魔法使いの悩み事01
時間はまたカチカチ進む。
後期の試験も終えてあっという間の春休み。間にあったバレンタインはさっくり終わった。私が渡したテディベアのチョコが、まさか本命だとは黒埼も思うまい。明らかにネタチョコっぽいのを選んだからだ。無駄に細部まで凝って作られた、自立するミニテディベアチョコは概ね好評だった。……主に自立する点においてだけど。チョコをもらうのは初めてだと、赤くなった黒崎が可愛すぎてどうしようかと思ったのは内緒。そしてあれが本命なのも私の中で永遠に沈めておく秘密だ。だから黒崎と私の関係に変化はない。
春休みが明ければ私は大学四年。幸は高校三年となる。
魔女達からの音沙汰はまったくない。もちろん、幸の父親からも。
学費はちゃんと振り込まれてるので何の問題もないといえばないのだが、せめて一人暮らしを心配したなら、その後の自分の娘の状態ぐらい常に心配しろといいたい。
中途半端に、思い出したように心配されても迷惑なだけだ。
願わくばこれからも音沙汰がないといい。幸のためにも。今更気にかけられてあの子の心を乱されても迷惑だ。幸の進学云々の時に嫌でも会わなければならないなら、それまでずっと放っておいてほしい。
学費を払ってくれる分には感謝しますが、私達のささやかな幸せのためにも、今後も接触はない方向でお願いします。
さて、黒崎の従兄弟の件は、黒崎が止めていてくれるため、いまだに私達には係わりない出来事だ。それにしても一目惚れってそんなに執着するもんなのだろうか。確かにうちの幸は可愛いけれど。とにかく黒埼が酷く疲れているのでマイナス五十点だ。
黒崎の従兄弟――高槻泰明というらしい――は黒崎より二歳年下なんだそうだ。
昔から引きこもる黒崎を振り回し引き回し、現在に至ると。そうすると従兄弟は今大学一年、もうすぐ二年か?と聞いたら違うらしい。大学三年……つまり私達と同じ学年で、春に大学四年だという。
あれ、それなら黒崎の歳は、つまり。
『今二十三。今年二十四』
だそうだ。一年も一緒にいるのに今更過ぎる話だ。なんとなく同じ学年なら年も同じだと思ってた。だって反応可愛いし。しかし年上ならそれはそれで可愛い。きっと年下であっても可愛いと思うのだろう。つまり黒崎は可愛い、その一言に尽きる。
ちなみに現在私は黒崎と電話中である。幸は風呂に入ってるので部屋には私しかいない。前はめったにというかほぼ電話なんてしなかったけど、従兄弟の件で疲労がたまってる彼のため最近頻繁に話してる。寝る前とか。もちろん学校でも話すのだけど。
「はあ、年上だったんだ。全然気がつかなかった。まあ、大学では珍しくないけど」
『俺は大学入る前、神職養成所に二年間行ってたから』
「あれ、神職の資格もってるの?」
『まあ一応。実家は兄が継ぐはずだけど』
そういえば黒崎にはお兄さんがいる。確か二人兄弟だ。年が十歳ほど離れているせいかあまり接点がないらしく、話題に出ないのもあり忘れていた。そして件の従兄弟は母方の兄の子供で、四人兄妹らしい。僅かに沈黙した私をどう思ったのか、あんなに騒がしいのはアレだけ、と最後に付け加えられた。
……ああ、あんなのが四人もとか思ったのばればれだったのか。さすが黒埼。
『あいつも頻繁に家に来るから、流石に伯父に怒られてしばらく静かだったんだけど……春休みに入ってまたきた』
「諦めないなあ」
まあ、簡単に諦めるような男が遊園地を探そうとはしないか。
ここはそろそろ幸に話して正式に玉砕してもらった方が黒崎の安寧のため、いやいやその従兄弟のためかもしれない。もっと早くにそれをしなかったのは、正月のあの状況にドン引いたのもあるが、なにより……疲れている可愛い黒崎を堪能し、その頭を撫でるためである。ああ、私って酷い奴。
「……幸に聞いてみようか?」
『……え、いいのか?』
「うーん、まあ本音を言うと可愛い妹をそんなしつこい男に紹介なんてしたくないんだけど。本人の知らないところで当事者じゃない私がばっさり切るのも、違う気がするし」
幸の人生は、幸に選ばせたい。他人が選定すべきでもない。……と言っても今まで教えなかったのだから白々しいのだけど。
だって前は幸の王子様が現れるのを楽しみにしていたけれど、今は全然楽しみじゃないのだ。願わくば好きになられた相手ではなく、幸が好きになった相手と結ばれるといい、と思ってる。
「黒崎が一緒に来て、私付きでもいいなら、幸に聞いてみる。まあ、どうなるかはあの子の返事しだいだけど」
『わかった。その条件で話してみる。……ありがとう柏崎』
いや、ここでお礼を言うのは間違ってるよ黒崎。
だってまだどうなるか分からないし。うん? 何だかこのやり取り去年の冬期休暇前みたいだ。
