「複製自我」
「複製自我」 b
プロローグ 2114年 日本
2060年頃まで上昇を続けた地球の気温はその後、急激な寒冷化に見舞われた。それに伴う食糧不足を起因とした第三次世界大戦が発生し、戦死及び餓死で数多くの人々が亡くなった。2080年、第三次世界大戦に続く第四次世界大戦が勃発。この戦争は2113年に収束したがWWⅢを上回る30億人という犠牲者を出し、世界人口は20億人にまで減少した。
WWⅢでは犠牲者を大量に出した日本だったがWWⅣではついに一滴の血も流さずに日本は勝利した。それはひとえにある一人の男が開発した自己適応型人工知能(Self-ecad artificial intelligence)頭文字をとって通称SAIによるものだろう。このSAIを搭載することで兵器は小型化、高スペック化、そして非人道化を可能にしたのだから。
[Ⅰ]
神をあなたは信じるだろうか。病院のベッドに横たわり、何本もの管を繋がれた女性の手を握るこの男、吉田孝也は少なくとも信じない。それどころか嫌悪さえ抱いているだろう。妻を病に陥れた神を、自らが神になろうとするほどに。
彼の妻、吉田麻衣は三年前二十七歳でALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症した。ALSは十万人に一人の難病と言われ、麻衣の様に若年で発症するのは一層珍しく、2070年現在でも効果的な治療法は見つかっていない。
運動神経の信号が阻害される病気で進行が極めて速く、人工呼吸器による延命は可能だが肺炎、窒息、冠不全、心停止及び肺塞栓などを合併して発症し亡くなってしまう。そして、現在麻衣は完全に自らの力で意思疎通することができない。体中にサイボーグ型運動補助ロッボトを装着すればコミュニケーションをとれるが既に細くなりきった彼女の筋肉は機械の補助で伸縮させるだけでちぎれてしまう。しかし、そんな妻を見る彼から悲壮感は感じられなかった。
[Ⅱ]
時間はやや前後する。
「やっと」
思わず彼の口から言葉が零れる。
三年前、麻衣が病床に臥してから彼はAI(人工知能)の研究を続けてきた。既存の多くの機械に用いられているAIはトップダウン型という種類のもので仕組みが分かっているものに関して知識を大量に与え、その中から将来使えそうな情報を得るというものである。しかし、彼の創ったモノはボトムアップ型AIあるいは人工無脳と呼ばれ人工知能と対応する存在である。これは事象に対してわずかな知識を与え失敗を繰り返し学習させることで知能を発達させるというものである。つまり、本当に人間の知能を生み出すのだ。彼のこのAIは自己適応型人工知能又は英語の頭文字をとりSAIと呼ばれている。長年、人間と同じ知能を機械に与えることは不可能とされていた。しかし、彼は思考を事象に対する「自我」による反射行動だという斬新な仮説のもとSAIの開発に試みた。
「自我」とは人が生まれながらに保持する
自分はこうあるべきだというセルフイメージのことである。このセルフイメージはその人物の経験や性格に依存して生み出される。つまり、この「自我」は唯一無二なのである。そしてこの「自我」さえプログラムとして変換できれば、既に開発されている単純な動きしかできないボトムアップ型AIに搭載するだけでそれは真の知能の完成となる。
また、思考を「自我」の反射とするなら思考を行う際、神経信号が出される。そして、神経信号が出されるときに発する生体電位信号を読み取るテクノロジーは現在から約60年前頃からサイボーグ型ロボット技術として下肢の運動が不自由な人々に役立てられており、現在では全身に至るまで医療の現場で用いられている。つまり、その生体電位信号の記録があれば「人間のアルゴリズム」つまり「自我」の複製が可能となる。しかもその「自我」は経験からつくられるもののため記憶をも引き継ぐ。よって真に人間のコピーが可能となる。彼はこのSFのような研究をたった三年で成し遂げてしまった。
[Ⅲ]
ピッ、ピッと無機的な電子音が響く。孝也は麻衣の担当だった医師と頷きあい、人工呼吸器の電源を落とした。数週間前から肺炎を患い、危ない状態が続いていた麻衣は一度は小康状態を保っていたが先程、息を引き取った。しかし、孝也に落胆は見られず、茫然自失になっているわけでもなかった。
[Ⅳ]
孝也は胸が高鳴っていくのを感じていた。遂にもう一度妻と会い、話すことができる。彼はわずかに震える手でプログラム化した麻
衣のアルゴリズムを専用のティッシュ箱程の大きさのボトムアップ型AIにプログラミングした。
ロボットの電源ボタンを押すと麻衣のAIが起動する。
「麻衣、分かるか?」
「孝也、私って病気じゃなかったっけ?それとも、もうあの世なのかな。」 「麻衣、君は一度死んでしまったんだ。だか ら君の魂が生きられるように、リアルの君を僕が複製した。」
「わたしを複製?」
「ああ、コピーした。」孝也は嬉々として答えた。
「じゃあ今の私は偽物なの?」麻衣の声は震えていた。
「いや偽物じゃない。本物と全く同じ存在だ。」
「でもコピーなんでしょ。偽物となにがチガウノ」麻衣の声にノイズが混ざる。
「お、おい、どうした麻衣?」今まで孝也は気づいていなかったのだ。自分が偽物だと、造られた存在だと告げられた時人間の精神はどうなるのか。
「どうしたんだ?」彼は焦っていた。やっと再会したと思った妻が理解できない論理エラーを引き起こしていることに。
「ニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセモノニセニセニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニセモノニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニセニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニ、ギギギギギギギギギギギギイギイギギギギギギギイイイイイギギギギギギギギギイギイッギギギイギギギギギギギギギギギギギギギギギイギギギギギギギギギギイギギギイギギギギイギギギギギギギギギイギギギギギギギギギギギギイギギイギギル、ギギギギギギギギギギイギギギギギギ
ギギギギギギギギギ、ギギルggg・・・」
異常な音を発しマイの複製自我は崩壊してしまった。彼の妻は蘇らなかった。
所詮、人間が人間のコピーを創るという神の領域に達することは不可能だったのだ。彼は神にはなれなかった。
[Ⅴ]
彼はその後、すぐに自殺してしまった、彼自身の自我をプログラミングしたものをもう一度複製した麻衣の自我と共に残して。彼は妻に会うことができたのだろうか。
エピローグ 2080年 日本近海
ひとりの戦闘機パイロットは見えない敵に仲間が撃墜されていくところを茫然と見つめていた。どこだ、どこにいる。彼は周囲を見回す。すると数メートル前方に何か灰色の物体が見えた気がした。あれか、あれが仲間を撃ち落としていたのか。自問する。しかし、どこの国にもあんな小さく、速く、レーダーにも映らず、戦闘機を撃墜する兵器が存在するとは思えない。
「Our Father, which art in heaven,
hallowed be thy name;
thy kingdom come;
thy will be done,
in earth as it is in heaven.
Give us this day our daily bread.
And forgive us our trespasses,
as we forgive them that trespass against us.
And lead us not into temptation;
but deliver us from evil.
For thine is the kingdom,
the power, and the glory,
for ever and ever.
Amen.」
彼は得体の知れない悪魔の恐怖に耐えるしかなかった。
彼が日本軍のSAI搭載兵器について知るのは後のことである。
中学生です故、まだまだ稚拙ですが、勢いで投稿しました。




