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灰かぶりの魔法使い  作者: 山崎空
1.ひとりからふたり
16/21

王子様は誰?06


 一方的に勝手に折り合いをつけ納得した私に反して、黒崎は全然納得してなかった。

 まだ私が風邪をひいたと疑ってるらしい。

 私の反応が遅かったり、眉に皺を寄せて考えていたのを、苦しいのを我慢しているととったのだ。

 些か強引に腕を取られ、先ほどよりもしっかりとおでこに手を当てられた。

 黒崎の手は、まだちょっと冷たい。

 さっきまで平気だったのに、突然顔をそらしても不自然に思われるだろうから、そのまま特に振り払いもせず覗き込む黒崎の顔を見上げた。


 ――意外と睫長いな。

 新しい発見にまたちょっと胸がきゅうっとした。

 ……まあ今日は仕方ないから、少しぐらい自分を許すことにしよう。大きな反応さえしなければいいのだ。


「やっぱり熱い」

「いや、だから黒崎の手が冷たいからだよ」

「少し顔も赤い気がするし」

「それは」


 あんたがぺたぺた触ってくるからだよ。

 と、言えるわけもなく。ストーブにあたってたからと無難に返した。

 でも黒崎は何が気に食わないのか眉をひそめる。


「……熱がなくても、何かぼーっとしてるし、風邪のひき始めかもしれない。参拝客も落ち着いてきたし、もう大丈夫だろうから、悪化する前に帰った方がいい」


 心配してくれるのはとても嬉しい。が、いくら臨時の助っ人とはいえ、本当に風邪を引いてるわけでもないのに仕事を放り出すのは気が引ける。


「本当大丈夫だって。それに少なくなってきたって言っても、そこそこ忙しいし」

「そんな事より柏崎の体の方が大事に決まってるだろ」


 ついに少し怒った口調になった黒崎に私は思わず口を閉じる。

 風邪云々は完全に彼の勘違いであり、怒られる必要はないと思うのだが。……心配されて怒られる、と言うのは今までの人生上初めての事で、不覚にも口が笑ってしまった。


「黒崎は、優しいね」


 今までのやり取りを一切合財無視するように、満面の笑みが浮かべる。怒ったのに笑うなんて変な奴だと、黒崎に思われるかもしれないがしょうがない。心がほんわりと温かくて、笑顔にならずにはいられないのだ。

 周りに興味がない私や黒崎が大事だというなら、それは本当に大事なのだ。それがわかるからなおさら嬉しい。自分がそう思ってもらえる立場になるとは思わなかった。人生とは本当に思いもよらないことが起きるものだ。


 しまりなくへらりと笑う私を黒崎がどう思ったのか、私の腕を掴む力が一瞬だけ強くなって、すぐに緩んだ。

 黒崎の眉間にもう皺はよっていない。かわりに、ただまっすぐ、射抜くように凝視された。

 ……そんなに見つめられると照れるのだが。というか先ほど自覚したばかりのあれやこれやのせいで、いったん散った熱が顔に集まってきた。

 視線をそらすタイミングをすっかり失った私は、まだ笑ったまま黒崎を見上げる。

 彼は一歩近づいて間にあった距離をつめると、もう一度、今度は熱を測るでもなく、ただ触れるように私のおでこに指を這わせた。

 相変わらず腕は掴まれたままだし妙に顔近いし、あれこれってもしかして客観的に見たら勘違いされる構図じゃね?と気がついた時には、もう何だか引くに引けない状態になっていた。

 これ何? どうするの私? どうするの黒崎?

 

 どうなってるの、私達。


「……柏崎」


 その状態のまま、黒崎が何かを言いかけた、その時。


 



「昴いるか?!」




 休憩所の扉をガン、と壊すように乱暴にあけて、救世主とも言うべき闖入者が、私達の間にあった妙な空気を粉々にぶち壊した。




 * * *




 入ってきた人物は生憎黒崎の背に隠れて私から見えない。という事は、相手からも私が見えないのだろう。

 黒崎の眉間にこれでもかと言うほど皺がよる。

 ああ、不機嫌なんだ。私でもそうわかるぐらい、はっきりと彼の機嫌は下降していた。


 黒崎は首をめぐらせて後ろを伺い、そのままくるりと体を反転させ、入り口から入ってきた人物に向き直った。その際私の腕を掴んでいた手を離したので、私はその回転に巻き込まれず変わらず黒崎の真後ろにいた。


 誰だろう?

 まあ、名前を呼ぶってことは黒崎に近しい誰かなのだろうけど。

 

 邪魔するのも何なので少し離れようと、一歩後ろに下がったらツンと袖が引っ張られた。いぶかしんで見ると、黒崎が右手を後ろに回して私の着ている白衣の袖を掴んでいる。――いつの間に!?