きっとあの時のように、電話の向うで申し訳なさそうな顔をしてるのだろうと思ったら、春休みに入ったばかりだというのに何だか無性に会いたくなった。
* * *
次の日。
朝からバイトが入っていたため、黒崎の従兄弟の話は夕方にり、切り出すタイミングをはかっていたら、結局食事中になってしまった。
幸の返事は「北斗ちゃんが一緒にいてくれるならいいよ」だった。
正月バイトの時みたいに渋るかと思ったのだが予想が外れる。
あんまりにもあっさり返事が返ってきたので、本当にいいのか三回ぐらい聞きなおしてしまった。 相手は遊園地というただでさえ混雑した場所で、たった一回だけ目撃し一目ぼれした相手を探そうとした、無謀で、無茶で、執着心が強い男だけど、と脅すわけでもなく言ってみたが、幸の返事は変わらなかった。
「だって、北斗ちゃんも一緒なんでしょ?」
「そりゃもちろん一緒だけど」
「で、向うは黒崎さんも一緒……」
「そう。黒崎の従兄弟が暴走しそうだったら私と黒崎が全力で止めるから」
「うん。だから大丈夫。わたし北斗ちゃんにくっついて離れないようにするから」
にっこり笑う幸にそれ以上何もいえず、仕方ないので夕飯が終わった後黒崎にメールを送る。
返信は明日以降でいいよと書いたのに、数十分後携帯が鳴り、黒崎からのメール受信を告げた。
【柏崎からの返事をメールで伝えたら、返信ではなく本人が来た。すごく煩い】
……うん、どっちにしても黒崎は迷惑をかけられるらしい。もう夜なのに、従兄弟の家は意外と近いのだろうか。とにかく頑張れ、応援してる。
【本人は遊園地で会いたいと言ってる。却下した】
アトラクション二人乗り多いしねえ。それは私も却下だな。黒崎の場合は人が多いからだろうけど。
【どこで会うかとか、日程時間は柏崎達に任せる】
そこで黒崎のメールは終わる。
了承した。またメール送る、とだけ書いてさっさと返信した。
こちらに丸投げされたなら、どうせだから幸の行きたい場所に行こう。
食器を洗ってくれた幸が台所から戻ってきたので、捕まえてどこか行きたいところがないか聞いてみる。
「幸ちゃんどこか行きたいとこない?」
「行きたい所? どこでもいいの?」
「場所は私達が決めていいらしいから。それなら幸ちゃんの行きたいところがいいでしょ」
「北斗ちゃんは、どこか行きたい所ないの?」
逆に聞き返されて思わず言葉に詰まった。
……どうしよう、さっぱり浮かばない。だいたい行きたい所とか聞かれたことないから考えたことがないのだ。
黙りこんだ私に幸が苦笑する。
「……北斗ちゃんがないなら、私動物園行ってみたい。一回しか行った事ないし、ほら、この間テレビでペンギンの赤ちゃんが生まれて、公開してるって動物園あったでしょ?」
……あっただろうか? いや、幸が見たというならそうなのだろう。後でネット検索すれば出てくるに違いない。きっと公開時間とかも決められてそうだから調べよう。
しかし動物園か。黒崎の場合は大抵の行楽スポットは地獄だろうが……うん、我慢してもらうしかない。私が黒崎の盾にでもなれればいいのになあ。
「あれ見てから、絶対に北斗ちゃんと一緒に行きたいなって思って。あの、別に赤ちゃんが公開されてるかどうかはどうでもよくて……他にも水族館とか、海とか花火大会とか映画とか旅行とか!」
勢いよくそこまで言って、言い過ぎたと思ったのか幸は「あっ」と呟いて口を片手でふさいだ。
……なあんかもう本当この子可愛いなあ。手を伸ばしてその頭をよしよしと撫でると、幸の顔が瞬く間に赤くなる。
そういえば今年は隣町で三年に一度の大きな花火大会がある。新年の頃、商店街とかで今年は花火大会の年、と宣伝していたので覚えている。あの広告は花火大会のある年の一月一日から花火大会が終わ日までずっと貼ってあるらしい。
大学一年の時はそれにさっぱり気がつかなかったのに、幸と暮らし始めるようになって気がついた。
幸が喜ぶと思って無意識にチェックでもしてたのだろう。私の生活に、幸の存在はもうどっぷりと浸透しているのだ。
とりあえず花火大会は絶対に連れて行こう。幸に似合う浴衣を買いに行くのも忘れないようにしよう。海は、うん、水着とお日様が苦手なので正直はずしたいところだが、水族館はすぐに連れて行ける。映画だってそうだ。旅行は、色々予定を組まなきゃいけないけど難しくもない。
「後で計画でもねろうか」
そう言えば、幸の顔がぱあっとお日様のように輝く。
何だかますます黒崎の従兄弟に紹介なんぞしたくなくなってきた。こんな可愛い妹をあんな騒がしい輩に近づけたいと思うはずがない。
が、そうすると黒崎が可哀想だ。
――等など、色々考えると、場所や日程を組むのがますます憂鬱になってきた。
ああ、願わくば黒崎の従兄弟が、さっさと幸を諦めてくれますように。