王子様は誰?03
北斗と一緒に暮らすようになってから、自分と言う人間は確実に我侭になった、思う。
だって北斗がいつも幸を一番に考えてくれるから。
今まで一人だったのに、いつだって一緒にいてくれる人になったから。
虐げられていた心を、優しく支えて、包むように慈しんでくれたから。
まるで昔憧れた、母親のような愛情を与えてくれるから。
以前より格段に我侭になった。そう確信する。
最初の頃は嫌われないようにとばかり考えていたのに、最近ではちょっとの事では北斗は絶対自分を嫌わないと思うようになったからいけない。
北斗は自分で気がついていないけれど、一旦自分の懐に入れたものはすごく大事にする。見捨てたりとか放りだしたりはしない。
それが分かってしまったから幸は自分の我侭を抑えられない。ダメだと思っても、北斗を自分の傍に縛り付けたくなる。
だって大好きだから。大好きな「家族」で、大好きな人だから。
他の誰かに取られたくない。他の誰かに渡したくない。小さな子供みたいな独占欲。昔許されなかったそれが、今幸の中に渦巻いている。
北斗に友達ができた時だって、内心全然喜べない自分がいた。
――だから。
「大学の友達の実家が、神社らしいんだけど、三箇日すごい大変らしくて手伝ってあげたいの。……それでね、ええと、幸ちゃんとの初詣、三日以降でも、大丈夫?」
冬休み目前のある日、そう北斗に言われた時は思わず「え?!」と叫んでしまった。
友達ができた後も、北斗の優先順位は今までずっと幸だった。だから、少し安心もしてた。それなのに、最初に約束していた幸ではなく、後から飛び込んできた友達をとるなんて!
面白くない、そう思ったのが顔に出たのだろう。北斗が慌てたように口を開いた。
「私の友達、何かすごい切羽詰ってて死にそうだったからっ――あ、でも、ほら、やっぱり幸ちゃんと初詣行くってのが先だったし! えっと、うん、激励だけして断っとくよ!」
だから泣かないでと言われて、ようやく自分が泣きそうになっているのに気がついた。ほんの数秒前までは確かに面白くない、と言う気持ちだけだったのに。
北斗は自分を放り出したり置いていったりしない。――それは分かっているのに、どうしてか捨てられてしまうんじゃないかと怖くなったのだ。
大げさだ。分かってる。自分でもそう思う。そんな事はない。大丈夫、大丈夫、また一人ぼっちになんて、戻らない。
不安定な気持ちが浮上してくるのを何とかなだめる。北斗と一緒にいるようになってからも、その不安定なものは幸の中から完全になくならない。
心のずっと奥底でくすぶって、何かの拍子に簡単に浮き上がってしまう。
それをよく知ってる北斗は、もう友達とやらに断りのメールを打ち始めた。
自分の方が優先された、そう思うと酷く安心すると同時に、なんて我侭なんだろうと思う。このままではいけない。何度そう思っても、幸は自分のそれを押さえつけられない。
このままどんどん我侭になったら、きっといつか北斗を傷付ける。優しい彼女を、大好きな彼女を、大事な家族を――かけがえのない人を。
そうなってもいいの?
――答えは、否だ。
「待って、北斗ちゃんっ」
「え?」
見ると北斗の指は丁度携帯の送信ボタンの上だった。
もう送ったんだ。仕事が早い。本当北斗ちゃん大好き……ではなかった。危うく思考が流れるところだった。
自分は「我慢」をもう一度思い出すべきだ。
昔は何でも我慢したじゃないか。
仕事が忙しい父親の事も、死んでしまった母親の事も、愛してくれなかった継母の事も、酷い言葉ばかり言って苛めてきた義姉の事も。取られてしまった思い出も、壊されてなくなった大事だった物の事も、全部、なにもかも。
もうそんなものに我慢をしなくてもいいと言ったのは北斗だ。
けれど幸は、北斗のためにもう一度我慢をしようと思う。
だからすっかり涙のひけた顔で、北斗に言った。
「北斗ちゃんの友達、大変なんでしょう? ……行ってあげて。わたしのほうは大丈夫。遅くなっても一緒に行ってくれるなら」
「え、でも」
「だって、友達心配なんでしょう? 切羽詰ってるって言ってたし、私も友達がそんな状態だったら心配だし、助けたいと思う」
「幸ちゃん……」
ありがとう、と北斗がほっとしたように微笑む。その笑顔にほんわりと胸が温かくなる。
よかった、と素直に思えた。自分は選択を間違えなかった。
「あ、断りのメールもう送ってたんだ。急いで追加送信しないと。優しい私の妹に感謝しろって送っとくね」
それは違う。優しいのは北斗だ。
幸は我侭で、自分勝手だ。北斗の友達のために譲歩したんじゃない。自分と北斗のためにだ。
けれど、何気なく飛び出した北斗の「妹」発言にすっかり気分が良くなって、何も言わずにただ満面の笑顔で答えた。
――後でこっそり覗きに行くためにも手伝いに行く場所はしっかり聞いておこう。
そんな事も考えながら。