第2話 いきなりのダメ出し
「これじゃ、ダメだよ」
時間は深夜。藤堂の駄目だしが俺のブースに響き渡る。
「もう一度、練り直してみます!」
いっぽう俺は威勢のいい声を張り上げ、リベンジを宣言する。
「ウ~ン」
藤堂は渋い表情をして、深い溜息を付く。
先日、藤堂プロデューサーに誘われて、隠密にMMORPG「プリンセスファンタジーXII」の仕事を手伝うことになった。本業である野口のゲーム開発の傍ら、それをやることになったのだが……。見ての通り、状況は芳しくなかった。
現状コンテンツ不足であるXIIに対し、『とりあえず新しい企画を提案してみて』と言われた。そこで俺は、いくつかの企画書を作成し、藤堂Pにプレゼンしたのだが、全てをボツにされた。
なぜだ?なぜダメなんだ?
俺は、“苦悩”した。
本業の片手間というハンデを背負っている。しかしそれはいいわけにならない。
なぜなら、今のXIIの仕事は自分がやりたくてやっているから。
野口の下で、言われたままにデータを入れてくだけのルーチンワークに嫌気が差していた。だから、藤堂Pの下で、“ゲーム”を作らせてもらうことになった。
だが、ゲーム屋となっての十年間。自分で考えることがなく、末端の一作業員として従事していたキャリア。このことは、自分のスキルを錆びつかせるに十分な出来事だったのかもしれない。
いいやっ! ダメだ! こうやって“何かのせいにしていたら駄目だ!”
俺は邪念を捨て、考えをあらたにした。
気を取り直し、PCに向かいキーボードを叩く。
『プリンセスファンタジーXII 企画案』
威勢よく、文書を作り始める。
…………。
…………。
……出ない。
これまで合計6つもの企画書を提出した。さすがに“次”は簡単には出てこなかった。
しょうがないので、ゲーム用モニタに向かい、XIIをプレイしてみる。
深夜にもかかわらず、モニターの中には他のプレイヤーが沢山いた。チャットも盛り上がっている。そこは大勢の人が集まる町の中だった。
……だが都合よく何か思い浮かんだりもしない。
次に頼ったのは、本。『ネットゲームのゲームデザイン論』という本を開いた。
俺とて一応ゲーム開発者の端くれ。最低限の研修に出たり、こういう本はひと通り目を通している。……最も、それらは上司に言われてのことなんだけど。
「あのさ。なんで俺が、企画書全部不採用にしたか、わかる?」
藤堂が重い口を開いた。背後にはずっと藤堂Pが腕組みをして立っていた。よく見ると、首を傾げて険しい表情をしていた。その姿は紛れも無く“凄腕プロデューサー”としての藤堂だった。
ネットの配信番組では、“出たがりおじさん”として出演。ただのミーハーなおっさんというキャラが確立してしまっている。おちゃらけた醜態を晒し、それが元で色んな所で叩かれたりもする。
だが。今は違った。一人の優秀なゲームプロデューサーとして、そこにはいた。
「すいません、俺にはわからないです」
藤堂の問いには、そう答えるしかなかった。勉強不足なのか、力量不足なのか……。そもそもゲームなんか作れるほどの力なんて俺にはなかったのか……。
「良ければ、教えてください!」
俺は懇願するように言った。
「俺はサ……。ゲーム会社に入って、入る前の頃のことを忘れちゃうような奴がイヤなんだよ」
「俺は……俺は……忘れたことはないはずです!!」
「いや、その気持ち、わかるよ。ン~なんていうのかなぁ。今のエイちゃんって、りきみすぎてるのかもしれない」
りきみすぎてる? そりゃ、やりたい仕事を振ってもらえたのだからそうかもしれない。だけどそれが悪影響を及ぼしているだと?
「……ウケる企画とか、社内レビューとかサ。あと、この開発環境だと実現できないだろうとか。そういうの。限界を勝手に決めつけてない?」
藤堂にそう指摘されて、確かに思い当たる節はあった。オンラインゲームに関わるのは初めてだった。勝手がわからなかった。だから理解しようとした。XIIも勿論触った。触ってから企画書に手を付けた。そうやって“勉強”したことで、余計な先入観や“こうしなきゃならない”という決め付け、思い込みから入ったのかもしれなかった。
「エイちゃんの出してきた企画書って、一生懸命ネットゲームの世界を勉強しましたって言う空気が駄々漏れなのよ。全然ワクワクしない。仕事だからやってます臭がプンプン。つまんない。魅力なし」
ここまでコテンパンにダメ出ししたあと、ここぞとばかりにトドメを刺してきた。
「……見込み違いだったのかなぁ」
冷たく言い放ち、俺のブースから姿を消した。
藤堂がいなくなり、残されたのは俺一人。
徹底的に口撃された結果。ヒットポイントがゼロになり、戦闘不能になって動かけなくなった俺一人。
一体、何が……何がダメなんだ……!!
両手で頭を抱え、突破口を必死に考えていた。