転校生
【2―3】
「はよ~っす...うわっ!?」
教室に入るなりいきなり野球部のバックが飛んで来た
バフッ...
しかし、なんなくキャッチする
飛んできたといっても勢い良くではなく、入り口とは反対側の窓際から弧を描きながらなので落ち着いて見れば十分キャッチ可能だった
しかも、ここ最近毎朝の行事となっていたので冷静に対応できた
「なんだよ、取ってんじゃねーよ」
ニヤニヤしながらバックの主が毒づく...だけど、言葉に棘はない
「ふむ、ゴミが飛んで来たな。これはゴミ箱行きで良いよな?」
そう言って肩掛けのヒモを掴み黒板と入り口の間に設置されてあるゴミ箱の上空にバックを垂らす
「あっ、あっ、ごめんなさいごめんなさい!」
バックの持ち主が慌てながら頭の上で両手を合わせながら早口で謝る
しばしジト目で睨んだ後ため息ひとつ吐いてバックを肩に掛けて歩く
ふと、教室の中の雰囲気が浮ついてる事に気づく
「お前も懲りねーな優介」
苦笑いしながらバックの主に投げて返す
「うっせーな!ウラギリモノに天誅じゃー!」
こいつ、谷津優介とは小学校からのダチだ
俺に彼女が出来たもんだから毎朝僻んでくる
「なんか、今日やけに賑やかじゃね?なんかあるの?」
「ふーん、お前なんかになにも教えてやらーん」
唇を尖らせあさってを向く
やれやれ、すっかりひねくれてやがる
鼻でため息を吐き右ポケットの中に入ってる飴玉をひとつ投げた
「おっとと!梅味イーネ♪」
中学に上がった頃から習慣になった恒例の飴玉交換だ
事あるごとに交換するので常にポケットの中に忍ばせてある
今回は、まぁ~ご機嫌取りって事で催促するのは止めておこう
ポケットの中の飴玉をもうひとつ取り出して自分の口の中に放り込む
「で、なにがあんの?」
「んー、なんか今日転校生が来るみたい」
梅味を口に含みすっぱそうに顔をしかめながら言う
「転校生?こんな時期に?」
「事情まではわかんねーけどな。3姉妹で一番上のお姉さんは保健の先生らしくて、このクラスに来るのは次女らしいぜ」
「って事は、三女は1年か」
「だな。で、職員室呼ばれた委員長がウチのクラスになるからって事で紹介されたみたいなんだけど、委員長曰くすっげー可愛いかったらしいのよ!」
「ほ~。それで男子連中がそわそわしてるのか」
へぇ~って顔をして教室を見回してる俺の横で優介がネコみたいな顔してニヤニヤしだした
「美雪ちゃんにチクっておくか!『孝太くんが転校生の女の子に鼻の下伸ばしてました~』ってね♪」
「ばっ!?ふっざけんな!伸ばしてねーし!伸ばさねーし!」
急にそう言われて、美雪の脹れる顔が目に浮かび思わずどもってしまう
「ほほ~ん?へぇ~。」
悪い顔でより一層ニヤニヤしながら優介が俺の顔を下から覗いてくる
だめだ、完全に動揺してしまって説得力が...
キーンコーンカーンコーン
「おっ!ほら、予鈴だぜ!席戻れよ」
窓際後ろの俺の机に座ってる優介を追い払ってカバンを置いて座る
◇ ◇ ◇
「あー、委員長から話回ってると思うが、今日からこのクラスに来ることになった編入生だ。自己紹介をお願いします。」
そう言って隣に立つ少女にチョークを恐る恐る渡す
心なしか先生が緊張して見えるけどどうしたんだろう?
カッカッカカッ
軽快に黒板に名前が書かれる
【琴宮 明日香】
「帝都聖女学館から編入する事になりました琴宮明日香です。家庭の事情で途中からの参加となりますが、早く馴染めるように頑張りますのでどうぞよろしくお願いします」
そう言い深くお辞儀をして微笑む少女は腰まであろう艶のある綺麗な黒髪をツインテールに結び気品のある出で立ちでクラスをゆっくり見回した
直後クラスの中がざわめく
「聖女学館ってあの"超"が付くお嬢様学校?」
「聞いた事ある。成績も全国レベルが多くて、さらに家柄を重視するっていう雲の上の所じゃん」
俺の席の近くからそう聞こえた。たぶん、廊下側の連中も同じ様なこと言ってるんだろう
ただ単に美少女がクラスにやってくるって事でお祭り気分になってたクラスが予想外にとんでもない所からの転校生ってことで、女子までどよめいている
俺も聞いたことある。たしか親や家族、親戚絡みが大きな企業のトップとかで、世界に影響を与える程の財力を保持していると聞いた
その御息女ともなれば誘拐や犯罪に巻き込まれてしまうと言う事で設立されたとんでも学園だったはず
結構な森の中で全寮制、セキュリティーが国家レベルで一切の内部事情がわからないっていう都市伝説にも数えられる学園が帝都聖女学館だったはずだ
一般人がお目にかかれる事なんて一生ないはずなんだが...
丁度、廊下側からクラスを見回していた琴宮と目が合った
ゾクッ...
背筋に悪寒が走った
それまで上品に、気品のある優しい微笑みでクラスを見回してた彼女が不意にうつむいた
その前髪の影から別人と思える鋭い視線へと変貌させ俺に突き刺して来たのだ
こめかみから汗が流れた
一瞬目を逸らせてからもう一度彼女を見た時にはさっきまでの微笑みで正面を向いている
(あれは何...?)
「それじゃあ、琴宮さんは目は悪くありませんよね?廊下側から2列目一番後ろが空いてますので、そこへお願いします」
先生が恐縮しながら琴宮に告げる
「はい。かしこまりました」
にこやかな顔で返事を返すと指定された席へと歩いて行く
またあの鋭い視線を向けられるような気がして窓の外へ視線を逸らしてしまう
席に着き廊下側一番後ろから3列目、琴宮の左隣に座っていた優介に「よろしく」と声を掛ける
「はっ、はいッ!よろしく!!」
緊張のあまり立ち上がり椅子が勢い良く飛んでいく
ガターーン
「どうした谷津ー?そんな緊張しなくてもお前にゃ高嶺の花だから安心して諦めろー」
っと先生
クラスの皆がどっと笑う
恥ずかしそうに椅子を戻して座る優介...その向こうで琴宮も口元に軽くこぶしを作って笑っている
さっきのは偶然か、はたまた見間違いなのか?
まだ冷たく跳ね上がる鼓動を撫で下ろしながら、だいぶ遅れて俺も笑う
自分でも分かる。硬く引きつった笑い顔になってる
そしてまた琴宮と目が合う...あの鋭い視線で。。。
◇ ◇ ◇