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灰かぶりの魔法使い  作者: 山崎空
1.ひとりからふたり
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王子様は誰?07



 結局私達はまた休憩所に戻ってきた。今度は黒崎の従兄弟の代わりに幸がいる。

 休憩所に人気はない。

 私の休憩時間もそろそろ終わりのはずだが、何だかこのまま仕事に戻れなさそうな気配しかしない。


 本当は部外者を入れてはいけないのだが、仕方ない。後で大人しく怒られよう。


 ひと気もなくなり、ようやく落ち着いた私は息を吐いた。

 そうして、状況がさっぱり分かっていない幸に笑いかける。


「幸ちゃん、せっかく来てくれたのにばたばたしてごめんね」

「え? あ、大丈夫。あの、何も言わずに来てごめんなさい。……仕事中、だったよね?」

「休憩中だったから大丈夫。幸ちゃんが境内にいるのを見たときはびっくりしたけど、会いに来てくれて嬉しかったよ」


 そういうと幸も笑った。ふにゃっとした笑顔は可愛すぎて抱きしめたくなる。黒崎の従兄弟を置き去りにしてきてつくづく良かったと思う。この場にあの男がいたらゆっくり話もできなかっただろう。……おっと、これではわざと置いてきたみたいじゃないか。断じてわざとじゃないぞ。


「参拝途中みたいだけど、列抜けてよかったの?」

「あ、あれは授与所に北斗ちゃんいなかったから、どこか行ってるのかなって思って。戻ってくるまで暇だったし列に並んでたの。参拝は後で北斗ちゃんと一緒にするから今日はいいの!」


 ああ幸だ。何で幻覚とか思ったんだろう。こんなに可愛いのは本物しかいないのに。


「うわぁ、本当に巫女さんだね北斗ちゃん」

「うん。巫女があんなに大変だとは思わなかったけどね……。似合う?」

「似合う似合う! ね、写真取っていい?」


 似合うといわれれば悪い気はしない。写真は苦手だが別に幸に取られる分にはいいだろうと、頷くと早速幸が携帯を取り出して、カシャっと一枚。

 携帯の画面から顔を上げて嬉しそうに保存すると、幸は初めて傍にいた黒崎に気がついたように、目を瞬かせた。


 ……ごめん黒崎、気が抜けて一瞬だけ存在忘れてた。自分で連れてきたのに、本当ごめん。

 幸が傍にいることで私の気はすっかり緩んでいるらしい。引き締めなければ、と背筋を伸ばす。


 見上げられた黒埼も、何を考えているのかよく分からない表情で幸を見た。

 少なくともあの従兄弟のような大げさな反応はない。


「神社の、人?」

「あ、幸この人は」

「ご、ごめんなさい! わたし許可なく勝手に写真とって……! あの、でもその、後もう一枚だけ撮らせてください!」


 私の説明を遮って幸が勢いよく頭を下げた。しかし即座に顔を上げて頼み込む様は、何ていうか逞しさを伺える。


「別にいいですよ」


 初めて聞く黒崎の外向けの口調は、何だか今の姿と相まって、まったく別人に見せる。でもこちらを見た彼の目は私のよく知る彼で、またほっとする。

 この格好の黒崎は確かに格好良いけれど、戸惑うことが多すぎるからやっぱりいつもの黒崎がいい。


「せっかくだから一緒に写ってみませんか?」

「撮ってくれるんですか!? 是非!」


 幸がさっと携帯を突き出した。決定ボタンを押すだけなので特に説明もいらないのだろう。

 黒崎が撮影モードになっている携帯を受け取ると、すぐに幸が私の傍に来て、きゅっと腕に抱きついた。


 何だか知らないけど幸がすごく嬉しそうだ。

 だったらいいかと、私も笑顔になる。

 黒崎が撮りますよ、と声をかけてすぐ、携帯独特のシャッター音が休憩所に小さく響いた。




 * * *




「柏崎さんの、妹さんですよね?」


 やめてー、何か慣れないせいで背中がむずがゆくなる。早くいつも通りの話し方をしてほしいけれど、幸の前ではそれで通すと決めたらしい黒崎の口調は揺るがない。

 

