第1話 操り人形はもうイヤだ!!
以前、短編で書いた同名タイトル「若きゲームクリエイターの苦悩」。
続きを思いつき、『連載』の形でそれを投稿することにしました。
(一度短編で投稿したものは、追加投稿が出来ないので)
しっかりした構想はなく行き当たりばったりですが、なんとか続けてみたいと思います。
以前短編で書いたものは、プロローグ(導入部)という形にしました。
それはこちらです→http://ncode.syosetu.com/n9977cp/
風邪を治し、開発も一段落した頃のこと。俺は、クリエイティブプロデューサー野口哲夫の部屋の前に来ていた。
ノックをして一声挨拶。
「本間英司です。失礼します」
「エイちゃんさぁ、今ボク、テストプレイで忙しいんだよね」
中に入ると、野口は俺の方には見向きもせず、机に向かって携帯端末をいじくっていた。どうやら、新作ゲームのチェックをしているようだった。
「ダメだなーこれ。ちょっとボクのキャラ安売りし過ぎじゃない? 排出絞るように言っておかないと。外注に出すとこれだからダメだ!」
「野口さん、あの……!! 仕事で忙しいと思うんですけど、ちょっと……ちょっと、みてもらいたい企画があります!」
今この場にやってきた理由はただひとつ。それは、ゲーム会社に入社した頃、仕事の合間に書き溜めていた企画書の束。これを野口に見てもらいたかった。
憧れのゲーム屋になれて、現実を思い知って幻滅するまでの僅かな期間に書いた。夢と希望、情熱がたっぷり詰まった企画書。
売れる売れない、実現できるできないとか、そういう現実的なことは一切抜き。若さだけで突っ走って書いた滅茶苦茶な代物。何よりも、『これがやりたい!!』という気持ちだけが込められたもの。
そんなゲームの企画書は、普通に出してもまず通らない。だから、こんなの無駄だと思って、机の引き出しの、それも奥の方にずっとしまわれたままだった。
だが。この前、風邪を引いて、やる気に満ちていた若いころを思い出した。
それで一度、野口に。開発のトップの野口に、この企画書を見せようとホンキで思った。見せることで、何かが変わればいいと言う万感の思いだった。
ゲーム開発に入ってはや十年。大型タイトルにかかわらせてもらっている。しかし現実は厳しかった。いつまでたっても末端の一作業員。上からの指示書を淡々と打ち込むだけの日々。
いつしか、ゲーム開発が生活のためにやっている作業になった。考えることをしなくなった。『こうすれば、もっと面白くなるのに』とか、考えなくなった。考えるだけ、無駄だと悟ったから。そういうのは開発のトップが決めること。末端の一作業員が方針を勝手に変更したりは出来ないのだ。
こんな、硬直した現実をぶち破りたかった。
「お願いします!!」
俺は緊張して震え上がった手で、野口に企画書を差し出した。それを受け取る野口。
だが!!
企画書には一秒も目を通さず、そのままファサァと机の端っこの方に放り投げられた。
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待って下さいよ!!」
「エイちゃんさぁ。こんなことしてる暇あるの?」
「は?」
「一つのプロジェクトは終わり、ゲームは無事発売にこぎつけた。でも、ボクが抱えているビッグ・タイトルは、他にいっぱいある。仕事に戻らなきゃさぁ?」
野口は冷酷に言い放った。
その瞬間。俺は感情が爆発した。ここで黙って引き下がれるかばかやろう!!
必死の形相で野口にしがみついて言う。
「す、少しは、僕の書いた企画書、見て下さいよ!!」
「うるっさいなーー!! 仕事にならないよ」
ロクに仕事してないくせに良く言うよ!!
