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灰かぶりの魔法使い  作者: 山崎空
1.ひとりからふたり
11/21

王子様は誰?01



 大学三年の時間も、いよいよ年末に近づいてきた。

 代わり映えしなかった大学生活だが、黒崎という友人ができたことで、一年や二年の時より楽しいと思えた。


 その黒崎だが、実は少し前から元気がない。

 あまりの元気のなさに、普段から薄い存在感がさらに極薄になっている。幽霊みたいだ。


 そっとしておいた方がいい時もあるので、しばらくあえて触れないようにしていたのだが、日に日に疲労の色が濃くなっていく黒崎に流石に問いかけた。


「……何かあったの?」

「……」


 時間はお昼。場所は五号館横の、教員専用食堂脇の植え込みからたどり着ける庭園。

 私たちがお昼を食べるのは大概ここだ。


 食欲もあんまりないのか、黒崎の前に置かれている昼食は牛乳ワンパックだけだ。

 ベンチにぐったり座っている彼の顔色は、悪い。

 あんまり話しかけてほしくなさそうだが、この状態で放って置けるわけもない。何せ彼は、私の唯一と言っていい、友人だ。


「……この後授業は?」

「……ひとコマ」

「早退した方がよくない?」

「……早退するともっと酷い事になる」


 どういう意味か分からないが早退したくないというのはよく分かった。

 

「食欲は?」

「……まったく」

「幽霊みたいだよ」

「知ってる」


 ようやくうっすらと目を開いて、いつになく消えそうな印象の黒崎が私を見た。

 そういう儚い雰囲気は美少女にしか許されん、とか薄情なことを考えたのは内緒である。


「たいしたことじゃ、ないんだ」


 いや、十分たいしたことがあるように見える。


「……ただ大馬鹿な従兄弟につき合わされてるだけで」

「どこに?」

「遊園地」


 帰って来た答えに目を見開き、同時に納得する。

 それでこんなに疲れて気分が悪そうなのかと。


 人の「気」にあてられるという黒崎があんな場所に言ったらどうなるか、目に見えて分かる。

 たまの一回なら何とかなるかもしれないが、頻繁ならダメージ蓄積で大被害だろう。


「日曜になるたびに連れて行かれる。授業がなければ多分、平日も」

「何でまた」

「……あまりにも馬鹿すぎて答えたく、ない」


 そりゃ一体どんな馬鹿なことだ。

 そう言われると逆に気になるじゃないか。

 一度目を瞑った黒崎は、ややしてまた目を開けた。好奇心一杯の私の表情をちら見すると、ちょっと沈黙した後、本当に馬鹿なことだけど、と前置きした上で教えてくれた。

 

「一目ぼれしたんだと」

「……誰に?」


 あれか、遊園地の従業員か?

 だとすると何故黒崎を連れて行く? シャイなのか?


「……どこの誰とも分からない客に」


 ぼそりと、諸々のうんざりした感情がこめられた声は、低く重い。


「……」


 思わず私も沈黙する。

 あの大勢利用客がくるテーマパークで、たまたま見かけた相手に一目ぼれした、と? そしてそれを、探してると? その客がまた来るかどうかも分からないのに? しかもあの広大な施設で?


 それって無謀って言うんじゃないの?


「……あのさあ」

「うん」

「黒崎の従兄弟ってさ」

「うん」

「……」


 言おうか、言うまいか少し迷う。

 身内の悪口って、自分で言うのは許せるけど、他人が言うのは結構許せないもんだ。

 あ、魔女はもう心の中で縁切ってるから、私は言われたところでまったくむかつかないけど。


「いいよ、正直に言って」

「大馬鹿っていうか、愚か者っていうか、無謀って言うか、うん、大馬鹿だね」


 許しを貰ったので力一杯そう言った。

 黒崎は、その通りだと言うように大きく頷く。

 

「俺も心底そう思う」


 それに付き合わされる黒崎のなんと不憫なこと。

 でもなんで黒埼が付き合わされる?

 似たような疑問をさっきも抱いた気がする。


「俺も見たらしいけど、その子」

「らしいって事は、覚えてないの?」

「人ごみが気持ち悪かったことしか覚えてない。従兄弟曰く、美少女らしいけど」


 はい、黒崎の従兄弟はもうだめだと思う。美少女っていう印象よりもっと別の特徴覚えてろよ。


「もう本当勘弁してほしい。死ぬ」


 もう遊園地なんて二度と行きたくない。

 相当連れて行かれたのだろう、呟きが切実過ぎる。

 あまりにも気の毒で思わずその頭を慰めるように撫でた。


「ええっと、とりあえず死ぬな。頑張れ」


 そのまま激励してみる。

 黒崎はあまりに疲れすぎて状況がしばらく把握できなかったらしい、私がその頭から手をどけた頃、ようやく目を見開く形で反応した。

 けれどすぐにその目がふにゃり、と閉じられて、そのまま笑う。


「それ、気持ちいい。癒される。もっとやって」


 普段の黒崎からは想像もつかない言動が飛び出た。

 どうやら疲れすぎてネジが数本飛んだらしい。


 ――なんだこれ。猫みたいで可愛いな。


 と、思った事はごっそり胸の奥にしまって、希望通りにその頭をもう一度撫でてやった。



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