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灰かぶりの魔法使い  作者: 山崎空
1.ひとりからふたり
10/21

魔法使いの戸惑い04



 まあ、見知らぬ他人が顔見知りに、そして友人に昇格したからと言って特に何か変わるわけもなく。


 ……一緒に昼食を食べるようになったぐらいだろうか。特別変わったところと言えば。


 昼休みは必ず会うようになったが、それ以外での遭遇は示し合わせることもなくいつもその日まかせで。それでも週に三回は同じ時間、同じ庭園を選ぶのだから摩訶不思議な現象だといっていい。


 私と黒崎の思考はもしかして繋がってるんじゃないか。

 そう言ったら大笑いされた。


 話題はもっぱら本の事とか、既に偶然と呼べないレベルの遭遇率の事とか、家族の事とかだ。

 家族、といってもあの魔女とその娘の事は一切話してない。

 亡くなった父の事と、幸の事。どっちかと言えば幸の事を話してる回数が多いかもしれない。



 庭園の外でも、たまに黒崎に出くわすようになった。

 大概校舎移動の時で、時間がないため互いに小さく手を振り合うだけで終わる。

 私達が長話をするのは、あの庭園の中だけだ。

 それが何だか秘密の事みたいで、少し楽しかった。


 黒崎は私に似ているという点を差し引いても、妙な人間だと思う。

 何より存在感が薄い。ぼんやりしていて、顔を覚えにくい。

 それについては本人曰く、小さい頃人の「気」にあてられやすかったせいもあり、軽い人間嫌いで、常に他人を避けて隠れたいと思っていたらそうなった、そうだ。


 人の「気」にあてられると言うのは聞いたことがあるが、実際どういうものかさっぱり分からないので聞いてみた。曰く、


「すごく、気持ち悪い」


 らしい。


 自分の感情に良く分からない感情がぐるぐる渦巻いてのっかる、と言う表現は良く理解できなかった。 普通の人間からそういう物が出てるところも想像できなかったが、あの魔女達に置きかえた途端、すんなり腑に落ちた。

 常に自分が目立たなくては我慢できない、他人が常にねたましい、あの嫌な感情。

 そういうものがいくつも自分に向かってくるところを想像してみた。……確かに気持ち悪くなった。


 つまり黒崎にとって、人の「気」とやらは蛇のようにねっとりと執念深く重いものなのだろう。

 邪気や毒気だけではなくそもそも人の生気にすらあてられる程だったらしい。

 だから人が嫌いだったし、今も人に興味がない。

 実家が神社で、その領域の中にいる間は平気だからしばらく引きこもりだったそうだ。もしかしたら神霊的な何かなのかもしれないが、私には分からない。


 話す人間が違うと酷く胡散臭く聞こえるその話は、黒崎が言うだけでそう聞こえないから不思議だ。

 

 私からもそういう「気」が出てるのかと冗談交じりで聞いたら、黒崎は少し黙ってから、「それが変なんだ」ときりだした。


「柏崎からは、一切そういうのを感じないんだ」

「…私邪気だらけだと思うけど?」

「いや、全然。最初に会った時もそれで驚いた。だって、何ていうか……綺麗だったから」

「は?」


 思わず頭大丈夫?と聞く手前で、黒崎が慌てたように「いやだって」と遮った。


「本当に綺麗だったから」




 * * *




 また妙なことを口走った自覚がある。

 そもそも最初からして自分の口は迂闊すぎた。


 昔から人の「気」にあてられやすかった子供は、長じて少しは受け流せるぐらい成長した。

 それでも学校など集団が集まる場所が苦手で、大学でも一人になれる場所を探して、空いた時間はそこにこもった。


 三年でキャンパスが変わることは予め知っていたから、学年がうつってから真っ先に新しい引きこもり場所を探した。

 場所は、できれば屋外がいい。大きな木があれば雨が降っても居座れる。

 緑に囲まれて人気がないなら言う事なしだ。


 新しいキャンパスで、そういう場所はすぐに見つかった。

 辺りに人の気配はなく、だから意気揚々と進んだ先の庭園に、先客がいる事にびっくりした。


 箱庭のような小さな庭園は、空気さえ綺麗に思えた。

 小さい頃から知っている実家の鎮守の杜、それと似たような空気だと思った。

 たくさんの人の気配で淀んだ大学内だと言うのに、そこだけはまるで切り取られたように別世界だ。


 ――そしてそこにいた先客も、まるで別次元の存在みたいだった。


 良い「気」だろうが悪い「気」だろうが、ごちゃごちゃに混ざればどっちにしろ昴にとって悪い物でしかない。性質が純粋すぎるのだろうと宮司である父親には言われたが、いまだにそれがどういう事か分からない。ただ、人を前にすると多かれ少なかれその人の「気」を感じてしまうので、あまりいい気分ではない。その人が何を考えてるのか、その「気」で大体分かってしまうからだ。