「あー、ヤマちゃん? エイちゃんがさぁ、ボクに楯突いてきてうるさいんだよ。引き取りに来てくれない?」
いつの間にか内線で人を呼んでいた。
しばらく野口にしがみついて反抗していた。だが、内線で呼ばれたらしい俺の直属の上司、山田がすぐにとめにやってきた。
俺の反乱は、虚しくもそこで終わってしまった。
片手に企画書の束を握らされ、俺はいつの間にか野口の部屋から追い出されていた。
「スイマセンでした! 代わりにキツく言っておきますので」
山田が謝罪して、部屋から出てきた。
俺は、全身の力が抜けていた。テンションも下がりきって何もする気が起きない。山田に色々と事情を聞かれたが、答える気力すらなく、ただ黙っていた。
「アレッ? ヤマちゃんこんな所で何してんのさ~」
「あっ。藤堂さん。お久しぶりです。いや実は、うちの若いのが、なんかテッちゃんとモメたみたいで……」
「ふーん……。ナニソレ? 企画書? ちょい見して?」
そう言って、藤堂は俺の手から企画書を勝手に奪いとってしまった。
「一体。何があったんだ?」
もう一度、山田は聞いてきた。しょうがない。話そう。俺は観念した。
「野口さんに、僕の書いた企画書を見てもらいたかったんです」
「なぜ?」
「それは……」
山田は当然のように聞き返す。が。俺はここで言葉に詰まってしまう。なんとなく、この後に続く動機を言葉に出すことが照れくさかったためだ。だがここで口にしなかったら、またつまらない毎日に戻ってしまいそうだった。だから勇気を振り絞って、白状した。
「それは……それは……自分で考えてゲームを作りたかったからです」
「つまり、どういうことだ?」
「もうこの業界に入って十年。いつまでも下っ端で言われたとおりにゲームを作ることに飽きてきました。俺は……俺は……面白いゲームを作りたくてここに来たはずだッ!! なのに現実は……現実はッ!!」
今日まで溜め込んできた思いを今、ここで、一気に出しきってやった。野口が聞いていようがどうでも良かった。なんか、なんかもう、あとはもうどうにでもな~れ☆テヘッみたいな勢いになった。
それだけに、目の前の上司二人揃って、ポカーンとした表情なのがツラかった。言え!言え!と催促したくせに、いざ言ってしまうと、この調子。何寒いこと言っちゃってんの?みたいな空気。ツライ。ツラすぎる。
この沈黙の時間が、まるで永遠に時が止まってしまったかのように感じられた。
そうしたら、沈黙を破って、藤堂が口を開いた。
「ウーン? 事情はよくわからんけどさぁ……そしたら、ウチの仕事手伝う?」
「えっ?」
俺はびっくりして声を上げる。
「あ、俺の手がけてるゲームって、知ってるよね?」
「は、はい。たぶん大体は」
この男は藤堂洋介。プロデューサー。トレードマークは、メガネ、ヒゲ、ふとマッチョな身体。学生時代はゲームとは無縁の生活で、柔道部だかどこだかで鍛えてたらしい。
そして最大の特徴!! それは、“出たがりプロデューサー”の二つ名を持つほどの、会社一の出たがりであること。
自分の手がけるゲームのネット配信番組には絶対出演。頼まれなくても、それどころか、断られても、強引に出ようとする逸話があるほどなのだ。メディアのインタビューなんか、喜んで受けちゃう。それで、いつも調子乗って喋っちゃ駄目なところまで喋っちゃって、後で広報に叱られるというのは鉄板の流れらしい。
ちなみに、今の会社首になったら、動画投稿者として生きていきたいらしい……。ていうかむしろもう、やめてそうしろよ!!ってほど、出たがり。ホントに出たがり。
野口はプロデューサーとしてはハズレ無しの凄い結果を出している。が、この藤堂という人間もまた、会社期待の凄腕プロデューサーだ。
ただ、藤堂の場合は、順風満帆なプロデューサー人生を送っていたわけではない。これまで手がけたゲームは、当たり外れが激しく、目立った業績はなかった。が、最近その藤堂の地味なプロデューサー人生を大きく変えた代表作がある。
