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灰かぶりの魔法使い  作者: 山崎空
1.ひとりからふたり
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魔法使いの戸惑い03

 さて、私の事情はおいておいて、幸には相変わらず恋愛の「れ」の字もない。告白はされてるようだが、青少年達の恋心をすっきりばっさりクラッシュしているらしい。

 友達と遊んだり学校行事に励んだり、部活を頑張ったりするで忙しいそうだ。

 良いことだ。……あれ、いや、良くないのか? ……いや、それで幸が楽しいならやっぱり良いことだ。

 

 今のところ色恋には興味がないとの事。

 そんなことより今度の日曜遊園地いこうよ、と言われてつい二つ返事で了承してしまった。 


 普段我侭を言わない幸の、たまにでるお願いは可愛いものなので、いつもいつも私は頷いてしまう。

 まあ、特に用事もないし惰眠をむさぼるだけなら、幸と一緒に遊びに言ったほうが時間も無駄にならないだろう。


 今度の日曜は、必ず入ってるバイトが珍しくない。毎月一日くらいは日曜にバイトを入れない日を作ったほうが、身体的にも楽だからそうしているのだ。




 日曜は見事に晴れた。雲ひとつない晴天だ。

 この間買ったばかりのシフォンブラウスは幸に良く似合っている。

 こんなに可愛いとよからぬ輩のナンパが心配だ。まあ今日は私がいるからいいか。


 都心に近い有名なテーマパークは、日曜なだけあってすごい混んでた。アトラクションに乗るだけで二時間待ちとかざらだ。

 そもそも入場するだけで三十分かかった。

 

 その時点で私の心は早くも折れそうになったが、幸が何だかすごく楽しそうにしていたので何とか耐えた。


 親子連れが圧倒的に多くて、走り回る子供や迷子になる子供、ベビーカーに繋がれた風船が飛んでったりと園内はどこもかしこも騒がしい。

 幸がすれ違う親子連れを少し羨ましそうに見ているのには気がついた。

 気がついたところでどうしようもないけれど、そっと手だけ握っておいた。


 絶叫系のアトラクションに二回ほど乗ったあたりで時間はあっという間にお昼になった。朝早く出てきたのに待ち時間でほとんどが潰れたのだ。

 そしてレストランですら三十分待ち。

 ようやく席に座れた頃には、私はくたくたでテーブルに突っ伏したが、幸は相変わらず笑顔で元気一杯だった。


「北斗ちゃん、疲れた?」

「幸ちゃんよりは年くってるからね、きっと若さが足りないんだと思う」

「……楽しくなかった?」

「いや、楽しいよ。こういう場所、来たのは初めてだから」


 そう。

 何を隠そう、私はこういったテーマパークに来るのは初めてだ。


 昔こういう場所に家族で出かけると言った日、幸か不幸か熱を出し、父と二人お留守番になったのだ。

 それっきり。そもそもどこかに連れて行ってもらうという事はなかった。

 

「本当? わたしも初めてなの。お父さん、いつも忙しくて。面倒見てくれてたお祖母ちゃんに、老人会の催しには連れて行ってもらったけど」

「じゃあ初めてでお揃いだね」


 そう言ったら、幸はますます笑顔になって、疲れていた私にも、少しだけ元気が復活した。


 楽しいのは、嘘じゃない。


 幸が楽しそうなら、私も十分楽しいのだ。



 嗚呼、そう思うようになった私は、やっぱり少し前と変わってしまったのだろう。

 変わるのは怖いと思っていたのに、そうきちんと認識した途端、戸惑いや怖い気持ちは解けて消えた。

 

 幸が幸せになるかどうかを知りたかったのは、所詮私の好奇心を満たすためで。


 でも今は、幸が笑っているならそれでいい。

 誰か王子様が幸を見つけなくても。シンデレラと同じ結末にならなくても。

 幸がこうして楽しそうに、嬉しそうに笑っているなら。


 その世界を私が守れるなら、それでいい。

 


