悪役令嬢は反省中! ~肝心のヒロインは攻略対象フラグ全折りでまさかの百合ルートを驀進中!?そしてモルック?~
「……あー、もう! 思い出すだけで顔から火が出そうですわ!!」
わたくし、エリザベート・ド・ラ・ヴァリエールは自室の天蓋付きベッドにダイブし、枕に顔を埋めて身悶えました。
事の始まりは一週間前。庭園で優雅に「モルック」を嗜んでいたわたくしは、投げたモルックの棒(スキットル)が跳ね返って眉間に直撃するという大失態を演じました。
その衝撃で――いえ、決して前世の記憶が戻ったとか、そんな便利な話ではありません。ただ、あまりの痛みに頭がキンと冷えた瞬間、これまでの自分の行いが、あまりに客観的に、あまりに冷静に脳内再生されてしまったのです。
これまでのわたくしは、特待生の平民、マリア様にこう接してきました。
「不浄な空気がこの場所に漂うことすら、このわたくしが許しませんわ!」
(と言いながら、彼女に近づく不潔な男子生徒たちをモルックの棒(スキットル)で威嚇して追い払う)
「このような安物のパンを口にするなんて! 没収ですわ!」
(と言いながら、彼女の粗末な昼食を奪い取り、代わりに持参した最高級の三ツ星弁当を無言で机に叩きつける)
……お分かりいただけますか?
わたくしとしては、彼女を害虫から守り、最高の食事を捧げていたつもりでした。ですが、客観的に見れば、それはただの「いじめ」に他なりません。
思い返せば彼女、いつも引きつった顔で震えていらっしゃいましたわ。
「……決めましたわ。明日からは、空気になります」
そう、プライドの高いわたくしに「謝罪」の文字はありません。ただ、静かに、霧が晴れるように彼女の前から消える。
それが唯一の償い……だったはずなんですの。
【第一章:鉄壁の騎士、散る】
翌日。学園の階段で、さっそく起こった出来事。
騎士団長の息子、カイル様が、よろけたマリア様の腕を掴んで支えようとしています。本来ならここでわたくしが「汚らわしい手で触れないで!」と絶叫し、割って入るところ。
(……いけませんわ。わたくしは空気。ただの背景ですわ)
わたくしはスッと柱の陰に隠れました。
(さあ、カイル様。彼女を支え、運命の恋を始めなさいな……)
ところが、カイル様が手を伸ばした瞬間、彼は足を滑らせ、派手に転倒。見れば、カイル様の足元になぜかモルックの棒(スキットル)が転がっているではありませんか。昨日の練習の片付け忘れ!?
その拍子に、バランスを崩したマリア様は、柱の陰にいたわたくしの胸の中に飛び込んでまいりました。
「ひゃうんっ!?」
「マ、マリア様!?」
図らずもお姫様抱っこをしてしまったわたくしに、マリア様は潤んだ瞳で尋ねました。
「……エリザベート様。今日は……怒鳴らないんですか?」
「えっ、ええ。もう、貴女には興味ありませんの」
消え入るような声で答え、わたくしは逃げるように去りました。
残されたマリア様は、呆然と自分の肩を見つめていました。
【第二章:毒味の代償】
その翌日は、天才魔道士シリル様が中庭でマリア様にお茶を振る舞おうとしていました。
シリル様はマリア様の持つ「光の魔力」に興味を持ち、怪しげな秘薬(自称:魔力活性剤)を混ぜたお茶を飲ませようとしています。わたくしは遠くのベンチで本を読むフリをします。
(本来のわたくしなら『毒見ですわ!』と奪い取って飲み干し、副作用で熱を出して寝込むところですわね。……今日はしませんわよ!)