「あ、はい」

「初めまして、黒崎昴と言います。せっかくのお正月にお姉さんを借りてしまってすいませんでした」

「……くろさき、すばる、さん? って、北斗ちゃんの、お友達の……」

「そう。切羽詰って死にそうだった友達」


 幸には黒崎の事を何回か話したことがあるのに、何故か幸は私と黒崎を交互に見る。何かを確認するように何度も。


「……え、男の人?」

「……黒崎が女の人に見えたら、幸ちゃん眼科行くしかないよ?」


 黒崎は細いがどう見ても女性的な容姿ではない。背も高いし手だってごつごつしてる。

 ちょっと本気で心配したら、幸は慌てて首を振った。

 

「ええ? あ、違うのそうじゃなくて……北斗ちゃんのお友達って、女の人じゃ、なかったの?」


 ああ、なるほど。そういう事か。……あれ。


「言ってなかったっけ?」

「言ってないよ!」

「あれ、おかしいな、幸ちゃんには話したと思うんだけど……うん、ええとほら」


 私は幸と黒崎の間に立つと、あらためて双方を紹介した。


「この人が私の大学生活初の友達の、黒崎さん。で、この子が、私の可愛い可愛い可愛い可愛すぎる妹の幸ちゃんです」


 ちょっと可愛いを連呼しすぎた。幸がはにかんで赤くなる。ああ、だからますます可愛いんだよ幸。


「うん、見てて良く分かった」

「それは良かった」


 黒崎がふといつもの口調に戻ったので、私もいつもみたいな反応を返す。でも幸に向きなおった黒崎は、また外向けに戻ってしまった。


「ええと……幸さん、で、いいですか?」

「あ、はい」

「実は柏崎さん、風邪をひいて熱があるみたいで、もう着替えたら送っていくところだったんです。車ですから、良かったら一緒に乗っていきませんか?」


 ……。

 っておおおい! 黒崎、それは卑怯だぞ?!

 まだ諦めてなかったのか、そしていつの間にもう送ってくとかいう話になったんだ、初耳だよ!


「え?! 北斗ちゃん熱あるの?!」


 幸が急に顔色を変えて、私のおでこに手を当てた。真剣な顔で熱をはかられると動くに動けない。別に熱はないのに、黒崎め。幸に余計な心配をかけるじゃないか。


「……本当だ、熱あるよ北斗ちゃん」

「え?」


 そんな馬鹿な。いつの間に黒崎とグルになったんだい幸よ。そう思って自分で計ってみる。

 ……やっぱり熱はないように思う。

 それなのに私以外の二人は真面目な表情だ。真面目に、私に熱があると言う。

 困ったな。どうやらここに私の味方はいないらしい。幸にまで心配されてしまっては、このまま仕事を続けると言い出しにくくなる。

 これを見越して幸に言ったのなら、黒崎はとんだ策士である。


 ちらりと見たらにこりと笑われた。間違いない、確信犯か。



 結局その後、そのまま着替えて私は早引けする事になり。

 何故か黒崎の家族にまで盛大に心配され、そしてまたもや土産をたらふくもたされ、幸と一緒に黒崎の車で帰ったのだった。




 ――ちなみに、家に帰って体温計できちんと計ったら本当に熱があってびっくりした。

 四日は結局丸一日布団の中で、熱が下がった五日目に幸と一緒に近くの神社へ初詣に行った。随分遅くなって幸には本当に悪い事をしたと思う。


 色々ばたばたしたせいで、私の中で急激に発覚したあれやこれやはすっかりなりをひそめ、実は本当に全部熱のせいだったのではないかと思った私と、黒崎の関係は学校が始まった後も特に何の変化も動揺もなく。後々、近づくとちょっとどきどきする事実に気がついて、錯覚じゃなかったとほっとしてしまったのは、誰にも言わない内緒話である。まあ相変わらず、黒崎は可愛く見えるし。


 そしてすっかり忘れ去られていた黒崎の従兄弟に、その後黒崎が捕まって、学校が始まる前まで幸の事を話せとべったり張り付かれたのは、また別の話。


 ぐったりした黒崎の頭を撫でられて私は満足だった、とだけ記しておこう。



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