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灰かぶりの魔法使い  作者: 山崎空
1.ひとりからふたり
15/21

王子様は誰?05


 さて新年あけて、一月三日。

 ――あれ、もう三日? とかは突っ込まないでほしい。とにかく三日だ。一日と二日はもう忘れたい。


 正直に言おう。

 ――新年の神社をなめてた。

 

 ああ、うん、そういえば地元の暇そうな神社も、新年と大晦日は何があったのかと思うぐらい混んでたよ、と思い出したのも今更だった。

 黒崎の実家は、ものすごい混んでた。

 地元の神社より広い境内は人で埋め尽くされて、参拝の順番を待つ参拝客の列、走り回る子供、甘酒を貰って落とす馬鹿、お神酒だけではないだろう赤ら顔のおっちゃん達、そしてお守りやお札、おみくじを求める、人、人、人!

 

 この神社のご利益は?とかくそ忙しい最中に空気読まず聞かないでほしい。そんなもん参拝に来る前に自分で調べて来い。しかも並んでる列をガン無視とかその鋼鉄の神経はどこからきた! 横で睨んでる参拝客を見ろ!

 自分はお守りやらいらんからいいだろうとか思ったのか?

 とにかく人ごみと目が回るような忙しさに混乱している私をさらに混乱させるようなことをするな――等々叫びだしたいのをぐっと我慢しつつ寒空の中ストーブ一つで頑張ってる私達はえらいと思う。

 黒崎が貼るホッカイロをくれた理由がわかったよ。中に着込むだけじゃ足りなかった。ありがとう黒崎、人生でこれほどホッカイロがありがたいと思ったことはない。多分これからもない。


 巫女さんって、実は大変なんだなと思った瞬間だった。


 そんな事を二日も繰り返せば、流石に三日目には少しだけ余裕が出てくる。

 参拝客も一日に比べれば少なくなったし、お守りやお札や、その他諸々の説明も聞かれればすらすらと答えられるようになった。


 しかも現在休憩中とくれば、気が緩まないわけがない。

 二日間はだいたいご飯食べたら休憩は即終了、授与所と言う名の戦場へみたいなコースだったのが、三日目はゆっくりしてきていいよと言われた。

 休憩所のストーブの前で、私は背中を丸めてみかんを食べる。何か休憩所に置いてあったのだ。勝手に食べていいらしいので三日間遠慮なく食べさせてもらった。どこで買ったのか気になるほど甘いのだ、このみかん。

 仕出し弁当のおこわも美味しかった。


 白い白衣にみかんの汁だけ飛ばさないようにもくもく食べていると、休憩所の扉が開いて誰かが中に入ってきた。

 他の巫女さんか神職の人か、はたまたお手伝いの人か、丁度入り口を背にして椅子に座ってたのでわからない。「お疲れ様です」と挨拶しつつ背筋を伸ばしたものの、返ってきた「お疲れ様」という言葉が聞き覚えのある声だったのですぐに元のように丸まってしまった。


「何か柏崎の反応猫みたいだな」

「えー、私より黒崎の方がよっぽど猫っぽいよ?」


 そう、声の主は他でもない黒崎だ。っていうかここで私が声で判別できる人間は彼しかいない。

 だいたい朝迎えに来てもらって、帰りに送ってもらう時以外忙しすぎてすれ違いもしなかったのに、三日目は流石に余裕がでたのだろう、休憩が一緒になるとは。


 やっぱり知らない人間の中、知ってる人間が現れると何やら嬉しい。

 私は黒崎の方をむこうと体を反転させて――。






 ――固まった。







「俺の方? どの辺が?」


 そう言う男は、声は確かに黒崎なのに、私の知らない誰かだった。





 え? 誰だ、これ。





「まっ、間違えました! すいません!」

「は?」


 反射的に背筋が伸びてそう言った。

 相手は突然の反応にぽかんとしている。


 声は確かに黒崎だ。それなのに全然見覚えがない。何だこの人、本当に何者?

 白い小袖に袴姿の姿勢はぴっしりまっすぐで、漂う雰囲気はどこか神聖さを感じさせる。何より黒崎との決定的な違いは、印象がはっきりきっぱりしている事だ。

 いつもぼんやりで、存在感薄くて、親しくならなきゃ顔も覚えられないだろう奴とは違う。


「え? 柏崎? どうした、大丈夫? もしかして風邪引いた?」

「え? いやっ、全然元気です!」


 心配そうに覗き込んできた男に、体をそらせて後退る。

 声は、声だけは何度聞いても黒崎だ。今更私が聞き間違えるはずもない。

 そして私に対する反応も、よく知る黒崎のものだ。

 ……冷静によく考えてみると、ならば目の前の人物は黒崎本人という事になるのだが。何だか認めたくない。だって、だって目の前の男は、可愛くないんだ、どっちかというと凛としていて全体的な印象が格好良いのだ。普段適当な前髪が、顔にかからないように整えられているせいもあるだろう。


 ――あれか、スーツを着ると男は割り増し格好良く見えるという錯覚と同じなのか? 黒崎は和服を着ると雰囲気もがらりと変わって普通の人なみの存在感と普通の人以上の清廉さを発揮するのか?


 おかしくないか? おかしいだろう!