しかし、マリア様はシリル様の手を振り切り、わたくしの元へ駆け寄ってきました。
「エリザベート様! これ、飲んでくださらないんですか!? いつもみたいに、『私が先ですわ』って奪ってくれないんですか!?」
「マ、マリア様!? いけませんわ、それは殿方からの贈り物……」
「嫌です! エリザベート様が飲まないなら、私、こんなのいりません!」
マリア様は半ばヤケクソで、お茶をわたくしの口に流し込みました。
直後、薬の効果でわたくしの背後からバラの花びらが物理的に舞い散ります。
「……あら、マリア様。……どうしてかしら、貴女の瞳が、宝石よりも美しく見えて……」
「っ……!」
わたくしが薬のせいでうっとりと頬を染めると、マリア様は顔を真っ赤にして叫びました。
「やっぱり! あの時も、その前の時も! 貴女は私に変なものが混じっていないか、身を挺して守ってくれていたんですね!? 意地悪な言葉を使いながら、ずっと……!」
「……えっ?」
【第三章:王子の敗北】
ついに、第一王子アルベール殿下が動きました。
彼は、放課後の教室でマリア様に愛の告白をしようと準備していました。
(殿下なら大丈夫。わたくし程度の「元・いじめっ子」なんて、王権の力で蹴散らしてくださるはずですわ)
わたくしは教室の隅で、せっせと荷物をまとめて退散の準備。
「マリア。君を王妃として迎えたい。身分の差など、私が――」
「お断りします」
マリア様の即答が、静かな教室に響きました。わたくしも、殿下も、固まりました。
「な、なぜだ!? 私は君を、この学園で誰よりも守ってきたはずだ!」
「守って? ……殿下が、私を?」
マリア様は冷ややかな、しかしどこか恍惚とした表情で笑いました。
「殿下が、私が転びそうな時に陰から飛び出して、自分で受け止めてくださったことがありますか?」
(それは偶然ですわ!)
「殿下が、毒の入っているかもしれない飲み物を、自らの体を張って毒味してくださったことがありますか?」
(それは自爆ですわ!)
「殿下が、私に嫌がらせをする令嬢たちを、一言も喋らずにモルックの棒(スキットル)でなぎ倒して回ってくださったことがありますか!?」
(それは……え、わたくし、そんなことしましたっけ!?)
マリア様は一歩、また一歩と、教室の隅でガタガタ震えているわたくしに近づいてきました。
「殿下、私は気づいてしまったんです。いつも私を厳しく監視していたあの視線は、誰よりも私を心配する愛の眼差しだったのだと。
エリザベート様。貴女は最近、私を避けていらっしゃいますね? それは、私への愛が深まりすぎて、正気を保てなくなったから……そうですよね?」
「えっ、いえ、わたくしはただ、反省して……」
「『反省』? ……ああ、なんて素敵な響き。私を愛しすぎた罪を、一生かけて私の隣で償ってくださいね」
マリア様の瞳には、殿方達の誰にも見せなかった「深い執着」の色が宿っていました。彼女はわたくしの手を取り、その甲に深々とキスを落としました。
「王子様なんて、いりません。私には、最高に過激で、最高に照れ屋な私の『悪役令嬢』がいればいいんですから」
【結末:反省は、まだ終わらない】
「……というわけで、お父様。わたくし、なぜかマリア様と婚約(?)することになってしまいましたの」
数日後。ヴァリエール公爵家の広間で、わたくしは遠い目をして報告しました。
目の前には、なぜか幸せそうにわたくしの腕に抱きついているマリア様。
「ふふ、エリザベート様。今日は何で遊びましょうか? モルックですか? それとも……」
庭では、敗北した王子たちが、なぜか「モルック」の練習に励んでいます。「彼女に近づくには、まずこの木の棒を極めねばならん……!」という、謎の格言が流行りだしているそうですわ。
(ああ……どうしてこうなりましたの……。わたくし、ただ普通にフェードアウトしたかっただけなのに!)
わたくしの「反省」の日々は、どうやら一生終わりそうにありません。
窓の外で、アルベール殿下が投げたスキットルが空を切りました。
それを見つめながら、わたくしは深く、深くため息をつくのでした。
(ですわ!!)




