魔法使いになるまで04
世界は灰色だった。
幼い頃、見えていた世界と同じ世界にいるとは思えないほど、灰色。
彼女の周りだけ。
常に。
いつも。
最初は単純に、母親と言う存在ができることが嬉しかった。
物心つくかつかないかの頃に交通事故で亡くなった実の母の事はあまり覚えていない。だから昔から少し憧れがあった。
彼女の母になるのだという人は、綺麗な人だった。優しそうな微笑を浮かべてた。
娘だという二人の少女は、一人は少し不機嫌そうでもう一人はまったく無表情だったけど。
お姉さんという存在ができる事に純粋に喜びがあった。
――そのまま時が止まってしまえば良かったのに、といつも思う。
新しくできた姉は、幸に全然優しくなかった。
そして新しくできた母が優しかったのは最初の頃だけだった。
好きになってもらえるように色々頑張ってみたけれど、無駄だった。
新しくできた姉のうち、上の少女は父がいない時はあからさまに彼女を蔑んだ。
継母となった人は何も言わなかった。
下の少女も同じ。何も言わない。彼女に対する関心もない。
やがて上の少女は幸に嫌がらせをするようになった。
継母は実の娘の言葉だけが正しいと少女と同じように彼女を罵るようになった。
父は仕事が忙しくなってほとんど家にいなくなった。
幸は一人ぼっち。
何が悪かったのか分からない。
お前が悪いのだと言われ続ければ、だんだん本当にその通りだと思うようになった。
目立たないように怒られないように罵られないように。
それから彼女は縮こまるようにして日々を過ごした。
中学にあがる頃、友達はすっかりいなくなった。
誰も助けてくれなかった。誰に何をどう話せばいいのかも分からなくなっていた。
ただ静かに静かに、地味に目立たずいれば、そのうち嵐が過ぎるように何もかもよくなるんじゃないかと、信じた。
余計なことをすれば、きっと継母は父にあることない事吹き込んでしまうだろう。ろくに話もしなくなった父が、それを信じてしまったら、もう本当に幸は一人だ。
それが酷く怖かった。
父まで自分を罵るようになってしまったら。
昔はあんなに優しかったのに。
幸せ、だったのに。
何が悪かったのだろう?
答えなんかでない。
何も悪い事はないのかもしれない。でも、今はもう分からない。何も、考えないようにして、じっと嵐が過ぎるのを待ってた。
けれど。
――高校に進学する時、家から遠い私立の学校を選んだのは、じっと待っていても嵐は過ぎないと、漸く気がついたからだ。
このままここにいたら窒息してしまうような気がして。
少しでも今より遠い場所にいけたら、少しは世界に色がつくかもしれないって、思った。
まさか一人暮らしか寮に入るかでもめるとは思ってなかった。
久しぶりに話した父は一人暮らしに反対で、継母は寮に入れるのも一人暮らしもお金がかかるから反対だという。
どうしてそんな高校を受験したのだ、と継母は幸を怒った。
受験する学校の概要など、偏差値ぐらいしか見なかったのはそちらの方なのに。
だったらどうすればいいのだといった時に、今の今まで存在を忘れていた継母のもう一人の娘が家に戻ってきた。
継母の娘の名は、上は絢菜、下は北斗と言う。
下の娘――北斗は、昔から幸に無関心だった。
絢菜のように蔑んだり苛めたりはしなかったけれど、助けてもくれなかった。
家族になる気はないと、それだけははっきり分かった。
正直上の絢菜よりはましだと思っている。けれどうまく一緒に暮らせるとは思えない。
――いつになったらこの嵐の中から抜け出せるのだろう。
足掻いてみたけど結局無駄だった。これではますます、縮こまるしかない。
――どうしてわたしは幸せになれないのだろう。
昔は確かに幸せだった。母など望むべきじゃなかった。父親と二人だけで、それだけで良かったのだ、
いつものように引きこもった自分の部屋で、控えめなノックが聞こえるまでその自問自答は続くのだった。