ズバリそれは、サービスが始まったばかりのオンラインRPG「プリンセスファンタジーXII オンライン」だ。
このシリーズは、ウチの会社が創業当時から連綿と続く看板タイトル。十二作目にして、念願のMMORPG化が実現した。
実現させたのは、目の前にいる藤堂洋介。
十年かけて、周到に準備してきたと語る。人集めから始まり、“絶対に失敗できないプロジェクト”として、慎重に議論に議論を重ねた。その地道な苦労の賜だと彼は語る。
……という話を、例の配信番組の特別企画『プロジェクトXII』で藤堂がしみじみと語っていた……のをたまたま見たことがある。
ハァ~、良かった見といて。
俺は聞いた。
「もしかして手伝う仕事って、XIIですか?」
「その通り!! いやさぁ~、長年の努力の甲斐あって、プロジェクト単体の業績は黒なんだけど……」
藤堂はそこまで言ったあと、腕組みをして何か困ったような表情をしながら続けた。
「MMORPGは、運営を続けていくのが思いの外大変でサ。予算も人も足りない足りない。今のところは好調だけど、気を抜くと転落しかねない。綱渡りの状態なわけよ」
「つまり、そこに僕がヘルプで入ってくれと?」
「そうそう、そういうわけ」
藤堂はさらに続ける。
「ウチの開発体制だけど。ガチガチの縦割りじゃないから。まあスタッフの人数はこっちもかなり多いけど……。上の人間も下の人間もあまり関係ない。とにかく一人一人が全力で、毎日考えて団結してゲームを作ってる。てか、そうしないと本当に余裕が無いから」
「ちょっと待って下さいよ!」
ここで、山田が手を挙げる。
「本間を引き抜かれると正直困るんですが……。テッちゃんの無茶ぶりに答えられる数少ない人員なので」
「あ~~そのことだけど」
藤堂が遮るように発言。そして言う。
「正式に人事部通すと、色々面倒でしょ? うちも人増やす余裕が無いし……。そこでだ本間くん。いや、エイちゃん」
「なんでしょう?」
「ひとつ頼まれてくれるか? 業務外で会社にはナイショで極秘にこっちの仕事手伝うってのは?」
な、な、な、なんですと~~~~!!
俺はたまげた! 仰天した!! ていうか、やれるか、俺!
ふたまたかけて仕事するってのは、さすがに……。
「お、俺、出来ますかね……?」
「やれるでしょ~~! これだけの情熱があればサ。自分のやりたいように、ゲーム。作りたいんでしょ?」
そう言って、俺からかっさらった企画書の束をパンパンと手で叩いて示す。ていうかいい加減それ、返して欲しい。若気の至りの塊で、結構恥ずかしいんだから……。
「は、はぁ……」
俺はというと、急な話過ぎて、なんだか弱気になっていた。
「XIIだけどね。サービスインしてもうすぐ二年ってトコ。で、頭が痛いのは、コンテンツ不足でね~。予定通りうまく行ってないんだわ。そういう開拓途上の世界を作りこんでいく仕事は、とてもやり甲斐があると思うよ。それにさ、ヤマちゃん」
「はい?」
「そっちの開発チーム、大所帯でしょ? そしたら、人一人の仕事の割り振りとかって、多少は融通きかせられるんでしょ?」
「ま、まぁ、本当に雀の涙程度なら……」
「ウン。じゃあ決まりだ。エイちゃん期待してるよ。詳しい話はまたあとで。そいじゃNE~☆」
藤堂は、軽やかに去っていった。その後ろ姿は、ふとマッチョの体格には不釣り合いだった。
「俺、やれるかな……?」
ボソリと一言つぶやく。
かくして、突然舞い込んだ二足わらじの日々。果たしてこの先、俺はうまくやっていけるだろうか?
なんだか、藤堂に一杯食わされた感は否めないが、とりあえずガンバロウ!!そう決めた。決めたぞオレ!!
……あ、そういえば。あの恥ずかしい企画書の束、藤堂の野郎!持って行きやがった。返せよコノヤロー!!