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灰かぶりの魔法使い  作者: 山崎空
幕間
18/21

ある臆病者の変化



 一体自分はどうしたんだろう。


 年が明けて、何回そう思ったか分からない。

 何かが自分の中で次々と変わっていっている。そうとしか思えない。

 変化するというのは怖い。停滞したままの方がずっと楽だ。


 それでも一度変化を望んでから、昴の中のある特定の意識は目まぐるしく変わってゆく。

 怖いと思うのに、時間を巻き戻してやり直してもまた自分は同じ道を選択するだろう。戻りたいとは思っていない。それを悪いとも。

 ただ、戸惑ってしまう。あまりにも急激な変化についていけないのだ。


 一人になると、最近その事ばかり考えている。

 もう後期の後半の授業は始まっていて、月もひと月動いている。時間は同じように目まぐるしく変わっていくのに、自分だけがついていけてないような錯覚に陥る。


 今日の授業は全て昼前に終わり、昴が大学にいる理由はない。

 けれど一人になりたくて、いつものようにいくつかある庭園の中にいる。今日の気分は講堂横の庭園だ。幾重にも重なった植え込みの迷路が、今の自分の心みたいに思えたから。


 実は大学に残るのはもう一つ理由がある。

 ――北斗に会うかもしれない。そう思うと、すぐに家に帰るのがもったいなく感じるのだ。


 昴と北斗はいまだに昼以外で庭園で落ち合う約束はしない。互いにメールも電話も登録しているのに連絡も取らない。いつもその日の気分次第。会えなかったからと言って特に探しにも行かない。それでも確実に週に何回も会う。

 そうしていくつもある庭園の一つで、会うたびに自分達の間にある絆が大きくなっているような、そんな気がする。それが、嬉しい。

 唯一「気」も何も感じない北斗に関して、昴はそれぐらいでしか自分が特別であることを認識できない。


 北斗の一番の特別は、別にあるからだ。

 いつも話題に出てくる彼女の妹。可愛いと笑う、北斗は幸せそうだ。妹が幸せなら自分も幸せだといっていた。

 実際に会ったのは今年の一月三日が初めてで、確かに美少女だと言い張るだけあって容姿は整っていた。が、それだけだ。北斗の妹でさえなければ、結局自分にとってはその他の人間となんら変わることがない。まさかその妹があの馬鹿従兄弟の一目ぼれ相手だとは思ってなかったが。遊園地で見たらしい記憶もやっぱり思い出さないままだ。おかげで昴はいまだに泰秋に張り付かれている。

 

 彼女のせいで、なんて、絶対に北斗に悟られてはいけない感情だ。

 紹介しろ、と泰明はしつこく言ってくる。知らないから無理だ、と言えば今度はその姉に掛け合えという。その姉に気がつきもしなかった奴が何を言う。

 北斗が可愛がる妹をそうそう赤の他人に紹介するとも思えない。その話を切り出して泰明が嫌われるだけならまだしも、自分までとばっちりを食うのはごめんだ。


 おかげで毎日頭が重い。泰秋の感情も「気」も昴には強すぎる。いくら家の領域では大分緩和されるといっても、限度がある。その限度を超えるほど従兄弟の執着は、強い。

 

 ――けれどいい事もある。

 北斗が心配してくれるのだ。

 遊園地事件の時以来、彼女は昴が疲れ切ってダウンしていると頭を撫でてくれるようになった。

 正直、人に触られるのは好きじゃない。触れることで相手の「気」が直接自分の中に流れ込んでくる気がするからだ。それは本当に気持ち悪い。吐きそうになる。

 

 しかし北斗の場合は別だ。彼女は何にも感じない。触れられても何にも。ただ頭を撫でられるのは気持ちいんだって思った。生まれて初めてのことだ。

 ネジがいろいろ緩んでたせいもあり、後で正気に返った時にはその時の自分の態度に頭を抱えそうになった。もっとやってとか、何なんだ俺、子供か!


 北斗にひかれてもしょうがない状況だったのに、彼女はそれからもまったく態度が変わらない。むしろ笑って撫でてくる。

 これに慣れるとマズイと思ってもすっかり慣れてしまっている。でも何がマズイのか自分でも良く分からない。


 マズイと言えば一月三日の時だってそうだ。

 風邪を引いたんだと本気で心配しているのに、ちっとも聞き入れずに仕事に戻ろうとしていたし。 明らかに熱があるのに認めようとしないし。

 自分の言葉は信用するに値しないのかと、面白くなくて眉をひそめたのに、当の北斗は――嬉しそうに笑うし。


 すごく、嬉しそうに。笑って、優しいねと言うから。

 心配しているのは、分かってもらえたのだと理解した。でもそんな事より、その笑顔に胸が急に苦しくなって何事かと思った。

 北斗の笑った顔は見慣れているはずだ。胸の内側が暖かくなることはあっても、苦しくなることなんて今までなかった。

 

 ……なんだ、これは、何だ?


 よくわからない感覚は動揺するには十分だった。マズイ、そう思う。でも何が?

 訳が分からなくなって笑う北斗をじっと見た。いくら見てもこの苦しさが何なのかなんて、答えは出てこない。ただ、彼女に近づけば近づいた分だけ、胸が苦しい。触れればまた、その分だけ、苦しくて――そして。


 ……そして、何だと言うのだろう?

 あの時、自分が一体何を言おうとしていたのか。昴自身わからない、思い出せない。

 あの感覚に飲み込まれてしまったら、一体自分はどうなるのか。想像するだけで怖くなる。だってそうなれば、きっと。北斗は自分の友人ではなくなる。

 友人でなくなるというなら何になるのか。以前のような赤の他人に戻るか、それとも嫌われて二度と会えなくなるのだろうか。……嫌われるような事を、しようとしていたのか? それすら分からない。それ以上何も考えたくない。


 元々昴は弱い人間だ。自分を脅かす全てが怖くて閉じこもった。だから一人は何より安心できるはずだった。

 それなのに、一度誰かが傍にいることに慣れてしまったら、もう同じようには戻れない。そんな人間は現れないと思ってた、でも現れた。だから一人はもう嫌だ。

 

 

 ――その後色々ばたばたしたせいで諸々の感情はすっかり心の奥底にひっこんで、何もなかったかのように日常に戻った。


 大学で北斗と会っても、以前と同じように。笑った顔を見ても、そこまで苦しくはならない。

 ただ、彼女が傍に近づくと、心臓の辺りが熱くなる。去年はなかったことだ。すっかりもとの通りにはどうしてもならない。

 逃げ出したいような、もっと傍に行きたいような。複雑な心境は絶対に北斗に悟られてはいけない。自分達のこの時間を壊さないために。


 そうして最初の問いかけに戻る。

 一体自分はどうしたのだろうと。これから一体どうなるのだろうと。

 

 不安だらけなのに一つだけ確信があった。

 どんなに怖くてもこの先、自分はきっと逃げたりせずに我慢してのりきるのだろう。


 北斗と一緒にいたい。ただその目的のために。



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