 これに乗じて私がばっくれると思ったのならたいしたシンクロ率である。まさにそう、あわよくば授与所に戻ろうと思っていた。一度戻ってしまえば早々帰れとは言われまい。


「泰秋、いつも言ってるだろう。もう少し静かにしろ。後扉を乱暴に開けるな、壊れる」

「そんな事より昴、まずい、俺本当にやばい、これって運命だ、絶対そう!」

 

 黒崎の注意をものともせずに、いきなり意味不明な事を叫びだした闖入者。

 後姿しか見えないというのに、何故だか黒崎の今の表情がたやすく予想できた。多分、酷くうんざりした顔で相手を見ているのだろう。


「……いきなりそれか。もう諦めるって言っただろうお前」


 先ほどの発言だけで相手が何を言ってるのか理解できた黒崎がすごい。でも私も、何となく闖入者の正体が分かってきた。

 予想に間違いがなければ黒崎の向こう側にいるのは、彼の従兄弟だという人間だろう。

 遊園地で一目ぼれした相手を探そうとしていた無謀な奴だ。

 とすると、運命と、諦めるという単語から、黒崎の従兄弟が何を話しているのかもだいたい予想がつく。


「言った! でもいたんだ! ここの、参拝客の中! 今列に並んでたから急げばまだいる! だからお前探してたんだ!」

「……そこで何で俺を探すか。声をかけたいなら勝手にかけろ。巻き込むな」

「俺が一人で声かけるより、神職の格好したお前が一緒の方が怪しまれないだろ! とにかく急げほら早く!」


 めちゃくちゃな言い分である。と私が思うくらいだ、当事者の黒崎も当然そう思ったのだろう。しかし何か反論する前に、闖入者が黒崎の腕を掴んで走り出した。どうやら扉は先ほどから開きっぱなしだったらしい、前のめりに動く黒崎、そして当然、それに引っ張られる私。


 黒崎が私の白衣を離してくれれば何の問題もなかったはずなのだが。


 どうしてだか私は、そのまま黒崎ごと闖入者に引っ張られて走る羽目になった。




 * * *




 先ほどまで温い休憩所にいたせいか、外の空気がひんやり冷たい。

 

 一日目ほどではないとはいえ、参拝客はまだ境内の中で列を作るほどいる。

 社務所の建物の影からその列を覗き込むのは恐らく黒埼の従兄弟だろうと思われる男(後姿)、小袖に袴姿の黒崎、そしてひと目で巫女と分かる格好――白衣に朱袴姿の私。

 

 ……目立たないはずがない。すごい目立つ。特に私が着ている朱袴は目を引く色だ。

 サボっていると思われるのは不本意なので、さっさと黒崎に手を離してもらいたいところだが……掴まれている方の腕を引くことで自己主張をしてみたものの、振り返った黒崎は即座に首を振った。

 どうやら従兄弟の件が片付くまで離さん気らしい。なんてことだ、本当に風邪なんかひいてないって言うのに。


「ほらあそこ!」


 本人は抑えているのだろうが、十分でかい興奮気味の声をあげ、黒崎の従兄弟は参拝客の列を指差した。

 少し周りを見ろ、現状に気づけ、すごい目立ってるぞ私ら!などという心の声がもちろん届くはずもない。渋々そちらを見る黒崎、そして私も、どうしようもないので視線を動かし。


 ……?

 ………。

 …………?!


 ――固まった。

 今日は何だか固まることが多いな。あれ、私もしかしたら本当に風邪ひいた? 何か参拝客の中に……幸の幻覚が見える。

 そして黒崎の従兄弟が言っている相手も、どうやらその幻覚らしい。

 あのピンク色のマフラーをつけた、という台詞で間違いなく確定された。参拝客で該当の色のマフラーをしているのは一人しかいない。あのマフラーは私がクリスマスプレゼントで送ったカシミヤのマフラーだ。一緒にあげた花モチーフのマフラー留めも使っている。


 ……あれは幻覚じゃない。間違いなく、幸だ。

 どうしてここにいるのだろう? 一人できたのだろうか、それとも友達とか? 途中で妙な男に目をつけられなかったか心配だ。――今現在目をつけている男が傍にいるだけに。


 思わず「幸」と呟いた。

 それが聞こえたわけでもないだろうに、列の中にいた幸が振り向き、辺りを見回した。

 そして私達の辺りで、ぴたりと止まる。

 もちろん間に大量の人ごみがあったわけだが不自然なほどまっすぐ、幸の視線はこちらに届く。


 目が完全に会った途端、幸の目が傍目にも明らかに輝いた。

 「目が合った?!」とか傍で騒いでいる男に言ってやりたい。あんたを見たわけじゃなく私を見たのだと。

 さっき運命とか言っていたが断じて運命じゃないと思う。



 それからの幸の行動は、早かった。

 さっと列から抜け出すと、大きく迂回して社務所の傍にいる私達の方に走ってきた。黒崎の従兄弟など急な展開に既に天国に行きそうな勢いである。しかしかまってる暇はないし、正直関わり合いになりたくない。


 幸は間違いなく私に会いに来たようだ。それは嬉しいがこのまま合流したらますます人の目を集める。

 何せ幸は美少女で、私は目立つ巫女装束。加えて傍にテンションのおかしい男と黒崎がいる。

 ちなみにこの期に及んでも黒崎の従兄弟は私の存在にまったく気がついておらず、ひたすら近づいてくる幸だけを見ていた。


 何とか他の場所に移らなきゃ、と焦った結果、私はいまだに袖を掴んでいる黒崎の手を逆に掴んだ。

 展開にまったくついていけてない黒崎がはっとして私を振り返る。


「ごめん黒崎、詳しい話は後!」


 とりあえず移動する、と言うと黒崎はすぐに頷いた。そして絶妙なタイミングで飛び込んできた幸の手もしっかり握ると、私は即座に人のいない場所目指して走りだした。


――その際、黒崎の従兄弟だけがぽつんとその場に取り残されてしまったのは、仕方ない。他意はなかった。だから私は、一切悪くないと主張しておく。



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