの挨拶を済ませ歩き去った。
光次郎は膝から崩れ落ちる。
「・・・何だよ・・・それ。
・・・本気じゃ・・・なかったのかよ。
最初から・・・それ使えば・・・。」
彼は俯いた。
ポタポタと地面に水滴が落ちる。
「・・・ただいま。」
戸をガラガラと開け、久しぶりに家に帰った気のする一郎。
まだ朝だが、彼は風呂に入って眠りたかった。
そんな彼に話しかける一人の女性。
「・・・一郎。」
「ッ!
・・・母さん、久しぶり、ですね。」
ビクリと震え、彼の額に汗が流れた。
心拍数が上昇する。彼は恐怖しているのだ。
母、一海は一郎を静かに数秒見つめると口を開いた。
「・・・顔の怪我、大丈夫?」
「・・・!!
ええ、大丈夫・・・ですよ。」
汗が増える。
やはり、どうしたって嫌いで苦手だ。
「・・・そう。
なら、良かったわ。
・・・あまり、無茶をしない事ね。」
そう言い残し母は去って行く・・・かと思われたが、何故か動くつもりはないらしい。
「な、何ですか?」
戸惑う一郎。
母は何やら悩んでいる様子だったが、覚悟でも決めたのか一歩彼に近づく。
「・・・その、ごめんなさい。」
そして彼女は急に、彼に対し直角に頭を下げた。
「・・・!?
な、何を・・・。」
一歩下がる一郎。
体制を戻した母は、よく分からない表情でその行為を見ている。
そして、口を開いた。
「・・・一波と一葉に怒られたのよ。
『あんたは何も理解していない。』
・・・って。
(まあ、実際にはもっときつく言われたけど。)
・・・今更、許してくれるなんて、都合のいい事は考えていないわ。
それに、恨んでくれても、仕方のない事。
貴方を非難する事を、私は一切出来ない。
・・・だけど、『ごめんなさい』。
これだけは、言わなきゃダメだと思ったのよ。
・・・雨で寒いでしょうから、お風呂入っておきなさい。
じゃあ、ね。」
用は済んだのか、母は去って行く。
一郎は呆然と母の背を見つめていた。
だが、やがて彼も廊下を歩き始める。
「・・・・・・はははっ。」
とりあえず風呂場に向かうことにした。
気がつくと、震えも汗も止まっている。
これは、後に人類で始めて妖怪と結婚した男の、始まりの話。
拳銃は五話で引き出しにあった物です。
魔狩りが終わった為、発砲しました。