 * * *



 あけて翌週水曜日。


 今日も今日とて空いた時間に私はいくつかある庭園に向かい、そして男子学生に出くわした。


 私と男子学生のいる場所は今日は講堂の横の庭園だった。

 本当に毎回どうして時間も場所も重なるのかわからない。

 今日の先客は男子学生のほうだった。前回の気まずい空気を思い出し回れ右して立ち去りそうになったものの、それは逃げるみたいでなんか腹が立つ、という思考のせいで、私は今日もいつもと同じように男子学生の横に腰掛けた。そうしたら、男子学生はリュックをごそごそあさって何かを取り出した。


 「はい、あげる」


 そう言われて目の前のテーブルに置かれたのは、何だか最近どこかで見たような、見覚えのあるキャラクターがプリントされたお菓子のカンカン。

 他でもない、この間幸と言ったテーマパークの土産物である。


 驚くより先に、こいつ何考えてだという視線を相手に投げた。


「お土産。チョコレートだけど、嫌いだった?」


 いや、甘い物は嫌いじゃない。チョコレートは大好きだ。クリスピーチョコならもっと好き。

 しかし私が聞きたいのは土産の中身ではない。

 

「この間従兄弟に道連れにされて、遊園地に行ってきたから」


 遊園地といえば遊びに行く場所だが、道連れといわれると苦行みたいに聞こえるから不思議だ。

 まあ私と一緒で一人が好きなら、あの人ごみは苦行だろう。

 私も幸が一緒でないならまた行きたいとは思わない。

 しかし待ってほしい、そこでどうして私にお土産を買ってくる?


「何で?」


 思わずポロリと言った。

 だって本当に理解できない。


「切っ掛けが必要だと思って」

「何の?」

「自己紹介する」


 相手から飛び出た言葉にとうとう私はぽかんと口をあけた。

 二度と話しかけてこないだろうと思っていた相手が、前回の事などまるでなかったように話しかけてきたのにもびっくりだが、自己紹介をしようと思ってた事実にもびっくりだ。


 男子学生は少し照れたように笑って言った。


「俺、人に興味とか、なくて」


 いきなり自分の事を言われたような気がしてどきりとした。

 そこからして一緒だったのかと思うと何やら運命めいていて怖い。


「友達とか、別にいなくても平気で、今まで別に困らなかったし。こういう静かな場所、探して一人でいるのが好きで。前のキャンパスでも同じ様な雰囲気の場所を探して過ごしてた」

「わかる」

 

 反射的に答えた後で、慌ててぱっと自分の口をふさいだ。

 恐る恐る男子学生を見れば、彼はますます笑顔になっていた。そうすると、ぼんやりした印象が少し明確になるから不思議だ。


「うん。何回か遭遇するうちに、君が俺に似てるのには気がついた」


 そうだ。私も同じように気がついた。

 私は今鏡を前にしているのだろうか。目の前にいるのが何だかだんだん自分に見えてきた。


「自分に似ている人間に、会ったのは初めてだった。何ていうか新鮮だったけど、戸惑った。珍しくわいた興味も、どうすればいいかわからなくて。話しかけてみたけど、結局失敗したから、何かもう一度話しかける切っ掛けがほしかった」

「……それで、お土産?」

「そう。従兄弟が、それなら土産を使えって」


 何て言ったのかはわからないが、そりゃ絶対からかわれただけだろう。

 第三者の立場なら気がつくのに当事者だとそれに気がつけなくなるのか。とすると私もそうなる可能性が高い。気をつけよう。


 とりあえず今回の場合は、結果的に成功した事になるのだろうか。


「俺は黒崎昴。経済学部の三年。……君は?」


 男子学生は、少し力が抜けたように言った。

 私も何だか力が抜けて、実に自然に返答した。


「柏崎北斗。文学部の、三年」


 およそ七回目の遭遇にして初めて、私達は互いの名前と学部を知った。


 それから、名前もなんか似てる、と言う話になったり、実は同じテーマパークについこの間行った、という話を暴露してみたり、なんとそれが同じ日だったりと色々話題が尽きなくて。


 その日から、男子学生、改め黒崎昴は、私の大学生活初めての、友人となった。



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