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灰かぶりの魔法使い  作者: 山崎空
1.ひとりからふたり
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魔法使いになるまで01



 正直に言うと、私は自分以外の誰かなんぞどうでもいい。



 しかしそれを本当に口にしてしまうと、色々人間関係があれな感じになり、今後生きにくくなるだろう事が容易に想像できるので黙ってる。ただそれだけ。


 そもそも実の母と姉の根性がひん曲がってるのがいけない。

 なんていうか、二人とも隣の芝生は青くみえるらしい。似たもの親子と言っていい。残念ながら私は父親に似たようだ。

 

 小さい頃から、姉が気に入ったものは何でも取り上げられていたので、私は途中まで世の姉妹関係と言うのは総じてそういうものだと思っていた。

 ひとつ上の姉は、性格も容姿も実に母によく似ていた。子供時代は子役モデルもこなしたらしい母の幼い頃の容姿は大変可愛らしく、つまり姉も大変可愛らしい少女だった。

 甘やかされて育つには十分な条件だった。母は自分によく似た姉をとても可愛がった。それこそ蝶よ花よと育てられ、姉は立派に我侭で自己中な女王様になった。


 私は自他共に認める父親似である。

 別にそれを不幸だと思ったことも恥じたこともない。

 母も、姉ほどではないにしろ一応自分の生んだ子供だという事でそれなりには育ててくれたし。ただ姉が不機嫌になったり寂しがったりで泣くと、私は大概放り出されて一人だった記憶がある。


 母の優先順位はとにかく姉が一番で、私はおまけみたいなものだ。

 妹は姉より前に立ってはいけない。それを徹底的に教え込まれた子供時代。それが世の常識だと信じていた無垢な時代。


 友達の家に遊びに行ってその常識を覆された時、私の性格が一気に歪んだのは――仕方ないことだと思う。


 その当時友達だったミサちゃんの家は、私と同じ二人姉妹で、歳の差も一緒。生まれて始めて目の当たりにした「妹を可愛がって甘やかす姉」と「嬉しそうに甘える妹」の構図を目にした時、思わずミサちゃん家って変だねと言ってしまった。


 今思うと完全な失言だった。が、当時の私は自分が正しいと思っていたのだから仕方ない。

 その後ミサちゃんと喧嘩になったのは想像に難くない展開だろう。お姉さんにも睨まれ挙句の果てに悪役みたいな捨て台詞を残してミサちゃん家を飛び出した事を今でも覚えている。


 しかしその後、その出来事を他の友達に色々話してまわったら、どうやら家の常識は他所でも常識じゃないことが幼心に分かってきた。

 

 衝撃だった。母はそんな事教えてくれなかったし、父は苦笑しているだけだった。


 ずっと信じてきたものが崩壊する瞬間だ。

 ミサちゃんとは喧嘩してから三週間ほど互いに無視しあっていた。

 当時の私は焦った。今思うとなんでそんなに、と思うほど焦った。あの頃はまだ友達も大事だと思ってたからしょうがないのかもしれない。

 

 自分が悪かった事実に気がついてから即効でミサちゃんに謝りに行った。

 謝るのは慣れている。家ではいつも私が謝る立場で、別に私が悪いわけじゃなくても謝らなければいけなかったので、私が確実に悪い事に対して謝るのに躊躇などなかった。


 土下座する勢いで謝った私を、ミサちゃんは許してくれた。その後お姉さんにも謝って許してもらい、私はおよそ久しぶりにミサちゃんと遊んだ。


 ミサちゃん達は基本的に優しい人だった。いい人。

 そんな人たちが怒るぐらい暴言を吐いた私を、謝っただけで許してくれた。

 私の家だったらこうはいかないだろう。母親も姉も、相当根に持つタイプだ。そして自分が何より一番正しいと思ってる。


 我が家で普通と呼べたのは、多分父だけだったのだろう。


 父とは母は見合い結婚で、父は典型的ないい人だった。いつもにこにこしていて母や姉の我侭も苦笑しながら許してくれる、いい意味でも悪い意味でもいい人だった。

 どうして父が母と結婚したのかは今でも謎だが、当人達の間には他人が立ち入れない何かが色々あったのかもしれない。

 

 我が家では二の次だった私を、父だけがいつも気にしてくれた。

 初めてもらった誕生日プレゼントはその後姉に見つかって取られてしまったけど、その後でまたこっそりプレゼントをくれたり、母や姉に内緒でケーキを買ってもらったり。

 結局ばれて母に怒られても、また同じようにこっそり、こっそり、私を一番に考えてくれた。


 だから私は父が好きだった。母よりも、姉よりも、一番、大好きで。


 そんな父が亡くなったのは私が小学校高学年の時だ。

 出張先から帰ってくる途中、居眠り運転のトラックに衝突されて車ごとぺしゃんこになってしまった。


 その事故で死んだのは父だけではなくて、他に三台ほど車が巻き込まれて何人か亡くなったらしい。

 でも私にとって重要なのは父の事だけで。


 覚えているのは、皆真っ黒だったこと。

 たくさんの人が家にやってきて、着ている服が皆真っ黒で、父の笑っている大きな写真があって、肝心の父は何処にもいなくて。


 父だという、壷がひとつあるだけで。

 

 遺体の損傷が激しいから先に火葬してしまったのだと知ったのは大分後の話。


 死んだという事がどういう事か分からないほど幼くもなかった。

 でもやっぱり何だか信じられなくて呆然としてた。


 葬儀に来ていた誰かが、そう、見知らぬ大人とすれ違った時、ぽつりと言葉が聞こえた。


『もう会えないなんて』


 ――嗚呼、そうだ。父とは、もう二度と会えないのだ。

 一緒にテレビを見ることも、何かを食べる事も、笑いあうことも、ない。

 

 


 

 じわり、とその全てを改めて理解して。





 私の心は、父と同じようにぺしゃんこになって潰れた。


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