法術
寝袋に入る。
夕方まで寝てたせいか、目を閉じるが眠気は一向にやって来ない。
静寂が辺りを包んでいた。今日のキャンプ場の利用客は蒼と順一だけだ。聞こえるのは虫の声、そして時たまそよ風が樹々の梢を揺らす音のみ。
あの泉の事を思う。フレイアの事も。
いつもの泉の前だ。
!!
覚醒状態のまま、いきなり夢に入った。意識は連続している。
だが、様子がいつもと違う。いつもより若干暗く視界にノイズのようなものが入るのだ。
違和感を感じるが理由も分からないし、先に目的果たす事にする。
辺りを見渡す。だが、水面にフレイアの姿はない。
意を決して呼んで見る。
「フレイア様、いますかーっ?」
様付で呼ぶ、現実離れしているが、これが夢でなく、彼女が本物の女神だった場合は話し方に気を付けなければならないだろう。
程なくして
「蒼様っ!」
フレイアが森の奥から飛び出して来た。
「す、すぐに接続を安定させます!」
そう言うと躊躇無く泉に足を踏み出す。危ないっ、と思ったがそれは杞憂だった。水面は彼女を飲み込む事無く、優しく受け止める。
彼女は泉の中央でいつものように指を胸の前で組み、祈る様な姿勢になる。
風景が明るさを増し、ノイズが消えた。
「これで大丈夫です」
「何をしたんですか?」
「し、失礼かと思ったんですが。蒼様の法術を補強させて頂きました」
俺の法術? 確認しようと思い、彼女の顔を見て気付いた。目が真っ赤だ、表情からすると泣いていたっぽい。それに少し様子がおかしい気がする。
「えっと泣いていたんですか?」
「だって、蒼様、急にお帰りになってしまうから、ご機嫌を損ねたのかと思って・・・。」
俺のせいかっ!
そういえば話の途中で順一に起こされたんだった。
だとしたら悪いのは順一だ。
「すみません・・・。今朝は途中で友人に起こされたんです」
「そうだったんですかっ!」
彼女の表情がパッと明るくなる。
俺は姿勢を正し本題を述べた。
「今日はフレイア様にお聞きしたい事があって参りました」
・・・・・・
こちらを見つめるその双眸から涙が溢れ出しそうになっている。
なんでっ!
「えっ! ちょっ」
「・・・や、やっぱり、怒っておられるんですね。蒼様に嫌われたら、わた、わたし・・・」
彼女は小刻みに震えている、今にも泣き崩れそうだ。
「待って下さいっ! 本当に怒ってないですからっ!」
「じゃあどうして、そんなお話しの仕方するんですかぁ?」
えっ? そこ
「あなたは女神様なんですよね?」
「はい、そうです」
「俺、いえ、私は人間ですよ?」
・・・・・・
・・・・・・
少しおいて彼女は・・・ちょっと笑顔を見せた後、頬を膨らまして
「ヒドイっ!、ヒドイです蒼様っ!。私をからかってるんですね?」
ちょっ、カップルがじゃれ合ってる風になってる!
何か良いなぁこういうやりとり・・・まてまて、それより、何だ? 俺、人間じゃない認識?
どう返せばよいのか分からず、俺は無言でフレイアを見つめる。
・・・・・・
「えっと、本気で言われてるのですね?」
フレイアの顔も真剣なものとなる。
・・・・・・
「いえ、ありえません。蒼様は神族のはずです」
いや、俺が神とかありえないから
「理由を聞いても良いですか?」
「わたしが心送法術を使う際に、受心者に特定の条件付けをしています。その中に男性の神族である事も含まれています」
「えっと、心送法術ってなに?」
「受心者の精神体を自分のいる場所に呼ぶか、自分の精神体を飛ばせます」
という事は
「今のこの状況は夢では無く、心送法術・・・つまり現実という事か?」
「夢だと思われてたんですか? 違いますよ、その証拠に意識はハッキリしてますでしょう」
辻褄は合う。
フレイアが夢の登場人物でなく、実在しているとしたら嬉しい。だが
「でも受心者は神族でなくても大丈夫なんだよね」
「はい」
「それなら・・・」
フレイアが法術を失敗した可能性を口にするか迷う。
「蒼様、前回は確かにわたしが蒼様をお呼びしました。なので、私の法術の失敗の可能性もありましたが、今回は蒼様が来て下さりました」
「どういう事」
「今回の送心法術の使用者は蒼様という事です。そして、心送法術は人間には使えません」
確かに今回は寝ていないはずだ。寝袋に入ってここの事を思い浮かべただけだ。でも
「やっぱり、何かの間違いだと思う。俺は法術なんか使えない」
「いえ、心送法術は思いの丈だけで起動できます。」
確かに寝る時、ここに来たいと願った。
「でも、俺は本当に唯の人間だよ」
フレイアは本の数秒瞳を閉じて考え込む。