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灰かぶりの魔法使い  作者: 山崎空
1.ひとりからふたり
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魔法使いの戸惑い02



「北斗ちゃん、最近元気ないね」


 幸にそう言われて初めて気がついた。

 そうか、私元気ないのか。





 幸の高校生活は相変わらず順風満帆らしい。いい事だ。幸が幸せそうに笑っていると何だか嬉しい。



 元気がないと言うか、何か戸惑ってる原因は分かってる。

 私の見つけたくつろぎスポットに、ことごとく現れるあのぼんやりとした男子学生のせいだ。


 七号館横の庭園を放棄してから、私はまたいくつかいい場所を見つけた。

 流石に広いキャンパスなだけはある。

 探索にはもってこいだ。


 あの庭園と同じような場所は、実はキャンパス内にいくつかあった。

 どれも背の高い植え込みが密集していて、とても中に小さな庭園が隠れてると思えない場所にあった。


 植え込みはどうやらわざと迷路のように組まれたらしい。

 七号館の植え込みは、比較的あっさり庭園にたどりついたが、講堂の近くにある植え込みは、行き止まりがあったり結構本格的だった。


 何を意図して作られたのかは知らないけれど、私が一目ぼれした光景があちこちにあるというなら七号館の場所なんぞ放棄しても痛くもかゆくもない。





 ――そう思ってた時期が私にもありました。


 何故か、私が見つけた場所に、同じように例の男子学生が現れた。

 ある時は先客だったり、ある時は植え込みの入り口で遭遇したり。

 二回目は偶然だと言えただろう。三回目もかろうじて。四回目、五回目はもう無理だった。

 男子学生が私と同じように、キャンパスを探索して一人になれるような良い場所を探しているのには薄々気がついていた。


 そして誰かがくると他の場所を探す。恐ろしいことにそれも一緒。

 私は始めて出現した自分と同じような人間に、少し戸惑った。

 私達は互いに遭遇するたびに軽い挨拶をして、避けあい、また遭遇する。

 

 だから――六回目に遭遇した時は、もう場所を譲るのもやめた。

 そして向うも同じように考えたんだと気がつくのに、そう時間はかからなかった。




 * * *




「こんにちは」


 その声に、顔を上げる。

 今日は教授の都合で突然休講になった三限目を、七号館横の庭園で過ごしていた。

 庭園の入り口には、すっかりと覚えてしまった男子学生。

 それにしても、何でこうも会うのだろう。大体今は授業中だ。私は休講になったからいいとして、彼は何故ここにいる?


「……こんにちは」


 立ち去るのも止めて、そう返す。


「隣、座ってもいい?」


 男子学生が言った。これは初めて言われた。今まで、だいたい会った途端どちらかが立ち去るという感じだったからだ。


「……どうぞ」


 ここは私だけの物ではないため、そう答える。

 最初に外面をつくろうのを忘れたせいか、私の返事は毎回無愛想だ。が、親近感がわいた事もあってせっかくの一人の空間が邪魔されるのを、それ程嫌だとは思わなかった。

 男子学生の印象がぼんやりしていて、存在感が薄いせいかもしれない。


「ありがとう」


 いつかのように、男子学生はお礼を言って私が座るベンチの、空いたスペースに座った。

 背が大きい彼は、座ってもやっぱり私より大きい。


「……いつも、何読んでるの?」


 気にせず本に集中し始めた私に、男子学生がおもむろに聞いてきた。


「……ホラー作家の新刊本」


 ぼそりと、やはり無愛想に答える。どうして素直に答えたのかはわからない。なんとなく、と言う言葉が一番しっくりくる。

 妖怪モノを書くのが得意な作家で、内容も結末もいつも殺伐としているが私は結構好きである。この本は主人公が、自分を忌み嫌う実の母を目の前で妖怪に食われ、死に物狂いで逃げ出すところから始まる。


 主人公を散々苛めていた母親が、あっという間に妖怪に食われていく様は読んでいて気分がすっとした。という時点で、私の性格のゆがみ具合を改めて認識できる。


 多分私は、あの魔女が死んでも泣くことも悲しむこともない。


「怖いの好きなの?」

「別に、特には」

「じゃあ本を読むのは好き?」

「……好きだけど」


 答えながら、何で今日に限ってこんなに話しかけてくるんだ、この男は、と思った。

 私と一緒で一人が好きだと思うのだが違ったのだろうか。


「そっか。俺も好きなんだ。本読むの」


 そう言われても、正直困る。「そう」と言う以外どんな答え方があったのか。

 どう反応すれば良いのか戸惑ったのが伝わったのか、男子学生は苦笑して、会話はそれっきり不自然に途切れた。

 相手も多分、こんな風に会話する事に慣れてなかったんだろう。

 

 わざわざ慣れない事をして、何がしたかったんだろう。

 本に視線を戻しながらぼんやり思った。

 

 会話はもうない。

 男子学生は同じように本を読み始めている。

 何か答えれば良かっただろうか。けれど何を答えれば良かったのだろう。そもそも他人に興味をもたれたのが初めてで対処の仕方が分からない。詳しく言うなら本当に興味をもたれて話しかけらたのかどうかも分からない。

 

 もう多分話しかけてくることはないな、と漠然と思って、それが少し残念なことのように思えた。

 他人なんぞどうでも良いと思ってる私がそう思うとは、誰が予想しただろうか。

 幸に関わるようになって、私は少し変わったのかもしれない。それはそれで少し怖い。

 このまま変わったらどうなるのだろう?

 


 どこか気まずい空気が横たわったまま、どちらも移動することなく、そのまま時間はゆるゆると過ぎていった。



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