 黒崎は可愛くあってしかるべきだ。

 背は高いのに人を避ける性分のせいか少し猫背で、同じ理由で長めの前髪、薄い存在感と印象の――笑うと、可愛い。私がよく知る彼はそうであるはずなのだ。

 存在感の有無まで変わるなんて、そんな馬鹿な、と思いつつああそういえばと別の事も思い出す。

 実家の神社の領域なら「気」にあてられる事もなく、平気。

 それはつまり存在感を薄くする必要がなくなるという事で。朝や帰りに会った時にその違いにはあまり気がつかなかったのに、いまこうも違うと思うのはやはり格好や姿勢のせいもあるだろう。本人が無意識にそれを調整しているのか、よくわからない何かなのか、私には分からないけれど。


 そうすると。


 ――やっぱり目の前にいるのは黒崎本人と言う結論に、なるわけで。 


 可愛くない黒崎など、黒崎ではない――とは言わないが、そうか、これ、黒崎なのか。本当に本物なんだ。ドッペルさんとかドッキリじゃなくて、正真正銘の、本物の黒崎なのか。

 認めたくない。認めたくないが目の前にいる。

 


 後退る私に驚いたのか、男は――黒崎はすぐに身を引いた。

 けれど沈黙したまま、何の反応も返さず呆然と自分を見る私を、おかしく思ったのだろう。また一歩近づいて、先ほどと同じように覗き込んできた。


「ちょっとごめん」


 言葉と共にぺたり、と冷たい指がおでこに触れた。


「……熱くないか?」

「…………それは黒崎の手が、冷たいせいだと思う」

「でも様子おかしいし」

「いや、それは」


 いったん言葉を切って、意を決してに正直に話す。


「今の黒崎と普段の印象があまりにも違いすぎて、声は黒崎なのに別人とか、混乱してたせい」

「ああ、そういえば従兄弟にも神社手伝ってる時と普段じゃ雰囲気が違うって、よく言われる」


 それを最初に教えてほしかったです。はい。


「自分じゃよくわからないから。俺は変わらないと思うけど」

「変わってる。すごい変わってる。別人もいいとこだよ違う人だよ。だいたいその格好の黒崎は姿勢いいし髪型もきちっとしてるし、何か本当格好良いんだよ」


 ……おおっと最後に何を言った私。何か余計な単語をつけなかったか。

 今更気がついても後の祭り。言った言葉はとっくに相手にぶつかった後で。


「え」


 笑って流してくれればいいのに、黒崎はひゅっと息を吸い込んで固まった。

 そして見る見る、耳が赤くなる。


 ……何その反応。やめて、可愛すぎる。

 黒崎も私と一緒でそういう言葉に慣れていないのだろう。私は変な顔や怪訝な顔になるのに、これじゃあ彼の方がよっぽど乙女だ。負けたとは思わない。可愛いからいい。

 嗚呼、いつもの、黒崎だ。

 そう思ったら、どうしてか酷く安心した。


「か、格好いいか?」

「うん、格好いいよ」


 私は開き直ってそう答えた。むしろ反応が本当可愛いのでもっと言いたい。


 ――と、思ったのがいけなかったのだろうか。



「……ありがとう」



 ふわっと、笑った黒崎に。

 心臓が一回、大きく高鳴った。


 その笑い方は知ってる。幸がよく見せる、幸せそうな、穏やかな、温かい笑顔。同じ、だけど全然違う。幸のそれは私の心も穏やかにしてくれるのに、黒崎の、その笑顔は、その表情は、何だか私の胸を酷く苦しくさせる。


 どうにもできない何かが突然胸の内側にとどまってしまったような。そんな対処できない感覚はおよそ初めてで。

 知らず知らずのうちに、私は胸元を握り締めていた。こんな風に握ったら変に皺になる。そう思うのに手を離せない。

 言葉にできない何かが、相反するように口から零れ落ちそうで、抑えるように息を飲む。


 この、感覚は何?

 覚えのないそれは酷く怖い。怖くて苦しい。足も震えてきそうだ。油断したら涙まででてきそうだ。

 問いかけても答えは二つしかないような気がした。――つまり黒崎が言うとおり私は風邪をひいていて、この感覚は急な発熱と寒気による症状か、もしくは……もしくは、童話のように、恋に落ちた、のか。


 ――考えるまでもなく前者を選んだ。そうだこれは発熱による症状だ。断じて恋とかいう不可思議なものではない。

 よく考えろ私。相手は黒崎だ。いつもと違う雰囲気で確かに格好良く見えるが黒崎だ。最近とみに可愛く見える黒崎だ。……そういえばそのやけに可愛く見える件についても、いつの間にか好きになっていたのだと思えば簡単に説明がつくような気も、いやいやいやいや、しない。そんな気はしない。


 とにかくこれは熱による錯覚だ。そういう事にしておかないと私の今後が色々まずい気がする。近いところで帰りの車の中とか、年明けの学校とか。挙動不審な自分なんて見たくない。


 私は黒崎との時間が好きだ。

 あの庭園でくだらない会話をしたり、その日の気分のシンクロ率に笑ってみたり。特に変わり映えのない平和な、ほわりとした陽だまりのような時間がとても愛しい。幸と一緒にいる時間と同じぐらい。そして亡くなった父との少ない思い出と笑顔も。私が大事だと思えるものは少ないから、一度そう思ったものは何よりも大切にしたい。


 失いたくないんだ。

 変に気まずくなってあの陽だまりの時間が壊れるなんてごめんだ。

 だからこの妙な心臓の高鳴りも、息苦しさも、全部全部風邪のせいにしてしまおう。

 でも風邪であるとすると、今度は黒崎が余計な心配をしてくるので、私は「どういたしまして」といささか遅すぎる反応を返す。すると黒崎が「やっぱり熱あるんじゃないか?」と聞いてきたから、今度は笑って、まったくいつもどおりみたいに言った。


「大丈夫」


 ――そうだ、大丈夫。

 今は急激な自覚で色々慌てているけれど、学校が始まるころにはすっかり整理をつけて、諸々全てを箱にしまって封印してしまえる。そうすれば全部丸く収まる。元通り。私の大切なものは壊れない。


 何かを押さえ込むのは慣れている。


 だから私は、大丈夫だ。


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