 この間の遊園地など、大量の人間の「気」が渦巻いて地獄以外のなにものでもなかった。


 いつかお前がそいうものを感じない人間も現れると言って小さい頃はなだめられたが、長じてそれは単なる気休めだったと分かった。

 実際この体質について、親ですら良く分かっていないのだろう。

 

 そんな人間は現れない。

 

 そう思ってた、矢先だ。



 隠されるようにしてあった庭園にいた先客からは、何の「気」も感じなかった。

 驚くほど場の空気に調和していて、思わず綺麗だと思った。そしてうっかり「綺麗ですね」といいかけて、慌てて「綺麗な場所ですね」と言いなおした。


 相手の怪訝そうな顔。それでも何の「気」も感情も感じられない。わからない。

 何も分からない、感じないというのはこれが初めてだった。


 ――正直、生まれて初めてのその感覚は怖かった。

 幼い頃何度も望んだ感覚だというのに、怖い。

 

 本当は。

 二度と会わないように別の場所を探した。

 七号館の庭園と、似たような場所がキャンパス内にいくつくかあることが分かったから、あの場所は彼女に譲っていいと思った。


 それなのに、また別の場所で遭遇した。

 ある時はこちらが先で、ある時は植え込みの傍ですれ違い。

 相手も同じように、自分に場所を譲って別の場所を探しているのに気がついた。避けあって譲りあって、それでも不思議と遭遇する女学生に、もうひとつ気がついた。


 彼女はもしかしたら自分に似てるのかもしれない。


 そう思ったら現金なもので、避けようとしてたくせに興味がわいた。

 けれど今度は、そのわいた興味をどうすればいいかわからなくて戸惑った。



 最終的に友人、という関係に落ち着いたのは奇跡だと思う。

 切っ掛けがなければ、うまく会話も自己紹介もできない昴に、どうして彼女があの強引な切っ掛けにのってくれたのかわからない。

 でも今は信じられないことに柏崎北斗という女学生は昴の友人で。

 初めてできた友人で。


 できれば嫌われたくないから、妙な言動は気をつけていた、のだが。



 綺麗、と言う言葉に北斗の顔は非常に怪訝そうだ。

 あの清浄な空気に調和して綺麗だったと、正直に言ったところで間違いなく妙な奴だと思われるだろう。いや、もう思われてるかもしれない。どう思い返しても「気」の話とか、そんな一般人に話してすぐに理解してもらえるわけがない。


 綺麗だった、と繰り返しながら説明できず困る昴に、北斗は怪訝そうな顔をくずさない。が、思いついたようにこう聞いてきた。


「よくわからないけど神霊的なもん?」

「そう」


 反射的に頷いた。藁にも縋る気持ちだったのは仕方ない。

 正直神社の息子だけれど、「気」とか訳のわからんものにあてられやすいけど、そういう神霊的な云々は良く分からない。見たこともない。

 

「綺麗ってさっぱり理解できない単語だけど。ま、言ってる本人が説明しづらい感覚レベルのもんなのね、つまり」

「あ、うん、そう」

「黒崎ってやっぱり妙だね」

「え」


 一瞬ドキッとした。変な奴だと、嫌われたのかと思った。何せ北斗の感情は昴には読めない。

 けれど彼女の表情はすっかり笑っていたから、ほっと息を吐いた。


「でも、ま、綺麗なんてこの先一生言われないと思うから、一応言っとく。ありがとう」


 そして笑った北斗を、改めて綺麗だと思った。

 今度のそれは口から飛び出ず、昴の心のうちにだけとどまった。

 


 妙な心臓の動機を伴ったその感覚を、自覚するのはもっと後の事。

 今はただ、北斗が友人のままでいてくれる事だけが嬉しかった。



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