第31話 つべこべ言わずに走って来て下さい
「ライルお兄様!お兄様も訓練ですか?」
「あぁ、訓練というか見学かな?騎士団に報告に寄ったらリーシュたちが今日はここにいるって聞いたからな」
「そうだったんですの……。ミルさんもリメイさんもすごいのですわ!戦闘とは思えない華麗さに見惚れるほどだったのです!」
え、そこなの?確かに扇での戦いは戦闘力というより見た目の華麗さを求められる。何しろ主に使い手は王族所縁の人々に限られる。稀に王族の血縁を狙うお嬢様方や暴力的な見た目を避ける聖女の方が見た目や実用性を考えて習われることもあるとか。学院では希望者受講になっているが依頼の内容によって急遽で見た目だけでも修める人は多い。学院生の場合、見た目の派手な物を修めてその見た目に人の目が集まっている間に魔術で何とかする人が多いという現実がありますが。
「まぁ……扇術は八割見た目に特化していると言っても過言がありません。周囲の気付いた方がいてもそれをごまかす派手さが扇術の特徴とも言えます。大きな立ち回りをするよりも護衛が割って入るまでの時間を稼いだり周囲の人々に気付かせることができればいいのです。」
「リーシュも知ってしまったからには特訓が始まるんじゃないか?俺はさすがに扇術はわからないが相手役で手伝うくらいはするから頑張れよ。……怪我しない程度にな」
昔、婚約中に張り切って覚えようとしたティアリル様と特訓しようとした王妃様が怪我をしたという逸話があるとか…。いや、居合わせたから知ってるんですが。爆笑すぎる結末は居合わせた人たちの腹筋を崩壊させるほどの破壊力だった。しかもお二人は思考パターンが似ているのか同じような事件を何度も引き起こして伝説と化しそうな勢いに。いつか王宮の伝承とかで残るんじゃないかと思ったりする。
「扇術にしても魔術にしても体力は必須ですわ。リーシュ様もメルナもつべこべ言わずに走って来て下さいな。あんまりとろとろしてると後ろから炎で追撃しますわよ」
『ひぃっ!?』
そしてその日は訓練場を猛ダッシュで逃げる二人の女の子と追いかけまわす火炎の蛇が観測されたとか。訓練場の隅では三人の保護者が雑談。
どうやら来る途中でミリュエル様の部屋にも寄ったらしいが先日、王妃様に誘われて参加したお茶会で散々だったらしくふてくされていたとか。そろそろ気づくかなぁ……?
「で、散々だったとは聞きますが大丈夫なんですか?」
「あぁ、もてなしたのは他国から来られていた文官夫妻だったがこちらの参加者は内情を知るものばかりだったのでうまくごまかしたりフォローしたりしたらしい。リーシュのほうに話を振ってそちらに目を向ければ双子ということもあってごまかしやすかったらしいな」
「なるほどねぇ。確かに双子の片方がわかっていれば同じくらいと思われても不思議はないものね」
気軽なお茶会、と言えども社交の一つ。情報を仕入れ、自身を売り込み、伝手を作る。その為には話術も必要になるし話題を理解する知識も必要になる。その為の授業はリーシュ様にはすでに完了している。まだまだ若いこともあって慌ててしまったり知らないことが出て首を傾げたりすることはあるがそれはそれで初々しいといった風に取られて場が盛り上がったとか。なおかつ学ぶことに飢えていたので積極的に質問して興味を持ってもらえたことに喜んだお客様は是非、我が国にも遊びに来て下さいと招待の約束ももらったとか。なかなか良い感じに収穫があったようだった。
さて、知識封鎖に陥っているミリュエル様だが突破する方法は一つ。勉強することの必要性に自分で気づいて家族、もしくは教師陣に相談すること。これは王様と相談して決めている。そしていつまでも気づかず遊びまわるばかりでひと月を過ごすようであれば、国内で王様が決めた相手に降嫁させると言っていた。
「ライルも今回の処置は聞いてるんでしょ?兄からみて妹ちゃんはどうなの?」
「うーん、ミリーはなぁ……。感情の起伏が激しいというか、感情に対して素直というか……。生まれた時は兄弟で初めての女の子だったのもあって皆浮かれてたからなぁ。小さい頃はもう、めっちゃかわいかったんだよな。おにいちゃまー遊んでくだちゃいー。って」
昔を思い出しているのかでれでれしているライル。あー、はいはい。それでついつい甘やかせる流れが続いたんですね。後は双子と言えども性格の違いなのかこうなっちゃったってことね。
「はいはい、おにいちゃまとしてはいいわけ?適当なところに降嫁って」
「気付かないなら王族として向いてないんだよ。向いてないのに無理させるのも可哀そうだろ。まぁ貴族であってもあんまり良くはないけどな」
「まったくですわ……。ですが王が選ぶ相手がそう悪いとは思いませんわ。王が任せることが出来る相手を選ぶということでもありますし」
「まぁね。さすがに親としてそこまで鬼にはなれないでしょ~。どっちにしても今が頑張り所ってことだけどね」
今回の話にちらっと出てきた王妃様たちの爆笑事件は…。
王妃「いいですか?投擲する場合にはこのように要の部分を持って手首のスナップで投げるのです」
ティアリル「はいっ!こうですか!……あれ、あまり飛びませんわね……」
王妃「まだまだ手首の返しが甘いですわ!そして逆に投擲されたものがある場合には防ぐためにも扇を使うのですわ」
ティア「わかりましたわ。大きめに作られているのはそういうことにも使えるからですのね」
王妃「それでは今日の特訓の復習ですわ!行きますわよ!」
ティア「はいっ!どんと来いです!」
『とうっ!』
ひゅーん!ごつん。
二人が同時に投げた扇はそれぞれ二人の額に直撃しお互いを沈めるという珍事件。
お互いに相手が扇で防ぐだろうと思った、というどこか似た者の嫁姑のお話。




