魔法使いになるまで06
所詮私は自分勝手だ。何とでも言えばいい。
私は、包み隠さず正直に幸に言った。
シンデレラみたいな境遇の幸の、将来が気になるから色々面倒を見ることにしたと。
魔法使い宣言で、ぽかんとなってしまった幸がちゃんとそれを聞いていたのかは謎だけど。
今まで助けようとも庇おうともしなかったのはまぎれもない事実だし、いきなりこちらと仲良くしてくれと言ってもできないだろうから好きにしていい。
これからは、幸の好きなように生きればいい。
一緒に暮らす上で最低限のルールさえ守ってくれれば私は一切口出ししない。ここにはあの魔女も、娘もいない。幸の行動をいちいち報告する気もないし、監視する気もない。だから自由にしていい的な事をさらにざっくり伝えてみた。
しばらく反応を待ってみたけれど、呆然となった幸はそのままの状態でなかなか戻ってこない。
まあ今まで散々苛められ虐げられ続けて、突然好きなようにしろ、お前は自由だ何て言われても困るだろう。
その困るだろう事を今まさにしたわけだが別に後悔はしてない。
この先一緒に暮らすなら、私のこの性格にさっさと慣れるべきだと思うからだ。
記念すべき同居一日目は、結局幸の意識が戻ってこないままこうして終わった。
――あけて翌日。
いまだ現実を理解できないでいる幸を連れまわして必要なものをあらかた買い揃えた。
こんなに散財したのは、多分初めてだと思う。
そして自分以外の誰かのためにお金を使ったのも。
こつこつ貯金していた金額は一気に減ったけど、幸が泣きそうな顔でお礼を言ってくるからそんなに悪い気分じゃなかった。
それにこれは自分の、好奇心を満たすために使っているのだ。結局自分のために使っているといっても過言ではない。
高校の制服に学用品、普段着の服にパジャマ、新しいカップ、グラス、靴、小物、買ったものを上げるときりがない。
一緒に暮らし始めて二週間ほどして、ようやく幸は今までの惨めな生活から抜け出せたという事実を受け入れた。
そうこうしているうちに時間はめまぐるしく過ぎて日にちが過ぎ、幸は無事に高校に入学。
せっかくの祝い事なので、大学の授業が休講になったのをこれ幸いに、色々料理を作ってケーキまで用意して、入学式から帰って来た幸を出迎えたら。
――突然、幸が声を上げて泣き出した。
* * *
うわああああん。
小さい子供みたいな泣き声が、自分のものだと理解できない。
涙がぼろぼろこぼれて新しいワイシャツの襟を濡らした。
近所迷惑なほど大きな声が喉から悲鳴みたいに溢れてくる。
目の前に立つ北斗は、びっくりしたような顔で固まっている。
嗚呼、嗚呼、わたしは一体どうしたのだろう?
希望も見えなかった中学の入学式とは違って、高校の入学式は色々な期待と、どきどきに溢れていた。
継母と義姉の存在がないというだけで、こんなにも心は前向きになれるらしい。
ついこの間までその事についての実感がなく、自由である事実を本当に受け入れたのはつい最近だ。
一緒に暮らし始めて、北斗は幸に最低限の生活ルールを告げた以外、特に口出しはしてこなかった。
それどころか新しく色々な物を買ってくれた。
洋服も、小物も、本も携帯も。
最初の宣言どおりに、本当に魔法使いみたいだった。
いつか嵐が通り過ぎればいいと、縮こまっていた。
もしかしたら幸はいまだに嵐の中で、これは幸せな夢かもしれない。
そう思うたびに朝起きるのが怖かった。この幸せな、一人ぼっちじゃない夢が崩れてしまうかもしれないから。
いつまでも前を向けない幸に、北斗は呆れもせずにただ繰り返し言ってくれた。
『これは、現実だよ幸ちゃん』
夢じゃないと何度も何度も否定されて、ようやく現実だと受け入れた。途端周りを覆っていた壁みたいな息苦しい何かが、消えた気がして。
――灰色の世界は、昔のようにすっかりと色を取り戻していた。
そして迎えた入学式。
桜の花びらがお話みたいに散っていた。
他所の子たちみたいに入学式に来てくれる保護者はいなかったけれど、心は何だか晴れ晴れとしていた。
北斗は、自分勝手で酷いと自分で言うけれど、幸はそうは思わない。
彼女はいい人だ。じゃなきゃ、一生懸命働いて貯めたお金を、他人である幸に使ってくれるはずがない。
昔助けてくれなかったことは覚えてるけど、幸は恨んでいない。
そんな昔にこだわるより、今の方がずっと大事だ。
帰ろうっていってくれたり、一緒に買い物に出かけてくれたり、ただいまと言って、お帰りと返ってくる。そんな当たり前の今の方が何よりも重要だ。
雪の入学式の日、ちょうど北斗の大学も始まって、帰ってくるのは遅くなると聞いた。 だから家にいないはずの北斗が、玄関を空けた途端ひょっこり見えた時、びっくりしたけど嬉しかった。
でもさらに奥に見えたテーブルの上に、たくさん料理がのっていて。
全部幸が好きだといった料理だとすぐに分かって。
真ん中に、小さめのホールのケーキが、置いてあって。
入学おめでとうと白いクリームでかかれたチョコレートが、ちょっこりのっかっていて。
その全部が、自分のために用意されたものだっていうのはすぐに理解できて。
理解、できて。
理解、しているのに。
――涙がぼろん、とこぼれた。
ぼろん、ぼろん、ぼろぼろぼろぼろ。
鼻がつんとして、胸が苦しかった。声がうまく外に出ずに喉のあたりで渦巻いているような妙な気分。
「幸ちゃん?」
北斗のその言葉が、最後の引き金になった。
* * *
なんていうか、なんていうんだこれ。
え、どうすればいいの、と言うのが正直な感想で。
目の前で泣く幸に、すっかり私は困ってしまった。
喜ぶと思って色々用意してみたのに、泣かれてしまうとは計画が狂った。
とりあえず慰めればいいのだろうか。
でも私は、生憎人の慰め方なんて知らない。だっていつも自分の事だけを考えてきた私に、そんな事できるわけもない。
友達だっていないのに、どう対処すればいい?
思えば幸が泣いたところを見るのは初めてだ。
可愛い顔をくしゃくしゃにして泣く姿は、高校生と言うよりはもっと小さい小学生のようで。
そう考えると泣き声もまるで小さな子供で。
幸はもしかしたら小学生のまま時間が止まってしまったのかもしれない、と。
そう思ったら、こう、昔あっさり見捨てたくせに、今だって自分の好奇心を満たすためだけにかまってるくせに、可哀想になって。少し、罪悪感も沸いて。
ああ、私って本当自分勝手だなって思っても、今更なおせるわけでもなく。
ぎこちない動きで、泣く幸の頭をなでた。そうする以外の方法を思いつかなかった。
幸の泣き声はますます酷くなったけど、他に何か手があるはずもなく。
結局、幸が落ち着くまでずっと頭を撫でてやることしかできなかった。